蕎麦処 菱や

西暦2202年某月某日。
その日、神倉涼はオフの高原渉に昼食に誘われた。
涼のリクエストは「メシ友・太田健二郎お奨め」の老舗の蕎麦屋・「菱や」のざるそばである。


「こないださ、軍人さん方の検診に借り出されたわけよ。(ず…ずぞぞぞ。はむはむ。)」

「天才少女も、いろいろやらされて、ご苦労なこっちゃ。」

「ホントだよ。人使い荒いんだから。ま、どうせ私ゃガキ扱いだし、下っ端だからしゃあないけどさ。ほいでさ、ほら、ヤマトの古代進、あれがいたんだわ。んでね、髪型が鬱陶しくて気がつかなかったんだけど、よくよく見ればあんた(ず…ずぞぞぞぞ、はむはむはむ)、にゃかにゃかの(はむはむはむ、ごきゅ)美形なんだわ、これが。(ずるずるっ、ちゅる)兄弟揃って美形とは。美味しすぎるわあ〜、このそばのごとくに。でも、あれだわな。(ずるずる。はむはむ)兄貴の方が性格的には好みだな。弟はシャレが通じんでいかんわ。(ず、すぞぞぞぞ。)」
涼は蕎麦をずりあげながら楽しそうに言った。

「おまえなあ、食うか喋るかどっちかにしろや。大体、おまえ、昔から色気なさすぎやぞ。」
高原は、呆れ顔で言い放った。が、涼は構わず喋りつづける。

「だってね、(ずぞぞっ、はむはむはむ、ごくっ)あんたと違って(ず、ずずずずずる、はむはむはむ)、私は…う、お茶、お茶。(ぐびっぐびっ)っぷあーっ!あー、苦しかった。おばちゃあーん、蕎麦湯お願ーい!で、何だっけ?」

高原は眉間に皺を寄せて言った。
「ったく、この女は。せやから俺とちごてなんやねんな?」
「あ、そうそう。私はねー、あんたと違って超多忙の身なのよ。早メシ・早グソがモットー。あ、ありがと、おばちゃん。」
涼は目の前に置かれた蕎麦湯を猪口に注ぐと、あっと言う間に飲み干し、更にお茶へと手を伸ばした。それもグビグビっと飲み干した。
「ふいーっ。ご馳走さんっと。」

「ったく。女が早グソ言うな、アホ!それになんや?その食い方は!おまえはおっさんか?」
うんざりした顔で言い捨てる高原。

しかし。
涼しい顔で立ち上がると高原の関西弁を真似て涼が言い返す。
「なんで女がクソ言うたらあかんのや、ボケ!誰がおっさんやて?しばくぞ、くらあ!行くでっ!」

「ほんまに、おまえといるとメシ食った気せえへん!」
高原は蕎麦猪口を持ったまま、がっくりと項垂れた。
「ったく、ヒト誘っといて失礼なやっちゃな〜!それになー。その中途半端な関西弁なんとかならんのかいな。大体おまえ、東京生まれちゃうんかい?」
「一時期、関西にもおったんや。最近また関西系のヤツと組んで仕事しとってな。これがまた伝染してもうてなァ。って、おいっ!」

涼は話途中の高原を置き去りにして、すたすたと歩き出した。
そして レジ脇のトレーにお金を置くと、腹を撫でまわしながら満足そうに言った。
「こっちにも伝染してまうわ。おばちゃあーん!お金、ここ、ちょうどおいたよー。ご馳走様ねーっ!」

「こらまて!あ、金、金!」
涼に倣ってトレーに勘定を置くと、慌てて後を追う、高原。

ガラッ――と引き戸を開けて、暖簾越しに振り返ると、涼はニヤリ、と笑った。
「あ、そうそう。ここの店さあ、蕎麦もうまいんだけど、鍋焼きうどんがまた絶品なんだよねー。」

ったく!
高原は呟いて、呆れたように肩をすくめた。



裏小路から大通りへ、肩を並べて歩きながら涼が楽しそうに言った。
「やっぱりヤマトに乗ってた太田ってのがいてさ。こいつは肥えてる上にビジュアル的には『Cランク』なんだけどさ。これがまた見た目通りでねー。検診の時に早速、食べ物の話なっちゃったんだわ。で、この店、教えてもらったんだけどね。やー、ためになる情報だった。彼の場合、メシ友として登録しておきました。今度、丼モノのウマい店、教えてくれるっちゅうんだけどさあ、気があると思われるのもねー。」

「思わへんて。おまえ性格、メチャメチャ悪いからな。ソイツの方から願い下げやがな。」

「そのあやしい関西弁やめぃちゅうんがわからんのかいな、ボケ!じゃ、私、こっちだから。」
「ああ。んじゃ、またな。今度は鍋焼きうどんと行こうぜ!」にやり、と高原。
「そうこなくちゃね!今度はあんたのおごりで。」
「え?」

涼は軽く手をかざし、にこやかに背を向けて、仕事場に帰って行く。

涼は4歳年上の兄のような高原に絡むのが大好きだった。バカ話ができる友人というのはホントに貴重だ、と心から思っていた。
高原は、かつて涼にひと目惚れして告白したが、わずか1秒後に「タイプじゃない。」と一蹴された。その後、彼女がまだ13歳であることを知り、以来、長いこと仲間内からロリコン男として扱われる羽目になった。
それからというもの、彼女とは不毛な悪友としての付き合いが長く続いている。

実のところ、涼は他の同じ年頃の少女よりも精神年齢が数段高く、分別のある4、50代の官僚クラスの人間とも同等に渡り合えるほどだったけれど。
しかし、普段の涼は、ごく普通の明るすぎるほどの少女だった。

「あ〜あ。なんちゅう女や。」
大きく溜息をついて、高原は涼の背中を見送った。





//////// 蕎麦処 菱や ・ 終 ////////

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<キャラクター解説>

神倉 涼 (かみくら すず) 
イメージ画像アリ→
 →2185年2月生まれ
 プラチナブロンドにライトグリーンの瞳の少女。
 地球連邦大学付属病院・東京分院のインターンだったが、人手不足の中央病院に川原医師と共に引き抜かれる。


高原 渉 (たかはら あゆむ)
 →2181年9月生まれ
 南部重工のエンジニアで、
南部康雄とは幼馴染み。あやしい関西弁で話す。