■ 君の昔 ■

 〜 アクセス記念ストーリー 〜

ゲスト:400カウンターゲッター しげこ様


イスカンダルから地球に帰還したヤマトクルー達は、短い休暇を終えた後、地球再建のため、殆どの者が多忙な日々を送っていた。

古代進と森雪も例外ではなかった。

進は資源輸送船団護衛艦艦長の任に就き、雪は藤堂長官の秘書として地球防衛軍司令部に勤めていた。
多忙な日々にすれ違ってばかりいた二人だったが、ようやくお互いの休暇が合い、その日は、郊外にある森林公園へと出掛けた。
本当に久しぶりのデートだった。

公園内は、平日ということもあって、人はまばらだった。

森林公園――といっても、地球がコスモクリーナーによって浄化されてから、それほど経っていないので、生えているのは、まだ若い樹木ばかりであり、どちらかというと小さな雑木林のようだった。
それでも雪は、植物好きの進に草木や花の名を尋ねながら、森の中や丘の散策を楽しんだ。
進は進で、自分の知識を発揮できて満足そうだ。

やがて二人は、歩き疲れて、池の辺のベンチに腰を下ろした。

やわらかな陽射しと涼やかな風。
触れ合う肩の安心感。
雪は軽く目を閉じて、進にもたれると、たくましい肩に頭を乗せた。

あの赤く焼け爛れた地球の姿が、嘘のようだ。

穏かで、やさしい時間がゆったりと流れる。
こんなに安らかで静かな時を過ごしたのは、久しぶりのことだった。

二人はそこで、お昼のサンドイッチを食べたが、なんだか、そこから離れ難くて、なんとなくぼんやりしていた。
二人とも、ずっと忙しくて疲れていたし、満腹感も手伝って、なんだか眠くなってきた。
こっくり、こっくり……と、揃って舟を漕ぎ、夢と現を行きつ戻りつする……。

「古代進っ!!森雪っ!!」

「わっ!!」
「きゃっ!!」
いきなり、後ろから名前を呼ばれ、驚いた二人は揃って立ち上がる。

「!?」
恐る恐る振り向くと、一人の女性が微笑みながら立っていた。

「揃って昼寝してるなんて、二人とも暢気ねえ……。」

「へっ……!?しげこちゃんじゃないか!!」
「えっ……!?しげこちゃんじゃないの!!」

二人、同時に叫んだので、しげこは、吹き出した。
「相変わらず仲がいいわねえ。」

進と雪は顔を見合わせて、赤くなった。

しげこは、進の小学生時代の同級生であり、ヤマトの元クルーでもあった。
彼女はイスカンダルへの航海の時、生活班員として雪の下で活躍していた。
今は地元で、新設の福祉施設に勤務しており、持ち前の行動力を発揮して、施設の中心的な存在になっている。
今日は、たまたま午前中に公園内の一角にあるホールで緑化計画の会議があった。
せっかくなので、すぐには帰らず、ちょっと散策をして楽しんでいところだった。

「デートかあ……。」
ふふ〜ん、と鼻で笑いながら、しげこは呟いた。

進は顔を赤くしたまま答える。
「う…ん……まあ、ね。ここんとこ、忙しくて、二人ともなかなか休暇の合う日がなかったんだ。雪は……買い物にでも行きたかったんだろうけど、久しぶりにゆっくりしたくってね。人混みを避けて、ここに来たってわけ。今日は俺のリクエストを通してもらったんだ。」

「そうなの。幸せそうだわねえ。鼻の下、伸びきってるわよ!」

「えっ!?」
しげこに言われて、慌てて鼻の下に手をやる進。
それを見て、今度は雪が吹き出した。

「しげこちゃんも相変わらずねえ。古代君、しげこちゃんには、いつも頭が上がらないのよね。」
雪は楽しそうに言った。

「そうなんだ。こいつは昔から――」

昔から――。
しげこは、二人から視線を外し、空を見上げた。

しげこと進が、小学校で同じクラスになったのは、4年の時だった。

一学期――。
進は、活発なしげこと共に学級委員に仕立て上げられてしまい、コンビを組まざるを得なくなってしまったのである。
今の進からは想像できないが、当時は、人前に出ることをあまり好まなかった。
進にとっては学級委員などという、リーダーシップを取らなければならないような役回りは、苦痛以外の何ものでもなかった。
そんなわけで、あまりヤル気もなく、学級委員としては実に不甲斐なかった進は、しっかりもののしげこに怒鳴られ、尻を叩かれ、引きずられるようにして、何とかその役目を果たしていたのである。

しかし――。
しげこには進との学級委員としての学校生活は忘れられない思い出だった。

あれは――。

『我が校も市内緑化運動に参加する』
というのが、児童会で決まり、しげこのクラスは学級会で話し合った結果、『校内の花壇作り』をすることとなったのである。
そのために、しばらくの間、クラス全員が放課後、交代で残ることになった。

「ちょっとォ!聞いてよ、古代君!!鈴木君と山田君が当番さぼって帰っちゃったのよ!!しほちゃんも塾だって言って帰っちゃうし、ひなちゃんは休みだし……。今日は私と古代君二人だけだよ!!緑化週間中に、花壇作って、この種、全部、蒔かなくちゃなのに〜。これじゃ仕事が捗らないよ〜。ったく!たまには古代君からも、みんなにビシッと言ってやってよね。」

何かと理由をつけては、帰ってしまう者が多くて、花壇作りは、なかなか捗らなかった。
クラスの担任も、子供達の自主性に任せて傍観しているだけである。
責任感の強いしげこは、無責任なクラスメートに無性に腹が立ち、捗らない仕事に苛立った。

進は、鼻息の荒い、しげこの話をじっと聞いていたが、大きな溜め息をついて、怒るでもなく、苛立つでもなく、淡々と話し出した。

「いいよ。どうせアイツら、やる気ないんだから。それに何か用事があったのかも知んないし。オレ、土いじりは嫌いじゃないし、残ったヤツで頑張ればいいだろ?」

進に肩透かしをくらったようで、しげこは口を尖らせた。

「だって……。新しく花壇作って花の種を蒔く――ってことに、みんな賛成したんだよ。それなのに帰っちゃうなんて無責任だよ!!」

感情的なしげことは対照的に、進は至って落ちついた口調だった。

「オレは……うるさいこと言ってケンカになるのイヤなんだ。それにイヤイヤやられたんじゃ、見ていてかえって腹が立つし、どうせ種だってロクな蒔き方しないだろ?やる気のあるヤツだけでやったらいいさ。」

「そうかも知れないけど……。」
しげこは、不満そうだ。

「いやなヤツは帰ればいい。それより早く始めた方がいいんじゃないか?二人しかいないのに時間が足りなくなっちゃうよ。」
「え?あ、うん。」
進に促されて、しげこは慌てて道具を運び出した。

進は、石やレンガを黙々と積み始めた。
いつもの進は、頼りなくて子供っぽいと思っていたのに、今日は何だか妙に落ちついていて大人っぽく見える。
しげこは、少し見直した。

「なあ。レンガ、曲がってないか?見てくれよ。」
「え?うん。大丈夫。真っ直ぐだよ。」

二人は、泥だらけになって、土を耕し、レンガや石を組んで花壇を作っていく。

ふと顔を上げると、あたりはもう、薄暗くなっていた。

「おおい!!おまえらーっ!!まだやってたのかーっ!もう暗くなるから、その辺にしとけよーっ!!」
職員室の窓から、担任が顔を出して叫んだ。

「――だってよ。土も、こんくらい柔らかければ大丈夫だろ?」
額の汗を拭いながら、進が満足そうに言った。
「うん。」

ふと、進は、しげこの顔をまじまじと見つめた。
「おまえ……。顔まで泥だらけだぞ。道具、片付けとくから顔と手、洗って来いよ。」
「え?ホント?でも――」
進は、にやりと笑った。
「暗くなっちゃったら、顔の泥、落ちたかどうかわかんないぞ。帰り道、困るだろ。おまえ女の子だし。」

やだ――。古代君てば気を使ってるんだ。
しげこは、にっこり笑って、ウン――と頷いた。

しげこが戻ってくると、今度は進が手を洗いに行った。

頑張った甲斐あって、花壇は何とか形になった。
しげこも満足そうに花壇を眺める。
これで明日からは種蒔きができる。種蒔きには、そんなに時間を取られない。
明日の当番の子達に頑張ってもらおう。

しげこは帰り支度をすると、戻ってきた進に声をかけた。
「今日はありがとう。二人だけでホントに大変だったね。お疲れ様でした。じゃあ、また明日ね。古代君。」
「ああ。あ、ちょっと待てよ。送ってくよ。」
「だって……古代君ち、ウチと反対方向じゃん!」
「いいよ。大丈夫だよ。おまえんちの方、結構、暗いだろ?オレ、送ってくよ。」
「でも――」
「行こうぜ。」
「ウン。」

しげこは少し赤くなったが、辺りは既に暗くなり始めていて、進には分からなかった。

帰り道、二人とも黙ったままだった。
進もしげこも何を話していいか、わからなかった。
特にしげこは――。
なんだか、妙に意識してしまって、何も話せなくなってしまったのである。

「ここでいいよ。ここから先は明るいし、お店屋さんがいっぱいあるから。」
しげこは、立ち止まって進に言った。
「大丈夫か?」
「うん。」

「後は種蒔くだけだから、連中も何とかやってくれるだろ?」
そう言うと、さっきまで、ぶっきらぼうだった進が、にっこりと微笑んだ。
しげこは、どきっ・・…とする。
「そ、そうだね。」

何だか顔が熱いし、どきどきする。
「じゃ、じゃあ私、行くね。ありがとう。古代君。」
「じゃあな。」
進は軽く手を振った。

「さよなら。」

くるり――と踵を返すと全速力で走って去って行く進。
しげこは、その背中が見えなくなるまで見送った。

(なんか古代君って――すごくいいヤツじゃん……。)


花壇は無事に完成した。
進としげこは、誰よりもそれを喜んだ。

以来、しげこは進に一目置くようになった。
――というよりも、淡い恋心を抱くようになった。

しかし、しげこは父の都合で、転校をしなければならなくなった。
例えようもないほどショックだった。

別れの日――。

進は、しげこに向かって、ぽつり――と言った。
「オレ達の花壇、遊星爆弾なんかにやられなければいいな。」
しげこは、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。私達、あんなに頑張ったんだもん。地球は……あんな爆弾になんか負けないよ!」
「そうだよな!おまえも……元気で頑張れよ!また……会おうな。」

進は、少し照れ臭そうに右手を差し出した。
しげこは、その手を握った。
「元気でね。古代君。」
しげこは、込み上げてくる涙を、ぐっと堪えると、精一杯の微笑を浮かべた。

翌年――。
遊星爆弾が日本に落ちた。


あの日のことを思うと、今でも胸がどきどきし、しめつけられる。
あれが、自分にとって本当の意味での初恋だったのだと思う。

でも――。
古代進には森雪という恋人がいる。

ヤマトで信じられない再会を果たしたのに、進にとって自分は、単なる昔の同級生にすぎなかった。
彼が胸ときめかせて恋をし、心から愛したのは、自分も一目置いていた生活班班長の森雪だったのである。

進を好きだったのは自分の方が先で、彼のことは、私の方がよく知っている。
正直、雪には激しく嫉妬したこともあった。
でも――。
イスカンダルからの帰途、ガミラスの残党がヤマトに乗り込んできた時、進を助けたい一心で命懸けでコスモクリーナーを作動させた雪には、敵わない――と思った。

私は、そこまでできなかったろう。
しげこは、自分でも驚くほど簡単に諦めがついた。


でも、久しぶりに会った古代進は、やっぱり、あの頃と変わらない。
変わらないから、なおさら、辛い。
それに――。
幸せそうな雪を見ると、やっぱり妬けた。

「ねえ。二人はいつ結婚するの?」
からかい半分で言ったつもりだったのだが、進から意外な答えが返ってきた。

「実は……そのう。オレたち、婚約したんだ。まだ早いかなあ〜と思ったんだけど。色々、思うところあって…な?」
雪は恥かしそうに、こくり、と頷いた。
「来年の秋には――と思ってるんだけど。」

「そ、そうなんだ!!それは、おめでとう。秋――かあ。ねえ。披露宴には私も呼んでよね。」

「もちろん!!」
しげこの言葉に二人同時に頷く。

そうか。二人は結婚するのか。
二人への祝福の気持ちと、一抹の淋しさで、しげこの心は複雑だった。

せつなくて、せつなくて、せつなくて。
きっと、今夜は泣くだろう。

でも――。

おめでとう、古代君。
お幸せにね、雪さん。

しげこは二人に、精一杯の微笑を贈った。


雪は、帰りの車の中で、ぽつりと言った。
「私、しげこちゃんのこと、ちょっと、うらやましかった。」
進は、うつむき加減の雪の横顔をちらり――と見て、なんで?――と訊いた。

「だって彼女、私の知らない古代君を知ってる……。」
「ええ!?だってあいつと同じクラスになったのは小学4年の時で、あいつは転校しちまったから一緒だったのは1学期だけだぞ?」
「でも私、子供の頃の古代君のこと、知らないもん。」
雪は口を尖らせる。
「それを言うならオレだって昔の雪のことなんて知らないよ!」
「そうだけど。」

「いいじゃないか。雪は、そのう……。オレの奥さんになるんだろ?なんていうか……これから二人だけの秘密、いっぱい作れるじゃないか。」
進は照れて真っ赤になりながら、そう言った。
雪は進の言葉に一瞬、固まったが、にわかに頬を染めた。
「いやだあ!!二人だけの秘密だなんてー!!何言っちゃってるの、古代君たらァ〜!」
雪は、車中だということを忘れて、思わず進を突き飛ばした。
車が大きく右に流れる。
「きゃあ!」
「バッ、バカ!危ないだろ!」

二人は、しげこのせつない想いなど知らずに、幸せに向かって走り出していた。

■ END ■

MEMORIAL     HOME     Stories (YAMATO)