春は やさしく おだやかに
3月にはWhite dayなるものがあって――。
彼女は今年も、その日をひとりで過ごした。
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やっと二人の休暇が合致した、その日――。
20日遅れのWhite day。
いや、もうWhite dayと呼ぶのもおこがましい、ぼちぼち桜も開花しそうな暖かさだった。
彼は埋め合わせをするべく、足取りも軽やかに彼女の住むマンションを訪れた。
目が回るほど忙しかった二人には、本当に久しぶりのデートだった。
但し、そのコースは……。
植物園。ランチは園内のファーストフードコーナー。夜は落ち着きすぎるほどに渋い和食の店でのディナー――と、あまりに一方的に彼好みのものだったが。
しかし、それでも彼女は、なかなか会えない彼と少しでも長く一緒にいられればそれでよく、文句も言わずに、にこにこと実に楽しげであり、デートを満喫していた。
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ディナーには。
彼は、どっしりとヒレカツ御膳、彼女は、あっさりと精進御膳なるものを平らげ、ちょっぴりお酒もいただいて、ややほろ酔い気分で店を出た。
最寄の駅までは、やや遠かったけれど、酔い醒ましを兼ねながら、恋人同士らしく腕を組んで夜の街を歩く。
仕事のこと、友達・同僚のこと、日常の小さな出来事――等々、互いに他愛ない話を次から次へと広げながら……。
そうこうするうちに公園通りに出てしまった。
しかし、そこを行き来するのはカップルばかりで、つまらなく生真面目な彼は、なんだか気恥ずかしい思いに駆られた。
ふと、通りの向こうの仲睦まじいカップルに目がいく。
男性の方が何とはなしに、チラとこちらを見た。
ハッとなる彼女。
男性の方も一瞬、動きが止まった。
連れの女性は怪訝な面持ち。
彼女は咄嗟に、こくり――と小さく会釈した。
男性も、ぎこちなく、ペコリ――と頭を下げる。
カップルは、足早に立ち去る。
誰?――と彼が訊く。
中学の先輩よ――と彼女は答える。
ふうん――と言いながら先ほどのカップルの後姿を目で追う彼。
もしかして、昔の――と、更に彼が言いかけると、彼女は、クスッと笑って言った。
「妬いてくれるの?」
彼は、バカ言え――と口を尖らせる。
彼女は、悪戯っぽい眼差しで、そんな彼の顔を覗き込む。
「嘘、気にしてるもん!」
そう言って、彼女は、ちょっと小悪魔のような微笑を浮かべた。
「気にしてないったら!」
彼は少しムキになる。
彼女は、苦笑して肩をすくめると、スッと彼の前に出て、首に手を回した。
それから、ちょっと爪先立って、彼の唇に軽いキスをおくった。
「ばっ、バカ!ヒトが見てるじゃないか!」
彼は慌てて彼女の腕を振り解くと、焦って辺りを見回した。
「誰も気にしてないわよ。だって、この通り、私達みたいなカップルばかりだもの。」
彼女は、もう一度、首に手を回すと、澄まして言う。
「そうだけど……。」
彼は言葉に詰まり、頬をかいたり髪の毛をいじったり――と実に落ち着きがない。
彼女の方はというと、何やら意味ありげに微笑んでいる。
だって。
こんなふうに妬いてくれると、なんだか嬉しいじゃない……。
彼女の微笑みが、そこはかとなく艶っぽく見えてきて彼の心臓は早鐘のように鳴る。
まいったな――彼の思考回路はショート寸前だった。
彼女は彼を見上げ、その瞳をじっと見つめた。
そして、唇がおずおずと動き、こう言った。
「私のこと、ホントに好きなら人目なんか気にしないでキスしてよ。」
「えっ……。な、何を言ってるんだよ。」
思わずたじろぐ彼。
彼女は、じれったそうに背伸びをすると、彼の頭を引き寄せ、耳元で囁いた。
「私のこと、愛してるなら、ここでキスしてって言ってるのよ」。
(きっと彼女は、まだ酔っているんだ。)
彼はそう思いつつ、些か困った表情をして耳元から彼女の顔を引き離すと、真っ直ぐ前を向かせた。
まいったなあ――と、彼は呟き、頭をかき、鼻の下をこすり……。
それから、意を決したように切り出した。
「ホントは俺のせいじゃないんだけどさ。今年もホワイトデイには戻れなくて、キミに淋しい思いをさせちゃったことには違いないからな。ホントに……ゴメン。それに考えてみたらさ。今日も俺の好きな所ばかりにつきあわせちゃったカンジだもんな。だから、その……なんだ。」
彼は、そこで言葉を切って、天を仰ぐ。
「だから、その……。」
彼は、彼女を真っ直ぐに見つめた。
「キミの望みを叶えるよ。」
「え?」
目を丸くする彼女。
「雪、君が大好きだ。」
彼は、やっとの思いでそう言うと、彼女の華奢な身体をぐいっと引き寄せ、そして小さな顎をくいっと持ち上げた。
彼からの濃厚なキス。キス。キス……。
腕の中で、彼女が少し暴れたが、こうなりゃ破れかぶれだ。構うものか!
尚も激しく強引にキス。キス。キス……。
彼がようやく唇を離してくれた時には、彼女はもう、息も絶え絶えだった。
彼女は彼の顔も見ずに、その胸に顔を埋めた。
そして、大きく長く、深い吐息をひとつ。
それから、彼の顔を、キッと見上げて言った。
「古代クンのバカっ!ヒトが見てるじゃないよ!!」
「はぁっ……?」
口をあんぐりと開けて、彼女を見つめる彼。
「だって、キミが。キミが言ったんじゃないか。人目を気にせずにキスしろって!」
納得のいかない顔で抗議する彼。
ぷい、と横を向く彼女。
だからって。
だからって、こんなのひどい――。
彼は再び天を仰いだ。
なんだよ。
キミの気持ちに応えようってさ。
こっちだって勇気、振り絞ったんだぜ。
なんなんだよ。
女ってわかんねえ。
わかんねえよ!
なんだか腹立たしくなった。
しかし。
なんというか――。
いわゆるシチュエーションとか、ロマンティックとかが足りなかった、とでも言うのだろうか?
確かに乱暴すぎたかも知れないけど。
乱暴、すぎたかな……?
そう……だよな。
キスだって、すりゃあいいってもんでも……ないよな。
そうか。
女の子だもんな。
彼は、肩を落として深い溜め息をついた。
彼女にかける言葉も見当たらず、ただただ、途方に暮れた。
それから――。
二人、どちらからともなく、黙って歩き出す。
(どうしてあんなこと、言っちゃったのかしら。)
彼女は深く後悔した。
けしかけたのは私なのに。
自分の気持ちに応えてくれた彼に、わがままばかり投げつけてしまった。
(俺ってダメだな。)
彼は彼で悔やむ。
あんなこと言ったって女の子なんだ。
もっと、やさしく接するべきだったんだ。
なのに俺ときたら……。
あれじゃあ、いくらなんでもガキじゃないか!
「ねえ。」
「なあ。」
二人、同時に声をかける。
「あ。」
「あ。」
なんだか、おかしくなって笑い出す二人。
ひとしきり笑って。
彼女は、そっと彼に寄り添った。
そして、その肩にそっと頭を乗せると、ごめんなさい――と小さな声で謝った。
彼は、やわらかな微笑を浮かべて彼女の肩をそっと抱く。
「いいんだ。俺の方こそ、ごめんよ。」
彼女は彼の横顔を、じっと見つめた。
それから、足早に歩いて、街灯の下のベンチに腰掛けた。
彼も彼女に倣って隣りに座る。
彼女は、ややうつむきながら、いつもより少し低いトーンの声で、ぽつりぽつりと話し出した。
さっきの彼、朝吹クンっていうの。
ホントはね。
昔、彼に好きだと言われたの。
私、嬉しかった。
だって彼、女の子の間では、ものすごく人気があったし、事実、やさしくて、とても誠実なヒトだったから。
でもね。
私が目指そうとする道と彼のものとでは、まったく方向が違っていたし、それに――。
あの頃の私は、恋愛どころじゃない――って思ってた。
私、ずっと医者になろうと思ってたから、学校が終わった後も大学の医学部を目指して勉強してきたんだけど……。
ガミラスからの攻撃が激化していく中にあって、時間が足りないんじゃないかって思い始めたの。
だって……。
あんな状況だったんだもの。うかうかしてると何もしないまま終わっちゃうかもしれないでしょう。
でも看護師ならば医師よりは短期間で資格取れるし、これまでの勉強は無駄にはならない。それに、何より即戦力になるんじゃないかって私なりに考えて、方向転換したばっかりだったの。
だからね。
彼には『そんな気持ちにはなれない。』って答えて、それきり。
ホントにさっき会うまで、彼のことなんて、私の中じゃすっかり欠落していたのよ。
でもさっき、久しぶりに彼に会ったら……なんだかあの頃とちっとも変わってなくて。
隣りにいた彼女と、ホントにホントに幸せそうに笑っていて……。
ちょっとだけ妬けちゃった。
えっ?――と顔を上げる彼。
あ、でも誤解しないで。
彼への気持ちっていうより、隣りの彼女がうらやましかったのよ。
だって、古代クンときたら、いつも人前じゃ素っ気なくて、何より仕事のことばかりで、時々、私、忘れられてるんじゃないかしら――って思えるくらいなんだもの。
だから私、ちょっとイジワルしてやろうって――。
どうせ、古代クンのことだから、恥ずかしがっちゃって、そんなことできないだろうって思ったから。
そしたら――。
そうか。
でも、アヤシイなあ。ホントはアイツの隣にいるのは自分だったかも知れないのに――なんて思ったんじゃないのか?
彼女は、ちょっと考えて、ふふっ――と曖昧に微笑んだだけだった。
「なんなんだよ、今の間は!それにその笑い!」
「古代クンって意外とヤキモチ妬きなのねえ。」
それが分かっただけでも大収穫だったわ!
彼女は、すくっと立ち上がると、彼を振り返り、もう一度、にっこりと微笑んだ。
「大好きよ、あなたのことが。誰よりも大好き!」
そう言うと、彼女は駆け出した。
「おっ、おいっ!待てよ、雪!おいっ、待てったら!!」
彼は慌てて立ち上がり、彼女の後を追いかける。
「あっ!」
彼女が突然、立ち止まった。
「きゃっ!」
「うわっ!」
彼の急ブレーキは間に合わず、彼女の背中に体当たりする。
「ご、ごめん。」
しかし、彼女は気にも留めず、街灯脇の何かを見上げた。
「ほら、見て。桜。」
「あ。」
彼女の指差す先に。
か細い桜の木の枝に、ぽっ、と開いた桜の花。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
「植物園の桜の木は、まだまだだったのにね。」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「うん。」
頷く彼もまた、やさしい微笑を浮かべる。
「歩かなかったら見つけられなかったな。」
「ほんとね。」
夜の公園通り。
二人は、にっこりと見つめあうと、どちらからともなく手を繋ぎ、歩き出す。
春は、やさしくおだやかに恋人達に訪れて。
やわらかに流れる東風を送りながら、ひとときの幸福な時間をプレゼントしたのだった。
■ END ■
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■ ちょほいと言い訳 ■
一応、春らしい話……ということで。こんなん書いてみたんですが。
なんだかなあ〜。
例によってラブラブ度も低いですし…… (笑)
まあ、なんと言いますか、ありきたりの上、内容もない話ですなあ……。
この話、ぢつはWhitedayに出す予定だったんです。
でも間に合わなくて、大幅に内容変えてドタバタ仕上げたんですよ 。 (汗)
んなワケで。
「20日遅れ」というこじつけが、苦しい!(笑)