■ 白い月 2■

 
〜 アクセス記念ストーリー 〜

ゲスト:1000カウンターゲッター 七上司様




その日――。
七瀬つかさは、安らかな眠りについていた。

BZZZZZZ!!
その眠りを破って、ブザーがけたたましく鳴る。

(うう……。うるさい!無視!)

BZZZZZZ!!
BZZZZZZ!!
しつこいブザー。

ガバッ、と起き上がると、どすどすと床を鳴らしながら玄関に向かう。

「うるさいな!!誰!?」
ロックを解除するや否や、勢いよくドアを開ける。

訪問者と顔を付き合わせる。
見知った顔……。

「あ、あんた……。」

土方竜だった。

「よう。元気そうだな。ころころとアパート変えやがって!ずいぶん探したぜ。」
土方は、口の端で、にやり――と笑って言った。

「また余計なことをしに来たの……?」
つかさは土方を一瞥すると、吐き捨てるように言った。

しかし、土方の方も、そんなつかさを鼻で笑って、からかうように言う。

「俺もアンタみたいな蓮っ葉な女、うっちゃらかしておきたかったんだが、あんたの彼氏に祟られるのもイヤなんでね。」

「ふん。よく言うわ。もしかして私に気があるとか?」
勝気なつかさは口元に不敵な笑みを湛えて負けじと突っかかってくる。

土方は、やれやれ――と呆れたように呟いて、溜息混じりに言った。

「俺は、もう少し、しとやかなのが好みなんだがな。そんなことより、何か着るか羽織るかした方がいいんじゃねえのか?まあ、俺としては、そのままでも一向にかまわんが。」

「え?あ。ああ〜っ!?」
つかさは、ハッと自分の「なり」に気がついた。
慌ててドアを閉めてロックする。

(……ああもう。ぱんつ以外、何も着てなかったんだった。よりによって、あの男に出血大サービスしちゃったじゃないよ!不覚だわ!一生の不覚だわ!)

*************

ガチャリ、とドアが開いた。

「ジャージか……。色気がないな。」
開口一番、土方の言葉に、つかさは憮然とした。

「帰りな!」

「まあ、そう言うな。悪気はないんだ。」
再びドアを閉められそうになって、土方は仕方なく侘びを入れた。

「へえ、今日はキチンと部屋が片付いてるじゃねえか。」

「まったく!相変わらずクチの減らない小舅のような男ね。あんまりウチにいないから散らからないのよ!」

しかし、実際は。
彼女のベッドルームは脱ぎ捨てた服でいっぱいだった。

************

通された居間には、今時珍しい、ちんまりとしたちゃぶ台。
そこに敷かれた渋い趣味の座布団に座る。

「ロクなもん、ないけど。ビールも切らしちゃってるし。」
と言ってつかさは、ガチャン――と放り投げるようにコーヒーを出した。

「まあ、俺も喫茶店や居酒屋に来てるつもりはねえがな。」
呆れながら土方は言った。

せっかくなので、コーヒーを一口すする。
だが、土方はすぐに顔をしかめた。
見事なまでに薄いアメリカン。
まずい。まずすぎる!
(缶コーヒーの方がよっぽどもマシだぜ……。)
あまりの味に、砂糖とミルクをたっぷり入れて別物にした。

「あんたも一躍有名人だな。」
土方は、女としてはあまりにがさつだが、しかし、端正なつかさの横顔を眺めながら呟いた。

「別に……。私がやったのは、柳の裏づけを取っただけのことよ。」
ぷい、と横を向いて答えるつかさ。

「ふん。素直じゃねえな。もう……いいのか?」
行儀悪く、あぐらをかいている足を見て土方は尋ねる。

「何が?」
きょとんとするつかさ。

「名誉の負傷のことだ。」

「ああ。オカゲサマで大事にも至らず、すっかりよくなりました!」
つかさは、足を高く持ち上げてみせながら、答える。

「かわいくねえな。ちっとも感謝してねえじゃねえか。」

土方の言葉につかさは、少しうつむいて、小さな声で呟くように言った。

「これでも感謝……してんのよ。」

***************

ガタガタという小さな物音が、つかさを浅い眠りから現に戻す。
そっと起き上がり、床に投げ出してあったジャケットを引っ張り上げて羽織る。

堂々と足音を立てているあたり、物盗りではなさそうだ。
息を潜めて気配を伺う。

ベッドからそっと降りて、こちらもそろそろと玄関に向かおうとしたところで、真夜中の訪問者と鉢合わせとなった。
いかにもアヤシイ、男・二人組みだった。

2対1では、ちょっと分が悪い。

年かさの、30代後半と見える背の高い方の男が不敵な笑みを浮かべて近づいて来た。

「七瀬つかさだな。ディスクを渡してもらおうか?」

「ディスク?なんのこと?」
きょとん、とするつかさ。

「しらばっくれるなよ。おまえが柳の女だってコトはわかってるんだ。ヤツからディスクを預かってるんだろう?」
まだ20代半ばほどの小柄な方が、やや苛々とした口調で突っかかるように言った。

顔をしかめて、年かさが若造を制する。

二人組みの問いに、臆することもなく、つかさは答えた。

「いかにも柳は私の男よ。むろん、彼が何を追ってたかってことくらいは私も知ってたけど?ふうん。ディスクってのは初耳だわね。それをあんたらみたいな、どう見てもブラッキーなオニイサン達が取りに来たってことは、あのバカの調べてた事は、まんざらウソじゃなかったってことね?」

「まさか……ホントにディスクのことは知らないのか?」
年かさが探るようにつかさを見つめる。

「知るわけがないでしょ。柳もバカじゃないわ。そんな大事なモノなら、すぐに足のつくテメエの女になんかに託すと思う?どういった組織の皆さんかわかんないけど、つくづく頭悪いわね。」

つかさの言葉は、短気な若造の神経を逆撫でした。

「ナンだと!!しかし、それならなんでおまえはコソコソ動いているんだ?」
掴みかからんばかりに詰め寄る若造。

「わかんないかなあ。亡き恋人の無念を晴らしたい――っていう切なくて胸を打つハナシじゃないのよ。」
澄ました顔のつかさ。

「ふっ、ふざけやがって。どうするよ?この女。」
若造は、年かさの反応を伺った。

「秘密を知られちまったんだ。殺っちまうしかないだろ。どっちにしたって我々には邪魔な存在だ。」
年かさが、にやり――とした。

「そのくらいにしとけや。コワモテのオニイサン方が、女一人によってたかって乱暴たァ、見過ごせねえな。」

玄関から声がする。
二人組は、ぎょっとなった。

「誰だ!?貴様!!」
振り返る二人組。

「い、いつの間に……。」

「俺も、そのネエちゃんに用があってなァ。まあ、借金の取りたてナンだが。お宅らの用件が済んだら返していただこうと思ってね。しかし、こういう状況じゃなあ。」

ぬっ、と現れたのは――。
土方竜だった。

「じゃ、おまえ……。ずっとここに?」
顔色を変える若造。

「いちゃ都合の悪いことでもアリなのか?」
取り澄ました顔の土方。

「俺達の話を……聞いたか?」
年かさが聞く。

「ナイショの話をするんなら、もちっと考えるんだな。ええと、俺が聞いたのはディスクがなんとかかんとか――ってハナシだったかなあ。」
土方は、とぼけた声で言うと、ニヤリ、と笑った。

「二人まとめて始末するしかないな。」
顔を引きつらせ、舌なめずりをする年かさの男。

「おいおい、物騒なこと言うなよ。俺は、このネエチャンに金さえ返してもらえばそれでいいんだ。しかしなんだな。おまえら、一応プロなんだろう?こんなやり方してちゃ、逆におまえらがボスから始末されちまうぜ?」

「だっ、黙れ!」

やけに落ち着いている土方に二人組は焦りの色を見せ始める。

「まあ、そうカッカせずに。冷静になって考えてみな。こんなところで、コトを起こしてみろ。この辺りは深夜でも人目は多いんだぜ?ましてやヨソ者のお前らは目立ちすぎる。すぐに足がついちまうぜ。プロなら、その辺もリサーチ済みなんだろ?思うんだがな。上の連中、おまえらも一緒に消しちまおうって腹かも知れねえぞ?コワイねえ。悪の組織ってのはァ。」

土方の言葉に、男達は躊躇した。

土方は小さく目配せをする。
つかさは、素早く反応した。
同時に土方も動いた。

あっという間に体格のいい、年かさの男の懐に潜り込むと、みぞおちにヘヴィ級のボクサーのようなパンチを叩き込んだ。

「うげえっ!!」
男は白目を剥いて引っくり返った。

一方、つかさは――。
相方の股間に鋭い蹴りを入れた。

「うごぁ〜っ!うおぉ〜っ!!」
若造はもんどりうって倒れ、股間を抑えてもがき苦しんでいる。
とどめのように、もう一度、股間を踏んづける。

「ぎゃおっ!!」
若造は泡を吹いて気絶した。

「お見事!と言いたいところだが、ありゃあ辛ぇなあ。俺はヤツに同情するぜ。」
土方は肩をすくめた。

「ヤツらの目が覚める前に、おまわりに連絡入れろ!後は俺が見張る。」

「わかったわ。」

彼女は部屋の奥に消えた。

間もなく――。
大きな物音と悲鳴!

「おい!!どうしたんだ?」
ハッとなって、靴のまま部屋に駆け込む土方。

「ビール瓶……踏んだ。」
呻きながら答えるつかさ。

「はあ?――って、なんてえ汚え部屋だ。」

改めて部屋を見回した土方は、些か呆れ果てた。

「う……。うるさいわね!忙しくて片付けてるヒマがないのよ!!」
激痛に呻きつつ、言い返すつかさ。

「モノは言いようだ。俺も忙しい身だが、もう少しマシだぞ。しかも朝からビールとはな。いいご身分だ。俺の知り合いにも朝から一升瓶抱えて飲んでるのがいるが、恐ろしいことにヤツは医者でな。さすがに呆れた。」

「べらべらウルサイわね。あんた、小舅?アタシにとってビールは水代わりなのよ!!」

「やれやれ。だらしなくしているからつまらんケガをするんだ。ま、ケガはヤツらのせいにでもしておけ!名誉の負傷だ。」

「くっちゃべってないで、助けないさいよっ!」
つかさは、額に脂汗を浮かべて叫ぶ。

「あ〜あ。こりゃ折れてるな。」

土方は、真上からつかさを見下ろして溜息混じりに呟いた。

「うっそおぉ〜っ!ところでアンタ、何しにきたのよ!!」
つかさは目に涙をためて、突っかかるように尋ねる。

「ふふん。プレゼントだよ。アンタへの。」
土方は、口角を上げて不敵に笑いながら胸のポケットに手を突っ込み、何かを取り出して見せた。

「何それ?」

「柳からだ。」

ハッとする、つかさ。

「もしかして、それ……柳が追ってた例の?」

「ヤツらが探してたディスクってのはこれのことだと思うんだが。」
土方は、にやりと笑って、つかさの傍らにしゃがみ込んだ。


******************


「あの時、あんたが来てくれなかったら、どうなってたかわかんない。」
つかさは、ややうつむいて、呟くように言った。

「まさか、柳がアンタにディスクを送ってたなんてね。」

「あの野郎、俺を巻き込んで殺す気だったに違いねえ。」
当の土方は迷惑顔である。

「奇跡のようにバレなかったよね。」
対照的に楽しそうな、つかさ。

「なんだかな。無能なヤツしかいなかったんだろうぜ。」

「ところでさ。今日は何?」
つかさは悪戯っぽく、土方の瞳を覗き込む。

土方は、目をそらした。

「ああ。俺の行き付けの飲み屋が店をたたむことになってな。オヤジからおまえに――って預かったものがあるんだ。」

「何?」

「コイツだ!」
怪訝の面持ちのつかさに、土方はディスクを投げてよこした。

「やだ!またディスクなの?命がいくつあっても足んないじゃない。」
つかさはディスクを受け取ると、呆れ顔で言った。

「あ、でもこれ……映像なのね。」

早速、ディスクをスロットに放り込む。

モニターに映し出されたのは――。
柳秋生だった。

「な、何よ、これ……。」
つかさの表情が強張った。


つかさ。元気でやってるか?

ちっ!レンズに向かって喋るってのは、なんかこう、照れ臭くって参るよな、へへへ。

こほん!
ええと、なかなか会えなくてごめんな。おまえのことだから俺のやろうとしてること、うすうす分かってるんだろ?
俺は……もしかしたら……おまえと二度と会えなくなるかも知れない、やばい橋を渡ってる。
実は今いる場所も、嗅ぎつけられそうだ。
その前に、もう一仕事しなきゃならない。場合によっては……死ぬかも知れない。
まあでも、手をつけちまった時から覚悟はできているんだ。


けど。けどな。どうしても気がかりなことがある。
それは……おまえのことだ。
おまえみたいな女、俺みたいな物好きでもない限りは、付き合いきれないからな。
おまえのこと考えると、何しでかすかわからなくて、気が気じゃないんだ。
なあ、つかさ。もしも……もしも俺が死んだら――俺のことは、なるべく早く忘れろ!間違っても俺の仕事には首を突っ込むな!こいつは、おまえの手に負えるようなシロモノじゃない。

俺に……本気で惚れていてくれるなら……頼む。頼むから幸せになってくれ!
おまえのことは、土方という男に頼んでおいた。案外、俺みたいな物好きなんじゃないか――って直感的に思ったんだ。
何かあったら、ヤツを頼れ!ヤツならきっと、きっとおまえの力になってくれるはずだ。

参ったな……。
思ったこと、ちっとも言えやしねえ!とにかく俺は……おまえには幸せになって欲しいんだ。
ごめんな。ほんとにごめんな。
俺、おまえには何もしてやれなかったけど……おまえのこと、誰よりも大事に思っている。
これほど心底、惚れた女は……おまえ以外にいない。
ホントだぜ!

元気でいろよ。
きっと……幸せになれよ!



そこでプツリ、と映像がキレた。

つかさは堪え切れず、膝を抱えて嗚咽していた。
嗚咽しながら叫んでいた。

「バカじゃないの、柳のヤツ!勝手なことばっか言っちゃって!アタシのこと、うっちゃらかして死んじゃったクセに、幸せになれだなんて、何、勝手なことほざいてんのよ!アンタがいなくて、どうやって幸せになれっていうのよ!あんたの代わりなんてどこにもいやしないのに、バカ言ってんじゃないわよ!それに、早く忘れろって、いまさら何よ!こんなディスクよこしといて!バカよ!ホントにバカよ!」

土方は、そんなつかさの背中を黙って見つめていた。

(柳!貴様というヤツは心底、迷惑な男だぜ!一体、俺がおまえに何をしたってんだ?え?)



嗚咽が止み、静かになったところで、土方は漸く口を開いた。

「大丈夫か?」

つかさは答えず、ただ黙って頷いた。

「ディスクの中身までは知らなかったからな。今度また会うことがあったら、もう少し、まともなモンを飲ましてくれよ。じゃ、俺は行くぜ。」
土方は立ち上がり、小さく丸まった、つかさの背中を見下ろしながら、ぶっきらぼうに言った。

「……ないでよ。」

「え?」

「ひとりにしないでよ!」

「何言ってんだ、おまえ……」



カーテンの隙間から、わずかに蒼白い光が射している。
もうじき夜明けだ。

土方は、隣りで小さな寝息を立てて眠っているつかさの横顔を見つめた。
がさつで気の強い彼女からは想像もできないほど、か弱く儚げに見え、きゅうっと胸が痛んだ。

(何やってんだ、俺は。)

成り行きで、彼女と寝てしまったことを、深く後悔した。

自分も柳同様、彼女を幸せにできるような男じゃない。
これ以上、深入りしたら……きっと不幸にしちまう。

急に弱気になる己を自嘲しながら、土方は起き上がった。



目を覚ますと、隣りで寝いてたはずの土方の姿は既になかった。

「やっぱりね。そうだと思ったんだ……。」

つかさは、ふっと笑った。

デスクの上に置かれたメモを読む。

『柳のヤツ、俺を呪っているに違いねえ。俺は女相手にゃ腰抜けだ。退散するぜ!』

「バカ!」
つかさは呟いて、ヘタクソな字のメモ用紙と柳のディスクをダストボックスへ放り込んだ。

「まったく――。アタシも男運のない女だわ!」

つかさは、そう呟いたかと思うと、元気よく顔を上げた。


**********************


あれから何年経っただろうか。
久しぶりに地球へ帰ってきた土方は、夜空を見上げた。

つかさは――。
あの後、アメリカに渡り、相変わらずジャーナリストとして駆け回っていたが、マフィア絡みのつまらない事件に首を突っ込み、逆恨みされて、かつての恋人・柳のように殺された。
彼女と恋仲だったという男の話では、つかさは死に急いでいるようにしか見えなかったらしい。

そして自分は――。
つかさとは、まったく正反対の、しとやかで従順な、やさしい女と結婚し、二人の子供までもうけた。

もしも、つかさと結ばれていたら――などと考えてみる。
それでも。
彼女とは長くは続かなかったように思う。

そして――。
やはり、愛しい妻と出会うのだ。

昔を懐かしむなんて――俺も歳をとったな。
土方は、にやりと笑う。

それもこれも、このいまいましい月のせいだ。

空には、あの夜と同じ、白い月が冷たく光り、皮肉な笑みを湛えて土方を見下ろしていた。




■END■

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