The COMPANY  〜 A day without the record 〜

 ■KNIGHT’S WINGS




「加藤君いる?」

格納庫内に響いた女性の声に、コスモタイガーの機体のチェックをしていた面々が一斉に顔を上げた。

訪問者は森雪だった。

「ヤツなら古代ンとこだけど?なんだ?」
山本明が雪の問いに、そう答えて愛機から飛び降りた。

「加藤君に携帯用の止血テープと鎮痛剤の補充を頼まれてたんだけど……。」

「そうか。じゃ、頼むよ。」
山本は、にっこり微笑んだ。



薬品の補充をし終えて、格納庫を去りかけた森雪が、ふと呟く。
「古代君に思いっきり叱られちゃった。」

「あ、密航のこと?」
山本は吹き出しそうになるのを堪えて言った。

「んもうっ!人聞き悪いわね。一応、長官から許可貰ってるから空間騎兵隊の斎藤クンと同じ扱いなの!」
そう言い返しながらも、雪はバツが悪そうに小さくうつむいた。

地球に残ったはずの森雪がヤマトに密航していた――という事実が格納庫に伝わった時、コスモタイガー隊の面々から歓声が上がり、そして色めきたった。

「やるじゃねえか、じゃじゃ馬!」とか。
「これで心置きなく怪我できるぜ。」とか。
「結婚式、すっぽかされたんだ、当然だぜ!」とか。
「古代が愛想つかされるのも時間の問題!」とか。
「まだ俺にも脈があるってもんだぜ!」とか。
とか、とか、なんとかかんとか。
――とにかく異様な盛り上がりを見せた。

そんな格納庫の野郎共の、鋭い視線を背中に感じつつ、山本は小さく微笑んで答えた。
「ま、そうだろうな。森の気持ちも分かるけど、男の俺としては古代の気持ちもわかるからな。」

「やっぱりね。」
そう言って首をひょい、とすくめ、ふふっ――と、悪戯っぽく笑う雪。

背中でアヤシイ溜め息が聴こえる……。
げんなりとする山本。

雪は気づきもせず、幸せそうな微笑みを浮かべて、山本と連れ立って歩く。

「実は島君にも同じこと言われちゃったのよね。俺でもそうするって。
 私も最初、みんなの帰りを待とうと思ったけど……。でも、もし古代君やみんなに二度と会えないようなことになっちゃったら、って――」

「おいおい!不吉なこと言うなよなァ〜。」
山本は雪の言葉に苦笑する。

「だって……。誰だって、もしも――ってこと、考えるでしょ?」
ちょっとうつむき、上目遣いで山本を見つめる雪。

「う……。」
女のコに、こういうカワイイ仕草をされてしまうと、男としてはたまらないところである。
山本は雪から視線を逸らせると、そりゃまあ、そうだけど――と、鼻の頭を掻いて呻いた。

「私ね。絶対に後悔なんかしたくないし――。
 それに……島君がね、『自分の気持ちに素直になれ』って言ってくれたの。だから思い切って――」

「密航したのか?」

「ウン……。」

「はァ……。」
結婚式が“おじゃん”になった割には、なんだか幸せそうにも見える雪。
彼女にとっては、古代と一緒にいられることが幸せなんだろうな――そう思うと、なんだかやってらんねえ、という気分になって、山本は思わず溜め息をついた。

「ま、とにかく森がいてくれると何かと助かるからな。俺達は手放しで歓迎してるんだぜ?なっ?」
山本は、穏やかな笑顔で雪に言うと、後ろを振り返る。

すると、『おう!』とコスモタイガー隊の面々が工具を掲げてみせた。

「ふふっ。嬉しいこと言ってくれるじゃない。みんな有り難う。」
雪はそう言うと、首を傾げて、にっこりと特上の笑顔を送る。

「う……。」
カワイイ……かも、知れねえ……。
山本が、不覚にもそう思ってしまった瞬間、背中からまたもや、異様な溜め息が聞こえた。

知ってか知らずか。
満面の笑みを湛えて雪は格納庫を去って行った。

「ったく!一体、何しに来たんだよ!!」
山本は雪の背中を見送りながら、美味くないインスタントコーヒーを啜り、顔をしかめた。
が、それでも彼女の淹れるのよりは幾分、マシかも知れねえ――と思い直して苦笑した。

入れ替わりに加藤がやって来た。

「やれやれ。罪な女だねえ、森も。島の胸中、お察ししちゃいますわァ〜、ワタシ。」

「あ。おまえ、ずっと聞いてたのかよ。ヒトが悪いなァ。」
おちゃらけて、しなを作る加藤に、山本は笑いながら言った。

「けどもし、森が島を選んでたらよ。二人ともココにはいなかったかもなァ。」
ひとしきり笑った後で、山本はちょっと呟いてみる。

「かもな。」
山本の言葉を受けて、加藤が肩をすくめた。

「俺、思うんだけどさあ。森のヤツ、島を選んどいた方が堅実な生き方だったかもな〜。」

「へ?」
山本の言葉にきょとん、とする加藤。

「島とだったら、何もよ〜。こんな博打みてえな危険な旅に出ることもなかった――っつってんの。」

「なるほどな。」
頷く加藤。

「島なら、地球のためとはいえ、不確かな情報だけが頼りで、しかも反逆の汚名を背負ってるような今度の旅と天秤にかけたら、森の幸せの方を選んでやるだろうからな。」
そう言って、山本は床に落ちていたスパナを拾い上げると、加藤に放る。

加藤は、それを右手でキャッチすると、指先に引っ掛け、クルクルと回しながら言った。
「ああ、そうだろうな。ヤツなら惚れた女の幸せの方を選ぶよな。」
スパナは加藤の指先を離れ、神業のように、やや離れた位置の工具箱にガチャリ、と納まった。

「そう考えると、古代ってヤツぁ、ホントに幸せな男だよなあ。」
苦笑する山本。

「ああクソ!なんか俺、ムカムカしてきちゃったな〜ッ!」
鼻を膨らませて加藤が言う。くかかかっ、と笑う山本。
「ナンだよ、山本ッ!おまえも森のこと、まんざらじゃなかったんじゃねえの?」

「はあ?その言葉、そっくり、貴様に返すぜ?おまえも最初、森サン森サンって騒いでたクチだろ〜?」
顔を突き出して、ニヤニヤしてみせる山本。

「うっ!そりゃあ、なんてったって森生活班長殿はヤマトのアイドルだったからなァ。あん時ゃ、俺に限らず野郎どもはみんな、高嶺の花とは思いつつ、できれば『お近づきになりたい』なんて思ってたけどよ〜。」
バツが悪そうに鼻の下をこする加藤。

「俺も森のことは、頭はいいし仕事はできるし、すごくキレイなコだなァ、って思ってたけど。
 なんつうか性格的にはどうも俺好みの女じゃなかったんだよな。
 最初は、ちょっと生意気で高飛車な女だ――って思ってたからさ。」
床に散らばった工具を片付けながら山本が言う。

「あははは。確かにアイツ、ツンケンしてたよなァ〜。大体、最初は古代も島も鼻であしらわれてたじゃん?」
懐かしそうな加藤。

「そーそー。ありゃ見てておかしかったぜ!
 でも案外いい女かも知れないって感じたのは、実は古代のヤツに惚れちまってからの森なんだよな。
 ま、時既に遅し、ってヤツ?」
山本は笑って言った。

「ああ、それ言えてる!なんだか、グッといい女になったよなァ〜。女ってホントに男で変わるよなァ〜。」
遠い目の加藤。

「だよなぁ。女って、ホント、おっかねえ生き物だよなァ〜。」
かぶりを振っておどける山本。

「でも、幸せにしてやりたいよな。」
ふと山本が呟く。

「え?森、か?」
目を丸くする加藤。

「ああ。なんかよくわかんねえんだけど、応援したくなっちゃうんだよな。
 アイツ、なんか一生懸命だしさ。それに……なんつっても古代があんなだから、かな?」

「ああ、なんとなくわかるな、それ。」
山本の言葉に、深く頷いてみせる加藤。

「アイツにはハッピーになってもらいたいんだよ。」
「ああ。まったくだ。」

「おい、コラッ!!おまえら、何、べらべらくっちゃべってんだよッ!!悪かったな、島と違ってて!!」

久々に意見が一致して、しみじみとしていた二人の背後から、黒い影が、ぬっと現れて怒声を上げた。
噂の主、登場。

「だああああっ!いたのかよ、古代っ!」
「どっから湧いてきやがった!?」
驚いて飛び退る二人!

「俺は虫かっ!!」

「いやあん、古代クンたら立ち聞きなんてっ!ルール違反だわっ!」
加藤は口許に手を当て、お得意のしなを作りながら、かわいコぶって抗議した。

「るせえっ!加藤、貴様、気色悪いんだよ!それに『古代があんな――』って俺は『どんな』なんだ?」

「う……。聞いてやがったのかっ?」
山本が呻く。
声も出ない加藤。

「なんだ?言えっ!」
脅しにかかる古代。

山本は口を尖らせ、胸を反らし、この際、開き直った。
「うっせえ野郎だなあっ!俺らはなァ、てめぇが女に対して野暮でウブで気が利かねえ、トーヘンボクのスットコドッコイって言いたかったんだよ、わかったか!」

「なんだとおおおおおっ!!」
激昂して山本に掴みかかる古代。

「まぁまぁ。せんとおはんちょお殿ぉ、そうカッカなさらずにぃ。」
加藤が間に入って、どうどうと古代を宥める。

「加藤ッ!貴様も、さっきから、おちゃらけやがって、このォ!どこまで俺をおちょくったら気が済むんだ。えっ?」
今度は、へらへらする加藤に矛先を変えると鼻の穴を膨らませて、噛み付く勢いで凄んだ。

「しっかり森を捕まえとけっつってんだ、トーヘンボク!」
山本は、ケッと笑って古代の尻を蹴り上げた。

「いでっ!なっ、何すんだ、このッ!!」

「そーそー!地球の平和、結構。宇宙の平和、なお結構!だが、まずは森をしっかり守りやがれ、スットコドッコイ!」
加藤が笑いながら、真っ赤になった古代のほっぺたを両側から力いっぱい引っ張った。

「うががが。いでえよ、いでででで!」

「まあ、おまえがゼロで出撃ってコトになったら、俺達がしっかりガードしてやるよ!」
山本が澄まして言う。

「んだとぉ?確かにブランクはあるけどな!ウデは鈍っちゃいねえんだよ!バカにすんなッ!」
爆発寸前の古代。

「わかんねえかな。おめーのためじゃねーよ。森のためにだよ、バーカっ!!」
そう言って加藤が、ふと真顔になった。

「なッ、何ッ?」
固まる古代。

「アイツの泣くの、見たくねえからな。俺らがおまえをガッチリ守って、いつでもヤマトに還してやっから。だから必ず森を幸せにしろ!わかったな?」
山本はニヤリ、と笑うと、バンッバンッと古代の背中を叩いて言った。

「うぐっ!!」
何も言い返せなくなった古代。

「わかったら早く用件を言え?なんだ?」
加藤は腕組みをすると、偉そうにそっくり返って古代に尋ねた。

「う……。さ、さっきの当番表、もう一回見直したんだよ。やっぱり空間騎兵のやつらとの兼ね合いがあんまり良くない気がしたから、おまえらの意見をもっと聞いとこうと思ってだな。きょ、今日はもういいから、明日までに、これよりいい案があったら、おまえと山本でまとめといてくれ。以上だっ!」
真っ赤になった古代は、先程までの勢いとは打って変わって、しどろもどろになりながら用件を言うと、あちこちに躓き、何やら毒づきながら帰って行った。

「やれやれ。手の掛かる野郎だな。」
加藤が呆れた。

「ホントだな。アイツが宇宙戦士として一流なのは認めるけど、男としちゃあ、まだまだだな。」
山本も、にやにやしながら言う。

「ま、あいつらは、なんていうか……。俺達にとっちゃ幸せのシンボルみたいなカップルだからな。」と、加藤が呟く。
「ああ。だから放っておけないっつうか……。俺達ゃ、差し詰め、王子と姫のナイトってところだな。」と、山本も言う。


馬鹿がつくほど一途で純粋で、あまりに不器用な古代と雪のふたり。
余計なお世話と思いつつ、ついつい手を出したくなってしまう自分達は、むしろ彼ら以上の大馬鹿野郎かも知れないぜ――と、ふたりは思い、肩を大きく揺らして笑った。

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<ちょほいとヒトコト>
時系列としては、同名タイトル・乱闘編の前の話になります。
やっぱし、そこはかとなく「パート1」テイストですな。古代クン、坊やだし、雪も元気いいです。(笑)
一応、ベースは 「2」 ではなくて 「さらば〜」 なんですが、アレは映画なので細かい描写ってのはなされてないワケでして。
描かれてない部分の補完――っていうと大袈裟ですが、ま、こんなこともあってもいいんじゃなかろうか、ってことで。
次はいつになるかわからんですけども、気が向いたらポツポツ書いていこうかな、と思ってます。










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