悪魔の降る夜  ヤマトよ永遠に 外伝




それは突然やってきた。

まるで雪のように。羽のように。
静かにそれは、やってきた。
赤い光の降下――。

私達は何も気づかず。
いつもと変わらない、ささやかで穏やかな、幸せな暮らしの中にいた。

私はいつもどおり夕食のための料理をテーブルに並べ、ビールとグラスを手に、ソファで寛ぐ夫に微笑みかけた。
「今日は私も一緒に飲もうかな。」

その時――。

激しい爆発音が耳朶を打った。
床、というよりマンション全体が大きく揺れた。

「何?」
「何だ?」

――何かの事故?それもかなり大きい……。
慌てて窓に駆け寄り、カーテンを開ける。

私達はその光景に、目を疑った。

向かいの高層ビルが炎と煙を上げて崩れてゆく――。
次々とビルを襲撃してゆく、赤い無数の光点。
そして不気味に浮遊する見知らぬ、大きな黒い影。

声もなく、窓から後退る私。
私を抱き寄せる夫。

黒い影が、目映い光の束を放った。
なんの前触れもなく、街が一瞬のうちに炎に包まれた。

何かが襲ってきたのだ――と。
私達はようやく悟る。

「行くぞ!」
夫の声に我に返る。

黒い影の、無差別な襲撃から逃れようと、私達はマンションを飛び出した。
手を繋ぎ、必死に走る。
得体の知れない不気味な黒い兵器が、逃げ惑う人々を執拗に追い立て、なぶるように焼き尽くしていった。

異星人の侵略が、再び始まったのだ――と誰かが叫んだ。
その声が掻き消され、耳を劈く悲鳴が上がる。
私は思わず耳を塞ぐ。

何かを考える余裕もなく。
私達は、ただ走った。
生きるためだけに。

ギャアアァーーーッ!!

背中で誰かの断末魔の声。
頬を掠めて飛んできたのは、炎に包まれた人間の腕。

「いやああああっ!!」
私は恐怖に腰が砕け、足が竦んだ。
蹲り、私は吐いた。
吐きながら泣いた。
後から後から、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。

「ナツっ!奈津っ!止まっちゃだめだ!立て!立つんだ!」
夫が私の腕を引っ張る。
壊れそうになる意識を夫の強い声が抱きとめる。
嘔吐物に咳き込みながら。
止まらない涙を服の袖で拭きながら。
私は必死で立ち上がる。
震える膝。覚束ない足。

「しっかりしろ!行くぞ!」
夫の大きな手が、やさしく背中を叩き、肩を包む。
温もりに支えられ、私は再び走り出す。

「こんちくしょう!」
走りながら夫は後ろを振り返り、侵略者を睨んだ。

夫は泣いていた。
「ちくしょうっ!ちくしょうっ!ちくしょうっ!」

転がっていた黒焦げの死体は、下の階に住む、私達の友人だった。

「死んでたまるか!殺されてたまるか!」
夫は泣きながら私の手を、ぎゅうっと握った。

「大丈夫だ。俺達は大丈夫だ。」
夫は私を励ましてくれているのか、自分自身に言い聞かせているのか、その言葉を呪文のように繰り返し呟き、走った。

何度も躓き。
何度も転んで。
それでも私達は走った。

走って走って、それから何処へ行けばいい?
そう思った時――。
背中で何かが炸裂した。
目映い光に包まれ、目が眩む。
すぐ脇で火柱が上がるのが見え、次の瞬間、私達は猛烈な爆風に吹き飛ばされた。

息ができなくなるほど強かに背中を打ち、気が遠くなった。
――だめだ。立たなくちゃ。逃げなくちゃ。
そうだ!タカシは。貴志は?

必死で意識を繋ぎ、霞む目を凝らして、離れてしまった夫の手を探す。

「タカシ……。タカシ、どこ?」」

やや離れた、煙の立ち昇る瓦礫の上に誰かが倒れている。

まさか――。

歯を食い縛って立ち上がり、痛む身体を引き摺るようにして近寄ってみる。

「貴志っ!」

愕然とする。
夫の身体半分が瓦礫に埋まっていた。
私は必死にそこから夫を引っ張り出す。

夫は全身血塗れで。
苦しげに呼吸していた。

「いや。いやっ!しっかりして!死なないで!」
私は思わず泣き縋る。

夫は呻きながら顔を上げると、私を払い退けた。
「逃げ……ろ!おまえ、までやられるだろう!早く行けッ!」」

すぐ近くでエアカーが吹き飛び、四散する。
私は夫を守ろうと、必死に瓦礫と化したビルに死角を求めた。

――あ。あそこ……。
崩れ落ちた壁と壁の隙間に夫を引っ張り込む。

一瞬、夫が息をしていないように見えた。
「タカシ。タカシ?お願い!ひとりにしないで。ねえ。しっかりして。」
抱きかかえたその手が、ぬるりと滑る。
掌にべっとりとついた、赤い血。
夫は背中に深い傷を負っていた。

全身がガタガタと震えている。
忘れかけていた、死の恐怖――。

夫が、ゆっくりと目を開けた。
苦しげに口を開き、何か言おうとする。
私は口許に耳を近づける。
「だめ、だ。俺……は。もう、動け、ないよ。おまえ、だけでも逃げろ!
ちくしょうっ!なん……で、こん、な……。
奈津……。頼む、から逃げてくれ。俺は、おまえを、あの……黒焦げの鈴木みたい……にしたくないんだ。頼む……。」

「いや。一緒にいるッ……。私だって。私だってあんな風になっちゃったあなたを見たくないもの!!」
私は嗚咽しながら夫を掻き抱いた。
どうしたらいい?
どうしたら、あなたを助けられる?

「ナ、ツ……。」
夫は震える手で私の頬を撫でる。

「俺だって……死にたくない。死にたくないよ、ナツ……。だけど、おまえのこと、も……死なせたく、ない……。だから、行け!」
「いや。私、行かない。行けないよ。行けるわけないよ。一緒にいる。一緒にいるから……。だから、しっかりして。ねえ、タカシ。」

夫は困った顔をして私を見た。
その顔が苦しげにみるみる歪んで、激しく咳き込む。
何か言おうとした、その口許から、ごぼり、と吐き出される赤黒い血液……。
がくり、と首を落として動かなくなる夫。


「あ……。ああ……。いやっ!いやああああっ!死なないで、タカシ。しっかりして!ねえっ。ねえっ!!起きてよ。起きて!どうして目を開けてくれないの?
誰か、誰か助けて!!タカシが、タカシが死んじゃうっ!!誰か、誰か来てよ!誰か貴志を助けて――!!」

私は叫んだ。
声の限りに叫んだ。





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<ちょほいとヒトコト>
ヤマトクルーの出て来ない、ごくごくフツーの人達の話。

  夫…貴志クン
  妻…奈津サン

このふたりが誰なのか、ウチのサイトのコアなファン(笑)なら、お気づきかも知れません。
一応、既出のキャラです。

それから、この作品、あんまりキモチいい話じゃないので、気分悪くなられたらゴメンナサイ。









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