5.天の星・地上の星
大介は真っ直ぐ家に帰る気がしなかった。
家族の気遣いが重かったし、今は誰にも会いたくなかった。
気がつくと英雄の丘に足が向いていた。
大介は沖田の像の前に立ち、眼前に広がる海を眺めた。
日が傾きかけて、海からの風は少し肌寒い。
大介は、まだ帰らない海鳥が波の上を舞うの眺めていた。
(古代……。おまえは俺が欲しかったモノを、みんな持っていっちまったなあ……。沖田艦長、クルーからの信頼、それに雪……。おまえはガミラスのヤツに、何もかも奪われたって嘆いてたけど……。確かに失ったモノの代わりには、なり得ないけど、あのイスカンダルへの旅で手に入れたモノは、ものすごくでかかったんだぜ、わかってんのか?なあ、古代。)
夕陽が沈み始める。
きらめく残照を見つめながら大介は、ふと思った。
(雪……。俺が余計なことを言ったりしなければ、君は死なずにすんだかも知れないな。)
ヤマトが旅立つ少し前、大介は旧地球防衛軍司令部の片隅にポツン、と佇む雪を見つけた。 (雪、泣いているのか……。もし君が選んでくれたのが俺だったら――。バカ、何考えてんだ、今になって。) 大介は思い切って声をかける。 「雪。」 「あ、島君。やだ、見られちゃったわね。」慌てて涙を拭う雪に、島はやさしく微笑みながら言った。 「古代のヤツに追い返されたんだろう。でも俺が古代だったとしても同じことを言うぜ。男なら誰だって最愛の女を危険な場所にわざわざ引きずり込んだりしないさ。」 「そうだけど―。」 「でも、俺は古代じゃないからな。」 雪は大介を見つめ、大介は雪の顔を見ずに言った。 「なあ、雪。俺、思うんだけど、愛し合う者同士ってのは離れ離れでいるべきじゃないんじゃないのかなあ。」 「島君……。」 「それに君だってヤマトの仲間の一人だろ。君一人いるだけで、つまらん男の何人分もの仕事をしてもらえるってのに、ヤマトは貴重な戦力を欠くことになっちまうよ。それに、俺としては、『雪流ヤマトコーヒー』を久々に味わってみたくなったしな。」 「んもうっ!島君ったら、まだそんなこと!!アレはコーヒーそのものが粗悪だったんです!」 雪が膨れっ面をする。その顔がなんだか懐かしくて、大介は嬉しそうに笑いながら謝った。 「ごめんごめん!でも、コーヒー、ちゃんと淹れられるようにしとかないと、スイートホームへの客足が途絶えるぜ?」 「んもう。」 二人は顔を見合わせて笑った。 (そうさ、雪。俺は君のその膨れっ面と笑顔が大好きだったんだ。) しかし、雪はすぐに表情を曇らせた。 「御両親のこと、考えてるのかい?」 「島君って、察しがいいのね。結婚式をドタキャンした上に花嫁も花婿も姿を消しちゃったら……。」 「う、ううん、確かになあ。古代のヤツ、帰ったら君の御両親に殺されるぜ、きっと。」大介はククククッ、と愉快そうに笑った。 「島君たら冗談ばっかり!笑い事じゃないわよ!」 大介は、ふと真顔に戻る。 「ごめん。俺も今度のことでは正直、迷っているんだ。俺もヤマトを愛しているし、古代の言い分は分かる。しかし、政府の見解も一部、納得がいく。どうすることがベストなのか考えてるんだよ。自分の気持ちに正直になってね。」 「自分の気持ちに正直になる、か。どうすることがベストなのか私も考えるわ。ありがとう、島君!」 雪は、もう既に心を決めたのだろう。大介に微笑みかけると、軽やかな足取りで司令部を出ていった。 (よかったのかな、これで。まったく俺は、ソンな役回りだよ。)島は一人、苦笑した。 と、雪が駈け戻ってくる。きょとん、とする大介に顔を寄せると耳元で囁いた。 「島君、やっぱり、あなたもヤマトに乗るのね。」 大介は動転する。 息遣いや体温が伝わるほど、雪を間近に感じたのは、初めてのことだった。 顔が火照り、胸の鼓動が早くなる。 知ってか知らずか、雪は晴れやかな顔で、手を振りながら去っていく。 これから彼女は最愛の恋人を追って危険を省みず、自分等と共に旅に出ようというのだ。 (親友の恋人――か。) 胸がきゅうっ、と締めつけられる思いがした。 大介は、雪の背中を見送りながら、罪だ―と思った。 |
頭上を横切る資源輸送船の轟音が、切ない記憶を遮って現実に引き戻す。
大介は、ふと片耳を抑えた。
(君も……古代も……、本当に逝ってしまったんだな……。)
陽が落ちて、天の星と地上の星が輝き出す。
大介は、太陽の沈んだ先を見据えたまま身じろぎもせず、ただそこに佇んでいた。
「島!」
突然の声に大介は驚いて振り返る。
「南部……!」
南部康雄だった。
「こんなところで何をしているんだ?」
南部の問いに大介はぞんざいに答える。
「別に何も――。ただなんとなくさ。家に帰るのも気が重くてね。おまえこそ、どうした?」
「まあ、似たようなもんさ。なんだか何もする気になれないんだ。あの戦いの結末が、ヤマトの最期の姿が頭から離れなくて何も手につかないんだ。挙句の果てに親父に稼業を継げと言われちまったよ。」
南部は大介の横に並んだ。冷たい風が二人に吹きつける。
「俺、だめかも知れない……。」南部は呟いた。
大介は、南部の顔を見ることなく言った。
「今日、雪の家に行ったんだ……。正直、辛かったよ。」
南部は思わず大介を見た。大介はそのまま視線を逸らさず、どこか遠くを眺めている。
「雪の親父さんに言われたよ。古代や死んでいった仲間に誓ったことは今、生きている者達の使命だと。残された我々には、やるべきことが山ほどあると。」
南部は返す言葉もなく、ただ黙って大介の横顔を見ていた。
「俺は不覚にも雪の親父さんに、古代やヤマトと共に死にたかった、って泣きついちまった……。そのまま何も言えなくて、俺の方が励まされちまった……。情けなかったよ。」
自嘲気味の大介の言葉に、南部は深くうな垂れた。
「だから俺は…改めて誓う。古代や雪や…生きては帰れなかったヤマトの仲間達の遺志を継いで、彼等の望んだ地球を作っていく、と。俺達が、あの二つの戦いを忘れない限り、死んでいった仲間達の魂は生き続ける。ヤマトの魂は俺達の魂と共にあるんだ。」
大介は静かに、しかし力強く言った。
「島……。俺、自分が情けないよ。そうだよな。あいつらの魂は俺達の魂と共にある……。」
もう日はとっぷりと暮れ、大介には見えなかったが、南部は何かを決意したように微笑み、力強く頷いていた。
南部は大介の肩を叩いて言った。
「島、おまえには俺がいる。相原がいる。太田もいる。偉そうなことぬかして、挫けやがったら、いつでもハッパをかけに行ってやる!覚悟しろよ!」
大介は、眉間に皺を寄せて南部の顔を見る。
「おい、誰にモノを言ってるんだ?」
大介は南部の腹に軽くパンチを入れた。
「けほっ!何しやがる!不意打ちは汚ねえぞ、このヘボ運転手!お返しだ!」
南部も一発、パンチを見舞う。
「うっ!マジになることないだろう、御曹司!調子に乗りやがって!」
大介と南部の二人は泣きながら、じゃれあった。子供のようにいつまでもいつまでも―。
「バカだなあ、おまえら。」
「ホント、呆れるわ。」
ふと、何処からか声がしたような気がして、二人は辺りを見回した。
「気のせい、か……?」
ザザーッ―と音を立てて、風が走り抜けて行った。
「風……?」
「行こうぜ?島!」南部が眼鏡をずり上げながら言った。
「何処へ?」
「相原と太田のヤツを引っ張り出してぶん殴りにさ!」
「南部……。おまえって、つくづく…、見た目と違って血の気の多いヤツだなあ。あ!ああっ!俺、お袋に連絡入れるの忘れてたよ!」
紺碧の空には満天の星、地上には命の星。
大介と南部は思う。
旅立っていった数知れぬ魂は、天の星となって人々の行く先を照らし、指し示すだろう。
僕等は生きる。
生きて地上に命の星を灯す。
そんな風に僕等は
君達の魂を未来へ繋いでいこう。
17名の生還者達。
彼等の旅は、まだ終わってはいないのだ。
■Fin■