2.空中サーカス


(1)

神倉涼は早熟な子供だった。それは、そうならざるを得ない家庭環境に生まれ育ったからである。


母は美しく天才的な頭脳を持った女医だった。頼る者もなく、一人きりで生きる母だったが、娘の涼に愛情を持つことができず、虐待を繰り返し、育児を放棄してしまった。そして涼が、わずか7歳の時に自殺してしまったのだった。

そのために涼は児童保護施設に引き取られていたのである。



故に、涼もまたひとりで生きていかなければならず、人より早く自立しても、それは当然のことだったのである。



西暦2197年――。
涼は12歳になっていた。
天才的な頭脳、卓越した運動神経、白金色の髪、淡碧色の澄んだ瞳……。
母の遺伝子を色濃く受け継いだ涼は、この年の秋、大学へと一気にスキップした。


「おまえ、すげえよなあ。12でもう大学生なんだろ?」
「親がアタマ良かったからね。遺伝だよ。」
「やっぱ、医者になるのかよ?」
「両親が医者だからね。なんとなく。」
「いいよなあ。なんとなくで大学行けるんだからさあ。俺は宇宙戦士訓練学校に行って戦闘機に乗るんだ!で、ガミラスのヤツを――って、おい!おい、聞けよ!」
「悪い!学校の手続きや準備で、ちょっと忙しいんだよね。」

涼は親友のショウタを振りきるようにして、部屋を出た。


涼は精神年齢が実際の年よりも、かなり高かった。だから同じ年頃の子供と話すのが、とても苦痛になることがあった。
涼は、時々、母の最後の言葉を思い出す。

(おまえは私の子だからね。ろくな死に方はしないよ。わかるんだよ。おまえは私にそっくりなんだ。)

母から受けたどんな暴力よりも、その一言が涼にとっては大きなトラウマとなっていた。

(そうなのかな、私。ろくな死に方しないのかな。)

涼は誰からも愛されていないと思っていた。実際、施設でも学校でも可愛げのない子供と言われ続けてきたし、友達も施設で共に暮らす同い年のショウタだけだった。
涼の心は孤独でささくれだっていた。


(2)

穏やかに晴れ渡った、ある日曜の午後。
涼は施設の裏の小高い丘の上でぼんやりしていた。
轟音と共に5機の戦闘機が頭上を横切る。
涼は空を見上げる。やわらかなプラチナブロンドの髪が、やさしい風に小さくなびいた。
前の3機が華麗なアクロバット飛行を繰り広げるのに対し、後の2機はヨタヨタと不安定な飛び方だった。
と、突然、力尽きたようにガクン―と落下する。海面スレスレを、なんとかヨレヨレ飛んでいる2機。

(あ。こいつら、なんかヘタクソ。訓練生かな?オチこぼれ組かも。)

そう思った次の瞬間、2機の内の1機が急上昇を始め、後を追うように、もう1機も上昇した。
その後は、他の3機を遥かに上回る飛行テクニックを披露する。接触するかと思うほど近寄ったり、追いかけっこを始めたり……。空を縦横無尽に泳ぎ、じゃれあうように舞う2機の戦闘機。

涼は思わず見とれた。

(死んだフリしてたんだ、こいつら。こんなマネができるってのは下手なんじゃなくて……そうか。ずば抜けて上手かったんだ。へえ。)

それなりに奥が深いんだなあ、と感心しながら涼は、彼等が引き揚げていくまで空を見上げていた。

(ふふ。さながら空中サーカスね。ショウタが憧れるのも無理ないな。確かにカッコイイ。)

あちらこちらで遊星爆弾が落ちているのが、嘘のように空は青く美しかった。


部屋に戻った涼はテレビのスイッチを入れた。
ニュースキャスターが緊迫した様子でニュースを読んでいる。アメリカ西部とカナダ北西部に遊星爆弾が駄目押しのように落ち、もはや地上の主要都市は壊滅状態だという。
そして日本も例外ではなくなってきていた。

(ニッポンにも被害がかなり出始めてるし、そのうち、この辺りにも落ちるんだろうか。そしたら地下生活が始まる……。)

涼は、つい今しがた眺めていた、戦闘機と爽やかに晴れ渡った青い空を思い浮かべながら、地球の未来を憂えた。

■ 2.空中サーカス 終了 ■