The COMPANY  〜 A day without the record 〜

■大きな手



それにしても。
泣けてくるくらい見事に撃たれてしまったものだ、と雪は思った。
血塗れの敵兵が銃を構え、今しも引金を引こうとしているのを物陰に見た時。
進は銃口に背を向けているし、デスラーは瀕死の重傷を負っている。とにかく自分には深く考えている余裕などなく。
気がついたら、なんだかデスラーを庇うような格好で飛び込んでしまっていた。
戦闘に慣れた者なら、咄嗟に銃を抜いて撃ち倒したのかも知れない。
しかし、そもそも戦闘から遠いポジションにいた雪は、間に合わないと踏んで、何よりも先に身体が動いてしまったのだ。

手術をしたのが佐渡先生じゃなかったら。
サポートが高階さんじゃなかったら。
――私、あのまま死んでたかも知れない。でも、どのみち私はもう……永くない。
古代君が無事だったのだから、古代君を護れたのだから、後悔はしないけど……。

(……どうしてる、かな。古代、クン。)
規則的に落ちる点滴の雫を、熱に潤んだ眼でぼんやり眺めながら、やっぱり古代進に会いたい、傍にいて欲しい、と雪は願ってしまう。
鼻の奥がつん、として涙が零れそうになった時。

不意にノックの音がした。
慌てて目をこする。

ドアが開いて。
のそり、と大男が入って来た。

「よお。」
大男は、にやり、として手をかざす。

「斎藤君?」
空間騎兵隊の斎藤始だった。
意外な訪問者に眼を丸くして驚く雪だったが、すぐに口許を綻ばせた。
「来てくれたんだ。」

「オレらの出番、全然なくてなあ。あちこちで邪魔にされてきたのよ。」
斎藤は所在無げにドア脇につっ立ったまま、大袈裟に肩をすくめてみせた。

「なあんだ。私を心配して来てくれたんじゃなかったのね。」
そう言って今度は雪が大袈裟に拗ねてみせる。

「ま、見舞い半分、暇つぶし半分ってとこだな。
冗談はさておき、実際のところ、どんな按配だ?」

「ぼちぼち、かな。」
頭を掻き掻き苦笑いしながら尋ねる斎藤に、雪は微笑んで答え、そばに来てくれないと顔がよく見えないから――と彼をベッド脇に招いた。

おずおずとベッドの傍らに歩み寄った斎藤は、口許に笑みを湛えながらも眉間をわずかに寄せた。
(――なんだ……。あんまり、よくねえみてえだな。)
誰の目にもわかるほど、雪の顔色はよくない。
戦場で多くの仲間の魂を見送ってきた斎藤は、彼女にあまり時間がないことを直感した。
きっとそのことを古代進も知っているのだろう。

(ちっ。なんてこったい!)
斎藤は神に向かって舌打ちをした。胸が締めつけられる思いだった。

「古代のヤツは来たのか?」
思わず口をついて出た言葉。

「ええ。」

雪の瞳が翳るのを見て、斎藤は尋ねたことを後悔したが、しかし、淋しげな彼女がどうにもいたたまれなくて、更に言葉を継ぐ。
「もう少しあんたの傍にいたっていいと思うがな。アイツだってホントは――」

けれど雪は笑ってそれを遮る。
「ありがとう、斎藤君。でも大丈夫よ。今のヤマトの状態を考えたらそんなこと……。彼が……ううん、彼だけじゃなくみんな、すごく忙しいことくらい、わかってるから。」

斎藤は小さく肩を竦め、呆れたように笑った。
「ったく!あんたも、ほとほとガマンするのが好きな女だなあ。」

「好きじゃないわよ、そんなの。」
雪は斎藤にからかわれているような気がして、ちょっと口を尖らせたが、ふぅっと小さな溜め息をついてうつむき、呟くように言った。
「……本音を言ったら…傍にいて欲しいけどね。」

斎藤は、雪のやつれた横顔を見つめながら、その表情に年相応のあどけなさが見え隠れするのに気がついて、ひどく切なくなった。
――考えてみりゃ、このお嬢さんだってまだ、ハタチになるかならないかのコドモじゃねえか。
あの古代にしたって……ホントのところ、きっと、いっぱいいっぱいなんだろうしな。

「やれやれ。呆れるほど、あんたと古代は似た者カップルなんだな。
ま、なんだ。アイツも、古代のヤツもホントはあんたの傍にいたいんだよ。片時も離れず、あんたの傍にいたいんだと思うぜ?
自分の気持ちを必死で押さえ込んじゃいるが、そんなこたァ、顔見りゃわかる。」

雪は斎藤の言葉に、一瞬、顔を綻ばせた。しかし……。
「そう、かな?ちょっと、嬉しい。嬉しい、けど……。」そう言ってうつむく。

「けど、だァ?」
理解しかねて怪訝な面持ちの斎藤。

「うん。嬉しいけど、でも結局、私……心配かけちゃってるのよね。やっぱり、足手まといだったのかな、って……。」

励ますつもりだった言葉が裏目に出て、結局、雪が落ち込んでしまったので、仕方ねえな、と斎藤は話題を切り替えた。
「ヒマってのもあったが、実はあんたに礼を言おうと思ってな。」

「礼?」きょとん、としている雪。

「ああ。あんたには俺の部下達を助けてもらったし、看取ってももらった。」
斎藤は鼻の下をこする。

「あ。ああ……。でも――」

白兵戦で死んでいった兵士達のことを思い出したのか、口を噤み、一転して表情を曇らせた雪に、つくづくナイーヴでやさしい娘だ――と、斎藤は苦笑した。
「おいおい、あいつらが死んだのは、あんたのせいじゃねえんだからよ。自分を責めるなんざ、大間違いってもんだぜ?」

「空間騎兵隊の人達、ぶっきらぼうで勝手で乱暴だったりもしたけど、でも……みんな心根はやさしくて温かくて、いい人達だったわ。
なんだかんだ言いながら、私のこと、気遣ってくれて……。」

しんみりと間があきかけて斎藤は頬を掻きながら話を繋いだ。
「まあ、なんだ。あいつら、幸せだったと思うぜ?」

「幸せなんて……死んでしまって幸せなんて……そんなこと!」

自分を責めるかのように声を震わせる雪に斎藤は困ったような顔で笑った。
「いや、幸せだったさ。あいつらの死に顔を見りゃわかる。あんたに看取ってもらって、みんな鼻の下伸ばして笑って逝けたんだからな。
それだけじゃねえんだよ。ヤマトん中で、どうにも浮いちまってた俺達のことを認めてくれたのも、あんたが最初だった。
あのどんちゃん騒ぎの意味を、あんたが一番にわかってくれただろう?
……その、嬉しかったんだよ。俺もあいつらも。だからみんな、あんたが好きだった。
ま、なんだ。俺らはみんな、あんたに惚れてたのさ。」

「斎藤君……。私……。」

雪の眼から涙が一筋、流れ落ちるの見て、斎藤は更に困った顔になった。
「あ、いや……。おい、なんだよ!めんどくせえな。泣くこたァねえだろう?泣くなよ、おい……。」

「だって……。」

「ありがとうな。どうしてもそれが言いたかったんだ。」
斎藤は困りながらも、でき得る限りのやさしい微笑みを雪におくると、頭に手を置いて、くしゃり、と撫でた。

「大きな手……。」
ふと、雪が呟く。

「え?」怪訝な面持ちの斎藤。

「斎藤君、大きな手。」
やわらなかな微笑みを浮かべる雪。

雪は、きょとん、としている斎藤を見つめ、もう一度、にこりと微笑んでみせると、ゆっくりと懐かしむように話し出した。
「子供の頃にね。私、両親を困らせたことがあって。」

ベッドサイドのイスを引き出し、ぎしぎしと軋ませながら座ると、斎藤はこくり、と頷いた。

「近所にとても仲のいい兄妹がいてね。妹さんと私が同い年だったから、そのお兄さんにはよく一緒に遊んでもらったの。今はもう…いない人、なんだけどね。」

「もしかして……ガミラス、か?」
ふと悲しげに眼を伏せた雪に、斎藤も表情を曇らせ、訊ねた。

「ええ……。」

「そう、か……。」淋しく頷く雪に、斎藤はうつむいた。

「年齢が離れた兄妹だったから、お兄さん、とてもやさしくて面倒見がよくてね。私、妹さんがヤキモチ妬くくらい、懐いてたの。
そのお兄さんの手がね、温かくて、とっても大きかったのを今でも憶えてる……。
私、ひとりっ子でしょう?うらやましくてうらやましくて、『私もお兄ちゃんが欲しい』って、両親にせがんだのよね。」

「なるほど、そいつぁ無茶な注文だな。」
斎藤は笑った。

「でしょ。あの時はホントに困った――って我が家では語り種になってるくらい。こればっかりは無理な注文よねえ。」
雪も笑った。

「でもね。」と雪。

「でも?」おどけたように顔を突き出す斎藤。

「今になって、このトシになって願いが叶っちゃったのよね。」
なんだか嬉しそうな顔の雪。

「は?」首を傾げる斎藤。

「大手を振って『お兄さん』って呼べる人ができた、ってことよ。」

「うん?ああ!古代の兄貴の、古代守のことか?」

「そう。すっごくハンサムでステキなお兄さんができちゃった。ついでにお姉さんもね。」
楽しそうな雪。

「オネエサン?ああ、イスカンダルの女王サマのことか。」
斎藤は苦笑した。
古代守のことは、一時、空間騎兵隊の間で『宇宙を股に掛けた色男』と、やっかみ半分で揶揄されたものである。

「それに……先輩の高階さんもお兄さんみたいな存在だし。それから、真田さんも、かな。」

「う、ううむ。まあ、古代の兄貴や高階さんがオトコマエのステキなあんちゃんだってのは認めるが、技師長……はおまえ、違うだろ!」
斎藤は、真田の強面を思い浮かべて目を剥いた。

それを見て雪は口を尖らせる。
「顔のハナシじゃないわよ!真田さん、ああ見えていつも私達のこと、気に掛けてくれてるのよ。だから私達にとってはお兄さんみたいな人なの!」

「怒らなくてもいいだろう!」
(――あんただって、ああ見えてとか、言ってんじゃねえか!)斎藤は心の中でツッコミを入れる。

「それとね。それと――」
雪は言いかけて、ふと上目遣いになった。

「それと、って……まだいンのかァ?はァ、また欲張りだな、おまえ……。一体、何人兄貴がいるんだ?」
斎藤は呆れてみせる。

「あら。エリザ姫には11人の兄がいるわよ。でも私には……。そうね、あと、ひとり……かしら。」

「はぁン?なんだかわかんねえが、そのうらやましいヤツってのは誰なのよ?」
雪の言わんとすることがまるでわからず、斎藤はじれったそうに尋ねる。

「ふふ。」
雪は答えず、悪戯っぽく微笑むと、呆れ顔の斎藤に向かってビシッと指をさした。

「だから、誰だっ……え!?俺?俺、か?」
斎藤は目をまんまるにして、イスから転げ落ちそうなほどに身を乗り出した。

「そ、俺。俺のこと。斎藤君、あのお兄ちゃんに感じが似てるの。特に手、手がね。あのお兄ちゃんの手みたいで。なんだか、ほっとするの。」
やや照れたような、甘えたような表情の雪。

「なんだ、勝手なこと言ってんなあ。」
言いながら顔を赤くし、とても照れ臭そうな斎藤。

「斎藤君の手って、大きいだけじゃなくて、やさしくて温かいから、好き。」
雪はそう言って不意に斎藤の手を取ると、その手に自分の掌を重ねた。

「お、おい?何すんだ、おまえ!ちょっ、ちょっと変だぞ?」

斎藤は顔を真っ赤にして慌てふためいたが、雪は斎藤の手を静かに微笑んで見つめた。
それから。
疲れてしまったのか斎藤の手を握ったまま、そっと眼を閉じた。そして眼を閉じたまま、呟くように言った。

「気づいてるんでしょ、斎藤君。」

「何のことだ?」ハッとなるが空とぼける斎藤。

「もう気づいてるでしょう?私が……永くない、って。」

「何言ってんだ。そんなこたぁ――」

「ありがとう。でも、わかってるから。」
雪は、ゆっくりと目を開けたが、その瞳はどこか遠くを見つめている。

「だとしても、決めつけるな。」嘘をつくこともできず、唇を噛む斎藤。

「わかってるわよ。私だって、そうカンタンには死ぬつもり、ないわよ。
でも、遅かれ早かれ、私――」

「もういい!それ以上、言うな。」
怒ったように遮る斎藤。

「斎藤君……。」
淋しく見つめる雪。

「バカ、俺が辛いんだよ。」
何をどう言っていいのかわからず、斎藤はただうつむく。

雪も斎藤も黙り込んで、病室はしん、となった。
雪のバイタルを刻む機械音だけが響く。

「……ねえ。」と雪が沈黙を破る。

「なんだ?」渋い顔で斎藤が答える。

「斎藤君が私のこと、妹みたいに思ってくれるなら……お願い、してもいい?」

斎藤は、突然、何を言い出すんだ――と言った面持ちで雪を見つめた。
そして、小さな溜め息をひとつつき、苦笑いして答える。
「おまえ、そこはかとなく卑怯だな。」

「お兄ちゃん、って妹に甘い――って聞いたんだけど?」
澄ましてみせる雪。

「そんな顔色して口の減らねえ女だな、あんたも!」
斎藤は呆れた。呆れながらハナシに乗った。
「で、あんたの頼みってのはなんだ?場合によっちゃあ、聞いてやらんでもないがな。」

「ヤマトの修復が終わったら、すぐに連続ワープに入るんでしょ?」
一転、雪は真顔になる。

「ああ……。」
目を逸らす斎藤。

「そうなったら私の身体……もたないかも知れないから……そしたらその時は……。」

「何言ってんだ、あんた――」
斎藤は怒ったように身を乗り出した。

しかし、雪も斎藤を遮って言葉を継ぐ。
「お願い。聞いて、斎藤君。もしも……もしも、そんなことになったら、その時は……。
古代君の力になってあげて。
あの人きっと、私をヤマトに乗せたことで自分を責めてしまうから。
ヤマトに乗るって決めたことで自分を責めてしまうから。
いろんなこと、ひとりで背負ってしまいそうだから。
だから、お願い……。彼を支えてやって。」

雪は縋るように斎藤を見つめ、その手をぎゅっと握りしめた。どこにそんな力が残っていたのだろうと思うほど強く。
雪は必死だった。

――なんだ。あんたが言ってることは、そのままあんたのことみたいじゃないか。
斎藤は泣きたくなった。
このお嬢さんも古代も、一体、どこまで似ているんだろう、と呆れながら思った。

斎藤は空いている片方の手で雪の頭をそっと撫でた。そして、やさしく穏やかな瞳で雪を見つめた。
「しょうがねえ妹だな。頼みを聞いてやってもいいがな。ひとつ、約束しろ。俺を兄貴と思うなら、だ。」

「え?」
肩透かしをくらったように、きょとん、とする雪に斎藤はにやり、としてみせた。

「いいか?何がなんでもワープに耐えろ!俺の妹だってんならそのくらい、やってのけるハズだからな。ど根性みせてみろ!」

「斎藤君……。」

「わかったな。連続ワープを乗り切れたら古代のヤツの面倒を見てやる。」
斎藤らしい、やさしさと気遣いだった。

「わかったわよ。ど根性、見せればいいのね?」
涙ぐみながらも雪は負けずに、蒼白い顔に不敵な笑みを浮かべて見せた。

「さて、と。悪かったな。暇つぶしのために無理させちまって。
これであんたに何かあったら、先生と看護師の兄ちゃんに、いや、何より古代のダンナにぶっ殺されかねねえからな。
これで退散するとすらァ。」

「斎藤君……。」
立ち去ろうとする斎藤を雪は呼び止める。

「うん?」
雪の唇がわずかに動いて何か言ったようにみえたのだが、斎藤は聞き取れず、大きな身体を屈めて耳を寄せた。
「なんだ?よく聴こえねえぞ?」

「ありがとう。お兄ちゃん。」

お兄ちゃんと呼ばれて、耳まで真っ赤になる斎藤。
「バッ、馬鹿!何言ってんだ、おまえ!いいか、きっちり約束、守れよ?」
慌てて逃げるように出て行こうとするその背中に向かって、雪が明るく声を掛けた。

「その言葉、そっくり、あなたに返すわ。
それに早く戻らないと古代君に怒鳴られちゃうわよ?暇だったらブラブラしてないで、なんでもいいから仕事探してやれ、って。」

斎藤は振り向き様に舌打ちし、ニッ、と笑った。
「ちっ!クチの減らねえ女だぜ!」


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ずいぶんとお転婆な妹を持ってしまったものだ、と斎藤は思った。
だがまあ自分の妹なら、少々お転婆が過ぎても仕方がないか、と諦めもし、ただただ苦笑した。
お転婆な妹は、強行された連続ワープに、一時、危険な状態に陥ったらしいが、名医と、もうひとりの兄貴のお陰でなんとか持ち直し、約束どおり乗り越えてくれた。
しかも、彼女は病室を抜け出して自室で白色彗星の解析をしたらしく、彗星のウィークポイントを導き出すヒントを強面の兄の技師長殿にプレンゼントした。
そして更には現場復帰する、というオマケまでつけたのである。
ただ、そのオマケは。
タイムリミットがそこまできている――という知らせでもあって、決して喜ばしいものではなかったのだが。



斎藤は。
雪の、華奢で小さな掌が重ねられた、自分の無骨な掌をじっと見つめた。

俺のこの手は褒められるようなことなんて何ひとつ、してこなかったんだぜ。
俺はこの手で何度もヒトを傷つけたし、殺しもした。
泥と油と血に塗れて汚れた掌は、洗っても洗っても落ちやしねえんだ。
ゴツゴツとして分厚くて、意味もなくただデカいだけで。
こいつぁ、とても人様に見せられるようなもんじゃねえ。
そんな手、なのによ。

(――こんなのがいい、なんてな。)


ったく、しょうがねえなあ。俺みたいな男、兄貴呼ばわりしやがって!
古代のヤツだがな。少々、生意気ではあるが、おまえが選んだ男だけのことはあると思うぜ。
まあ、なんだ。一応、見所ある弟だからな。この先、ヤツの面倒は俺サマがきっちり見てやることにすらァ。
約束、だしな。
ヤツのことはおまえの代わりに兄ちゃんであるこの俺が、俺が守ってやるから安心しろ!
安心してヤツの側にいろ!


斎藤は悲しく微笑むと。
彼女の温もりを記憶した掌を、その想いと共にぎゅっと握りしめ、胸に押し当てた。




■■END■■





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