■☐ アクセス記念ストーリー ☐■

ゲスト:40000カウンターゲッター さとみ様





Au revoir, Fillettes.



「ほんとにあんた、病み上がりとはいえ、ずいぶんと痩せちゃったわね……。」
サトミはそう言って雪をしげしげと眺めた。

「うん、まあね。いろいろあったし。」
森雪は苦笑しながら、ちょっと恥ずかしそうに肩をすくめた。

サトミは運ばれてきたコーヒーに、「う~ん、いいねえ。この香り!」と嬉しそうに目を細め、まずひとくち啜った。

「うっ……!?」と、顔を顰めるサトミ
「薄っ……。薄いわ、コレ……。確かに頼んだのはアメリカンだけど、この薄さには泣けるよ……。
まあ、豆自体が貴重だしねえ。仕方ないっちゃ、仕方ないけどさ。けど、この薄さは嘆かわしいなァ……。泣けてくるよ。でも、ま、あんたの淹れてくれたヤツよりゃずっとましか!」

「うっ……。サトミ、それ、言いすぎ!!」
雪は頬を膨らませて抗議した。

「まったく!ヒトをなんだと思ってんのよ!私だってちゃんとした豆さえあればフツーに美味しいコーヒー、淹れられますっ!」
雪はそう言って憤然と甘い香りのレモネードを一口飲む。

しかし……。
雪も激しく顔を顰めた。

「う~。これも泣けてくるくらい人工甘味料味……。」

「ま、しょうがないんだけどね。」
ふたりはげんなりとした顔で揃って肩をすくめると、更に大きな溜め息をついた。



**********


ビル建設のための複数の工事現場にぐるりと囲まれるようにして、しかも、ぽつりと建っている喫茶店。
そこに場違いのようにサトミと雪はいた。
何故ならそこは。
周りが工事現場ゆえ、作業員達が一服するため、あるいは昼食や夕食を食べるため、さながら社員食堂のようになっているところだったからである。
とはいえ、デザリアム侵略の爪痕が未だ残り、あちこち瓦礫が片付かずに散乱しているような状況にあって、そこそこ小奇麗な喫茶店がある方がむしろ場違いともいえるのだけれど。

「大丈夫なの?」
退院して早々、職場に戻ったと聞いていたが、まだ顔色の良くない雪に、ちょっと心配そうな面持ちでサトミは訊ねた。
しかし、当の雪がにっこりと微笑んで「うん、それはもう。」と元気に答えてみせたので、そっか――ととりあえず納得して微笑む。
そして今度はからかうように言った。
「あんたのことだからねぇ~。彼氏が元気に復帰したとなれば、あんたそのものが元気になったようなもんだからなぁ~。」

雪は自分を覗き込みながらニヤニヤとしているサトミに再び頬を膨らませた。
「それ……。担当医にも言われた……。」

「あはははは!その担当医もよくわかってるねぇー!でも、そのヒト、あんた達を見ててイヤにならなかったかね?きっとすんごく呆れたんじゃない?わはははは!」

「もうっ!笑わなくたっていいじゃない!私達のことナンだと思ってんのよ!」
雪は大袈裟に笑うサトミに口を尖らせ、ますます大きく頬を膨らませて拗ねた。

それから、ふと真顔に戻って、今度は雪がサトミに訊ねた。
「サトミの方こそどうなの?大丈夫、だったの?」

「ああ。ウチなら大丈夫よ。我が家の面々は逃げ足だけは早くてね。さっさと避難してみんな無事よ。」

「おじさんやおばさんは?」

「訂正。我が家の面々のところウチの一族は――にしといて。大丈夫。みんな元気よ。」

「そう。よかった。」

「けどねえ、引っ越したばっかのマンションは跡形もなくなっちゃってた。
荷物諸共焼けちゃった。正直、まいったわね……。
まあね、毎度毎度、ワケわかんない異星人がやって来ちゃあ、生命の危機に立たされてるからさ。生きてさえいれば、っていう境地になったりもするんだよねえ……。」

「そっか……。そうだよね。」

雪の瞳がわずかに翳るのをサトミは見て取って、彼女の心の傷がまだ癒え切ってはいないのだということに気づく。
胸がきゅうっとしめつけられる思いだった。

「大変だったよね、あんたも。」
サトミは呟くように言った。

「うん、まあ……ね。」
うつむき加減に軽く目を伏せる雪。

小さな吐息とともにテーブルに頬杖をつくと、サトミはカップの中の残り少なのコーヒーに、ぼんやりと視線を落とした。

「私は――」
ふと切り出して、サトミは窓の外を見る。
「私も……。女だからね。」

ハッ、となって顔を上げ、サトミの横顔を見つめる雪。
しかし、サトミは窓の外を見つめたままだった。

「あんたが……。敵の手の中にあって、どんな思いで覚悟したのか、わかる……と思う。
うまく言えないけど、理屈じゃなくて、女としてわかるんだと思う、たぶん、きっと。
私だって――。
私だって……。もしかしたら、あんただったかも知れないから。」
呟くように言葉を継ぐサトミ。

「……。」
雪は、どう答えていいかわからず、ただサトミを見つめる。

「どうして女は咎められなければならないのかね。どれだけの思いがそこにあるのか、知ろうともせずに……。」

「サトミ……。」
雪の瞳が小さく揺らいだ。

ゆっくりとサトミは雪に向き直った。

「いろいろあっただろうけどさ、よかったよ。あんたが生きててくれて。あんたいないと私、張り合いないからさ。」
そう言ってサトミは、にやり、とした。

肩をすくめ、ふふっと笑って「私もよ。」と雪は答える。

「なんというかさ、モノゴトってのはマイナスばかりが起こり得るってわけでもないんだね。どん底と思いきや、いいこともあったりね。
今度のことでさ。ちょっとした収穫もあったんだよ。」
サトミはそう言って、薄いもいいところのアメリカンの二杯目を啜った。
雪はというと、きょとんとし、目を瞬かせてそんな彼女を見つめている。

そんな雪にサトミは、にこりと微笑んで見せると、殺風景な窓の外を見やって話を続けた。
「すぐ近くが襲撃された時はさすがの私も、これはもうダメなんじゃないかって思ってさ。
あんた達が頑張ってくれてるのはわかってたけど、街中があんな状態だったからね。これはもう今度こそやられちゃうんじゃないか、って、絶望しかけた。
ダンナが子どもを背負って、私はふたつの背中を追うように、周り中が火の海の中、道なき道を走って走って走って、とにかく、逃げた……。
大きいのと小さいのと。ふたつの背中見ながら、死ねない、絶対、死ねない、って思いながら。
けど、あの時、私ひとりだったら死んでたかも知れないな、って気がしたんだよね。
逃げてる時……。逃げながら……。
ダンナのやつ、後ろを走る私を絶妙のバランスで気遣ってるんだよね。
そういうダンナの背中を見てたらさ、私はひとりじゃないんだって、なんだかやたら心強くてさ。確かに半ば絶望的になったりもしたけど、頑張れた気がするんだよね。
子どものこととか、舅・姑絡みでしょっちゅう夫婦喧嘩してたのにねえ、私達。
でも、あの時のダンナがえらく頼もしくて、すごく大きく見えてね。
ダンナはダンナなりに私達のこと、精一杯、守ろうとしてくれてたんだなあって。
確かに今度のことも私達にとってみれば、恐ろしく不幸で忌まわしいできごとなんだけどさ。
そういう、ささやかな収穫もあったりしてね。」

「そっか。改めてダンナに惚れ直したか。」
ちょっと恥ずかしそうに語るサトミを、今度は雪が軽くからかって穏やかに微笑んだ。

「ばーか!」
唇を尖らし、照れ隠しのように言って、サトミは雪の足を蹴飛ばした。

「痛ッ!痛いなあ、もう!」

「私をからかうなんざ、百年早いっつぅの!」

「もう!すぐそうやって姉さん風吹かすんだから!」
今度は雪が唇を尖らせて拗ねた。

一瞬の間――。
ふたりは顔を見合わせて声を上げて笑った。
それもまた、その場にそぐわぬ風情だったので、ふたりはまたもや店の客の視線を集めるところとなった。
少々、居心地が悪くなったところで、ふたりは店を出た。



**********


車を拾うため、大通りまで肩を並べて歩く。

埃でやや霞んだ空を見上げ、雪が言った。
「サトミじゃないけど、私もちょっといいことがあったんだ。」

「何?」
サトミが興味津々と言った面持ちで覗き込む。

「これまで古代君って、ちょっと素っ気ないっていうか気がつかないっていうか……。そういうとこ、あってね。私の方から彼の腕を取って組んで歩く、っていうのが殆どだったんだけど……。」

「ああ、なんかわかる気がする。」

「それがね。」

「うん。」

「最近の古代君ね。ちょっと変わったの。」

「変わった?」

「うん。古代君、自分の方から手を繋いでくれるの。」

「へえ!」

「腕を組むんじゃなくて、手を繋ぐの。」

「そうなんだ。」

「うん。それから先を歩いている時、私を振り返る回数が増えた。」

「なるほどね。」

「たぶん、あの時のこと……。」

「何?」
雪が言いかけた時、複数の重機の音が大きく響いたのでサトミは聞き取れず、顔を寄せた。

「なんでもない。」
雪が首を振って、それきり何も言わなかったのでサトミはそれ以上、訊ねなかった。

と。突然、サトミはにやりとして。
つい、と雪の前へ回り込み、ずい、と顔を突き出して言った。

「結局、私はアンタ達の惚気話を聞かされるハメになるのよねえ!」

「うっ!サトミったら!!すぐそうやってーーっ!」

「わはははは!だってホントのことじゃない!」

「待ちなさいよ!」

サトミは笑いながら逃げ、その後を雪が追いかけた。
ふたりのその姿は、仲の良い姉妹のようだった。

ふと、サトミが立ち止まり、その背に雪がぶつかった。

「あいたっ!んもう!何よ、急に!」

「春だなあ、と思ってさ。あんなことがあったのに、ちゃんと春がやって来たなあ、って。ほら。」

廃材置き場と化している公園の隅に、焼けずに残っていた木が一本。
その枝に淡いピンクの花……。

「あ、桜……。」

「ね。」

「うん。」

サトミと雪は、ゆっくりと辺りを見回した。

どこもかしこも復興のための工事で、春霞――というよりむしろ粉塵霞といえなくもなかったけれど。
やさしい季節は変わらず訪れてくれた。

サトミと雪は。
降りそそぐやわらかな陽射しの下、どちらからともなく微笑みあうと、互いの小さな幸せを噛みしめるのだった。




*** END ***







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■ちょほいとヒトコト
ほんとに。ほんっとに長らくお待たせいたしました。
……ってか待たせすぎだっつ~の!!(滝汗)

もしかすると、ご本人ですら忘れちゃってるかもわかりませんが……。
そのう……。
さとみさぁ~ん、ようやく、よ~~~やく出来上がりましたです。
さとみさんへの「40000アクセス記念」プレゼント、ご本人様登場ストーリーであります。

でもって、あのう……。
超短編といいますか、そのう……。
「5年も待たせてコレかい?」とお叱りを受けそうな話でして……。
いろいろ案があったんですけどね。
書いては消し、消しては書いての試行錯誤の末、なんとかまともにできたのがコレなワケで……。
その……。
ご、ごめんなさいっ!!
しかも、春の話だから4月中にあげようと思ってたのに、もはや初夏じゃん!!
ホントにごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!

「サトミさん&雪ちゃん」 の 『喫茶店でお茶!シリーズ』 (いつからそんなんできたんだ?)第2弾――ってことで。
内容がなくてホントに恐縮ですがカンベンしたって下さいっ!!










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