For lovers
〜 made with sigh and tears 〜
科学分析の仕事を終えて、森雪が医務室に戻って来た。
「先生、古代君の容態、どうですか?」
佐渡酒造と目が合うと、開口一番、そう訊ねた。
やや早めの呼吸は、恐らく彼女が走ってきたためだろう。
「あやつなら、もう心配はいらんぞ。つくづくタフにできておるわい。」
佐渡は笑って答えた。
しかし雪は、その目を探るように見つめる。
「うぃ?なんじゃなんじゃ、おまえさん。ワシを疑っとるのか?
ほんならの。そこの薬と包帯を持っていって替えてやってくれんかの。ぼちぼち効果が切れる頃じゃでな。ま、行って古代の様子をその目で確かめてきたらええじゃろ。」
佐渡は診察台脇のトレーを指差した。
「はい!」と、大きく頷いた雪の口許が、わずかに綻ぶ。
「あ、こら、雪!おまえさんも少し休んだらどうじゃ?あっちもこっちもで忙しかったんじゃろう?」
佐渡は雪の背中に向かってそう言ったが、既にその声は彼女の耳には入らない様子だった。
「やれやれ。雪のやつ!あの顔色じゃあ、自分も相当に疲れとるだろうに……。
まったく、古代のこととなるとこれじゃからのぉ。言ったところでまったく聞かん。
ほんに、しょうがない娘じゃわい!なぁ、ミーくん。」
「みゃ……。」
佐渡は大袈裟に肩を竦め、呆れながら愛猫に言うと、雪を見送った。
古代進の傷は、命に別状はないとはいえ、かなりの深手である。
傷を負った翌日までは、薬のせいもあって1日中うつらうつらとしていた彼だったが、その次の日にはもう起き上がり、現場復帰すべく身体を慣らそうとでもしているのか、手やら足やらを動かしていた。
雪が病室を覗くと――。
進は起きていて、やはり今日も身体を動かしていた。
点滴の輸液パックがゆさゆさ大きく揺れている。
そんな彼の様子を目の当たりにして雪は思わず顔をしかめた。
「古代君!」
「あ。雪か!どうしたんだ、いったい。ブリッジの方は大丈夫なのか?」
進は、雪の声にも動きを止めることなく首だけを巡らせて、そう訊ねた。
雪は表情を曇らせ、それから小さな溜め息をひとつ落として答えた。
「問題ないわ。だから来たんじゃないの。」
「そうか……。だったらいいんだけど。」
任務のこと以外には一切、興味がない――といった面持ちの進。
そんな彼ゆえ、雪の語気が普段より微妙に荒かったことに気づきもしない。
(ほんとに、まったく!!)
雪は呆れながら、今度は深い溜め息をついた。
「傷薬、替えるわよ。」
「ああ、すまないな。頼むよ。」
包帯を解いて、肩から背中にかけて張り付いている傷薬を丁寧にそっと剥がす。
それでも痛さのあまり、進は身体をぴくぴくと跳ね上げながら懇願した。
「いでででで!いってえ!もっとこう、お手柔らかに頼むよ。」
「なァ〜に言ってるのよ!さっきまで何事もなかったような顔して、身体、動かしてたくせに!」
ぽんぽんとキツいことを言いながらも雪は、大きく深く走る生々しい傷に、思わず顔をしかめた。
(ほんとにもう……。なんて酷い傷なのかしら。)
ひとつ間違えば、命を落としていたかも知れないのに――。
そう思うと、改めて背筋が寒くなり、心底、泣きたくなった。
(ほんとに無茶でバカなんだから!)
「うひゃあっ!冷てえっ!!」
「あっ!もうっ!バカっ!動かないでよッ!」
新しい薬を貼り付けながら、雪は込み上げる涙を堪えた。
「古代君って驚異的な回復力よね。いくら鍛えられた宇宙戦士だって、これほどの酷い傷を負ってたら、フツウ、1週間はベッドで唸ってるわよ。」
「そうか?でも、艦長の俺がいつまでも暢気に寝てるわけにはいかないだろ?
ただでさえ、俺達の旅は捗々しくない状態なんだぜ?」
思うように動かない身体に、どうやら苛立っているらしい進。
彼の気持ちを汲みつつも、雪は厳しい表情を進に向けた。
「私はね、古代君。少なくとも1週間はじっとしてなさい、それほどの怪我なのよ――って言いたいのよ。
あなたの体力も精神力も桁外れに屈強だってことは私もわかってる。責任感も人一倍……ううん、何百倍も強いのもわかってる。
でもね……。
お願いだから……お願いだから――」
もう少し自分のことも大事にしてよ――思わず、そう叫びそうになって雪は、ぐっ、と言葉を飲み込んだ。
「すまない。でも俺は、俺はヤマトの艦長なんだ!」
そう言って拳を硬く握り締める進の姿に、雪は、これで何度目だろう――と思いながら、溜め息をつく。
艦長じゃなくたって、この人はこうなのだ。
包帯を巻きながら彼女は唇を噛み締めた。
「はい。いいわよ。」
「ホントに……すまない……。」
とりあえず頭を下げ、上目遣いに雪の顔色を伺う進。
「まったくよね。これじゃ命がいくつあったって足りやしないんだから!」
「ごめん。ホントに心配ばかりかけて。」
眉間に皺を寄せてぼやく雪に、バツが悪そうに下を向き、進はまた謝った。
「違うわよ!私のことよ!」
しかし。
雪は予想外の言葉を投げつけ、その語気の強さとは裏腹に、どことなく哀しげな、思いつめたような表情を見せた。
「あ……。ゆ……き?」
けれども進は、彼女のそんな表情と言葉の意味することに気づくこともなく。
ただただ、きょとん、となるだけ。
そして、そんな彼に――。
またもや溜め息をつく雪。
深く、長く、重く……。
ホントに泣けてきちゃう……。
多分、このヒトは――。
一生かかったって私の気持ちなんて、わかんないんだわ。
わかってくれたとしても、古代君は……。
つい、そんな風に思って。
しかし、すぐに大きくかぶりを振る。
ううん。
いいわ、古代君。
くやしいけど、私。
あなたのそういうとこも、全部ひっくるめて好きになったんだものね。
だから――。
あなたの信じる道を生きなさい。
私はね、古代君。
私にとってはね。
あなたと共にその道を歩くことこそが、何よりも幸せなんだから。
だから、古代君……。
あなたはあなたらしく生きてくれたら、それでいいわ。
私、護るから。
誰からも、どんなことからも。
力の及ぶ限り。
全身全霊をかけて、あなたを護るから。
そう改めて誓い直して。
思わず涙がこぼれそうになった雪は、進にくるりと背を向けると、つかつかと歩き出した。
ふと。
雪はドアの前で立ち止まった。
そして進に背を向けたまま、小声で呟くように言った。
「ねえ、古代君。艦長としてのあなたの責任や立場の重さを充分、理解したつもりで言わせて貰うけど……。
もう少し、クルーを頼ってもいいんじゃないか、って私、思うのよ。
それに……私のこともね。
あなたは自分が思っているほど、『ひとり』なんかじゃないわ。」
「え?なに?」
雪の声が聞き取れず、進は身を乗り出して聞き返した。
振り返った雪は、何故か、にっこりと微笑んだ。
しかし、その愛らしい唇から放たれた言葉は、残念ながら、鋭く強く威圧的なものだった。
「早く復活したいんだったら、ちゃんと寝てなさい、って言ったのよ、ヤンチャ坊主でわからずやの古代艦長殿。」
「う?」
「動きたいのはわかるけど、充分、静養して治さないと、周りに迷惑かけちゃうことになり兼ねないわよ。
ぐっと堪えて治すことに専念しなさい!
艦長恩自ら足手まとい、なんて、シャレになんないでしょ!
いい?佐渡先生のGOサインが出るまで、きちんと寝てるのよ!
わかったわね!」
「う……。あ……。」
がつん、と釘を刺されて、ぐうの音も出ない進を残して、雪は部屋を出ていってしまった。
「……ちぇっ。なんだってんだよ、雪のやつ!ヒトをまるでコドモ扱いしやがって……。
しかし、なんていうか……。今日は妙に迫力あったな。」
進は、ぶつぶつ言いながらも雪の言葉に従って横になると、おとなしく毛布を被った。
遠巻きにこっそり。
ふたりの様子を覗いていた佐渡が、愛猫の頭を撫でながら、その耳に囁いた。
「まったく、あやつときたら、とことん鈍いオトコじゃのぉ。雪のヤツも相変わらず健気なもんじゃ。わしゃ、切なくて泣けてくるわい。
じゃが、まぁ、お互いなんだかんだ言いつつ、ありゃあ……似たもの夫婦ってヤツじゃな。のぅ、ミーくんや。」
愛猫は。
まるで佐渡の言葉を理解しているかのように首をかしげると、にゃあん、と一声、鳴いてみせた。
■ END ■