「おおい!鶴見ぃ〜。面会だぞ〜!」
加藤の声に、当人よりも先に別室の野郎共が、わらわらと集まってきた。
皆、一様にニヤついており、鼻の下が伸びきっている。
「てめえら、部屋に引っ込んでろ!!まったく、どいつもこいつも――」
部屋から出てきた鶴見二郎は、大きな溜め息をついた。
月面司令部航空隊の宿舎に、鶴見二郎の姉が訪ねてきたのである。
用もないのに部屋から出てきたむさ苦しい野郎共は、皆、彼女が目当てだった。
「てめえらなあ。ウチの姉ちゃんは夫も子供もある身なんだぞ。物欲しげに見るんじゃね〜!!」
二郎が、ぎろり――と睨んだ。
「ばぁ〜か、おまえ、人妻ってとこがまたいいんじゃねえかよ!!なあ?」
一人が言うと、一同、何やら嬉しそうに揃って頷く。
「ったく。このハイエナ共が〜!!いいか。姉ちゃんに馴れ馴れしくすんな!!指一本だって触れるなよ!?」
二郎は鼻を膨らませながら釘を刺した。
「二郎!!元気にしてた?」
談話室のソファに座っていた小柄な女性が、やおら立ち上がり、大きく手を振った。
鶴見二郎の姉である。
彼女は、ショートカットが良く似合う、日焼けした褐色の肌の健康的な女性だった。
「姉ちゃん!!」
嬉しそうに顔を綻ばせて、鶴見二郎が駆け込んで来る。
「見ての通り、元気にやってるよ。姉ちゃんも元気だったか?」
「うん。私も丈夫なのが取り柄だからね。」
やんちゃ坊主のような二郎の頭をポンと叩いて、姉は、にっこりと微笑んだ。
「お義兄さんも変わりな――」
二郎は、ふと、言葉を切った。
「お!?エリも来てたのかあ。いい子にしてたか?」
姉の後ろから、恥ずかし気に小さな女の子が顔を出した。
それから「ウン。」と大きく頷いて、にっ、と笑う。
今年3歳になる姪の「エリ」だった。
エリは、母の元からパッと飛び出すと、叔父である二郎にしがみついた。
その頭を、やさしく撫でる二郎。
「じろう。あたらしいパンツ、かってきてやったぞ!」
エリは胸を反らして言った。
「お。そりゃあ、ありがとな。カッコいいヤツにしてくれたか?」
二郎は、そう言ってエリを抱き上げた。
「エリがえらんだんだもん。だいじょぶだよ。」
「そ……そりゃあ、嬉しいなあ……。どういうヤツ?」
二郎は苦笑いしつつ、尋ねる。
「うんとねえ。くまちゃんのとねえ。うさちゃんのだよ。」
得意そうなエリ。ひきつる二郎。
「く、くまちゃんとうさちゃんかあ……。そ、そりゃあかわいいなあ……。」
二郎の声が震えた。
その背中で、野郎共が笑いを必死で堪えている。
(くっそう!!あいつらぁ〜!!)
今度は、二郎の肩と拳が震えた。
「ねえ。じろう!かとちゃんはいる?」
エリは二郎の顔を見上げて尋ねた。
「え?」
きょとん――とする二郎の頭をぺちぺちと叩いて、じれったそうにエリが言った。
「はんちょうさんのォ、かとちゃんだよ。」
「か、加藤?」
「エリ、きょうは、かとちゃんにあいにきたんだよ。」
二郎は呻いた。
「う……。エリ、おまえね――」
二郎が、がっくり項垂れていると、ヘラヘラと、その「かとちゃん」が現れた。
「お姉さあ〜ん。お久しぶりっスぅ〜。お元気そうで何よりっスぅ〜。相変わらずキレイっスよねえ。ホントに似てない姉弟で良かった。お!エリ、おまえも来たのかぁ〜。おまえもオジサンに似なくて良かったなあ。将来、有望だぞ。ほれ、こっち来い。遊ぼうぜ!おい、鶴見、久しぶりなんだから、お姉さんとゆっくり話してこいよ!」
「か、加藤。すまないな。」
姉への軟弱な態度や言動に不満を抱きつつも、気を利かせたくれた加藤に、二郎は一応、感謝した。
一方、エリは、加藤の声に、二郎からパッと離れると、一直線に駆け寄る。
「かとちゃあ〜ん。エリねえ。かとちゃんにあいにきたんだよ。じろうはついでだよ。」
「おまえ、辛辣なこと言うね……。二郎が泣くぞ?」
加藤の言葉に澄ました顔でエリが言う。
「いいの。ほんとのことだもん。」
震える二郎の双肩……。
「ま、いっか。エリ、来いよ。」
加藤は、二郎の淋しい背中に同情しつつ、小さなエリに手を差し出した。
加藤の大きな手を、ぎゅっと握りしめるエリの小さな手。
長身の加藤を、そっと見上げるエリの瞳がキラキラと輝いた。
加藤は、鼻歌まじりに、エリを食堂に引っ張ってきた。
「サランちゃあ〜ん、あのさあ、アイスクリームかなんか、ないかな?」
「あるわよ。あら?また、かわいい彼女連れてるわねえ。」
「ウン。鶴見の姪っ子なんだよ。かわいいだろ?」
「ホント。将来すごい美人さんになるわね。」
サランが微笑んだ。
間もなく、サランが加藤にアイスコーヒー、エリには、チョコレートソースのかかったアイスクリームを運んできた。
「はい。どうぞ。」
エリは、サランの背中を見つめながら加藤に耳打ちする。
「ねえ。かとちゃん。」
「はん?」
「あのひと、かとちゃんのかのじょ?」
「あ?バ〜カ。違うっつうの。サランちゃんには、カッコイイ彼氏がいるの。」
「じゃ、かとちゃんは、かたおもい?」
加藤は呆れながら肩をすくめた。
「おまえ……いくつだよ。別に片思いなんかじゃねえよ。俺の恋人はコスモタイガーなの。」
「ふうん。よかった!」
エリの顔が、ぱぁ〜っと明るくなる。
「なんだよ。ヘンなヤツだなあ。」
加藤は再び肩をすくめた。
「ハッハッハッハッハ!」
誰かが大声で笑う。
振り返ると――いつの間にか山本明がいた。
「あ!なんだ、てめえ――」
笑われて膨れっ面の加藤。山本が苦笑した。
「ワリイ、ワリイ。なかなか面白いカップリングなんで、つい見入っちゃったよ。それにしてもニブいなあ、加藤。なあ、エリちゃん。エリちゃんは、かとちゃんが大好きなんだろ?」
エリの顔を覗きこむようにして尋ねる山本。
「……ウン。」
エリは顔を真っ赤にして、小さく頷く。
「ナリは小さくても女だなあ。」
山本は加藤の耳元で、そう言うと苦笑した。
「おいおい、山本……。コワイこと言うなよ。」
今度は加藤が赤くなる。
「そんじゃ俺、用事あるから。じゃな、エリちゃん。おい、色男!うまくやれよ。サランちゃん、ご馳走さま〜!!」
山本は凸凹カップルに向かってウインクをすると、楽しそうに口笛を吹きながら出ていってしまった。
「ちっ!ったく!なんなんだよ、アイツはよ!」
舌打ちする加藤。
山本が行ってしまって、妙な雰囲気になってしまった。
(ま、まいったなァ。山本がヘンなこと言うからよォ〜……。)
加藤は頬を掻いた。
ちらり――。
横目でエリを伺う。
やはり、こちらの様子を伺うエリと、バチッと目が合ってしまった。
慌てて、天井に視線を泳がせる加藤。
(うわ!マジで意識してどうするよ?相手は3歳児じゃねえかよ!!)
加藤は、そわそわと落ちつきなく、アイスコーヒーを、ずびっ…と一口啜った。
「え、エリ。アイス…早く食わねえと、溶けるぞ!」
加藤の言葉にエリはアイスクリームをパクッと一口食べる。
それから、口元をレースペーパーで拭いてから、おずおずと加藤に向き直った。
上目づかいに加藤の瞳を捉えるエリ。
「う……。」
逸らすに逸らせない。
まだ青い白目の、無垢な瞳……。
全身から、どっ、と汗が噴出す加藤。
「かとちゃん、あのさ。」
「な、なんだ?」
加藤は顔がカアーッと熱くなるのを感じた。
そんな加藤に、エリはもじもじしながら、小さな声で言った。
「かとちゃんはァ……エリのことすき?」
「え?ええ〜っ!?」
加藤は目を白黒させた。
「きらい?エリ、こどもだから?」
加藤の目を、じっと見つめるエリ。
「いや……なんていうか……その……。」
視線を逸らせて、しどろもどろの加藤に、エリは悲しげに目を伏せた。
「いいよ。べつに。かとちゃん、やさしいしカッコいいから、エリ、すきな子いるとおもってたんだ。」
そう言って顔を上げたエリの目に、今にも零れ落ちそうなくらいに涙がいっぱい溜まっていた。
――と、突然、エリは椅子から転がるように飛び降りると、パッと駆け出した。
「お、おい!!」
慌てて追いかける加藤。
しかし、エリは、一足早く食堂のドアをすり抜けて出ていってしまった。
「エリ、待てよ!おいっ!!」
以外に、すばしこいエリを、加藤は、とうとう見失った。
「まいったなあ。」
『ナリは小さくても女だなあ。』
山本の言葉が、ふと過る。
泣きたいのは俺の方だよ――。
加藤は頭を垂れて大きな溜め息をついた。
加藤は仕方なく談話室に向かって駆け出した。
「おい!鶴見!!エリ、来なかったか?」
「え?来ないけど。一緒だったんじゃないのか?」
驚いた顔の二郎。
「そうなんだけど、食堂から飛び出してっちゃったんだ。」
「なんだって?どうして――」
目を丸くしている鶴見姉弟に、バツが悪そうに頬を掻く加藤。
「それが、そのう……。」
口篭る加藤。
二郎の姉に視線を移すと、観念したように、エリとのいきさつを話す。
事情を説明されて、鶴見姉弟は大きな溜め息をついた。
「ごめんね。加藤クン、迷惑かけちゃって。あの子、おませだから。」
加藤は項垂れた。
「いえ。俺が悪いんス。なんていうか……俺、女の子の扱い、慣れてないっつうか、そのう――」
しかし、意外にも二郎は微笑んで加藤の肩を叩いた。
「いいんだ、加藤。おまえがいいヤツだってことは、俺も姉ちゃんも分かってんだ。姉ちゃん、ちょっとここで待っててくれ。立入禁止の場所もあるから、俺が探しに行くよ。」
「俺も探す。」
「ああ。頼むよ。」
加藤と二郎は、エリを探して、あちこち駈け回った。
さっきまでいた食堂。
厨房。
娯楽室。
物置。
宿舎内をくまなく探したが、いない。
「まさか……な。」
二人は、ふと思い当たって顔を見合わせた。
まさか格納庫には――。
二人は格納庫へ続く長い廊下を駆け出した。
コスモタイガーの並ぶ格納庫。
二人は懸命にエリの姿を探した。
しかし、ここにもエリの姿はなかった。
次第に二人の顔にも焦りの色が見え始める。
危険な場所に入り込んでいたりしたら――。
「どこ行っちゃったんだ!?」
二人が肩を落として格納庫を後にしようした時、仲間の1人が二人に駈け寄って声を掛けた。
「さっき連絡が入ったんだが、格納庫に侵入者があったらしいぞ。鶴見んとこのチビじゃないのか?」
二人は慌てて駆け戻る。
――エリは、格納庫の隅の、小さな物置の影にいた。
どうやら、そこは死角になっていたらしい。
「こんなところに――。」
加藤と二郎は、ほっと、安堵の溜め息をつくと、エリの傍らに揃ってしゃがみ込む。
そして――。
二人は顔を見合わせ苦笑した。
丸くなって膝を抱え、エリは小さな寝息をたてていた。
まだ、涙の乾ききっていない長い睫毛と頬。
「エリのやつ……。おまえのコスモタイガー、探してたのかな。」
「さあ、どうかな。」
「まったく、エリのヤツ、こんな危ねえとこに……。」
「鶴見。先にお姉さんの所へ戻っててくれ。」
二郎は加藤の考えを察して、頷いた。
「ああ。後、頼んだぜ。」
ニヤっと笑って、親指を立てる加藤。
二郎の背中を見送ってから、加藤はエリを抱き上げた。
なんだか、ふわり…と、やわらかなエリ。
加藤は、そのまま愛機に向かって歩いた。
「……!」
エリが、ゆっくりと目を覚ます。
「かとちゃん……?」
「あ、ごめん。起こしちゃったな。」
エリは、加藤の首にしがみついた。
「おへやがね。どこかわかんなくなっちゃったの。」
加藤はエリの頭を、そっと撫でると「もう大丈夫だよ。」とやさしく言った。
小さく頷くエリ。
「ほら。これが俺の恋人だぞ。」
加藤はコスモタイガーを愛おしそうに撫でながら言った。
「これが俺の大事なコスモタイガーだ。どう?美人だろ?」
加藤の腕の中で、目を瞬かせるエリ。
加藤はエリを抱いたまま、キャノピーを開いてコクピットに座る。
「今日は特別に中を見せてやるからな。」
エリは、こくり――と頷いて嬉しそうに笑った。
「かとちゃんやじろうは、いつもこれにのってるんだね。」
エリは操縦桿を握って楽しそうに言った。
「ああ。」
やさしく頷く加藤。
「ごめんな。俺、女の子から『好き』だなんて言われたことないからさ。びっくりしちゃったんだよ。」
いつになく、静かで穏かな加藤の声。
仲間内でも、こんな声で話す加藤を見た者は、恐らくいないだろう。
「ううん。かとちゃんはわるくくないよ。エリがわるいんだよ。ごめんなさい。」
エリは小さく首を横に振ると、素直に謝った。
加藤は、エリの小さな手を上から包み込むように、そっと重ねて操縦桿を握った。
「あのな。俺の頭の中は、いつも、こいつのことでいっぱいなんだ。なんていうか今の俺は女の子のことより先に、こいつのことを考えちゃうんだ。こいつに乗ってると、女の子のことなんか、すっかり忘れちゃうんだな。それに……ここにいたら、遊園地や動物園で遊んだり、オシャレなお店で食事したり……買い物したり、フツウの恋人同士がするようなデート、できないだろ?エリは俺とそういうこと、したかったんじゃないのか?」
加藤の言葉に、エリは振り返り、その顔を見上げる。
「ちがうよ。えりはねえ。かとちゃんのそばに、ずっといたいの。」
加藤は穏かに笑った。
「そうか。そういう女の子がいてくれるっていうのは、嬉しいなあ。」
「ホント?」
エリの潤んだ瞳が、ぱあっと輝く。
加藤の大きな手がエリの頭を、そっと撫でた。
「ホントさ……。なあ。エリが大きくなって……世の男共が、み〜んなクラクラしちゃうくらいに、いい女になって……。エリが俺のことを、まだ好きでいてくれて……相変わらず俺に彼女がいなかったら――そん時は、お婿サンにしてくれる?」
「う〜ん。どうしようかな。」
エリは、鼻の下を人差し指でこすりながら、考え込む。
「おいおい……。そこで悩むなよ。」
肩をすくめて苦笑する加藤。
「そうじゃないよ。エリが、お嫁さんになるんだよ。」
エリは照れ臭そうにそう言うと、加藤に抱きつき、その頬にキスをした。
加藤は、そんなエリを、やさしく抱きしめる。
「ようし。じゃあ、かとちゃんも、男を磨かなくちゃだな。それからなあ。二郎にもやさしくしてやれよ。あいつ、ホントにおまえを大事に思ってるんだぞ。さっき、おまえがあんなこと言うから、だいぶ、しょげてたぞ。」
エリは、ペロリと舌を出した。
「だいじょうぶ。だってエリ、じろうのことも大好きだもん。」
「よし。じゃあ、お母さんのとこへ行こう。心配してるぞ。二郎なんか、泣いてるかも知れないぞ!!」
「ウン!」
エリは元気良く返事をした。
加藤はコクピットから出ると、エリを肩車する。
「よおし!お母さんと鶴見の待ってる談話室に向けて、コスモタイガー緊急発進だ!行くぞ!!キイーン!!」
二人は、油臭い格納庫を抜けて、駆け出した。
小さなパイロット・エリは、コスモタイガー加藤を駆って、長い廊下を、はしゃぎながら滑空した。
二人の顔は、どちらが大人で、どちらが子供のなのか分からないくらいに無邪気だった。
(行っちゃったな……。)
月基地を飛び立って地球に帰って行く民間宇宙船。
再び静かになる月面司令部航空隊宿舎。
窓の外の宇宙船を静かに見送りながら、加藤は、少し寂しげに微笑んで呟いた。
「また来いよ。まめ台風……。」
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