White Opal
彼と彼女は、久しぶりのデート。
少女のように燥ぐ彼女が、とても眩しい。
彼は美しい恋人に、鼻の下を伸ばしながら、大変、満足気である。
「今日から6月ね。でもホントによかったわね、晴れて。昨日は雨だって言ってたのに。天気予報、外れるのって珍しくない?」
「ウン。」
「昨日の雨から考えたら、今日は絶対、雨だろうなあって私も思ってたんだけど。こんなに、すきっと晴れちゃうなんてね。空からのご褒美かしら。私達、こぉんなにも長く会えなかったのに、すごぉく頑張ったもの。ね?」
彼女は、そう大袈裟に言って、小首を傾げるように彼の顔を覗き込む。
「ウン。」
その姿がまたカワイイので、ついまた見惚れてしまう彼。
けれど彼女は、生返事の彼に口を尖らせた。
「何よ、またウン、ウンって。いつも頷くだけなんだから。」
「う、ううん。」
「ほら、またァ!」
彼女がむくれる。
「別に悪気はないんだよ。ホントだよ。」
――だってボクは、キミを眺めていたかったんだ。少しでも長く、キミを眺めていたかったんだ。
本当は、そう言いたかったのだけれど、そんなこと照れ臭くて言えるわけがない。
彼は困って頭をかいた。
「なあ。ちょっと公園に寄ってかないか?」
突然、彼が言い出して、彼女は、きょとんとする。
――彼が生返事だったのは、デートコースについて考えていたからかしら?
そう思うと、何だか口もとが綻ぶ。
彼女は彼の腕に、ぎゅうっ……としがみついた。
彼女の予想は外れていたが、しかし、嬉しいカン違いである。
彼は照れ臭そうに、今度は鼻の頭をかいた。
その公園には、たくさんの花が植えられており、四季を通して色々な花を愛でることができた。
彼は彼女の知らない花の名前を、得意気に教えた。
彼女は嬉しげに頷きながら、時々、「植物通」の彼を喜ばせるような質問をした。
答える彼の誇らしげな横顔を、彼女は幸せそうに見つめたが、彼はそれに気づかなかった。
「なんか飲む?俺、喉、渇いちゃったよ。買ってくるよ。」
ふと立ち止まって彼が言う。
「ずっと、お花や木の解説、し通しだったものね。」
彼女は、クスクスッと笑って、甘くないのがいい――とリクエストした。
彼は、よしっ――と頷くと、ファーストフードのワゴンへと駆けていった。
彼が飲み物の缶を抱えて戻って来た時、彼女はベンチの女性と話をしていた。
「あ、古代君。あのね、こちらの方、今、9ヶ月なんだって!」
彼女の視線の先には、女性の大きなお腹。
彼は女性に向かって微笑みながら会釈すると、恋人に視線を移して、やさしい穏やかな眼差しを送った。
「あの。赤ちゃんがやって来てくれるのを、私達も楽しみに待ってますから。」
彼女はそう言うと、女性の前にしゃがみ込み、お腹にそっと触れると、口を寄せて囁いた。
「パパとママとあなた、3人で頑張るのよ。きっと、きっと元気で生まれてくるのよ。パパとママはね。あなたが世界に生まれ出てくれることを、誰よりも深く願って待ってるわ。」
彼も彼女に倣って、しゃがみ込み、片手を口に当てて言った。
「俺達も待ってるぞーっ!」
女性は、一瞬、きょとんとして二人を見つめたが、嬉しそうに幸せそうに微笑んで、自分のお腹をやさしく撫でながら、ありがとう。きっとこの子、元気に生まれてくるわ――と言った。
二人は、顔を見合わせて、にっこりと微笑んだ。
それから――。
二人はどちらからともなく、手を繋いだ。
「これから生まれてくる、あの赤ちゃんのためにも世界が平和であって欲しいわね。」
空を見上げて呟くように彼女が言う。
ああ――と彼は深く頷いて、彼女の手を強く握った。
彼女も彼の手を握り返すと、たくましい肩にもたれるように、そっと寄り添った。
「この先の未来を、明るくするも暗くするも、俺達の生き様にかかっている――ってことなのかな。」
彼は彼女の髪に頬を寄せると、同じように、静かに呟いた。
「そうね……。だけど人類の、これまでの歴史はまるで戦いの歴史のようだった……。そう思うととても悲しいけれど、でもそれだけじゃないわよね。だって、ヒトが持っているのは闘争本能だけじゃないわ。人間は愛することができるもの。私ね。自分ではない別の誰かを愛(いつく)しむ――という遺伝子もあって、それは脈々と受け継がれていくものなんじゃないかって、そう思うのよ。だからこうして私はあなたと出会って、そしてあなたを好きになって――。さっきのヒトも、御主人と出会って、愛情を育んで、そうして新しい命を生み出そうとしてる。二人が育てた愛はね。きっと、お腹の赤ちゃんにも受け継がれていると思うの。誰かから注がれた愛を、ヒトはきっと何処かで憶えていて、次の世代へ受け継いでいくんじゃないか――って、そんなふうに。」
彼は無言で、彼女をそっと抱きしめた。
やさしい、やさしい抱擁……。
――そして彼は、思う。
もしも、人類が再び過ちを犯して世界を壊しかけたら、俺はやっぱり、命がけで守る。
雪。愛しいキミを、愛しいキミが生きる世界を、俺は俺のすべてで守るよ。
彼女も応えるように、胸の中から彼を見上げる。
やわらかな眼差しで。
私も守っていきたいわ、世界を。人と人とが微笑みあえる愛が存在し得る限り、あなたと一緒に――。
少し強い午後の日差しが、恋人達を照らす。
彼女の胸元で何かが、キラリ、と光る。
その小さな光彩は、彼が彼女に初めて贈った、ネックレス。
ベンチの女性は、やさしく、お腹の子供に語りかける。
「彼女のWhite Opal 、決して色褪せることはないと思うわ。だって、あの二人の愛は決して枯れることも痩せることもないから。」
その言葉に子供は、母親が驚くほど強くお腹を蹴り上げて、元気よく応えてみせた。
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<ちょほいとヒトコト>
『White Opal』様へサイト開設一周年の記念に贈った作品。
御存知かと思いますが、サイトオーナーのなほこさんは、当サイト連載中の長編のキャラクター・デザインをして下さってる方でございます。
作品中の、お腹のおっきな女性のモデルは、なほこさんです。
(先日、無事に女の子を御出産♪おめでとうございます!)