■ Workaholic ■

 〜 アクセス記念ストーリー 〜

ゲスト:3000カウンターゲッター さとみ様




オフィス街から、やや離れたビルの一角の、落ち着いた雰囲気のカフェ。
森雪は、中学の頃からの親友・サトミと久しぶりにお茶を楽しんでいた。


雪は、サトミと互いの近況を伝え合い、他愛のない世間話にひとしきり花を咲かせた後、溶けた氷で薄くなったアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、ふと呟いた。

「なんだか私、疲れちゃったのよね……。」

「やだ!あんたにしては珍しいこと言うわね?」
雪の言葉に、サトミは、ちょっと驚いた顔をした。

雪は、サトミの言葉には答えず、窓の外に視線を移した。
サトミも彼女に倣って、窓の外を見つめる。

窓越しの人々――特に若者達は、ようやく訪れた平和をエネルギッシュに謳歌する。
雪はふと、もう二度とは帰らない人達のことを想った。
(彼らも生きてたら、あの人達と同じように……。)
数知れない悲しみと、底知れない痛みと引き換えに取り戻した、平和で穏やかな日々……。
彼女の中で、未だ癒えない傷が、ずきり――と痛む。

雪は、再び店の中に視線を戻した。


鼻にかかった、鬱陶しいほど甘ったるい声の歌がフェイドアウトして終わり、間もなく流行りの歌手の、ヘタクソなスローバラードが流れ出す。
雪もサトミもうんざり、とした面持ちで揃って眉を顰めた。


「どうした?何かあった?」
サトミは、それきり黙っている雪を見つめると、痺れを切らしたように尋ねた。

「以外だった?私がこういうこと言うの……。」
雪は、サトミの表情をチラ、と伺っただけで、再び窓の外に目をやる。

「ン、まあ……ね。やっぱり『らしくない』って気がするけどね。」
やや困惑した表情を浮かべたが、サトミは正直に答えた。

「そっか。そうよね……。」
雪は小さく薄く笑った。

「今の仕事は嫌いじゃないわ。期待されて、頼りにされるのだって……それはそれで喜ばしいことなのよね。でも――」

ぼそぼそと話しながらも、視線を合わせようとしない雪に、サトミは半ばじれったくなったが、しかし、根気よくじっと耳を傾けている。

「強くて、何でもできちゃうスーパーウーマンじゃないのよ、私は。英雄視されるのは、イヤ。だけど偽善者呼ばわりされるのは……もっとイヤ。」
雪は、視線を窓の外にやったまま、呻くように言った。

「誰かに……何か言われた?」
いつもの彼女とは、あまりにも違う様子に、眉をひそめるサトミ。

雪は口もとをわずかに歪めて、フッと笑った。

「誰が――っていうんじゃないんだけど。何かにつけ、『森さんだから』とか『森さんなら』とか言われて。そういうの、すごくイヤな時あるし、理不尽だと思っても、結局、言われた仕事は放っておけなくて、ついつい片っ端から片づけちゃうんだけどね。」

「あははは。らしいというか……。ホント、あんたってソンな性分だよね。」
サトミは、ついつい笑って言った。

「んもう!サトミってば、他人事だと思って!私にとっては、決して笑い事じゃないんだからね。」
雪は口を尖らせて抗議した。

「ごめん、ごめん。」
素直に謝るサトミだが、口もとが笑っている。
憮然とした表情の雪。

「それにね。なんだか私って、思いっきり浮いてることがあるのよね。なんていうか、前提に『あのヤマトの乗組員』っていうのがいつもあるのよ。良きにつけ悪しきにつけ、特別視されることは否めないってカンジかな。」

「なるほどね。でもそれはさ。突き放した言い方になっちゃうけど、仕方ない部分ってのもあるでしょ?」
頷きながらもそう言って、サトミは雪の反応を伺った。

「そうだけど……。でも、あのヤマトでの勝利はね。沢山の、ホントに沢山の犠牲を払ってのことなのよ。死んでいく人達を目の前にして、何一つできない、見ているだけしかできない、あまりに非力な自分を、まざまざと見せつけられて、私達は、ううん、少なくとも私は、悔いばかりを残してここへ……生きて帰って来たわ。」

「雪……。」
雪の生々しく苦しい心情吐露に返す言葉を失い、ただただ労わるような眼差しを向けるしかないサトミは、さっき自分が言ったことは、ちょっとデリカシーに欠けていたかも知れないと、後悔した。

「私だって、私達だって、一体どれだけの地獄絵図を見てきたか……。どんな思いで、どれだけの修羅場を掻い潜ってきたか……わかってよ、って……叫んじゃいたいのをどれだけ飲み込んできたと思う?私は……私は鉄の女じゃないのよ……。御都合主義的に『ヤマト』の名前を枕詞にしてこられるのはもう、たくさん!たくさんなのよ!!」
雪は声を押し殺しながら、呻くような、搾り出すような叫びをサトミにぶつける。

「雪……。あんた……。」

彼女が弱音を吐くのを、ただの一度も聞いたことがなかったサトミは、正直、衝撃を受けた。
どう言葉をかけていいかもわからず、小さく肩を震わせる彼女を、ただただ見守るだけだった。

「ごめん……。ごめんね、サトミ。確かに……らしくないわよね。何言っちゃってんだろう、私。せっかく……あなたが誘い出してくれたのに。」
小さく俯き、細い指先で零れかけた涙を止めながら、雪はサトミに謝った。

サトミは彼女のそんな姿に、胸がしめつけられる思いがした。

雪は、幸せになってはいけないのだ――と思っている。
雪は、自分の生を本人も気づかぬうちに罪とさえ思っている。
雪は、根詰めて仕事をすることで、すべての痛みを押し込めようとしている。

ああ、思えばこのコは、昔からそうだった。
なんでもソツなくこなす、デキる女に見えたけれど、実は人知れず、そして人並み以上努力するコだった。
そういう姿なんて、まるで知らないくせに、彼女について軽々しく語る人間のなんと多かったことか。
そうだ。昔からそうだ、このコは。
苦しいことも悲しいことも押し込めて、何事もなかったように見せてしまうのだ。
私は知っている。
私は、このコのホントの姿を知ってる。

雪の彼氏の、古代進という男は、彼女のこういう姿を知っているのだろうか?
わかってやってくれているのだろうか。
もしかすると、とんでもないトーヘンボクかも知れない雪の彼氏を、何だかサトミは呪ってやりたくなった。


「あんたって、ホントにバカよね。少し、溜めすぎなのよ。」
叱咤するように言いながらも、サトミの声はとてもおだやかでやさしかった。

「私とあんたとでは生きてく世界が違うかも知れないけどさ。主婦とか母親とかってシゴトも、時には気を抜かないとかえって行き詰っちゃうものなのよ。」

サトミの話を理解しかねて、雪は潤んだ目を瞬かせる。

「まあ、そもそもあんたは完璧主義な性格だったりするから、気を抜くとか手を抜くとかいうのは、すごく難しいコトなのかも知れないけどね。そうだなあ……。今いるところと、まったく違う世界に足を踏み入れてみる――ってのもいいかもね。」

「そうは言うけど……。」
雪の声は掠れて、消え入りそうなほど小さい。

「自分が思っている以上に自分は狭ァ〜い世界にいたりするもんよ?意外とね。」
サトミは、にっこりと微笑んだ。

「私もそうだったわァ。結婚を機にシゴトを辞めて家庭に引っ込んで。だけど甘々ぁ〜な新婚生活なんてすぐに終わって……。後はずっと家事と育児に追われてた。何しろ3人だからね、子供。その昔はさ、主婦なんてお気楽でいいわよね〜なんて、言ってたのにさ。これはこれでまた、いろいろあるのよ。気がついたら自分で自分の視野を狭めてた。そのくせ、埋没していく自分を他人のせいにしたりしてね。こう見えて私も、一頃は精神的にずいぶんと荒んだりもしたわよ。まあ……子供達抱えて、地球自体が何度も存亡の危機に陥った――ってのもあるけどね。」
サトミは言いながら、すっかり氷の溶けきったアイスコーヒーを、ひとくち含み、うっ、まずい――と顔をしかめる。

「私、自分でも気がつかないうちにドアも窓も閉め切ってたのねえ……。ナンにも見えなくなっちゃうワケだわ。」
雪に――と言うより自分に言い聞かせるようにサトミは呟いて、口直しに今度は水をひとくち飲んだ。

「ねえ、雪。仕事ばっか引き受けてないで、休みの時には遠慮しないで出て来なさいよ。私も可能な限り、時間を作るからさ。まあ、場合によってはアンタにも子守りさせるけどね。」
ニッ、と笑ってみせるサトミ。

雪は、そんなサトミに思わず口もとを綻ばせると、ややうつむき加減で照れ臭そうに言った。
「ありがとう。そんな風に言ってくれるなんて、ちょっと嬉しい。」

「だめよ?あんたも幸せになんなくちゃ。ねえ、雪。命賭けてまで守ったものがさ、幸せじゃなかったら、それこそ無念だとは思わない?」
サトミは、雪を真っ直ぐに見つめると、やや強い口調で言った。

「……けど……わかってるけど、私は――」
雪は、どう答えていいかわからず、再び顔を曇らせた。

「わかってないわね。」
肩をすくめて、うつむく雪を見据えるサトミ。

「だって私は……。彼らに対してナンにもできなかった。ナンにもよ。そんな私を上げてみたり下げてみたり――評価されるのはもう、もうイヤなのよ。」
己を責めるような雪を、いたわるように見つめながらもサトミは、小さく溜め息をついた。

「そんなこと言うなら私だって同じよ、雪。私は、あなた達が血を吐く思いで戦って守ってくれた、この地球で生きて、そして……あの子達を産んだのよ。ねえ、覚えてる?イスカンダルから無事に帰って来てくれた時、あなた自身が言ったじゃないの。『私は命をかけて生きていくんだ。』って。」

「……それは――」

「あの時、命をかけて生きる――ってどういうことだろうって私、考えてみたの。結局のところ、精一杯、生きてく――ってことしか浮かばなかったんだけど。好きな人と出会って、愛情を育んで一緒になって、そして新しい命を送り出す――彼らが望んでいたのは、そういう、ごく単純な命の営みなんじゃない?そうして生命の鎖を繋いでほしい――ってことなんじゃない?私は……新しく生み出された生命を大切に育んでいくことで、私達が生きる場所を命懸けで守ってくれた人達の願いに応えようって思ってる。」

「サトミ……。私――」

「とかいいながらも情けないことに、生きてるワタシらは、ちょっとしたことで、容易くめげちゃったりするんだけどもさ。」
サトミは、だめねえ――とでも言うように、小さく肩をすくめてみせた。

「あの時は私……。ああ、私、あの時の自分を思い出すべきだったのかも知れない。」
雪は苦しげに呟くと、肘をつき顔の前で組んでいた手を額に押し付けた。

「私達は異星間どうしの戦いをしてきたけど、地球人にしてみたって、同胞同志で、はるかな昔から争いを繰り返して来たでしょう。悲惨で不幸な歴史がいくつもいくつも生まれて、その度に傷ついて……。だけど、それでも今日まで人類が歩いてこれたのは、その一方で、人は愛することも知っていて、それ故に、絶望することなく、見えないけれど未来を信じてきたからだ――と思った。惨くても醜くても、やりきれないくらいに不幸でも、忘れてはいけない過去がある。命をかけて生きるってことは、良くも悪くも過去を忘れることなく、悩んだり迷ったり躓いたりして傷つきながら、それでもなお、未来を信じることなんじゃないか――って、そう思って……。」
雪はそう言いながらも、うつむいたまま顔を上げようとはしない。

サトミは深い溜め息をひとつついてから、今度はやさしい眼差しを雪に向けると、静かに言った。

「私はね、あんたには幸せになって欲しいって、本気で願ってんのよ。きっと……亡くなった仲間達もそうなんじゃないのかな。あんた達二人をみて、むしろ苛々してるかも。ね?」

雪は、小さく小さく頷いてから両手で顔を覆った。
小さく震える肩。押し殺すような嗚咽。

サトミはそんな彼女を、黙って見守る。
ふと気づくと、店にはサトミも雪も好きだった懐かしい歌が流れていた。

雪は。
ひとしきり泣いた後、ごめん――と席を立ち、人目を避けるようにして早足で化粧室へ入っていった。
その背中をぼんやり見送りながら、サトミは改めて思った。
(あのコ、頑張りすぎちゃうからな。)

雪が戻ってきて。
しばらくは互いに無言だった。

「この歌、懐かしいわね。」
最初に沈黙を破ったのは雪。

「そうね。昔、よく聴いたわよね。」
微笑むサトミ。

「大丈夫?」
サトミが小首を傾げるようにして尋ねる。

「ン。もう平気。でもなんか、カッコわる……。」
雪はコクリと頷きながらも、周囲を気にしてなのかバツが悪そうにうつむいた。

「でもなんか安心したわ。あんたもフツーに迷ったり悩んだりする人間なんだってわかって。」

「んもう!じゃ私をなんだと思ってたのよ!」
顔を突き出してからかうサトミを、雪は抗議を込めて睨んでみせた。

「あはは。冗談よ、冗談。さ、ここ出て、少し歩こう!とにかく、あんたは根詰めて働きすぎよ!」
サトミは伝票を手に、すくっと立ち上がると、雪を置いてすたすたとレジに向かって歩き出してしまった。

「あっ!ちょっと、ちょっと、サトミ!!」
雪は慌てて、その背を追いかける。

しかしサトミは、振り返りもせず、さっさと勘定をすませて表へ出てしまった。



サトミは店から慌てて飛び出して来た雪に、レシートをぴらぴら振りながら悪戯っぽい微笑みを浮かべて言った。
「今日は私が誘ったんだから私の奢りよ。まあ、アイスコーヒー一杯で恐縮なんですけど。」

雪は、まいったわね――といった表情で下を向き、苦笑した。

「ねえ、サトミ。私、自分でも気がつかないうちに自分を閉じ込めてしまっていたかも知れないわ。」

「そうよ、雪。あなたの生きる希望を見つけなきゃ!あなたの生きる希望があの彼氏殿なら、その先の未来も自ずと見えてくるんじゃないの?」
サトミは、にこやかに言って、くるり、と踵を返した。

「ええ。そうね。」
雪はサトミの背中を見つめて深く頷くと、静かに穏やかに微笑んだ。

やわらかな陽射しが二人に降り注ぐ。
眩しそうに空を仰いで雪は、ひとりごとのように言う。

「そう。私にとっての生きる希望は彼なのよ。私、ホントは彼と、古代君と幸せになりたい。」

「それでいいんじゃない?誰にナンと言われようが、それで。まあ、何言ったってわかんないヤツはわかんないんだし。」
サトミは割り切ったように言って、ゆっくりと歩き出した。

「さ、時間ないよ。次、どこ行く?たまには、あんたが決めなさい。私も子供なしで羽伸ばせるの、久しぶりなんだから!さもないと、マジで子守りさせちゃうからね〜!」

「ええっ!?」

大袈裟に驚いてみせる雪に、頼れる女友達は、にっこりと微笑んでみせた。
そしてその女友達は、今日は久しぶりに飲んで帰ろう――と心密かに企んでいた。


■ END ■


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★☆ちょほいと ヒトコト☆★
キリ番3000の特典・ご本人様ご出演オリスト・プレゼントです。
お恥ずかしい限りですが、3000アクセス記念の品が、ようやく今頃……でして。
さとみさん、お待たせしすぎて、ホントに申し訳ありませんでしたっ!!

ご本人様出演――ということで、さとみさんには
「雪ちゃんの中学時代からの親友・サトミ」 という役どころで出演していただきました。
しかしながら己の性格がついつい反映してしまい、ほんとのさとみさんとウチのサトミさんとでは似ても似つかない性格になっちゃいました。
これまた申し訳ありませんでした。


本編では野郎ばっかで、せっかくサーシャや晶子ちゃんが出てきても接触ないし。
なので雪ちゃんに女友達、作ってあげたくなりましてねえ。
職場の同僚じゃなくて、かつての同級生なのですが、そういうのもいいかな――と思いましてね。






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