佐保姫に誘われて…
宇宙戦艦ヤマトが沖田十三と共に、宇宙の大海原に沈んでから、数ヶ月が経った。
古代進と森雪は、絆を更に深めてはいたものの相変わらず結婚式を挙げる様子はなく、むしろ周りの者達がヤキモキするほどだった。
何より皆、雪を気遣ったが、周囲が思う程、当の本人は結婚にこだわってはいなかった。確かに数年前までは人並みに式を挙げたいという気持ちはあった。しかし互いの絆の深さを確かめあった今、「結婚という儀式」は、彼女の中で不思議なくらいに大きな意味を成さなくなっていた。
二人はヤマトと運命を共にした沖田十三、無二の親友だった島大介、地球の平和を願い共に戦って散っていった多くの仲間達、そしてディンギルの薄幸な少年のために、静かに喪に服していたかったのだ。
しかし、そんな二人の心とは裏腹に外野は結婚を急き立てた。雪の母親にも懇願されて、二人はようやく重い腰を上げ、婚姻届の提出だけは済ませたのだった。
そして――。
二人で暮らすようになって数ヶ月が経った――
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二人揃っての久しぶりの休日――。
おだやかな春の午後――。
古代進はソファで小さな寝息を立てて眠っていた。雪は絨毯の上に座り込んだまま、その安らかな寝顔を、髪を撫でたり、時々、頬をつついたりしながら、かれこれ1時間近くも眺めている。
――同じ時の流れの中を生きていく人は、それこそ大勢いるけど、そのほとんどが、生涯、出会うこともなく、見知らぬままに別れてしまう。
そんな中で出会えたなら、それは…それはきっと奇跡なのかもしれない。
そんなことを思いながら、雪は進の寝顔を飽きもせずに見つめ続けている。
夢を見ているのか、進がわずかに口許をゆるませて微笑んだ。そのおだやかな表情に、ふと雪は、遠い昔から、ずっと知っていたような懐かしさを覚えた。
どうしてなのかしら――進の鼻先をツンと、つつきながら、ぼんやり思う。
同じ時の流れを生きている多くの人の中で、ただ一人、この人と引き合うように出会ったのは――遥かな昔からの縁(えにし)だったりするのだろうか。
懐かしいのは、そんな運命の人――古代進に、もう一度出会うために、私が何度も何度も生まれ変わって、ようやくこの時代に、めぐり会えたからなのかもしれない。
などと、とりとめのない思いをめぐらせながら、雪は進の頬に唇を寄せた。
開け放たれた窓から誘うように、やさしくおだやかな春の風が流れて込んで、二人の頬を撫でる。
進は、ゆっくりと目を覚ました。
少し寝ぼけている進の視界に、人の顔がぼんやりと浮かび上がった。焦点がゆっくりと合っていき、やがて、くっきりと輪郭が現れる。
「あ……。」
愛する雪が、微笑んで自分を見つめている。
進は無邪気に顔をほころばせた。
「俺、寝ちゃったんだな。」
進は、大きなあくびを一つすると、んんーっ、と伸びをしてソファに座り直した。
雪はというと、相変わらず静かに微笑んで進を見つめている。
進は怪訝そうに雪を見つめ返す。
「なんだよ?さっきから何見てるんだ?」
「別に。ナンにも。」
雪は首を傾げるようにして小さく笑って答える。
「なんだ。ヘンなヤツだなあ。」
と、雪は、いきなり進に抱きついた。進はバランスを失って背もたれに沈んだ。
「な、なんだよ。いったい……」進は雪を抱きかかえ、ひっくり返った姿勢のまま声を上げた。
「ううん。なんでもない。なんでもないの。ただこうしていたいの。」
雪は進の胸に顔を埋めるようにして答える。
(なんでもいいけど、悪い気分じゃないよな。)
進も身体の力を抜くと、腕を雪の背中に回し、そっと抱きしめて応える。
二人は、しばらくそのまま互いの鼓動と温もりを確かめ合うように、抱き合っていた。
やわらかな陽射しが、そんな二人を包み込むように、うらうらと揺れていた。
「なあ。これから少し外に出ないか?」進が最初に口を開いた。
「え?」雪は思わず顔を上げる。
「ドライブに行こう!」
「今から?」
「うん。今から。」
雪の顔が、ぱっと輝く。
進の腕をほどいて、すくっと立ち上がった。
「じゃあ、ちょっと待ってて!着替えてくるから。」
「えーっ?そのままでいいのに。」
「いやよ。こんな格好じゃあ……。」
進は頭を掻きながら雪を見上げる。
(まったく。女ってメンドクサイなあ。)
「何してるの。古代クンもよ?」
「えっ、俺も?」
「当たり前じゃない。」
(まったく。ホントに女ってメンドクサイなあ。)
雪は渋る進の手首を掴んでクローゼットの部屋まで引っ張っていった。
「さ。これでいいわ。」
「ふむ。俺って案外いけてるかもな。」
鏡に映った自分を見て、古代はちょっと自惚れてみる。
「いつも構わないから、わからなかったでしょ?」進の頭のてっぺんからつま先までコーディネイトした雪は腕を組んで得意げに言う。
「ウン?まあ、ね。でもこれでキミに、ふさわしいカレシになれたわけだろ?」
「ウン。ばっちり!!」
「じゃあ、行こう。ドライブして、久々にうまいもんでも食べてこようぜ。」
「嬉しい!」
雪は進の背中にしがみついた。
進は彼女の片方の手を取ると、その指先に軽くキスをする。
背中の雪が、とても満足そうに微笑んだのを、進は知るよしもなかった。
雪に背中を押されながら、進は玄関のドアを開ける。
眩しい光に包まれて、進は思わず目を細めた。
目を瞬かせながら表へ出ると、新緑の薫りがした。進は思わず深呼吸する。
「気持ちいいわね。」背中の雪も嬉しそうに言う。
「まったくだ。このまま昼寝してたらソンするとこだったな。」進は笑って雪を振り返る。
少し強めの東風が、二人の背中を押すように吹いた。
進は、はしゃぐ雪の姿を、本当に久しぶりに見たように思う。屈託のない彼女の笑顔は、例えようもなく美しく愛らしい。やわらかな陽の光に包まれて春の女神のようだとも思う。
(もう何も起こってくれるなよ。)
進は青い空を、祈るように見上げた。
雪は進に寄り添うと、ちら、とその横顔を見る。
思えばこの人は、いつも何かを背負って、思い詰めた顔ばかりしていた。微笑んでもどこか物憂げで、そんな彼の顔を見るにつけ、雪の胸は苦しく、張り裂けそうになった。
でも――。
今日の進の表情は、久しぶりに晴れやかだった。雪は、ただそれが嬉しかった。
(もう何も起こらないでね。)
――遠い未来までも信じていけそうな、強い意志とやさしさを湛えた瞳の、あなたとの出会いは、私が生まれたことと同じくらい大きな奇跡だと思うわ。
だから、この先、どんなことが待っていようと、何も恐れずに、きっと生きていける……。
あなたと一緒なら、私、きっと……きっと生きていけるわ。
進も雪も、限りなく幸せだった。
二人を乗せた車は、佐保姫に誘われるように、ゆっくりと走り出す。うららかな、やさしい陽射しに包まれて、やがて車は郊外へと続く春霞みの道へ、吸い込まれるように消えていった。
■ END ■
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<ちょほいと楽天のヒトコト>
この話は、寓犬さんのサイトに送りつけたもので、寓犬さんのサイトでは、りかよんさんのイラスト付となっております。
(あっちで読んでいただいた方がいいかも?/笑)
季節モノということで、ちょいと里帰りさせていただきました。
自分で書いて、そして読んでみて、思いっクソ、こそばゆくなっちゃった記憶が……。
書いてはみるものの、二人でイチャついてるシーンのある話は今も苦手ではありますが、最近、開き直って多少、書けるようになった……かな?