兄妹 −きょうだい−




「涼……か?」

怪我人の救助にあたっていた神倉涼が、重傷者の搬送を終えて、ほっ、とひと息ついた時、不意に背後から呼び止められた。
ゆっくりと振り返ると――。
ひとりの青年が、おずおずと歩み寄ってくる。

ややくすんだブロンドの髪に碧の瞳……。小柄ではあるが、端正な面立ちのその青年に、涼は見覚えがあった。

「マイ……ケル?」

「やっぱり、おまえか。この辺りにいるって聞いてさ。お互い無事で何よりだな。」
マイケル――と呼ばれた青年は、にこり、と微笑んだ。

「驚いた……。何年ぶりかな。」

「ああ、ガキの頃に別れて以来だから……10年くらい、になるのかな。」

「そうか。そうだね……。」
涼は静かに笑った。

「おまえ、すっかりいい女になっちまったな。わからなかったよ。医者っていうより、モデルだな。」
少し照れ臭そうにそう言うと、マイケルは下を向いた。

「あんたも背、伸びたじゃない。私よりも小さかったのに……。」
涼は背比べをするべく、自分の頭頂部から水平に手をかざす。
涼の手はマイケルの眉の上で、ぶつかった。

「ちっ!伸びてねえよ。小せえんだよ。ジイサンに似ちまったんだ。」
マイケルは口を尖らせた。
「おまえは……どこからどう見ても、お袋さん似だな。」

「幸か不幸かね。ステファニーは……元気?」

「ああ、姉貴は相変わらずだよ。うるさくてイヤんなるぜ。お袋が二人いるようでさ。」

「そりゃ気の毒に。とりあえず、同情しとく。」
涼は笑って言った。

「ありがとよ。」
憮然と肩をすくめる、マイケル。

「なあ、涼。」
やや間を置いて。
マイケルは言いにくそうに口を開く。

「何?私になんか、わざわざ会いに来たってことは、よっぽどの用があったからでしょ?」
涼は何かを感じ取っていたのか、あえてぞんざいにそう訊ねた。

「まあ、そう邪険にするなよ……。」
マイケルは苦笑した。
「その……。今となっちゃ、おまえにはどうでもいいことかも知れないが……。」

「何?」

「オヤジ、死んだよ。」
ぼそり、とマイケルが言った。

「え?」
凍りついた表情の涼。

「オヤジ、死んだんだ。一応、知らせとこうと思ってな。」

「死んだ、って……。どうして?」
信じられない、といった顔つきの涼。

「オヤジも医者の端くれだからな。怪我人の救助にあたってたんだよ。けど、敵さんの直撃喰らっちまってな。跡形もないってよ。」
他人事のように言いつつも、瞳を翳らせ、悲しげなマイケル。

「そう……なんだ。」
涼は小さく頷く。
「ナタリーは……?」

「お袋なら……無事だよ。ジイサンもな。ただ――。
お袋のヤツ別人のようになっちまってさ。ショックで口もきけない有り様さ。
あれでもオヤジのこと、愛してたんだな。」

「そう、なの……。」
涼は小さくうつむいた。

「あ……。俺、こう見えてもな。医学生なんだぜ。」
重くなった空気を払拭するように、マイケルが明るく切り出した。

「ほんと!?」
涼は顔を上げ、目を丸くする。

「ああ。もう第一線でやってる、天才のおまえの足元にも及ばないと思うけどさ。それなりに頑張ってはいるよ。」
そう言ってマイケルは医療ボランティア・チームの腕章を引っ張って見せた。

「そうか……。あんたも医者にね……。」
微笑む涼。

「そういう家系だからな。なあ。」

「ウン?」

「おまえがウチに連れて来られた時さ。俺は別にイヤじゃなかったんだぜ。」

「え?」
マイケルの意外な言葉に、目を丸くする涼。

「あのお袋にあのジイサンだろ?他所にオンナ作っちまうオヤジの気持ち、わからなくもなかったんだ。俺も、男だからな。」

「そうかも知れないけど……。」

「俺、本当はさ。うるさいステファニーよりも、むしろ、おまえとの方が気が合いそうな気がしたんだ。
でも、おっかねえジイサンや口の達者な女共には逆らえなかったからな。つい、おまえを邪険にしちまった。
ステファニーに苛められる腹いせに、おまえを苛めてたってのもある。」

「それほど気にしちゃいなかったよ。誰だって父親の愛人の子供なんて、そうやすやすと受け入れられないでしょ?」
涼は苦笑いする。

「おまえ、妙に大人だったからな。
でも、すまなかったな……。一応、血の繋がった兄妹なのに何もしてやれなくて。」

「いいよ。気にしてないし。まあ、予想してたことだから。」

「今さらナンなんだけど、さ……。」

「うん?」

「俺はおまえを、妹として大事に思ってるよ。」
マイケルは少し顔を赤らめて、おだやかな、やさしい微笑みを浮かべた。

「マイケル……。」

「オヤジのこと、許してやってくれ……。オヤジのやつ、あれでもおまえのこと、ずっと気にかけていたんだぜ。」

「そう……なの。」
涼は、少し淋しげにうつむく。

「言いたかったのは、それだけだ。俺……手伝いあるし、行くわ。じゃな。」
マイケルは、静かに微笑み、くるりと踵を返す。

「マイケル!!」
涼が呼び止める。

振り返るマイケル。

「その……。有り難う。会いに来てくれて。
それから、デイヴィ……お父…さん…のこと、知らせてくれて、嬉しかった。」
涼はそう言って、にっこりと微笑んだ。

「ああ……。」
頷くマイケル。

「また……会えるよね?」

「ああ……。ま、このドンパチの中、お互い、生きてりゃだがな。」
にやり、として答えるマイケル。

「マイケル……。その……。いい医者になってよね。」
涼は照れ臭そうに言った。

「ああ、もちろんさ。おまえも……頑張れよ。」
マイケルは、にやりと笑うと、手をかざして別れを告げた。

涼は大きく手を振り、兄の背中が見えなくなるまで見送った。




■END■