ひとりぽっちの戦場 ヤマトよ永遠に - 外伝 -
「!」
次のアクションに移ろうかという時、クラッと眩暈がした。
――こんな時に!!
足がもつれた瞬間――。
左腕に激しい衝撃。
「くっ!」
思わず膝が崩れる。
同時に。
ポタッ、と赤い何かが滴り落ちる。
咄嗟に左腕を見る。
袖がじわり、と朱に染まりだし、そこから指先を伝って鮮血が流れ落ちている。
やがて衝撃は鋭い痛みに変わっていく。
しかし、彼女はそれを懸命に堪えて、何とか立ち上がった。
その刹那――!
「はぐっ……!!」
今度は左脇腹を衝撃が襲った。
間もなく焼け付くような痛みが襲ってくる。
傷口から溢れ出る鮮血。
しかし、この場から早く逃げなければ。
瓦礫の散乱した通路の向こう。
落ちた天井に隠れた壁と壁のわずかな隙き間――。
あそこまで行けば、なんとかしのげるかも知れない……。
彼女は痛みに萎えそうになる気持ちを奮い立たせ、立ち上がった。
すかさず狙い撃ちされる。
しかし、よろけたおかげで、運良く光弾から逃れられた。
そのまま必死で駆け出す!!
なんとか死角に転がり込んだ。
ひしゃげた金属の塊に脇腹を強かにぶつけて、傷に激痛が走る。
「うっ、くぅっ……。」
堪えようとしても、思わず呻き声が漏れてしまう。
腕と脇腹からの、おびただしい出血に、床には瞬く間に大きな血溜りができていく。
――思ったより出血が多い……。
ちょっと、やばい、か、な。
次、攻撃されたら、きっと交わし切れない。
ましてや援軍なんかが来ようものなら、もうアウト……。
どうする?
撃たれたのは利き手じゃないし、決着つけるなら今しか……。
――孤軍奮闘も、もはや、これまでか。
死は目と鼻の先。なんだか、やりきれなかった。
息を潜め、敵の様子を伺う。
――静かだ……。もういない、のかな?ここを放棄して他へ行った?
耳を澄ます。
どこか遠くの爆発音、そして銃声。
そして――。
自分の、浅く荒い呼吸と早い心拍音だけが聞こえる。
――ホントにもう、いない……?
死に損ないの人間ひとりを深追いしても、なんの得もない、と踏んだか。
それきり。
敵兵は現れなかった。
――助かった、のか……。
ひび割れた壁にもたれ、軽く目を閉じる。
――はあ、疲れた……。それに、すごく眠いし……。
このまま私、死んじゃうのかな。
ふっ、と意識が遠のきかける。
――いやだ。まだ死にたくない!
震える指を伸ばして、腰の通信機を取り出し、作動させてみる。
しかし、何度コールしてみても彼女に応えてくれるのはノイズ音だけだった。
――やっぱり、だめか……。
――痛っ……。
少しでも楽なように、と身体の向きを変える。
相変わらず出血は止まらないし、通信機がオシャカでは、後はもう死ぬしかない。
――火が近づいてきてる……。煙が広がってきたみたいだし。
このまま、ここで死んで。
誰にも発見されずに、こんがり焼かれて灰になっちゃう、のかな。
「おーい!おーい?」
――遠くで誰かが呼んでる……。
ついに幻聴か……。ろくな人生じゃなかったな、私。
もうちょっと、頑張るとか努力するとかしときゃ、こんな終わり方しなかったかも。
それに……。
どうせ死ぬなら、いいオトコに抱かれながら――とかさ、考えたりもしたけど。
現実はかなり、きびしかったな……。
意識が朦朧とする。
なんだか、どうでもよくなった。
――いいや、死んじゃえば。何も考えなくていいんだし。
しかし、声は更に近づいてくる。
「お……。お、い……。ありゃ?」
聞き覚えのある声。そしてそれは。
頭上から降ってきた。
「もしも〜し。生きてるかぁ?」
――え?
彼女は、遠のきかけた意識をつかまえて、ゆっくりと目を開けた。
ゴーグルを上げて、声の主が顔を見せる。
――あ!
腐れ縁の幼馴染みであり、今は戦友でもある男――。
彼女は、ほっとしながらも憮然として答えた。
「う……。ああ……。なん、とかね……。あんた、来るの、遅すぎ!」
「あ〜あ。なんてぇ〜ナリだ。大丈夫か!?」
掠れ、吐息のような声を絞り出して抗議する彼女に、男は呆れたように問いかけてくる。
「大丈夫なわけ……ない、でしょ!見……れば、わかりそう……なもん、だけど!」
負けていない彼女。
「ざまァ〜ねえというか……。確かに、こりゃヒドいな。」
助ける気があるのかないのか、男は。
血と埃に塗れてボロ屑のようになっている彼女を見下ろして笑った。
彼女は彼女で、にやりと不敵な笑みを浮かべ、強気なところを見せる。
「そう思うんなら……見下ろしてない……で、早……く、なん……とか……して欲しいんです……けど……?
いっ……はぐっ……。」
更に何か言おうとしたが、しかし、激痛を堪えきれず声を上げる。
「あっ、おい!しっかりしろ!」
男は慌ててしゃがみ込んだ。
やさしい言葉とか労いの言葉とかをかけてくれるどころか、相変わらず軽薄な態度の彼に、つい、悪態をつく。
「死んでやる!死んで呪ってやる!この人でなし!」
強気の言葉とは裏腹に、実は死への恐怖と不安でいっぱいだったのだ。
「……んにゃろう!死ね!」
立ち上ってしまう男。
「あ、こら。助けて……下さい……ってば!鬼!アク……マ……。」
彼女は堪えきれずに涙ぐみ、毒づきながら懇願して、意識を失った。
「はぁ。ちょっとかまいすぎたかな?しかし、相変わらず可愛げがねえなあ、おまえは。俺もまぁ、素直とは言い難いけどな。
こんなことになるんじゃねえかと思ったんだ。だからこんな仕事、やめとけって言ったのによ。おまえに死なれたら、俺がつまんねえんだよ!」
男は応急手当をしながら昏倒している彼女に文句を言って、しかし、愛おしそうにその顔を見つめた。
男は彼女を横抱きにして立ち上った。
――逆の立場だったら、きっと同じことをこいつに言われるんだろうな。
いや……。そんなふうに言って欲しいと俺が願ってるだけか。
「さて、と。無事に戻れるかな?」
男は、にやりと笑って。
彼女を大事そうに、その胸深くに抱え込むと、燃え盛る炎の中に飛び出して行った。
illustration:なほこさん
++++++ END ++++++