過ぎ去りし日々は凪の波上に
置き去りの恋情は海嘯となって
彼に。
貴志に呼び出されたのは――。
とても静かで、おだやかな午後の海だった。
海沿いの通りから砂浜に下りる。
貴志は私を振り返って、手を上げた。
貴志は私を見ずに、しばらく黙って海を見つめていた。
私は隣りで、言葉もみつからずに佇むだけ。
やがて――。
貴志は、静かに話を切り出した。
「涼……。悪かったな。忙しいのに呼び出しちまって……。」
「ううん、別に。」
「今日は……今日こそちゃんと話そうと思って。」
「……。」
「俺達のこと――」
「俺……達?」
「俺と――」
「三島……奈津、でしょう。」
「やっぱり、知ってたのか。」
「そんなに鈍くないよ。」
とっくに知ってた。
知ってたけど知らないふりしてた……。
「ごめん。」
「ごめん……って――」
次の言葉が出てこなかった。
心が凍りつく。
終わりにしようということか。
そうか。やはり私は不要になったのか。
いつか、こんな日が来ると思ってた。
でも、私はどう応えればいい?
行かないで――と泣いて縋ればいいのだろうか。
今まで、ありがとう――なんて微笑んで手でも差し出せばいいのだろうか。
私は終わってない。
私はまだ――。
私には、貴志、まだあなたが必要なのに。
私は、なんて応えたらいいの?
「大丈夫……か?」
「ちゃんと……聞いてるよ……。」
「俺、おまえといてホントに楽しかったよ。16っていったら、まだほんの少女のはずなのに、おまえはまるで違ったからな。背伸びしているわけでもなく、おまえはもう充分すぎるほど大人で……そこいらの『オトナぶった大人のオンナ』なんかより、ずっとずっと魅力的だった。付き合い始めた頃のかけひきなんて……今、思い出してもドキドキするよ。あんな恋は……もうすること、ないだろうな。」
「……。」
まるで他人事のような貴志の言葉。
それなら何故?――という言葉を私は飲み込む。
「おまえのことは……好きだよ。だけど、気づいたら……それ以上にあいつの傍にいてやりたいって気持ちが強くなっていたんだ。俺は二人の女とうまくやるほど器用じゃないし、そんなことはできない性質だ。おまえといれば、あいつは傷つくだろう。おまえと違って、あいつは脆い。」
「私と違って……?」
私と……違う?
耳を疑いたくなった。
貴志の口からそんな言葉を聞くなんて……。
あなたが彼女といることで、私が傷つかない――なんて
本気で思ってるの?
私のこと、どんなふうに見ていたの?
私と彼女をいつから比べていたの?
私と彼女のどこが、
どう違うっていうの?
「それに……何よりおまえはまだ若い。これからいくらでも出会いは――」
「やめてよ。そんなこと!私、そんな先のことまで数えてない。」
何を言っているの。
わからないよ、貴志。
あなたの言葉は。
一頃の情熱からは、ほど遠い、
むしろ私には、異国の言葉のよう……。
「そう、だな……。何を言っても言い訳にしかならないな。」
困ると鼻に手をやる癖が、いまさらのように愛しい。
でも……。
もう私には、そんなあなたを抱きしめることもできない。
行き場のない思いを噛みしめる。
あなたの中で私の存在が消え始めているんだね。
あなたの中にいる私を、ひとつひとつ解いて……
かわりに彼女との日々を編んでいくんだね。
それも――。
仕方のないこととわかっているけれど――。
「仕方……ないのよね?」
「ごめん。」
「謝られたりなんかしたら――もっと辛くなる。」
「……。」
「私は……私の気持ちは……。」
「ごめん。もう他に言葉が見当たらないんだ。」
「……。」
「じゃあ、俺。」
「行くのね?彼女のところへ。」
「ああ。」
行かないで――と。
そばにいて――と。
叫びたかったのに、言葉が出なかった。
「来年か、再来年あたりには俺達……一緒に暮らすことになるかもしれない。」
「そう。」
「何かあったら――」
「そういうこと、言わないでくれる?」
「ああ。そうだな。そう、だよな。」
「さよなら。」
「ああ。じゃ――」
背中を向けて貴志が去って行く。
私も彼に背を向ける。
もう、振り返れない。
私も彼も……。
どうして別れの場所を
こんなにも、おだやかでやさしい海辺に選んだのだろう。
私は涙を止めるだけでせいいっぱいだ……。
さよなら、貴志。
さよなら。
私達を繋ぐものはもう、なくなったんだね。
お幸せに――なんて言えないよ。
少なくとも、今は。
こんなにも悲しいのに――。
こんなにも苦しいのに――。
私はもう、ひとりなんだから――。
■Fin■