3.告白
防衛軍本部での用件を済ました大介は、森雪の家へと車を走らせた。
彼女の自宅を訪問するのは初めてだった。しかし、こんな形で訪れることになろうとは。
(なんだか、気が重いな。でも、行かないわけには――。)
大介は先日の錯乱状態の雪の母を思い出していた。
知り合いの建築家と相談しながら建てたという、雪の家の外観は、なるほど、センスのいいデザインだった。彼女と彼女の母を、想像して、(らしいな…。)と大介は思った。
玄関前に立つと、さすがに緊張する。
チャイムを押す指が震えた。森夫妻に会うのが辛くて、つい、ためらってしまう。
大介は大きく深呼吸をし、ギュッと拳を握り締めた。
(しっかりしろ!何を逃げているんだ!)
大介は意を決してチャイムを押した。
ややあって。
セキュリティー・ロックの外れる電子音が小さく鳴った。
大介の表情が硬くなる。
ガチャリ―。
ドアが開いた。
雪の父が顔を出した。
「ああ。島君か。どうぞ、上がって下さい。」
「はい。失礼します。」
大介は居間に案内された。
「どうぞ、そこへ掛けて下さい。島君、わざわざ来てもらって申し訳ない。妻は取り乱しておりましてね。今、部屋で休ませているんです。そうだ。まず、お茶を入れなくてはね。ちょっと待っていて下さい。」
雪の父は慣れない手つきで、お茶を運んできた。
「コーヒーでよかったかな?古代君は苦手だったようだから。こういうことは慣れなくてね。」
雪の父は穏やかに微笑んで言った。
「ありがとうございます。私はコーヒー、好きですから。」大介は恐縮しながら答えた。
「あの、雪さんですが――。こんなことになってしまって……。」大介は言葉に詰まった。
「私は、娘が死んだと言われても、まだ信じられずにいるんです。遺体でもあるならともかくね……。話を聞かされただけですから。正直、私はまだ夢でも見ているような気がするんですよ。」
雪の父はコーヒーカップを持ったまま口にすることなく、また皿に戻した。
「何も知らないというのもね。島君、少し、娘のことを聞かせてもらえませんか。」雪の父は真っ直ぐに大介を見つめた。
「はい……。」大介の表情がにわかに強張った。
「雪は……ヤマトに残ったんでしょうか?」
「はい。いえ……。ヤマトには古代ひとりでした。」
「じゃあ…雪は……。」
なんと答えればいいのか迷い、大介は口をつぐんだ。
「正直に話していただけませんか?」
「私としては、話すのが…とても辛いのですが…。」
雪の父は黙って大介を見つめた。
大介は、喉がカラカラに渇くのを感じ、コーヒーを一口含んだ。
「戦闘中、敵に撃たれての負傷が原因で亡くなられたんです。
先日の荷物は雪さんの部屋にあったものを古代から預かったのですが、これは一緒に帰還した高階という救護スタッフから、ご両親に―と。佐渡先生から渡されたそうです。」
そう言うと、大介は鞄から封筒を取り出した。
「これを――。雪さんの……カルテだそうです。これをお渡ししていいものか迷って、他の遺品の中には入れずに自分が持っていたんですが。」
雪の父は無言で受け取ると、カルテをめくった。
「これは――。」
雪の父は絶句すると、下を向き目頭を押さえた。
大介は思わず目を逸らし、うつむいた。
「彼女は負傷を押して持ち場に復帰してくれ、地球のために最後まで戦ってくれました。でも。彗星帝国の猛攻に、ついに倒れられて……。彼女の最期は……古代が看取りました。」
雪の父は、それには答えずに別の質問をした。
「古代さんは……雪に乗艦するように言ったのでしょうか?」
「いえ。男なら愛する人を危険な目に遭わせるようなことはしないでしょう。古代は乗艦させないつもりでした。」
それだけは違う――というように大介はキッパリと答えた。
「では……雪が自分から?」
「はい。密かに乗り込んでいたんです。雪さんは古代を心から愛していましたから。
危険とわかっていても古代のそばにいたかったのだと思います。」
「……そうですか。そうですよね。確かに、確かにあの子はそういう子です。」
雪の父は窓の外に目をやった。やわらかな風が吹き込んで、レースのカーテンを揺らす。
しばし、静かな時が流れた。
「雪さんはヤマトの勝利を信じ、古代の腕の中で微笑みながら息を引きとりました。とても穏やかな表情でした。」
大介は沈黙を破り、呟くように言った。雪の父は大介の顔を見ずに訊ねる。
「それで雪は……。あの子の心は……。」
「幸せだったかどうか……ですか?
それは……。雪さんにしかわからないでしょう。」
大介はそこで一旦、息をつくと、その後、一気に語り出した。
「他人から見れば確かに不幸だったでしょう。結婚を目前にして戦火に身を投じ、凶弾に倒れて亡くなられたのですから…。死んでしまって幸福だったとは私には言えません。そんなことは誰にも言えません。でも……。
古代にとっては雪さんが、雪さんにとっては古代がすべてだったんです。二人の魂は、深く強く結びついている……。私の……いえ、ヤマトの仲間達すべての目に、そう映っていました。
お互いに愛し合うことが二人の幸せだったのだと、私は思います。
不幸にして二人の魂は旅立ちましたが……、その愛は永遠です。
そう思わなければ私も……私も……。」
込み上げてくる涙を堪え、大介の声は震え、上ずった。
「すいません。正直に言います。
私は……。
私も雪さんが…好きでした。」
「島君…?」驚いたように雪の父が顔を上げる。
大介は声を震わせながら続けた。
「自分はヤマトに残ることを望みました。私もヤマトと共に運命を共にしたかったんです。
しかし、古代は私に生きろと言いました。生きてヤマトの戦いを語り継いでくれと言いました。
そして地球の平和のために尽くしてくれと。
私は……生きなければなりません。
地球の平和を願い、死んでいった仲間達のために。彼らの想いを人々が忘れないように。
私は、何があっても生きていきます。
古代や雪さん、散っていったヤマトの仲間達の魂は、迷える我々を導き、行く先をいつでも指し示してくれる……。
そう、思っています。」
雪の父は、何かを言おうとしてやめた。大介の言葉に、どう答えるべきか考えあぐねていたのだ。
大介は小さく息をつき、呼吸を整えると、改まって言った。
「森さん……。ひとつ……お願いがあります。
古代には身寄りがありません。遠い親戚の方がおいでのようですが、私としては森さんに……。
あの、あいつの遺品を……古代の遺品の一部を、雪さんの物と一緒に引き取っていただけませんか?」
雪の父は深く頷いた。
「もちろん、そうさせてもらうつもりです。
島君、すまなかったね。君は親友や大勢の仲間を失って、我々以上に辛くて、悲しいはずなのに……。娘と……娘婿のことを心から大切に思ってくれて、心から礼を言うよ。ありがとう。」
「いえ。私は……。
雪に、雪さんに何にもしてやれませんでした。」
大介はうつむいて、呟くように言った。
と、大介の両肩が激しく震え出す。
「すいません。
すいません。俺は、俺は……。
古代の言うことも十分わかるが……。
俺は。
雪だけじゃない!
加藤や山本や真田さん、佐渡先生、徳川機関長に土方艦長……、みんなみんな逝ってしまって。
俺は残りたかったんだ!
みんなの魂と一緒に残りたかったんだ!
そして古代とヤマトと。
俺も。
俺も運命を共にしたかったんだ!!」
大介は地球へ帰還して以来、抑えてきた気持ちが一気に溢れ出して歯止めがきかなくなった。堰を切ったように涙が流れ、子供のように嗚咽した。
雪の父は立ち上がり、大介の肩をグッと掴んだ。
「辛かっただろう。生き残った君達は……本当に辛かっただろうね。
君の気持ちは……君の気持ちはとてもよくわかる。わかるよ、島君。
でも、よく、帰ってきてくれたと私は心から思っている。
それに……。雪のことなら謝らなくてもいいんだよ。あの子が選んだ人生なんだ。
親としてはとても……とても辛いことだが……。
あれであの子は幸せだったと私は思うよ。古代君と一緒だったんだ。心から愛する人とずっと一緒にいられたんだ。
島君、私達とこの悲しみを乗り越えよう。そして生きていこう。君が古代君や死んでいった人達に誓ったことは、私達の使命でもある。残された我々には、やるべきことが山ほどあるんだ。
確かに今は辛い。耐え難いほど辛いが……。
私達は死んでいった彼らと同じ志を、未来への希望を持っているんだ。なあ、島君。」
大介は泣きながら頷く。
「すいません、森さん……。俺、俺……!」
後は言葉にならなかった。
「島君、いいんだ。いいんだよ。いろいろありがとう。
君は心も身体も疲れ切っている。君が無理をしていることくらい、私にはわかるよ。君もしばらく休まなくてはだめだよ。
私達なら大丈夫だ。ありがとう。雪は素晴らしい仲間を持って幸せだ。」
雪の父は、できる限りやさしく穏やかな声で大介を励ました。
大介はよろよろと立ちあがった。そして涙を拭おうともせずに、深々と頭を下げる。
うなだれ、肩を落とし、魂の抜け殻のようになっている姿が痛々しくて、雪の父は大介を抱き締めた。
「気をしっかり持ちなさい。」
「すいません。俺の方が……俺の方が励まされてしまって。」
「いいさ。君に会えてよかったよ。」
大介は服の袖で涙をぐいっ、と拭った。
「あの。雪さんや古代のことで何かありましたら、いつでも連絡下さい。」
「ああ。そうさせてもらうよ。ありがとう、島君。」
大介はもう一度、深く深く頭を下げた。そして重い足取りで玄関を出て行く。
雪の父は、沈痛な面持ちで大介の背中を見送った。
ドアが閉まり、悲しみだけが部屋に残った。