The COMPANY  〜 A day without the record 〜

 ■乱闘




テレザート星での戦いを終え、テレサを解放したヤマトは、一路反転し、白色彗星を追っていた。
テレザートでの攻防で、最も多くの犠牲者を出したのは空間騎兵隊だった。
彼らは展望室を占拠し、仲間達の弔いを口実に、勝手に飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを引き起こしていた。
その上、彼らの規律違反を唱える一部のクルーと衝突して大乱闘騒ぎまで起きてしまった。
しかし、古代進が双方を一喝し、生活班長である森雪の、空間騎兵隊への配慮のおかげで、なんとか和解し、ヤマト艦内に、ようやく静けさが戻っていた。




雪は、加藤に頼まれていた救急セットの補充をし終え、説明したいこともあったので、それを届けるために格納庫に向かっていた。

その途中――。

「よう!ベッピンの班長サン!」
雪は呼びとめられて、いぶかしげに振り向いた。
空間騎兵隊の隊員、坂下という男だった。

「なんですか?(うっ。だいぶ酔ってるわね。お酒臭っ――)」
雪は思わず顔をしかめた。

坂下は、上から下へ、下から上へと目を泳がせて、舐め回すように雪を見た。
「へえ。近くで見ると、ますます美人だなあ。少々、胸は足りねえが、俺は小さくてもOKだぜ。」
坂下はニヤニヤして言う。

「急いでますから。」
胸が足りない――と言われて、ムカッときたが、雪は相手にせず、無視して立ち去ろうとした。

「なんだよォ〜。つれないじゃないのよ、班長サ〜ン。いいじゃねえか、ちょっとお話くら〜い。減るもんじゃねンだしよォ。」
坂下は雪の手首を、がしっと掴んで引き寄せようとした。当然、雪は抵抗した。

「減るのよ。手、離してくださらない?」

「まあ、そう邪険にすんなって。な?」
なおも、しつこく迫る坂下。

「急いでるんです。離して。」
雪はウンザリした。

「チュ〜してくれたら離してやるよ。なァ。」
坂下は顔を突き出して言った。

「……。できるわけないでしょ。」
雪は顔をしかめたまま、くいっとそむけた。

「つれないなあ。ここ。ここにチュッとでいいからさァ。」
坂下はニヤニヤしながら自分の頬をつついてみせた。

「イヤだって言ってるでしょ!離して!」
雪は、ついに大声を出した。そこへ、山本が通りかかった。

「森の声?なんだ?」パタパタと声のした方へ駆け寄る。
やはり、声の主は雪だった。
どうやら雪は空間騎兵隊の一人に絡まれているらしい。腕を掴まれて、必死に抵抗していた。

雪は山本に気づき、救いを求める。
「あ、山本君、……この人が……。ちょっと…離してっ!!いやっ!!」

「どうしたんだ?おい、おまえ!何してる!!なんだァ?酔ってんのか、コイツ――」
酒臭い坂下に山本は顔をしかめた。

「山本クンっ!!」

坂下は、いまいましそうに山本を睨んだ。
「ふん。いい所だったのに邪魔しやがって。これから、この威勢のいい班長サンと――」

言いきらぬうちに山本は怒声をあげた。
「黙れ!黙ってその薄汚え手を離せ、この下司野郎!ぶっ殺されたくなかったら、森から離れろ!」
下司呼ばわりされて坂下は、頭に血が上った。

「てめえ……。女みてえなツラしやがって、ナメた口きくんじゃねえ!!」

「んだとっ!ヒトを見た目で判断すると、痛い目に遭うぜ?」
女みてえなツラと言われ、今度は山本が激昂する。

「野郎……。」
坂下が舌なめずりをする。

「ハン、来いよ!相手になるぜ。だが、先に森を離せ。離せって言ってんだよ!!聞こえねえのか、あ?」

「るせえ。野郎、チャラチャラして最初っから気に入らなかったんだよ!ぶっ殺してやるっ!!」

「ちょっ……ちょっとやめて。山本君。もういいから。」
一触即発のヤバイ雰囲気に、雪は慌てた。

「許せねえ。こういう下司野郎、許しちゃおけねえんだよ。森、離れてろ。」
山本は既に聞く耳を持たない。

「彼、だいぶ酔ってるわ。酔いが醒めれば――」
雪は、なんとか制止しようとする。

「どけえぇぇーっ!」酒臭い息で唸る坂下。
「やめなさいっ!!」悲鳴のように叫ぶ雪。
「どくんだ、森っ!!」引き返せない山本。

「邪魔だぁーっ!」
切れた坂下が、ついに動き、渾身の力を込めて、立ち塞がろうとする雪を突き飛ばした。

「きゃあっ!!」
ガツッ……。
「あ……。」
雪は運悪く壁の緊急用シャッターの手動装置に後頭部を激しく打ちつけた。

「あっ、森っ!大丈夫か、森っ!!てめえ、こんの野郎ォーっ!!」
壁を滑り落ちるようにして失神する雪を見て、山本の血は逆流した!あっという間に相手の懐に飛び込むと、ボディにドスッっと拳を叩き込んだ。

「うがっ!!」
坂下は身体を二つに折ったまま、よろよろっと2、3歩後退した。

「ぶっ殺してやるっ!!」
今度は左右の頬をかわるがわる殴りつけると強烈なアッパーを見舞った。

「がはっ!!うごっ!!」
坂下は、なんとか堪え、ファイティングポーズを取ったまま、ふらふらっと歩いた。

「トドメだ、おらよ!!」
山本が、もう一度、軽くボディへ拳を叩きこむと、坂下は、へなへなと床に座り込んだ。

「うらあーっ!!何やってんだ、てめえら!!」
山本は、はっと、顔を上げた。加藤だった。

「か、加藤!!こっ、こいつが森を……。」
山本が慌てて状況を説明しようした。

「なんだ?何があった?あ、森?おい、しっかりしろ!!」

「動かすな!頭、打ってるんだ。こいつが森に――」

「バカ野郎!だったら、こんなことやってる場合じゃねえだろう!!すぐに医務室に運べ!!」

「あ、ああ。」
山本は我に返り、慌てて雪に駆け寄る。

「てめえ。森に何した?あ?何をしたんだ?」
加藤が坂下の胸倉を掴み、詰問した。

「俺はただ……ごほっ、このネエチャンによ……。ごほごほ」
坂下は咳き込み、肩で息をしながら、呻いた。

「どのネエチャンだ?」
山本ではない別の声が尋ねた。

「古代!!」

「ネエチャンとは、そこにいる森雪のことか?森雪は俺の婚約者だが、彼女になんの用がある?」

妙に冷静だが、こういう古代は、かえって恐ろしいのだということを、加藤は知っていた。
(やべえな。いっちゃってるぞ、古代――)

「こ、婚約者?あ、い、いや……別に……。」
坂下は一気に酔いが醒めた。

「なんだ、なんの騒ぎだ?」
続いて斉藤がやって来た。

「斉藤!!これはどういうことだ?」
古代は斉藤をキッと睨んだ。

「うん?なんだ、おまえ。こんなとこで何してるんだ?」
斉藤が、とぼけた声を上げたので加藤はムカッとして叫んだ。

「てめえ。間抜けヅラしてんじゃねえ。斉藤、貴様、部下の管理もできねえのか?」
ぐったりと倒れている雪を見て斉藤が顔色を変えた。

「坂下おまえ……。どういうことだ?彼女に何かしたのか?」

「……か、艦長代理の女…だったとは知らなかったんだ。だからちょっと誘っただけで……。」
坂下は、しどろもどろになって、この場を切り抜けようとした。

「何がちょっとだ!森は嫌がっていただろう!!それを無理矢理――」
山本は、逃げ口上の坂下に怒りを覚えて再び殴りかかろうとする。

「てめえ、この期に及んで――」
加藤までもが坂下に詰め寄ろうとした時、間に斉藤が割って入り、代りに坂下の胸倉を掴むやいなや、その頬をガツッ、と殴りつけた。

「馬鹿野郎!」

「うぐっ!!」
坂下の歯が折れて口から零れ出た。

「すまねえ。すべて俺の監督不行届だ……。」
斉藤は古代に向かって深々と頭を下げた。

「坂下。森生活班長の恩を仇で返す気か?テレザートでの一戦で大勢の仲間を失った俺達の気持ちを察して、規律違反を見逃してくれたのは誰だ?貴様、あの酒の意味がわかっているのか?」

「そっ、それは……。」

「酒に呑まれちまった上に、一体なんだ、このザマは!!」

「……す、すみませんでした。」

「あとで彼女に土下座して謝れ。いいな?」

「は、はいっ……。」
坂下の声は消え入りそうだった。

「坂下!おまえも早く医務室へ行け!ひどいツラだ。ああ見えて山本は喧嘩にゃ、めっぽう強い。相手が悪かったな。」
古代は坂下を見下ろしながら冷やかに言った。

「そうそう。森にしてもそうだ。よりによって古代の婚約者に手を出そうとしたんだから、おまえもホントに命知らずな男だぜ。これで森に何かあったら、貴様、マジ生きてねえぞ。古代はもちろん、俺も山本も黙っちゃいねえしな。森は女だが、てめえのような、つまらねえ野郎共、何人分もの仕事をこなすヤマトで一番多忙の身だ。それにイスカンダル以来の俺達の大事な仲間なんだぜ。めったなことを考えるなよ。」
加藤は古代に比べ、幾分、穏やかに坂下を諭すような口調で言う。

古代は壁にもたれたまま蒼褪めて失神している雪をそっと抱き上げ、医務室に向かって歩き出した。
と、古代は立ち止まる。そして振り返りもせずに言い放った。
「釘を刺しておくが、森雪は俺の女だ!今度何かしてみろ!命の保証はないぞ!いいな!」

古代の言葉に一同、立ち尽くしていた。

「ほうっ!!アイツも言うときゃ言うんだな……。坂下、おらっ!立て!馬鹿野郎。俺の顔に泥を塗りやがって!」
斉藤は、坂下を助け起こしながら頭を掻いた。

「く〜っ。古代クン、かっこいいね〜!俺も好きになっちゃいそう!」
加藤が古代の背中に向かって呟く。

「加藤、今のが聞こえてたら間違いなく殺されてたな。」
山本が耳元で囁いた。

「だっておめえ。俺、すげえ面白いモンみた気がしちゃってよ〜。」
加藤は首をすくめて笑った。




「大丈夫か、雪。」

「え……。ああ……。古代クン。どうしてここに……?」

「加藤と山本に話があって探してたんだ……。そしたらあんなことになってて。それより、大丈夫か、頭……。軽い脳震盪だって佐渡先生が言ってたけど。」

「ああ……そうだったわね。大丈夫……。皮下出血してるだけだと思う……。コブよ、コブ。」
雪はにっこりと笑った。まだ顔色こそ悪かったが、元気そうである。古代は安心した。

「そうか…よかった。佐渡先生が少し休めってさ。」

「うん。」
雪は思いきり甘えたい衝動にかられたが、その気持ちを、ぐっと押し込める。

「ごめんね。心配かけて。」

「いいさ。キミを助けたのは山本だ。後で礼を言っとけよ。」

「うん。」

「じゃ、俺、行くから。無理するなよ。」

「ありがとう、古代君。」


進が医務室から出るとドア脇の壁に寄りかかって山本が心配そうにしていた。
「ああ。来てたのか。心配ない。ただの脳震盪だ。少し休めばよくなるだろう。」

「そうか……。大したことなくてよかったよ。起きてんのか?」

「ああ。すまなかったな、山本。」

「いや。俺の方こそ。つい、カーッとなっちまって、あんなことに……。」

「いや。おまえがいなかったら、やばかったかも知れないだろ。」

「そりゃまあ、そうかも知れねえけど。」
山本は少し照れた。

「森に、ちょっと会ってきてもいいかな。許可とらねえとヤバイからなあ。」

「つってんじゃねえ、馬鹿野郎!!」
古代は、山本の首に、がしっと腕を回すと締め上げるマネをした。そして小さく言った。

「ありがとう、山本。」

「バーカ。いいって。さりげなく、のろけんじゃねえっつの。じゃな。」
山本は古代の頭を軽く小突いて、医務室に入って行った。


「大丈夫か?」
「ええ。大丈夫。心配ないわ。ただのコブよ、コブ。」
雪は後頭部を撫でながら笑って答えた。

「大事にならなくてよかったよ。」

「助けてくれてありがとう。山本君。」

「いいさ。それよりおまえ、知ってるか?」

「え?」

「古代のヤツ、カッコよかったんだぜ?」

「なに?」

「おまえを抱えて、去り際に『森雪は俺の女だ!今度何かしてみろ!命の保証はないぞ!いいな!』って言ったんだよ。ヤツも決めるときゃ決めるんだなって、みんな驚いてたぜ。」

「え?やだ。ホント?」
雪は真っ赤になった。
そこへ佐渡が入ってきた。
雪を見るなり、あたふたと駆け寄ってくる。

「雪、顔が赤いな、熱でも出てきたか?ワシ、誤診じゃったかの〜。」
佐渡は剥げ上がった頭を、ポリポリと掻いて言った。

「ち、違うんです。なんでもないんです。」
雪は慌てて下を向いた。

「じゃな。ゆっくり休めよ!」
山本は笑いながら手を振った。

「なんじゃあ?山本にでも、くどかれたのか?」
佐渡はニヤリとしてからかう。

「何、言ってるんですか、先生。」

「う〜ん。なんだかわからんが、雪、もう一回診察してみるかのう。」

雪は、「もうっ!」と言って毛布を被ってしまった。

「なんじゃ?わけがわからん!鬼の居ぬ間に、あっちでイッパイやらんか。のう、ミーくん。」
「にゃあん。」
賛成するかのように愛猫が鳴いて答える。

「だめですよっ!」
雪は、毛布から、がばっと顔だけ出して叫んだ!

「あっ、わっ!聞いとったんかい!これまた地獄耳じゃのう。ミーくん、叱られたぞ、ワシ。か〜っ。恐い看護婦じゃのう。」

「誰がですっ!!」
言いながら雪はもう起き上がり、毛布をたたみ始めていた。
「んもうっ!寝てなんかいらんないわ。」

口調こそ、怒っているようだったが、何やら上機嫌の雪を、佐渡は楽しそうに目を細めて眺めていた。

結婚式も恋人との新生活も、待ち望んでいた幸福すべてを捨てて飛び出してきた雪の気持ちを思うと、佐渡はいつも胸が詰まる。
娘を一人持ったような気でいる佐渡にとって、幸せな笑顔を浮かべる雪を見ることが、自分にとっての幸せだった。

「ミー君、雪は古代といいことがあったようじゃのう。やっぱりイッパイやろうや。なあ。」
佐渡は束の間の小さな幸せを酒の肴にしようと思っていた。
「にゃあん。」
愛猫もまた嬉しそうに鳴いてみせた。

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<ちょほいとヒトコト>
この話は「古代君と雪のページ」のオーナー、あいさんのお誕生日に送りつけたシロモノ。
ラブラブ☆なふたりが大好きな、あいさんへのプレゼントですので、加藤&山本が出てくるものの、私が書く物にしては、かなり甘めのノロケ話となっております。(笑)
それから、ちょっと手直ししてありますので、あいさんのところに掲載されたものとは、違う部分もあります。










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