1.生還
白色彗星帝国との戦いが終わった……。
わずか17名の生存者を乗せて、救命艇が地球へ帰ってくる。
生存者・戦死者の名は既に各メディアを通じて公表されていた。
しかし、ヤマトの乗組員の家族達は皆、宇宙ステーション・ターミナルへと詰め掛けた。
父は、夫は、息子は、そして恋人は――。
生きているのか、死んでいるのか。直接、自分自身の目で確かめるために。
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乗組員の家族等は連絡バスで緊急用ポートの一角に降ろされ、待機している。
救命艇がゆっくりと着陸した。
ハッチが開く。
どよめき、思わず駆け寄ろうとする人々を警備員が止める。
「負傷者の搬送をします!負傷者が先です。下がって下さい、下がって!」
すかさず救急隊員が乗り込んで行く。
応急ベッドと共に運び出されたのは4人の重傷者。
既に話を聞かされていたのだろう。彼等の家族達が駆け寄り、救急車に同乗して慌しく搬送されていった。
更に軽傷者が5人。彼らもまた家族らに抱えられて病院へ向かった。
続けて4人の戦闘員がお互いを支え合い、嗚咽しながら降りて来た。たちまち家族に囲まれ、ターミナル・ビル内に用意された特別室へと連れ出されて行く。
ややあって。
第一艦橋のメインクルー達が降りてきた。
太田健二郎、相原義一、南部康雄、そして最後に島大介。皆、一様にうつむき、沈痛な表情だった。
恰幅のいい男性とぽっちゃりと小柄な女性がゆっくりと近づいて来た。
太田の両親だった。
周りを気遣ってか、無言で頷くと息子の肩を抱いた。太田は泣きながら無言で頭を下げた。
相原は、おずおずと歩み寄ってくる年老いた母を見つけると、やはり大粒の涙を溢しながら、その細い身体を抱きしめた。
「よく帰ってきてくれたね…。」母は息子を見上げると小さく呟くように言った。
「ああ…。ああ…。ただいま、母さん。」相原は掠れた声で答える。
南部は父と向かい合った。
「ただいま戻りました。」
父は息子の背中を軽く叩くと、「うむ。」と頷いた。南部親子の会話はそれだけだった。それだけで十分だった。
そして。
笑顔で少年が駆けて来る。島大介の弟、次郎だった。
「にいちゃ…。あ…。」
次郎を遮るように、一人の女性が飛び出して来た。
「島さん!」
大介は、ハッとなって顔を上げた。
女性は大介の両腕を掴むと、思い詰めた表情で見上げた。
「島さん。雪は?雪はどこにいるの?」
瞬間、大介の表情は凍りついた。そして思わず目を逸らせた。
南部、相原、太田の3人も表情を強張らせて、その女性を見つめる。
――戦死した森雪の母親だった。
「ねえ、どこ?まだあの中にいるんでしょ?あの子ったら、いったい何してるのかしら?」
雪の母は大介から手を離すと、救命艇に向かって駆け出そうとした。その腕を、一人の男性が掴み、引き止めた。
雪の父親だった。
「よさないか。あの中にはもう誰もいないよ。あそこに雪はいないんだ。」
できるだけやさしく、なだめるように声をかける。
「そんなはずないでしょ?こうしてみんな帰って来てるのに。ひょっとしてあの子、怪我でもしてるんじゃ……。そうよ!それで降りて来れないのよ!大変!助けに行かなきゃ!パパ、何してるの!のんびりしてる場合じゃないでしょ。さ、早く!」
雪の母は、夫の手を引っ張りながら叫んだ。
「しっかりしなさい!雪はあそこにはいないんだよ!あの子はもう……いないんだ!」
今度は強い口調で諭すように言う。しかし雪の母は顔を横に振りながら声を荒げた。
「嘘よ!そんなはずないわ!あの子は結婚するのよ?帰らないわけがないでしょう!古代さんはどこなの?結婚式、キャンセルしてしまったから私達に顔を会わせられずにいるのね、きっと。そんなの改めて挙げればいいことなのに。雪!古代さん!隠れてなくてもいいのよ?出てきてちょうだい?ねえ?ねえ?」
雪の父は、いたたまれなくなって、錯乱する妻を抱きしめた。
「ごめん。ごめんよ。雪は……今日は戻らないんだ。まだ仕事が終わらないんだそうだよ。さっき長官から聞いたんだ。だから帰ろう。今日は家に帰ろう。」
「そう…。そうだったの。それなら仕方ないわね。」
雪の母は夫の胸の中で、呟くように言った。
「皆さん、ご迷惑をお掛けしました。」
憔悴し切った表情で雪の父は深々と頭を下げた。
人々は沈痛な面持ちで二人の様子を見つめていた。そこに訪れていた戦死者の家族達は皆、森夫妻の姿に自分らを重ねていたのだった。
「亡くなられた乗組員のご家族の方は、ターミナル・ビル内に御用意致しました特別室にお集まり下さい。遺品や荷物等の引渡しを行います。」
放送の流れる中、その場から去って行こうとする雪の父の背中に向かって、大介が叫んだ。
「あの!森さん。待って下さい!」
「これ、これを。」大介は雪のスーツケースを渡した。
「これ、は?」雪の父は大介を見つめた。
「雪さんの…荷物です。」
「ああ…そうか。ありがとう。」
雪の父は力なく微笑んだ。
「いえ。私は何も……。」
大介は、深くうな垂れた。
妻を支えながら去っていく、雪の父の後姿を、皆、悲痛な思いで見送る。
「辛いな……。」南部は苦しげに呟くと、眼鏡を持ち上げ、指で涙を拭った。
「何でだよ。何でだよ……。」太田は、人目も憚らずに泣きじゃくっていた。
相原も声を押し殺し、頭を抱え込むようにして咽び泣いている。彼の母親も遠慮がちに息子の後ろに立ち、涙を拭っていた。
そして大介は―。
魂の抜け殻のように、ただぼんやりと立ち尽くしていた。
「にいちゃん……。」
そんな兄の様子に次郎は不安げに手を握ってきた。
大介は掌に温もりが伝わるのを感じ、我に返った。
「次郎……。ごめんよ。」
大介の言葉を遮るように次郎が言った。
「いいんだよ、にいちゃん……。あの……。亡くなった人がいっぱいいたんだね。にいちゃんが帰ってきて、ボクだけ嬉しそうにしたらいけないよね?にいちゃんだって……疲れてるし、友達が大勢亡くなって悲しいのに。ごめんね。」
次郎の言葉に大介は胸がいっぱいになった。膝をつき、次郎をぎゅうっと抱きしめる。
「次郎!次郎……。」後は言葉にならず、大介の目からは堰を切ったように涙が溢れ出した。
「お帰り、にいちゃん……。」
「ああ。ああ……。」何度も頷く大介。
大介の両親も傍らで、そんな二人を見守りながら声を押し殺すように泣いていた。