晩夏
「ずいぶん涼しくなったわね。」
窓辺に佇んでいた雪が、グラスの中の氷をカランといわせて呟いた。
「もう夏も終わりだな。」
かれこれもう2時間以上、端末をカタカタ鳴らしていた進が顔を上げ、雪を振り返って言った。
「今年は早くから暑かったわよね。」
雪も進を振り返って、にっこりと微笑んだ。
「お互い忙しくて夏休みどころじゃなかったしな。」
進は端末を睨むと、顔を大袈裟にしかめて見せた。
雪はクスクスと笑って、「何か別のもの、飲む?」と訊ね、「それじゃあ、ビールを。」と進がリクエストする。
「!」
ビールを取りに窓を離れた時、風に乗って聞こえてきた音に雪が、はっ、と振り返った。
「花火……。花火の音が聞こえる。」
「え?ホント?」
雪は再び窓辺に歩み寄り、進も立ち上がって耳を澄ます。
「聞こえないよ、何も。気のせいじゃない?」
進は苦笑しつつも、雪の傍らに立って窓の外を見る。
「確かに聞こえたんだもん。」
雪は信じてくれない進に、口を尖らせてみせる。
進は肩をすくめて苦笑した。
「いい風だな。」
進が目を細めて気持ち良さそうに、そう言った時。
雪が、「ほら!」と声を上げた。
「ね?聞こえたでしょ?」
「え?ホント?わかんなかった……。」
今度は真剣に耳を澄ます。
「?」
かすかだが、彼の耳にも花火の音が届いた!
「ホントだ!花火だ!」
「でしょ?」
「うん。でも、どこで上げてるんだろう。」
ふたりは窓から身を乗り出した。
耳を澄ませ、目を凝らし、首をめぐらせて音の出どころを探す。
「あっ……。あそこ!!」
ふたり同時に。
ひとつの方角を指差した。
眠らないメガロポリスの向こうの。
自然保護地域との境。
山の端の一番低いところから、灯りとは明らかに違う、丸い光が小さく空に上がっては消え、消えては上がっているのが見える。
「加藤君がいたら……きっと飛んでったわよ。あそこまで。」
「え?なんで?」
「花火、大好きだった――って。」
「へえ。」
「四郎君がね、そう言ってたことがあって。
加藤君、子供の頃から打ち上げ花火が大好きだったんだって。
夏休み中って、土日には必ずといっていいほど、どこかで花火大会やってたでしょ?
彼、地元や近くの花火大会には必ず行ってて、どこか遠くの花火の音を聞きつけると、意地でもその場所をつきとめて、なるべく近くまで行って見るんだって。
弟の四郎君を自転車の後ろに乗せてね。」
「へえ!俺も花火大好きだけど……。そうまでして見たいとは思わなかったなあ。
はは!いかにもアイツらしいけど、バカだなあ。」
進は雪の話に半ば感心し、半ば呆れて笑った。
「四郎君、すごく懐かしそうに嬉しそうに話してたな……。そういうお兄さんだから、ホントに大好きだったんでしょうね。」
「ああ……。」
ちら、と見た進の横顔が、ふと淋しげに曇る。
雪も。
明るく人懐こい彼の笑顔が思い出されて、なんだか胸がきゅうっと痛んだ。
「空の上からなら、どこで花火上げてるかすぐにわかるし、山本君や鶴見君も一緒だから、きっと宴会みたいに賑やかよね。」
そんなことを口にしてみる。
進は雪を見やり、そっと肩を抱くと。
「そうだな。あいつらなら馬鹿騒ぎしてそうだよな。」
そう言って微笑んで見せた。
「夏の終わりってさ。どうしてこう……淋しいんだろうなあ。」
進が呟く。
「そうね……。」
「あ、また上がったよ!」
「ほんとだ!」
雪は。
進のためのビールをすっかり忘れ。
進は。
やりかけの仕事をうっかり忘れ。
窓辺に寄り添うように立って、懐かしい人達を想いながら、ゆく夏を惜しんだ。
■END■
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■ちょほいとヒトコト
実は私が花火好き――ってことでですね、勢いで書いちゃいました。(苦笑)
何しろウチのオヤジ殿からして花火好きですから。
事実、どこか遠くで花火の音が聞こえてくると……。
「うお?花火だな!近いな!」――ってなもんで電柱に登り、ある程度、場所を把握すると……。
「行くぞ!」――と身を翻し、母と私と妹を車に乗せ、花火の見える「ポイントX」まで、かっ飛ばす!!
(そーなのよ!目的地を知っているのはオヤジのみ!誰もわかんないんです。)
ごめんよ、加藤!
モデルがウチのバカオヤジで。