Innocent Christmas
(1)
今年は暖冬なのだろうか――と思うほど穏やかで温かい日が続いていたが、一転、大型の寒波に見舞われ、身を切るような木枯らしが吹き始めた。
今年の12月もやはり例年と違わない、乾いた寒い月になった。
児童保護施設の談話室に置かれたクリスマスツリーを飾り付けていたモトミヤショウタが溜息をついた。
「あ〜あ。面倒臭えなあ。こんなもん飾ってもチビどもが喜ぶだけなのによお。」
「よく言うよ。昨年まで『クリスマスはご馳走にありつける最高の月』って言ってたクセに。」
神倉涼は、やけに大人ぶってみせるショウタに冷ややかな目線を送った。
「るせーっ!オレももうガキじゃねえってことだよ。」
胸を張るショウタに、涼は呆れた――というように肩をすくめ、苦笑した。そして箱の中の大きな星を掴むと、ショウタの胸元めがけてポイッと放り投げた。
「はい。これ。てっぺんの星。」
不意をつかれたショウタが、お手玉しつつ慌てて星をキャッチする。
「これ、飾りたくて一昨年、2つも年下のヨウスケと取っ組み合いのケンカしたの誰よ?あの大ゲンカのお陰でツリーの飾り付け当番ができたんだったよねえ。今年は念願の当番なんじゃないの?」
涼に皮肉たっぷりに言われてショウタは口を尖らせた。
「っせえなあ。あん時はオレもガキだったの!!いちいち昔のこと言われちゃ、やってらんねえよ、もう!」
「ま、面倒なのは私もおんなじだけどね。ほら。さっさとやっちゃおうよ。」
そう言ってオーナメントを飾りつけてゆく涼の少し大人びた横顔を睨みながら、ショウタは心の底で毒づいた。
(クソ女っ!よりによってお前と一緒の当番だなんてサイテーたぜ!大体、お前は何かにつけ冷めすぎだっつうの!!)
(2)
クリスマス・イブの夜。
施設のある丘から見下ろす街は、クリスマスのイルミネーションで、まるで地上の銀河のように美しく浮かび上がって見える。
もともと、この丘は夜景がキレイに見えることで有名だった。
涼は、談話室の出窓に頬杖をついて、それをぼんやり眺めていた。
談話室の前を通りかかったショウタは、ドアが半分開いているのに気づき、覗き込んだ。
(あれ?涼?何してんだ、あいつ……。)
しかし――。
涼の背中は、圧倒的な孤独に満ちていて、ショウタは声をかけそびれてしまった。
人の気配を感じて涼が振り返る。
「ショウタ?」
ショウタはびくっとして、しどろもどろになった。
「あ、え。いや。」
「なに?」
「う……ん。あっと……。電気もつけないで何やってんのかなあと思ったんだよ。」
ショウタが答え終わらないうちに、涼は再び窓の外に目をやった。
「夜景を見てただけだよ。」
ショウタは、どぎまぎしながら、涼の傍らに歩み寄った。
涼は気にもとめずに外を眺めている。
「12月って好きじゃない。嫌いだな、クリスマスなんて……。この季節になると私、憂鬱になる……。」
呟くように涼が言った。
「なんだか……幸せじゃなくちゃいけないみたいで……。幸せじゃなくちゃ、あの光の中にはいられないんじゃないかって……。だから嫌い。クリスマスなんて。クリスマスのある12月って大っ嫌い。」
ショウタは思わず涼を見つめる。いつもクールで大人びている彼女の口から、そんなセリフを聞くとは思わなかったのだ。
ショウタは言葉を失った。
そんなことを言われたら、自分だって――。
恋人と過ごす――なあんて年齢じゃないし、ターキーやケーキや、いろんなご馳走が並び、好きなモノ、本当に欲しいモノをプレゼントしてもらえる温かなファミリークリスマスを過ごせるわけでもない。
そういう意味じゃあ、オレだって幸せじゃあないとは思うけど――。ここのヤツの殆どがそうだと思うけど――。
「いいじゃんか。」
ショウタの声が、やけに大きく響いて聞こえ、涼は弾かれたようにハッとなって、その顔を見つめた。
「いいじゃんか。幸せじゃなくったってさ。オレ、クリスマスは大事な人が幸せになってくれるようにお願いする日だと思うことにしてるんだ。」
涼は、言葉もなくショウタを見つめる。
「あのクリスマスのイルミネーションも、もしかしたらさ、少しでも幸せな気分になってくれるといい――って願って誰かが飾ったかもしれないだろ?そう思うと、あの光も、違って見えてくるように思うんだ。オレ、オレはさ。光の中にいない人のことを思うことにしてるんだ。」
「ショウタ……。」
「ま、幸せにこしたこたぁないけどな。オレ、今年は……。」
ショウタは、そこで言葉を切った。
涼は次の言葉を待ったが、ショウタは何も言わなかった。ただ黙って街を見つめるだけだった。
(今年は、おまえが、ちょっとは楽しくやれるようになるといいなって、思うんだ。)
それからしばらくの間、二人は黙って窓の外の夜景を見つめていた。
風が、窓から吹き込んできた。
と、ショウタがハッとしたように窓から顔を出す。
「雪だ。雪だよ。めっずらしいな〜。ホワイトクリスマスじゃん!」
ショウタが、おどけた声を出す。
12月の降雪は、滅多にないことだった。
「風花じゃないの?」
涼の言葉に、出窓から肩まで乗り出して空を見上げたショウタが叫んだ。
「違うよ。降ってるんだ。これ、ちょっとは積もるんじゃねえかな?街のやつら、うかれてるぜ、きっと。」
ショウタは楽しそうに涼を振り返った。
涼は、つられるように微笑む。
「明日、街へ行かねえか?」
尋ねるショウタは、いつもよりも、ずっと大人に見えた。
涼は、ためらうことなく頷くと、これまでにない、やさしい穏やかな微笑を、初めてショウタに見せた。
屈託のないショウタの笑顔を見つめながら、涼は思う。
自分にとって、今日と言う日が、そしてショウタという友を得たことが、これまで生きてきた中で一番の贈り物かも知れない――と。
雪は、しんしんと降り積もる。
愛し合う恋人達の肩に――。
家族達の微笑み合う家々の屋根に――。
光の中の街に――
光の向こうの、やさしい人々の窓辺にも、そっと――。
メリークリスマス。
愛しい人へ、思いをこめて。
涼とショウタは、寄り添うように地上の銀河に降る雪を、いつまでもいつまでも見つめていた。
■END■