PARTNER 〜相棒〜
食事をすませ、満腹になった太田は、このまま持ち場に戻ろうかとも思ったが、休憩時間がまだずいぶんと残っていたので、久々に展望室へ足を運んでみた。
と、そこに――。
先客がいた。
島大介だった。
「おンや?航海長殿じゃないスか!」
声を掛けた太田に、島は、ああ――と振り返り、チラと一瞥しただけで、ぼんやりと宇宙の星々に目を移してしまった。
「ありゃ?つれないっスねえ、航海長殿ぉ。」
太田は、苦笑しながらぽりぽりと頬をかいた。
「なあ、太田。俺は……つまらない人間、かな。」
「え?」
いきなり尋ねられて、太田はドングリ眼をぱちくりさせながら、島を見つめた。
「俺は……どう頑張っても古代みたいにはなれないよ。アイツはいつも俺が踏み出せない一線を、軽々と越えちまう。迷うことなくその先の一歩を、いともカンタンに踏み出すことができるんだ。俺にはとうてい、マネのできないことさ。」
太田は、再び苦笑した。
島ともあろう男が、俺にこんな青臭いこと言ってくるとはな。
まあ、しかし。
それほど、今のヤツの精神状態は切羽詰まっているってことか。
第2の地球探しも、まるで先が見えねえし、古代とも噛みあってねえときてる。
古代にしろ島にしろ、ホントに背負い込むヤツが多いからなあ、この艦の連中は!
ここは話だけでも聞いてやった方がよさそうだ。
そう考えて、太田は、わざと明るく切り出した。
「おいおい。どうしちまったんだ、航海長殿。」
「そのクセ……つまらん嫉妬をする。俺はホントに小さい男だ。」
島は、太田の言葉をまったく無視して、やや卑屈になりながら話の続きをする。
太田は、小さく肩をすくめると、なぐさめるような口調で言った。
「なるほどね。確かにおまえは、四角四面の常識人で、面白味には欠けるヤツかもな。だがな。世の中には、おまえみたいなヤツがいないと、収拾がつかなくなることもあるぜ?」
「それにしたって俺は……つまらんヤツさ。」
島は、ますます卑屈になってうつむいた。
「おいおい!そう言うけどなあ。突っ走る古代は、おっかないぜ?命がいくつあっても足りやしねえ!」
太田はそう言って、少し大袈裟に呆れてみせる。
「そこがまたヤツの魅力でもあるからな。無理でも無茶でも、周りを頷かせる何かを持ってる。けど、俺は――」
太田は、更に自分を卑下しようとする島の言葉を遮って、ばちん、と背中を叩いた。
「ったく!しょうがねえなあ。アイツとおまえが同じでどうするよ!!なんていうか……。あいつは、古代は、いい意味でも悪い意味でもストレートなやつさ。」
「どういう意味だよ?」
太田の言葉を胡散臭そうに聞きながら、やや上目遣いに顔を上げる島。
「たとえば……そうだな。泣いているヒトを素直に悲しいヒトだと思うヤツだ。」
「……。もっとわかりやすく言えよ!」
島は太田の言葉を理解しかねてイライラと言った。
「笑ってるけど、実は悲しいヒト――だっているだろ?」
太田は、鼻の頭をかきながら穏やかに答える。
「ふんっ。おまえからそんな繊細な話をされるとはな。」
島は、薄く笑うと、腕を組んだまま目を閉じて、小さく肩をすくめた。
太田は少し不満気な、ムスッとした表情で口を尖らせる。
「ちぇっ!オレをなんだと思ってるんだよ。早い話が、ヤツよりも、おまえの方がそういうことにちゃんと気がつくタイプだって言いたかったんだ。」
「え……?」
太田の、思いもよらぬ自分の評価に、島は顔を上げた。
「少なくともオレは……おまえみたいな人間の方がフツーだと思ってるぜ。いいじゃねえか。ああ見えてアイツは、ひとりきりじゃ、てんでダメな男なんだ。案外、脆いところもあるしな。まあ、立ち直りも早いけど。あんまり自分を卑下すんなよ。オレからすりゃ、おまえだって古代に勝るとも劣らないくらい大したヤツなんだぜ?大体、アイツの面倒見られンのは、おまえと真田さんと……雪くらいなモンだからな。」
太田は、にやりと笑う。
「なあ、島。古代のヤツが艦長職の重責に押し潰されちまいそうなの、おまえも分かってんだろ?マジで、いっぱいいっぱいかもな。ああ見えて、古代はガキだからな。雪やおまえにつっかかって甘えてんだと思うぜ。アイツは雪とおまえを心底、信頼している。どこかで依存もしている。オレにはそう見える。アイツ、マジでSOS信号出してるみたいだぜ?」
「……。」
返す言葉が見つからない島。
「俺達の仕事は、二者択一を迫られるようなことが何かと多いだろ?だから、とかくジレンマに陥りやすい。そんな中にあって古代の決断力ってのは恐ろしく早いんだよな。しかもヤツの採った選択は、実はいつも自分が選びたかった方の道だったりするんだよ。だから、アイツの出した答えが多少、無茶だとわかっていても、ついていきたくなるのさ。危険とわかっていても後悔しない道を選ぶ――まあオレがヤツに惚れるとするなら、言わばそういう男気みたいなところかな?」
島は太田のクサいセリフに、たまらず、ぷっ、と吹き出した。
「おまえ……その顔でそういうこと言うなよ。笑うじゃねえか!」
「その顔で――は余計なんだよ、タコ!かといってな、ヤツの選択はあまりにも無謀なことが多いんだよ。そのためには、おまえみたいな参謀がいないことにはヤマトがいくつあっても足りやしねえ。これも事実だ!はっきり言やあ、ヤマトの艦長には古代じゃ、まだまだ力量不足なんだよ。だからおまえと真田さんを副長としたんだろうが。おまえと真田さんを合わせてようやく一人前の艦長、ってことさ。」
「……。真田さんはともかく、俺は……。」
うつむき、口篭る島。
「しょうがねえなあ、おまえも。副長っつったって真田さんの場合、分析だの研究だのって、そっちの方にウェイトを置いてもらわないと困るじゃねえかよ!艦の指揮まで取ってらんねえだろう。前しか見てねえ古代の背中をサポートするのが、副長兼任航海長殿の仕事だぜ!しっかり古代のケツを叩けよ!一緒に沈んじまってどうする!」
珍しく、太田の口調は厳しかった。
「太田、おまえ……。だが、古代の背中をサポートするのは……雪の役目だろ?」
拗ねた子供のような島の態度に、太田はついにキレた。
「だあぁーっ!ホンットウに鬱陶しいヤツだなあっ!雪にはまた別な役目があるだろうが!わかんねえかなあ、もう!大体、こういったコトの指南はオレの役目じゃねえハズだが!?」
太田は、うんざりした顔でアタマを抱え込んだ。
「このまんまだと、アイツの持ち味が出ねえんだよ。アイツを艦長に立てた意味がねえ!こんな時こそ、おまえの冷静で的確な判断が必要なんじゃねえのか?おまえはこのままでいい。このままでいいんだよ!!古代になろうだなんて思うな!」
島は太田の剣幕に気圧されて、うっ!――とたじろいた。
太田が、こんなに激しい感情を他人に対してぶつけたのは、初めてのことではないだろうか?
「古代進って男はさ。ホントは艦長職なんかには向かないとオレは思うんだ。アイツはやさし過ぎるからな。」
太田は、ふと真顔になって呟くように言った。
「アイツには、冷徹に何かを切り捨てるようなマネは絶対にできない。だけど、艦長ってヤツは時にはソレをやらなきゃならん時もある。だから……アイツには、古代には向いてないんじゃないかってな、オレ、思うんだよ。そういう点では、おまえの方が向いているかも知れない。」
「え?」
「ただ――。おまえは、ここ一番って時の決断力に甚だしく欠ける。普段のおまえからは考えられないくらい冷静じゃなくなっちまう。どんな時でも冷静で的確な判断と決断ができなければ艦長としては失格だ。だが、古代のヤツは……追い込まれて窮地に立たされた時、不思議と肝が据わる。しかも判断力・決断力ともに研ぎ澄まされる。なあ、島。ヤツには持って生まれた戦闘のセンスってモノもあるんじゃないかとオレは思うんだ。いざって時の底力、それが古代にはある。」
「そうだな。俺も、そんなこと、とっくにわかってたはずなのにな。情けないよ。」
島は、肩を落としてうなだれた。
「まあ、そう言うなって。それにしたって、ヤツのやさしさからくる甘さは、時に多くの犠牲を出さないとも限らないくらい、危険なものだとオレは思う。だからヤツにはおまえみたいな男の存在が必要不可欠なんだよ。そうそう、それに雪みたいな女もな。」
太田は、そう言って笑った。
「おまえともあろう男が下を向くなよな、島。もっと自信を持てよ。」
島はバツが悪そうに、上目遣いに太田を見ると、やわらかな微笑みを浮かべて言った。
「……初めてだな。おまえに説教されるの。」
「そうだったか?これでもオレは自分を、おまえの最高の相棒だと思ってるぜ?」
太田は澄ましてそう言うと、ニッ、と笑ってみせた。
「太田……。」
島の胸に熱いものがこみ上げ、思わず言葉に詰まった。
「まあ、オレも食ってばっかりの男だと思われてもな。しかしナンだな。今度の航海じゃあ、さすがのオレも些かイライラしちまってた。半分はおまえへの八つ当たりさ。すまなかったな、航海長……いや、副長殿。」
「ちぇっ!イヤミな野郎だなあ!」
島は苦笑する。
「へへっ。あ〜あ。せっかくメシ食ったのに珍しく腹立てたから、また腹が減っちまったじゃねえかよ、まったく!もうイッパイ、コーヒーでも飲んで足しにしてくっかな?じゃな!」
「おい!太田!」
軽く片手を挙げて去って行こうとする太田を、島が呼び止めた。
「なんだ?」
「その……すまなかったな。」
島は照れ臭そうに鼻の下をこすりながら言った。
太田は、とぼけた顔で笑うと、バーカ!――という言葉を置き土産にして腹をさすりさすり出て行った。
「ちぇっ!バカはどっちだよ!!」
島は、太田の説教で、自分は他のクルーへの信頼をすっかり忘れていたことにも気づく。
古代もきっと、今の俺と同じだ。
ヤマトは古代ひとりじゃ動かない。
そういうことだよな、太田。
そんな当たり前のことを、俺は今の今まで忘れていたよ。
「相棒、か……。」
島は太田が出て行ったドアをぼんやり見つめながら、しかし今は、どこか吹っ切れた表情で呟いた。
島は、その場で何やら思案していたが、やがてひとり頷くと、足取りも軽く古代のいる艦長室を目指した。
一方――。
太田は、食堂でコーヒーを淹れてもらい、更に幕ノ内を拝み倒してお茶菓子までせしめていた。
「おまえに頼まれると、弱いんだよなァ〜。」
苦笑しながら頭をかく幕ノ内を横目に、役得――とばかりに、ニコニコと幸せそうに微笑みながら、旨そうにコーヒーをすすり、戦利品(?)の焼き菓子を頬張っていた。
「そうそう。その顔!その顔で食べてもらうと、こっちも作り甲斐があるってもんよ!」
幕ノ内の言葉に、太田は嬉しそうに、そうでしょう、そうでしょう――と頷いてみせた。
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■ちょほいとヒトコト■
太田と島という、珍しい(?)組み合わせで書いてみました。
ベストパートナーというと、「古代と島」がすぐに浮かぶと思いますけど、太田も地味ですが実はいい仕事してそうな気がしまして。
たまには彼にスポットを当ててみました。
なんかいろいろ、観察してそうなのよねえ、彼。
■END■