The COMPANY  〜 A day without the record 〜

 ■横恋慕




「それじゃあ、後は頼むぞい!」
佐渡酒造が雪に向かって手を上げ、診察室を出て行った。

背中の火傷と頭の裂傷の治療を終え、雪に包帯を巻いてもらっていた鶴見は、小さく深呼吸すると、上目遣いにちら、と彼女を見て、おずおずと声を掛けた。

「森……サン。」

「なに?」
雪は包帯を巻く手を休めることなく、口許だけ綻ばせて返事をした。

「あ……、あの……。」
鶴見は、口篭りながらも意を決して雪に訊ねた。
「その……。キミはホントに古代でいいのか?」

「え……?どういう……意味?」
雪の手が思わず止まり、怪訝な面持ちで真っ直ぐに鶴見を見つめた。

「俺は、俺には古代がキミを心から愛してるようには、どうしても見えないんだ。
キミが古代を想うほど、古代はキミのことを――。
君のこと、大事にしてないんじゃないか、って俺には思えて。」

「鶴見くん……。」
雪の瞳が、ふと暗く翳ったように見えた。
ごくり、と唾を飲み込む鶴見。

しかし雪は。
すぐに笑顔に戻り、再び包帯を巻き始めた。

「はい。もう、いいわ。」
雪は頭の包帯を巻き終えると、鶴見に向き直り、おだやかな笑みを湛えて静かに言った。

「ホント、どうなのかしらね……。
古代君が私のことを、どれほど想ってくれてるのか――なんて、正直……それは私にもわからないし、つい確かめたくなったりもするけど。
そうね……。
もしかしたら、古代君……。私の想いなんて、ぜーんぜん、わかってくれてないかも知れない。事実、泣きたくなっちゃうことも、時々あるわ。
今回このことだって、そうだった。

でも、でもね。
それでも私は……かまわないの。」

「え……?」
雪の言葉に鶴見は唖然とする。

「こんなこと、人前で口にするのは恥ずかしいけど……私は彼のこと、誰よりも愛してるつもりだから。」

鶴見の胸は、ちくり、と痛んだ。
そして、その顔が淋しく曇る。
それを知ってか知らずか、雪は更に言葉を続けた。

「古代クンが戦うのは、地球のため……。宇宙のため……。
なりもふりもかまわず、ただ真っ直ぐに突っ走ってっちゃう、ホント、困っちゃうヒトなのよね。
自分のことなんて、二の次、三の次になっちゃう、そういうヒト。
だから、手が回るわけがないのよ、私のところまで。

でもね。
そんな彼のために私がいるんだ、って……。
自惚れかも知れないけどね。そう思ってるの。

だから今は、そんな古代クンのために戦おう、って――そう思ってる。

古代君からしたら、彼の言う正義からしたら、こんなの違うって言うかもしれない。
事実、彼を追いかけてここまで来ちゃった私は、ここにいる動機が不純すぎる、って思えなくもなくて、どこか後ろめたい気もするんだけどね。
それ、言われたら何も返す言葉、ないし。

彼ね。人知れず頑張っちゃうヒトだから。頑張り過ぎちゃって空回りしちゃうくらいのヒトだから。
だから、彼のそういとこ、気づいてあげたいの。見ていてあげたいの。
もしも、そんな彼が傷つくようなことがあったら、庇ってあげたい。護ってあげたい。
お節介で傍迷惑――かも知れないんだけどね。ヘン、かな、私?」
雪は小首を傾げるようにして、にっこりと微笑んだ。

どぎまぎし、赤くなる顔を隠すようにして鶴見はうつむく。
「俺……。ごめんな。ヘンなこと言っちまって。き、気にしないでくれな。森がヤツのこと、そこまで思ってるんならいいんだ。その、悪かったな……。」

「有り難う、鶴見君。私のこと、気にかけてくれてすごく嬉しかった。
でも私ね。誰がどう言おうと、どう思おうと、古代君が好き。もう、死んじゃいそうなくらい、好きなの。だから――」

「ちぇっ。言ってくれるよなあ。それでも俺達『生活班長親衛隊』は、古代がキミにあんまりな態度とりやがったら、ぶっ飛ばすつもりだぜ?」

「やだ!『親衛隊』なんていつできたの?」
雪が目を丸くする。

「やっぱ、知らなかったのかよ……。イスカンダルの時からあったんだよ。ちぇっ!!泣けてくるなあ、実際。」
がっくりする鶴見。

「ごめん……なさい。でも古代君、ぶっ飛ばしたら私が鶴見君をぶっ飛ばすわよ?」

茶目っ気たっぷりに切り返す、雪がかわいくて眩しくて。
鶴見の胸はますます、苦しくなった。

「う……。はぁ……。せつないなあ。」
鶴見は肩を落とし、大袈裟にそう言って、うなだれてみせた。

「ウソよ。有り難う。」
雪はそう言って、にっこり笑った。

「さ。少し眠るといいわ。そろそろクスリも効き始める頃だし。」
言いながら鶴見を寝かせると、雪は毛布を掛け、ぽんぽんと叩いた。

「おやすみなさい。」

「ああ……。ありがとな。」

微笑みながら去っていく雪の背中を見送ると、鶴見は毛布を頭まで被った。
しん、と静まり返った部屋の毛布の中で。
傷の痛みも忘れて鶴見は泣いた。
せつなくて、せつなくて。
男泣きに泣いた。

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<ちょほいとヒトコト>
時系列としては、同名タイトル・KNIGHT'S WINGの前の話になります。――って、どんどん前にいってるよな〜。(笑)
男のコの片恋話というと、出てくるのは土門君が多いと思うんですが、何故か鶴見君です、はい。ま、一応、CT隊の仲間ということで。(ん?)
雪ちゃんが好きで好きで、人知れず涙に暮れた男――てのが、島クン以外にもいてイイんじゃないか――ってことで、なんとなく書いちゃいました。
(って、島は人知れず、泣いたのだろうか?えー?)









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