Sweet chocolate
「ちょっと早いんだけど……。」
出航前に手渡された、小さな包み。
何?――と彼は尋ねる。
けれど彼女は、悪戯っぽく微笑むだけで教えてくれない。
「ちょっと疲れた時にでも食べて。」
「食べモノ?」
「うん。でも、なるべく涼しいところに置いてね。」
ふうん……と返事をして、しげしげと包みを眺めている彼。
まだ気づかない、かなり鈍い性質の恋人に彼女は小さく肩をすくめた。
「それから、こっちは……相原君に。」
自分のよりも、少しだけ小さな包み。
「相原にも?」
ちょっと、いぶかしそうに口を尖らす彼。
「そうよ。」
このヒト、意外とヤキモチ妬きかも知れない――なんだかちょっと嬉しくなる。
「あ、やだ、もう時間?ホントに目の回る忙しさね、お互い。」
15分刻みに時を告げるターミナルの時計を、いまいましそうに見上げて、彼女は溜め息混じりに言った。
それから……少し淋しげに笑う。
そんな彼女を抱きしめたいのに、照れ臭さにためらってしまう自分がもどかしい。
そんな彼の気持ちを知ってか知らずか、彼女は、ちょっと恥ずかしそうに見上げて、しばし見つめる。
彼は照れ隠しなのか、落ち着きなく自分の髪を触ったり頬をかいたりしてみせる。
その様子に彼女は、くすり、と笑うと、背伸びして首にぶらさがるように両手を回した。
急接近する彼女の顔に、耳まで赤くなる彼。
彼女は彼の真っ赤な頬に、そっとやさしいキスをして、囁くように言った。
「早く帰って来たくなる、おまじない。気をつけて行ってらっしゃい。」
「いっ……。あっ……えっ?」
予想外の彼女の行動に、直立不動の姿勢で硬直してしまう、彼。
当の彼女も顔を赤らめてうつむく。
「じゃ、じゃあ……行ってくるよ。その……予定通りに帰れたら――」
しどろもどろの彼は、そこまで言って言葉を切る。
「何?」
小首を傾げる彼女の仕草が、なんともかわいくて、再び顔が赤くなる、純情な彼。
「い、いや。いいんだ。こ、これ、サンキューな。」
包みを顔の前で振って、彼は微笑んだ。
「早く行って。艦長が遅刻なんてカッコ悪いでしょ。」
「あ、ああ。」
彼女に促されて、夢から覚めたように彼の顔が引き締まる。
少年の顔からたくましい男の顔になる。
「じゃあ。」
彼は小さく敬礼をしてみせ、にっこりと微笑んで背中を向けた。
早歩きの彼の背中は、どんどん遠くなる。
あのゲートをくぐったら、もう間もなく――。
精一杯、微笑んでみせていた彼女の顔が、途端に曇る。
(またしばらく……会えないのね。)
と。
彼の足がピタリ――と止まった。
全速力で、こちらへ向かって走ってくる。
「やだ!何?」
きょとんと見つめる彼女。
再び彼が目の前にいる。
「ど、どうしたの?忘れ物でもしたの?」
「ウン。」
「これ、なんだか分かったよ。ごめん。気づかなくて。」
彼は包みを振って、にこりと微笑んだ。
「相原とは、もちろん、中身も差別化してあるんだろ?」
そうつけ加えて彼は彼女を見つめた。
悪戯っぽい眼差し。
何がなんだかわからずに、こっくり頷くだけの彼女。
「ありがとう、雪。予定通りに戻れたら、一緒にキミの両親のとこへ行こう。」
「えっ!?」
驚いて、次の言葉が出てこない。
彼は彼女の腕を掴んで、ぐいっと引き寄せると、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめた。
華奢な彼女が折れそうにしなる。
それから……。
唇同士がほんのちょっと触れ合うだけの軽いキス。
「こう忙しくて留守にしてばかりいちゃ、キミを誰かにとられちゃうかも知れないだろ?」
彼は彼女を抱きしめたまま、耳元でそう囁くと、照れ臭そうに微笑んだ。
「じゃ、行ってくるよ。」
彼は、そっと彼女を離すと元気よく手をかざした。
「古代君……。」
彼女は、こぼれ落ちそうな涙を、ぐいっと拭うと、にっこりと微笑んだ。
「行ってらっしゃい!待ってるわ!」
彼は大きく頷くと、全速力で走って行った。
彼女はその背中がゲートの向こうに見えなくなるまで、大きく大きく手を振って、今度は笑顔でで見送った。
+++ END +++