The COMPANY 〜 A day without the record 〜
■PAINE
「ちょっと張り切り過ぎたかな?」――と、雪はわざとおどけて軽口を叩いてみせて。
ごつん、と高階からゲンコツを貰ってしまった。
心配をかけたくなくて言ったのだけれど、裏目に出てしまった。
「僕や佐渡先生がキミの身体をどれだけ心配してると――」
言いかけて次の言葉を呑み込み、高階は大きくて深い吐息をついた。
「まあ……いい。」
高階は眉間にわずかに皺を寄せ、困ったような顔で布団を直すと、雪の鼻先まで、ずい、と顔を近づけた。
「え……?」
たじろぐ雪に、高階は口角をクイッと上げて笑った顔になったが、目だけは厳しく雪を見つめている。
「いいか?無理もガマンもするな。何かあったらすぐに連絡しろ!わかったな?」
高階は雪の額をツンツンとつつきながら、そう釘を刺すように言って病室から出て行った。
ゲンコツを落とされたところをそっと撫でる。
痛かったのはそこではなくて、胸の奥。
――叱られちゃった……。当たり前、か……。
夢中だったとはいえ、無茶なことしちゃったんだもの……。
ごめんなさい、高階さん。
ごめんなさい、先生……。
ごめんなさい、古代、くん……。
デスラーとの白兵戦では大勢の負傷者を出してしまったヤマト。
おかげで薬品と、何より輸血用の血液が不足してしまい、最後に収容された雪には、厳しく過酷な状況下での手術となるところだった。
しかし彼女のため、多くの仲間達が自身も傷つき疲れきっている身体を押して、血液の提供を申し出てくれた。
そのおかげで、なんとか輸血が叶い、佐渡の全身全霊を賭けての神業的な手術によって、奇跡的に命を取りとめることができたのだった。
けれど。
そうして長らえた命も、あと、どのくらいもってくれるのだろうか。
自分の身体は辛うじて持ちこたえているにすぎない。
……どの道、わずかな時間しか残されていないのだ。
ごめんなさい、みんな……。
ヤマトに乗り込んだことは後悔してはいない。
でも――。
知らず、涙が零れ落ちる。
志半ばで、ましてや目前だった幸福を掴み損なったままで逝く――というのは、やはり辛く切なく、悲しかった。
そしてそれは。
自分を愛し、育んでくれた両親への、最大の親不孝でもあった。
ごめん、なさい……。
ごめんなさい、パパ、ママ……。
嗚咽を堪えようとして、身体が震える。
それだけで傷が痛む。
心底、情けない……と思った。
ふっ、と天井が揺らいだような気がした。
枕から、かくっ、と首が落ちかけて、はっとなる。
――ああ、そうか。
投与された薬が雪を眠りの国へ誘おうとしている。
でも……。
眠ってしまったら、二度と目が覚めないのではないだろうか?
ふと、怖くなって。
雪は声にならない声を上げた。
沈むように薄れてゆく意識の中で、ただ愛するひとを想い、その名を呼んだ。
「こだい、くん……。」
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「雪?ユキ!?」
――なんだ、眠ってしまったのか……。
ほっ、と安堵の息をつく。
雪のための、なけなしの輸液セットを抱えて戻ってきた高階は、呼びかけて返事のない彼女に、まさか――と心臓が止まりそうになった。
しかし、さっき投与したばかりの、少し強めの鎮痛剤のせいで眠っていただけとわかって虚脱した。
――なんでこんなことになってしまったんだ。
眉間に皺を寄せ、苦しげな呼吸で眠っている雪を見つめ、高階は唇を噛んだ。
――いや、彼女がヤマトに乗り込んだ時点で、こうなることを予感していたのかも知れない。
この娘が、人のために命を惜しまない娘だってことはわかっていたんだから。
それならば何故、僕は……。
死の光弾が激しく交錯するあの甲板に彼女を置いてきてしまったのだろう。
古代のまだ帰らないあの場所に、彼女を置いてきたらこうなることくらい、わかりきっていたのに。
「あ……。」
高階は雪の目尻に涙がたまっているのに気づいた。
帰りたいんだな――と思う。
生きたいんだな――と思う。
当たり前だ。こんなところで、キミの人生が終わってしまうなんて僕だって考えたくない。
だって、僕は……。
君のことをずっと、ずっと妹みたいに思ってきたんだ。
高階は、深い吐息と共に両手で顔を覆った。
そう。僕はキミを、本当の妹みたいに思ってきた。
キミと初めて出会った時から、ずっと。
ずっと僕は見守ってきた。
見守ってきたつもりだったのに……。
何もできなかった。
何も。
コスモクリーナーの時も。
そして今も……。
結局、この有り様じゃないか。
僕はまたキミを失いかけてる。
なあ、雪……。
僕らはこの戦いに勝てるだろうか?
本当はキミだけでもここから連れ出して地球へ帰りたい。
そしたら僕はキミを失わずにすむかも知れないのに。
バカだな。
誰よりもそう願っているのは古代だろうに……。
誰よりもあいつが一番、辛いんだろうに……。
「っ……。」
高階が、口惜しさに奥歯をぎりり、と噛みしめた時、雪が小さく呻いて、薄っすらと目を明けた。
高階は、ハッと我に返ると、彼女の顔を覗き込む。
「ユキ?」
「あ……っ。た、か、しな……さん?」
「どうした?痛むのか?」
心配そうに見つめる高階。
しかし雪は、微笑みを浮かべて答えた。
「ううん。夢を見てたの。」
「夢?」
「そう。小さい頃の夢。怖いような怖くないような、そんな夢。」
雪は頷いて、上目遣いに、ちょっと楽しそうな表情を浮かべた。
「はぁ?一体、どっちなんだよ。」
高階は苦笑した。
「だから……。怖いような怖くないような――なの。」
雪の命を繋ぐ医療機器のデータをチェックしながら訊ねる高階に、そう言って雪は、悪戯っぽく笑った。
「なんだよ、それ。わかんないなあ。どんな夢?」
高階も笑いながら訊ねたが、弾き出された芳しくないデータに、わずかに眉間を寄せた。
雪は、そんな高階をちら、と横目で見て、わずかに瞳を翳らせる。
それから小さく息をつくと、軽く目を閉じ、夢の話を始めた。
「あのね。どこかわからないのに、何故だか行ったことがあるような気がする大きなデパートで、家族でお買い物をしていてね。
ママから、『ここにいなさい。』って言われたのに、私、急に不安になって、つい、その場所から動いてしまって、迷子になってしまったの。
そのうち、店が閉まってしまって、誰もいなくなって、真っ暗になって――。
どうしていいか、わからずに泣いていたら、懐中電灯の光と足音が近づいてきたの。
私、きっと警備員さんだと思って、声を出そうとするんだけど出なくて。一生懸命、叫ぶんだけど、声が出なくて。
そうこうするうち、私の周りだけ酸素がなくなっちゃったみたいに息苦しくなってきて、助けを呼ぶんだけどダメなの。どうしても声が出ないの。
もう、なんだか必死にもがいていたら、何故か傍に古代君がいるの。
『なにやってんだ、おまえ!』って。
上から見下ろして、こんな風に眉間に皺寄せて。
呆れたみたいな顔して言うのよ。私は必死だったのに失礼しちゃうでしょ?」
雪の声は掠れて力こそなかったが、夢の中の古代の表情を真似てみせながら、なんだか楽しげだ。
高階も黙ってにこやかに聞いている。
「でも、古代君が出てきてくれてよかった。ほっとした。ほっとしたら、ああ、夢だったんだ、ってわかって、目を開けたら……。そしたら、高階さんがいたの。
夢だったんだ――ってわかっても、なんだかまだドキドキしてたから、高階さんがいてくれて、ほっとしちゃった。なんか、子供みたいよね。」
そう言って、雪は小さな少女のように屈託のない笑顔を浮かべた。
「なるほど。怖いような怖くないような夢、ね。
ホントは残念だったんじゃないか?、眼が覚めたらいたのが僕で。」
「んもう!そんなこと、ひとことも言ってないじゃないですか!」
軽口を叩きつつも、高階は胸がしめつけられる思いだった。
他愛のないことかも知れないが、彼女が自分を頼ってくれたと思うと、素直に嬉しい。
だけど。
だけど、ここにいるべきなのは、僕じゃないんだよな。
僕なんかじゃなくて、古代、おまえなんだ。
雪の、彼女の生きる支えになっているのは、古代進、おまえなんだよ。
高階は、すぐにでも古代進を引きずって連れてきたい衝動に駆られた。
ふと、雪がどこか遠くをみつめるようにして言った。
「私、今ね。幸せだなあ、って思ったの。」
「え?」
思わず顔を上げる高階。
雪は、高階を見やると、くすり、と笑った。
「あ。なんでだ?――って顔してる。
そりゃあ……こんなことになってしまって……手放しでそう思うって言ったら、嘘になるけど……。
でもね。私、ひとりじゃないんだなあ、って。つくづく、そう思ったの。
古代君はもちろん、だけど。
先生も高階さんも、いつだって私のこと、親身になってくれてるでしょう……。
それに、他のみんなも私を気遣ってくれてる……。
なんだかね。ホントに私、いい人にだけめぐり合ってきたんだなあ、ってそんな風に思って。
だから……。
だからね、私。なんだか、幸せだなあ、って思ったの。
おかしい、かな?」
くわっと涙が込み上げて、高階は雪を正視できなくなった。
くいっと彼女に背を向けるようにして天井を見上げ、零れそうな涙と震えそうな声をぐっ、と堪えて言った。
「いや、おかしくないさ。古代だけじゃない。みんな、おまえのこと、大事に思ってるよ。だから、頑張れよ。」
「はい。」
雪は。
にっこり笑って、深く頷いた。
高階は、そのまま涙を隠すように立ち上がると、点滴のパックに手をかけた。
「そろそろコレはいいかな。よいしょ、と。もう1本、特大のヤツをプレゼントしていくよ。」
「それはどうも有難うございます、高階センパイ。味も素っ気もなくて、嬉しくないけどね。」
「相変わらず、クチの減らないやつだなあ、まったく!」
高階は苦笑した。
頑張れ、か。
雪は十分すぎるほど、頑張ってるじゃないか。
こんなことしか言えないなんて。
しっかりしなきゃいけないのは。
頑張らなきゃならないのは、僕自身だろうが。
高階は自分自身に苛立った。
「さて、と。そろそろ戻らなくちゃかな?
古代には怖い夢見てピーピー泣いてる、って言っとくよ。」
高階は、からかうように言って、雪を見下ろす。
「ひどい!高階さん!」
頬を膨らませる雪に、高階は愉快そうに笑った。
「ハハハ、冗談さ。古代には、元気そうにしてるから安心しろ、って、そう言えばいいんだろ?」
「え?あ……。ああ、はい。」
雪は高階の言葉に、一瞬、真顔になって、小さく頷いた。
「さあて、と。僕としてはキミにはもう少しゆっくり眠ってて欲しいんだがな。ついつい、乗せられてお喋りしすぎたよ。
まあ、そのうちイヤでも薬が効いてくるだろうけどね。
コイツには楽しい夢が見られる薬が特殊配合してあるから、今度は怖い夢、見ないですむぞ。安心して寝ろよ。」
高階は、そう言って点滴をつっつきながらおどけてみせた。
「ふふふ。それはよかったわ。ちょっとアヤシイけど。
……ねえ、高階さん。」
笑って答えた雪が、ふと、まじめな顔をして高階を見つめた。
「うん?」
「私ね。高階さんのこと、ずっとお兄さんみたいに思ってた。」
「え?あ……。」
「なんだか照れ臭くて、言えなかったけど……いつも私のこと、見守っていてくれて、ありがとう……。」
「バカ、改まって何言ってるんだ。僕はこんなお転婆な妹を持った覚えはないぞ!おまえみたいなのが妹じゃ気苦労が耐えないよ。
さあ、ワケのわからんことを言ってないで、とにかく大人しく寝ていろ!でないと『じゃじゃ馬の恋人に手を焼いている』って愛しの彼氏殿に言うぞ!わかったな?」
「ああ、もう!ひどいんだから!」
雪は口を尖らすと、布団を顔までずり上げ、潜ってしまった。
背中を向けたまま、軽く手を挙げると、高階は病室を出て行った。
それを見送る雪の、淋しげな眼差しを知らずに。
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高階は、足早に自室に向かう。
そして、部屋に入るや否や、ドアを背に床に座り込むと、両手で顔を覆って嗚咽した。
間もなくそこへ。
佐渡酒造が入ってきた。
「どうした、高階?おまえさん、雪のところへ行ったきり戻って来んから、何かあったのかと――」
「高……階……?」
佐渡は、灯りも点けず足元で膝を抱えるようにして蹲る高階にぎょっとした。
「僕は、僕はダメです。先生……。」
高階は、顔を膝小僧に押し付けたまま、涙声で呻く様に言った。
佐渡は灯りを点け、屈んで高階の肩を叩く。
「なんじゃ、どした?」
高階は呼吸を整えるように小さく深呼吸をすると、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「雪のヤツ、雪のヤツ、もう覚悟しちまってるんです。
その上で、残されたわずかな時間をどう生きるかを考えてるんです。
僕は、僕にはただ頑張れとしか言えなかった……。
見守ることしかできなかった……。
僕は……。
僕はあまりに非力だ。
それを、それをなんで彼女で思い知らされなきゃならないんだ。
先生、僕は……。
僕にできることは……もうないんでしょうか……?」
こみあげる涙に、言葉を詰まらせながら高階は佐渡に問う。
佐渡の小さな目にも、じわり、と涙が浮かんだ。
そして、高階同様、小さく深呼吸をして彼の背中に語りかける。
「それはワシとて同じじゃ。おまえさんとおんなじ想いじゃ。
ワシも……。
ワシものぅ、高階。
為す術もなく消えていく命をいくつもいくつも目の当たりにしてきた。おまえさん同様、己のなんと非力なことかと何度思ったか知れん。
今だって、そう思っとる。
しかし、しかしじゃ。
それでもワシゃあ、座りこんどるわけにはいかんのじゃい。
少なくともワシゃあ、なんもせんで悔やむようなことはしとうないと思うとる。」
「佐渡、先生……。」
ゆっくりと振り返る高階。
佐渡は、零れ落ちる涙を隠しもせず、手の甲でゴシゴシと擦りながら、真っ直ぐに高階の瞳を捉え、見据えた。
「何もできなかった、と悔やむのは後に回せ。今、おまえさんがせねばならんことを考えるんじゃ。
それに、それにの。雪はまだ頑張っとるじゃないか。
雪だけじゃないぞぃ。おまえさんの仲間達はやっぱり、傷ついた身体で頑張っとるじゃあないか。」
高階は深く項垂れ、黙って佐渡の言葉を聞いていたが、ぎゅっと、真一文字に口を結び、服の袖で涙をごしごしと拭うと、何かを決意したようにぐいっと顔を上げ、佐渡に向かって微笑んだ。
「すいません、先生。僕は……僕は大事なことを忘れていました。
僕は僕にできることすべてに全身全霊をかける!
僕は僕にできるすべてで、雪やあいつらと一緒に頑張ります。
それが……それが僕の闘いだ。
何より僕らは往生際の悪いヤマトクルー、ですからね。」
「うむ。」
佐渡はにっこりと笑って頷いた。
「僕、行きます!」
高階は佐渡に深々と頭を下げるとドアを飛び出し、傷ついた仲間達のもとへと駆け出して行く。
「辛いのう、高階。しかし、わしらは傷ついた者の痛みをこんな風にしか、引き受けてやることができんのじゃい。
万に一つでも生への可能性があったなら、そこへと導く闘いを、わしらはせねばならんのじゃ。
頑張れ!頑張れぃ、高階!!」
高階の背中を涙で見送ると、佐渡もまた疲れ切った身体に鞭打って、メディカルルームへと戻って行った。
■ END ■
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<ちょほいとヒトコト>
『PAINE』はですね。
チリ南部のパタゴニア最大の観光地である、『TORRES DEL PAINE国立公園』から取りました。
先住民族であるインディオの言葉で「青い」という意味らしいです。
英語の「ブルー」でもよかったんですけどね。
「paine」の方が明るいイメージが持てるかな、と思いまして。
「青」の持つプラスイメージ・マイナスイメージについては、お暇な時にでも検索してみていただくとしまして。
この話のシチュエーションを考えると、不安とか淋しいとかせつないとか、どちらかというとマイナスなイメージかもしれません。
もちろん、そういう意味もアリなんですが、「青」といっても、「ひといろ」とは限りませんのでね。
明るい青もあれば暗い青もあって、とにかくいろいろな「青」があるわけです。
「さらば〜」のエピソードとして書いてますのでね。
雪ちゃん臥せってますし、先がわかってるので、暗いとか痛いとか悲しいとか、そういった気分に陥りそうなんですが、
私としては、むしろプラスイメージの青として書いたつもりなんです。
それとヤマトクルーのイメージカラー――としてこの「青」を見立てた、ってのもあります。
青色について検索して、青色を好む人のイメージというのを総合してみたところ、こんなカンジ。
『何事に対しても堅実的で責任感が強く、また冷静沈着に物事を考えられるだけでなく、気遣いも忘れない。
また人の心の痛みの分かる人でもあるので、信頼も厚く、人の上に立つことも多い。』
どうでしょうかね。
なんだかちょっとベタ褒めな気もするんですが……(苦笑)
また、雪にとってのヤマトの仲間達――特に古代進、ここでは兄のような存在の高階――は、精神安定剤、そんな意味も含んでいたりします。
そのほか、仲間同士の「信頼」であるとか、古代や雪や高階の持つ「真面目さ」であるとか「誠実さ」も、この色の持つイメージだと思いますし、
彼らが求める「平和」や「希望」「幸福」というイメージも持ち合わせているので、そういったところから『PAINE』というタイトルをつけさせていただいた――ってワケです。
なわけで。
『PAINE』は「PAIN」でも「PINE」でもありませんで、「青色の持つイメージ」ということで、どうかひとつ納得していただこうかと思っております。
はい。