The COMPANY 〜 A day without the record 〜
■THE THREE MEN 〜愚かなる飛行機野郎ども〜
森雪が凶弾に倒れ、重体――と聞かされてからからというもの、鶴見二郎はすっかり放心状態となっていた。
機体の整備には身が入らず、気もそぞろで、加藤三郎はいよいよ、そんな鶴見に苛立ち始めた。
「おまえがヘコんだってしょうがねえだろうがよ?」
ぱかん、と加藤に後頭部を叩かれて。
鶴見は更に深くうなだれてしまった。
「辛気臭くなるっつんだよ!」
加藤は鶴見の尻を、更にガツガツと蹴りつけてみたが、鶴見は反撃すらしてこない。
「放っとけ、加藤!」
ふたりの様子を黙って見ていた山本明が、見兼ねてついに声を上げた。
「放っとけッつッてんだよ、加藤!おまえも何イラついてんだ?」
「別にイラついてなんかねえよ!大体こいつがよ――」
「しょうがねえだろ!こいつ、マジ惚れだったんだからよ。」
山本の言葉に、鶴見はとうとう肩を震わせて嗚咽しだした。
「ちっ!そんなザマじゃ貴様なんか、クソの役にも立ちゃしねえ!せいぜい足を引っ張るなよ、鶴見。」
加藤はそう吐き捨てると、くるりと背中を向けて去っていった。
「おまえ、ここに何しに来てんだ、あ?」
加藤の後を受けるように山本が、頭を抱えてしゃがみ込む鶴見を見下ろして、冷ややかに言った。
「別によ。女に惚れるなとは言わねえよ。だが、ここでつまんねえ恋愛ごっこされちゃ迷惑なんだよ。
貴様の気持ちがどっか別のとこに飛んじまってんなら加藤の言うとおり、足手まといだ。消えろ!」
鶴見は山本に言われるがまま、ただ黙ってうつむいて、唇を噛みしめた。
と、そこへ。
呆れて立ち去った筈の加藤が戻ってきた。
「ナニ戻って来てんだよ、加藤。なんだかんだ、面倒見がいいな。」
「うるせえよ!」
加藤は、皮肉めいた口ぶりの山本を、ぎっ、と睨んだ。
「今、そこで聞いてきたんだけどよ。森がブリッジに戻ったってよ。」
「え……?」
加藤の意外な言葉に、鶴見だけでなく山本も目を丸くした。
「詳しいことはわかんねえけど、さっきアナライザーが運んでったらしい。」
「森のヤツ、少しは回復したってことなのか?いや、でもそんな風には……。」
「なんだ、鶴見。まるで見てきたようなもの言いじゃねえか?」
眼を赤くし鼻水を垂らしながら何やらブツブツと呟く鶴見に、加藤はにやり、として言った。
しまった――という顔をして、加藤を見つめる鶴見。
「おまえ、こっそり会いに行ったんだってなあ。高階サンから聞いたぜ?
しかしなんだな。そこまで惚れちまってたとはな、しょうがねえヤツだ。
けどよ。貴様がそんなじゃ、むしろ森がいい迷惑すんだぜ?わかんだろ?」
加藤は半ば呆れ、半ば労るように鶴見に言う。
鶴見はガクリ、と肩を落とした。
「重体どころか永くねえだなんて聞かされたらよ……。自分の気持ち、抑えられなくなっちまったんだよ。
もうこれきり、森がいなくなっちまうんじゃないかと思ったら、おれ、オレ、いてもたってもいられなくて……。」
加藤も山本も返す言葉が見つからず、悲痛な面持ちでうつむいた。
3人揃って、重くて深い吐息をつく。
「ったくなあ。泣けてくるほど報われねえ片思いだな。なあ、鶴見。」
山本は瞳を翳らせたまま淋しく微笑み、そう言って鶴見の肩を叩く。
うつむき加減に加藤も「だよなあ。」と笑う。
「うっ、うるせえよ。」
口を尖らす鶴見。
「森は森で、現れたのが古代じゃなくておまえで残念だったろうなあ。」
からかう加藤。
「うっ、うるせえよ。」
しゃがんだまんま、ガツッとゲンコで加藤の膝を殴りつける鶴見。
「森、辛そうだったか?」
ぼそり、と山本。
「……いや、笑ってた。……でも、ホントは辛かったんだろうと思う。」
「そっか。だよな。」
「俺、叱られちゃったよ。みんなが忙しいって時に抜け出してきたりなんかして、しょうがねえってさ。
でもあいつ、自分も同じようなもんだ、って言ってたな。寝てるだけで役に立てないからってさ。
俺、いたたまれなかったよ。」
「……まったくおまえは甘ったれもいいところだな。」
山本は、やれやれ、といった面持ちで鶴見の頭をバチンと叩いた。
「いて!」
「そうだ、おまえはバカだ。怪我人に気ィ遣わせてんじゃねえっつんだよ!」
加藤も山本に倣って鶴見の頭をべちっ、と叩く。
「いてっ!いて……。反省は……してるよ。」
鶴見は叩かれた頭をさすりながら、ふたりの言葉を噛みしめるようにうつむいた。
ふと、加藤がどこか遠くを見つめながらつぶやく。
「この戦いは生きるための戦いだから――ってよ。」
「え?」
「この戦いは生きるための戦いだからって、森がよ、言ったんだ。」
「え?なに言ってんだ、加藤。」
「あ!なんだ、この野郎!おまえも森に会ってきたんじゃねえのか!?」
山本が加藤の胸倉を掴んだ。
「さあな。」
とぼける加藤。
山本は呆れたように加藤と鶴見を代わる代わる睨んだ。
加藤は話をはぐらかすように、引っ込めた矛先を再び鶴見に向けた。
「おまえ、もしかして姉ちゃんと森とを重ねて見てたりすんじゃね?
おまえ、シスコンだからなァ〜。」
「なっ、ナニ言っちゃってんだよ!ンなことあるワケねえだろ!お、おまえにだって姉ちゃんがいるじゃねえかよ!」
真っ赤になって、加藤を見上げ、食ってかかる鶴見。
「まあな。だが、おまえと一緒にすんな!
なあ、鶴見。姉さん、待ってんだろ?それに、あのマセた姪っ子も。」
「あ。ああ。」
反撃してくると思いきや、加藤がいつになく真面目な顔で話すので鶴見は面食らった。
「おまえらさ、俺んちが4人きょうだいで上ふたりが女だっての、知ってるよな?」
「ああ。」
鶴見と山本が揃って頷く。
「実は一番上の姉ちゃんに子どもが生まれるんだ。いや、もうとっくに生まれちまったよな。予定日が古代と森の結婚式の3日後だったからな。
もしかしたらよ。出産が早まって、あいつらの結婚式の日に生まれるかも知れねえと思ってよ。そうなったらいいな、って思ってたんだ。そしたら二重にめでたいだろ?
あいつらには結婚記念日だけど、俺にとってはオジサン記念日だ。忘れにくいし、いいだろ?
だからよ。なんだか、すげえ楽しみだったんだよ。あいつらの結婚式が。
それが、こんなことになるなんて夢にも思わなかったけど。
俺は、俺はさ。
古代みてえに“宇宙の平和”とかよ。でけえことは言わねえ。
たださ。ただ、やっと……。
やっと地球が青く甦ってくれたのによ。また、あんなふうに赤く焼け爛れた星にしたくねえんだよ。
俺達はよ。ちょうどやんちゃな盛りを、地下で死に怯え、ガミラス人を憎みながら過ごしてデカくなった。
俺は、生まれた赤ん坊や、おまえんとこのチビにはそういう思いをさせたくねンだ。
地球をあいつらに渡しちまったら、きっと楽しくて幸せな未来の夢なんて見られなくなっちまう!
チビ達には心から笑っていてほしいんだ。穏やかで幸せな毎日を送ってほしいんだ。
俺は守りたい。俺達の生きる場所を。血を吐く思いで取り戻した地球を。
……森の言った『生きるための戦い』ってのはそういうことなんじゃねえか、って思ってよ。」
加藤の言葉に鶴見はまたもやうつむき、涙をぽたぽた落として言った。
しかし、涙と鼻水で言葉にならない。
「す、すばでぇ、がどぉ。すばでぇ、やばぼど。おで、忘れでだよ。おでがごごにいるワゲを。」
「わ、わかったから鶴見、鼻をかめ!何言ってんのかわかんねえ……。
とにかくよ。森だってあきらめてねえんだってことさ。だからあいつは戻ったんだ。」
加藤は、やれやれ――といった面持ちで肩をすくめながら鶴見を励ました。
「俺達は勝たなきゃなんねえ。勝って帰ろうぜ、地球に。な!鶴見。」
山本も慰めるように声を掛ける。
ずびずびと鼻水をずりあげながら、うんうんと頷く鶴見。
そんな彼を上から見下ろして山本が、からかうように言った。
「なあに。古代みたいな気の利かねえ野郎はいつ森に愛想つかされるかわかんねえ。可能性はゼロじゃねえよ。限りなくゼロに近いがよー。」
「るぜえよ!でべえらっ!うっ、はだびずが……。(ずびびっ。)慰めてんだかオモシロがってんだか、わかんねんだよ!」
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃの鶴見に、げらげら笑いながら加藤が言った。
「汚ェ〜な、おめ〜はよ!!そういや、おまえの姉さん、言ってたっけなあ。いくつになっても甘ったれな弟体質が抜けねえって。」
「そー、そー!おまえ、そんなんじゃ森に守られちゃうぜ?」
相槌を打ちながら山本も鶴見をからかう。
「なんだと〜っ!」
「さ、さ。じろうちゃん、お鼻かんで。チーンして〜。」
そう言って加藤は鶴見の伸びきった坊主頭を撫で回した。
「いでっ!何しやがんだ、この野郎!」
「もう、じろうちゃんたら、泣いてたらダメじゃないの〜!」
今度は耳元で山本が。
「てめえまで!こんちくしょうっ!」
拳を振り上げながらも鶴見は嬉しかった。
わかっていたのだ。
これがこいつらの。
加藤と山本流の励まし方だと。
鶴見は涙と鼻水を服の袖でごしごしと拭きながら、逃げるふたりを追いかけた。
逃げながら、山本がぼそり、と言った。
「あいつら、揃って帰してやんなきゃだよな。」
「え?」
「森と古代のトーヘンボクだよ。」
頷きながらも、加藤の表情は暗い。
「ああ。そうだな。けど、ホントは森はもう――」
打ち消す山本。
「ばーか!そんなんわかんねえだろ!」
「だよな!」
強く頷く加藤。
「あいつがそんなに弱ぇ〜かよ。あいつの眼には力があったぜ?」
「決まってんだろ!……って……え?あ、おまえ!まさか、おまえも森に――」
大きく納得しかけて、ふと別のことに思い当たる加藤。
「さあなぁ。」
にやり、として山本は走るスピードを上げた。
「とぼけやがって、おまえ……。ほんとに、まったく、しゃあしゃあとォーーっ!結局、俺らは同類かぁーーーっ!!」
追う加藤。
「俺とおまえらを一緒にすんじゃねーよ、ばーか!」
挑発する山本。
「なんだと!山本、貴様ぁ!」
乗せられる単純な加藤。
「さあて、と。ぼちぼち俺のかわいい彼女を磨いてやんなきゃかなァ〜。」
逃げながら聞こえよがしに山本が言う。
「まあ、俺の彼女と違って、おまえのは塗りたくらないと見られたもんじゃねえからなあ!」
今度は背中から加藤が挑発する。
「よく言うぜ!おまえのあの不細工なアバズレこそ、しっかり磨いてやんないとだろ!見るに耐えないぜ!」
振り返り、負けじと言い返す山本。
「なんだと、この野郎!」
「おーい!そこのバカ共ーっ!俺の彼女に比べたらおまえらのなんか××××××だぁーーーっ!」
更に後方から鶴見の罵声が飛んできた。
「あっ!あんの野郎ーっ!」
「さっきまで鼻垂らして泣いてたクセしやがってーっ!」
加藤と山本は。
くるり――と踵を返すと、今度は逆に鶴見を追いかけ始めた。
慌てて方向転換する鶴見。
ほんの束の間。
じゃれあう三人の男達。
その横顔は。
戦士――というよりもまだ、あどけなさを残す少年のようだった。
そしてまもなく。
ヤマトは決戦に臨むことになる。
■ END ■