その日、古代進は、なんの目的もなく無計画に、だらだらと休暇を過ごしていた。
午前11時過ぎまで寝て、のろのろと身支度をするうちに昼近くなってしまい、さすがに腹が減ったので喫茶店でブランチ。
家に帰るのも退屈なので、なんとなく車を走らせる。
今日は雪を誘わなかった。
なんとなく、一人で行き当たりバッタリな一日を過ごしたい気がしていた。
そんな日もある。そんな日も――。
雪に声をかけてしまったら、きっと早起きになる。
彼女は、やって来て早々、自分の姿を見るなり、まず髪型や服装のチェックをするだろう。
楽チンなカッコなんかでいたら、絶対、説教だ。
クローゼットの中の服をとっかえひっかえ、それだけでかなりの時間を潰す。
デートの場所が決まっていない、或いは決まらない日は、買い物になってしまうことが多い。
買い物は、嫌いというのではないけれど、店によっては、死ぬほど退屈で、面倒臭い時がある。
雪が自分を誘って外に出たがる気持ちはよくわかる。
彼女は、互いのスケジュールの合った休暇の、ほんのわずかな時間までも惜しんでいるのだ。
なるべく有意義に過ごそうと、あれもこれもと、ついつい欲張ってしまうのだろう。
でも自分は――。
一日をゆっくりと過ごしたい。
だらだらする――というのだって、そんなに無駄なことじゃないと思う。
(ごめんよ、雪。)
心の中で手を合わせる。
たまには、自分のためだけに贅沢に時間を使いたいんだ。
そんなことを思いながら車を走らせているうちに、郊外に出た。
しばらく走ると、大きな公園が見えてきた。
(この辺も、すっかりキレイになっちゃったな。)
その昔は鬱蒼とした森だったらしいけれど、今は細やかな管理がなされ、周辺住宅地の人々が憩う、機能的で美しい公園に生まれ変わっていた。
進は駐車場に車を止めると、ぶらぶらと公園を散策した。
でも――。
ここの公園は、何だかきれいすぎて面白みがない――40点。
辛口の評価をして公園を後にする。
車には乗らずに、周辺を歩く。
どれくらい歩いただろうか。
やわらかな陽射しと穏やかな風に背中を押されて、進はいつの間にか、小高い双丘のたもとにいた。
なんだか小腹が空いたので、売店で牛乳と菓子パンを買う。
この辺りは、かつて、遊星爆弾の直撃に遭っていた。
丘の頂上には児童保護施設があって、職員や大勢の子供達が犠牲になった。
丘に登ってみる。
(へええ。けっこう、見晴らしがいいじゃないか。)
丘のてっぺんからは、海が一望できる。
周りにはいくつかのベンチと東屋があるだけだった。
進は海が一番よく見えるベンチに座り、牛乳と菓子パンを食べて空腹を満たした。
海からの風が、ひんやりと頬を撫でてゆく。
(いい眺めだな。)
ここから見える今日の海は、穏かに凪いで、きらきらと輝いていた。
今度は向かい側の頂上を目指した。
児童保護施設が在った方だ。
施設は再建されることはなく、代わりに、あまり目立たない小さな慰霊碑が建てられていた。
ずいぶん前に誰かここへ来て、手向けていったのだろう。
枯れた花束がひとつ、風に淋しく揺れていた。
進は、そこにしゃがんで手を合わせた。
今度来る時は、何か花を持って来ようと思う。
慰霊碑があること以外は、反対側の頂上と同じく東屋とベンチがあるだけ。
こちら側からは、街が一望できた。
日が落ちたなら、きっと夜景が美しいだろう。
進は、そこでしばらくぼんやりしていた。
(今度、雪を連れて来よう。花を持って……。向こう側で夕暮れの海を見て、それから……こちら側で花を供えたら、二人で夜景を見よう。)
進は、久しぶりに充実した気分だった。
風が少し冷たくなった。
現金なもので、今度は何だか人の温もりが恋しくなる。
(雪、俺がいなくて怒ってないかな。)
進は、丘を駆け足で降りる。
早足で公園の駐車場に向かう。
電話をしよう。
叱られるのを覚悟で。
何だか勝手な言い種だけど、晩メシは一人よりも二人で食べたい。
「雪?俺。やっぱり、怒ってる?――違うよ。一人でぶらぶらしてたんだ。デートのパターンも決まっちまってただろ?開拓しようと思ったんだ。ホントだよ。――もちろん、収穫ありさ。いいとこ見つけたんだ。今度は絶対、キミと来ようと思って。――なんだ、すねるなよ。――なあ。一緒に晩メシ、食わないか?これから車飛ばして、キミを迎えに行く。――メシを食ったら?キミさえよかったら……そのう……俺んちへ来ないか?――いいよ、着替えなんか。今日は、そんな堅苦しいとこでメシ食うのはよそうぜ。今日は俺の好きな店に連れてく。お洒落じゃないけど味は保証するよ。――うん。じゃ、待ってろよ!!」
進は車を飛ばす。
やっぱり、キミに会いたい。
キミに会いたい。
キミに会いたい。
キミに会いたい。
進の心はもう、愛するひとの元へと飛んでいた。