寂しき友へ 〜 Stand by me 〜 (涼&高原編)




木枯らしに背中を押されながら、なんとなく足が向いた4つ年下の、女友達の住むマンション。
エントランスのセキュリティの前で、高原渉(たかはらあゆむ)は立ち止まる。

彼女の部屋をコールしようとパネルに指をそろり、と伸ばしたが、やっぱりボタンを押せずに引っ込めた。

何やっとんじゃ、アホ!
――呟く高原。

と。
ドアの向こうから、見知った顔が覗き込んだ。
わずかにクセのある白金の髪と明るく澄んだ翡翠の瞳。

「う……!」

「ありゃ、高原?あんた、何やってんの?」
彼が訪ねようとしてためらった、部屋の主――神倉涼だった。

ピピッと小さな電子音を鳴らして、ドアが開く。

「よ、よう!」
高原は狼狽しつつも、片手を挙げ、軽い挨拶をする。

フランネルのシャツにジーンズという、かなりラフなスタイルの涼が、にまっ、と笑った。
「ワタシが休みだって、よくわかったじゃん?」



「入んなよ。なんもないけどウチ。」

涼のもとを訪れたのは、二度目だった。
もっとも最初は、玄関までだったが。

至ってシンプルな部屋だった。
家具もカーテンも絨毯も。
涼の部屋は、広い割には何も置いていなかった。
女の子の部屋にしては、むしろ殺風景だと思った。

「ウチ、寝に帰るだけだからさ。余計なものは、一切、置いてないんだよね。あ、適当に座って。」
部屋を見回す高原に、苦笑しながらそう言って、キッチンに消える涼。

涼とキッチン。
似合わんな――などと思いながら、高原は彼女の言葉に従い、丸い茶舞台のようなテーブルの前に、ちんまりと座った。

「車の中に忘れ物したんで取り行こか、と思って出たら、あんたがいるんじゃない。びっくらこいたよ。」
涼は、菓子を抱えて戻ってくると、高原の向い側に、ぺたんと座った。

「ええと。今日はなに?」
涼は、高原を真っ直ぐに見た。

「あ……ああ。別に用ってんじゃ――」
涼は、いつも真っ直ぐに相手の目を捉える。
捕まったら最後、逃れられなくなりそうな、透明度の高い澄んだ翠。

「その……。ちょっと通りかかってなあ。いるか思て。その……なんとなくや。なんとなく寄ってみたんや。」

「ふうん。」
涼は疑り深く高原の瞳を覗いていたが、まあ、いいや――と、そう呟いて、窓の外に目をやった。

その横顔に。
どきり――とした。
一瞬、彼女から微笑みが引いて、翳ったような気がしたのだ。
初めて見る、彼女の表情。

「おまえ……もしかして無理してへん?」
思わず、そんな言葉が口をつく。

「はぇ〜?何よぉ、藪から棒に。別に無理なんかしてないけど?」
涼は高原に向き直ると、素っ頓狂な声を上げて目を丸くした。
その顔は、いつもの彼女だった。

「そ、そか。ならええんや。」
慌てる高原。

しかし、いつもなら笑い飛ばしてくれそうな涼が、今日は何故か真顔で高原を見つめる。
「ねえ、無理してるのさ、むしろアンタの方なんじゃないの?」

「いや、俺は……。」
口篭る高原。

「何か……あったの?あんた、いつもと違うもの。」
涼の瞳は、再び真っ直ぐに高原を見る。

高原は、仕方なく観念した。
「なんや薮蛇やな、俺。むちゃくちゃカッコ悪いで。」

「どうした?」

「いや。」

「なんでもないってンなら、まあ……、いいけどね。あ、そだ。なんか、飲む?」
涼は肩をすくめながら小さく微笑んだ。

「ああ、悪いな。なんでもええわ。」
頭を掻く高原。

「じゃ、お茶でいい?ちょうど飲もうと思ってたとこだから。
患者さんでさ、静岡出身のとっつぁんがいて――いいの貰ったんだよ。」
言いながら、涼は急須に、お茶っ葉を入れると、適温のお湯を注いだ。

こぽこぽこぽ……。

「この音、なんか好きなんだよね。癒されちゃう。」
涼は、ちょっと嬉しそうに微笑んで言った。

「はい、どうぞ。」
品のいい有田焼の湯呑みに注がれたお茶を、涼はそっと出した。
しかし、彼女のは、どでかい鮨屋の湯呑みである。
「いやぁ。私、緑茶好きだからさあ。デカくていっぱい入るコレがいいのよね〜。」

なんだか、らしくて高原は笑った。

それから。
ふと真顔に戻ると、テーブルに視線を落として、呻くように言った。
「……ええんかいな、思てな。」

「へ……?」

「ええんかいな、思てな、俺。このまんまで。」

「高原……。」

「おまえも、やっちんも……なんだかみんな俺なんか飛び越しちまって、どんどん偉ぅなってしもた気がしてなァ〜。なんや、俺だけが取り残されたような、そんな気がするんや。」

「高原……。」
涼は、少し考えていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「そんなん、ワタシだって……そう、だよ。ワタシ、何やってんだろうって、しょっちゅう思ってる。それに――」

しかし。
高原は涼の言葉を遮った。
「おまえの壁と俺の壁とじゃ、全然、比べモンにならんと思うで。俺は……。俺はな……。」

「今の場所からドコへ行きたいのか、実際、そこに飛び出して行けるのかどうか――ってことだよね?」
口篭る高原に、淡々と問う涼。

高原は思わず苦笑した。
「……。さすが鋭いな、おまえは。」

「いや。最近のあんた見ててなんとなくそう思って。それに……。私だって同じだからさ。」
涼は小さく笑って答える。

高原は、注がれたお茶を啜った。
「うまいな、このお茶。」

「でしょ?買ったらグラム当たり、かなりするお茶らしいけど……。」
そう言って、涼もお茶に口をつける。

「わかっとるんや。自分でも、ようわかっとるんや。小心モンやからな、俺。飛び出して行かれへんのや。失敗すんのが恐くてたまらんのや。それが、情けのうてな。」

「で。私にどう言って欲しいの?」
自嘲気味の高原に、涼はあくまで冷静だった。

「ふっ。ははっ。へへっ。せやな。おまえの口借りて、逃げ道作ろうなんて卑怯やな。すまん。」

「ねえ、高原――」

「いや、もう気にせんでええて。つまらんことボヤいて悪かったな、涼。」

「あのサ。私、別にアンタが思うほど大したことしてるワケじゃないよ?
後ろめたいこと、いっぱいあるし、いつも逃げまくってるし。
さっきは無理してない――なんて言ったけど、ホントは、精神的にイッパイイッパイだったりもする。」
そう言って、涼は視線を落とす。

「私なんか……いつも悔やんでばかりだよ。ああすりゃよかった、こうすべきだったのになんで――なんてね。
挙句の果てには、見て見ぬふりしたり、耳を塞いだり。後は……誰かのせいにしてやりすごしたりして……。
とてもじゃないけど、胸張ってどうよ――って言えるような生き方なんかしちゃいない。」

「慰めてくれとるんか?」
「ボヤいてんのよ。」

「せやけど……。やっぱりおまえと俺とじゃ、まるでちゃう思うわ。第一、おまえは俺なんかと違て、天才や。一目置かれた存在やろ?ちゃうか?」

「ったく。アンタもそういうこと言う?」
涼は小さく溜め息をついて、淋しそうに高原を見つめた。

「私のこと周りでどういってるか知らないけど……。
天才だのなんだの言われたって……私は神様じゃないんでね。
その証拠に……この手の中でいくつもの命が、どうしようもなく消えてくんだよ。
大体、私がやってるのは、人間の生きようとする力に、ただ手を貸すことでね。
私は生と死の間でいつもジレンマに陥って喘いでる。答えなんて出ないのに、日々、自問自答しながら、どこかで逃げ道を探してる。どこかに救いはないか、って探してる。
私は……矛盾だらけで、ただ消費するだけの……宙ぶらりんの人間だよ、高原。」

「スマン。情けねえ……俺。」
「なんか、情けない……私。」

高原は、視線を落として、手の中の湯呑みを見つめた。
涼は、窓の外に目をやる。

息苦しい沈黙。

「涼……。」
高原が沈黙を破って、おずおずと尋ねた。

「なに?」
静かに答える涼。

「キス……してもええか?」

「ふふン。そういうとこ、バカなのよね、あんた。そんなん聞いてどうするの。」
しょうがないな、といった面持ちで高原を見つめる涼。

「ちっ。くくっ。ほんま、アホやで、俺。」
高原は、がくっと肩を落として、うつむいてしまった。

「いいよ。」

「え……?」
思いも寄らない返事が高原の耳に飛び込んできた。
うろたえる高原。

「ただし……。間にあるのは同情で、せいぜい傷を舐め合うだけだけどね?」
涼の翡翠の瞳が、高原の瞳を捉えた。
口許にわずかに笑みを浮かべる涼。

ごくり、と唾を飲み込む高原。
そもそも、神倉涼という女は人並み外れて美人だとは思っていた。
が……。
しかし、こうも艶っぽい表情をする女だとは気づきもしなかった。
高原は彼女の中に眠る、娼婦性を垣間見たような気がして、背筋がぞくり、とした。

ハッと我に返る。
高原は己の動揺を隠すように慌てて言った。
「い、言うなァ、おまえ!しかし、ナンだな。いい、って言われると逆にできなくなるもん――」

「どっちよ?したいの?したくないの?」
涼は、じれったそうに尋ねると、高原の頬を両手でぐいっ、と引き寄せると唇を重ねた。

「あ……?え……?んっ!んんーっ!?」

濃厚なキス。
高原は息も絶え絶えに、目を白黒させる。

涼の唇が離れると、高原は逃げるように身体を離して叫んだ。
「う、あ……、おまえ……。しゃ、シャレにならんで、涼!!」

「したかったんでしょ?こういうの。あ、もっとライトなのが好みだった?それとも逆にもっともっと激しくて濃厚なヤツ?」
悪戯っぽく笑う涼。
しかし、それはそれで、そそられる。
高原は、すっ飛びそうになる理性を戻すように頭をぶんぶんと振った。

「お、おまえなァ!まったく、なんちゅう女じゃ!逃げるみたいやけど俺、帰るわ。これ以上おったら、歯止めきかんようになるかも知れんしな。」
――ほんまやで。俺、マジでヤバイわ。

「食べてけば?せっかくだし。」
なんだか小悪魔のような涼。

「アホか!よう言うわ。心にもないことォ〜。
是非、御馳走になりたいとこやけどな、後がコワイからやめとくわ。ほんまに、おまえって女は食えん女や。」
高原は頭を掻きながら言った。


高原は、やおら立ち上がると玄関に向かった。
「……悪かったな。つまらん話しに来て、そのう、土産までもろて。」

「その土産、後々、高くつくかもよ?ふふン。」

「う……。この女はァ!!」

「ねえ、高原!」
呼び止めて見つめる。

「なんや?」

「ぼちぼちいったら、ええやん。」
壁にもたれ、やわらかく微笑みながら涼が言った。

「あほ!じゃかぁしぃわい!
切り返す高原。

「ま、しかし……。おまえの言う通りや。ぼちぼちいったらええんや。
そんなん、おまえに言われんでも、わかっとった筈やのにな。
ああ。なんや、俺、ヤケクソやで!」
高原は己に言い聞かせつつ、なんだか苦笑した。

「いいんじゃない?それも。
まあ、ワタシがアンタにしてやれることっていったら、ただ一緒にいるくらいだし。
今みたいにね。」
涼は言いながら窓の外を見る。
高原もそれに倣った。



「もうすぐクリスマスだね。」
外を見つめたまま、ふと涼が呟く。

「そんなもん、俺には関係あらへん。」
同じように高原も窓の外に目を向けたまま、ぞんざいに言い放つ。

「ま、実際、ワタシも仕事でソレどころじゃないんだけどさ。
もっとも院内はとっくにクリスマス仕様でキラピカしちゃってるし、患者さんのためのちょっとしたイベントもあるんで、それなりにクリスマス気分は味わえるんだけどさ。」

「俺、なんやわからんけど、あの飾りがみんな嘘っぽく見えてなあ。」

「ふふン。なんか昔の私みたい。」
涼は、小さく笑って高原を見つめた。

「え?」
きょとん、とする高原。

「私、キライだったのよ、クリスマス。」
涼はテーブルに視線を落として、ぽつり、と言った。

ハッとなる、高原。
またしても初めてみる、涼の顔。
それだけでなく。
声のトーンまでもが、いつもと違った。
見え隠れする孤独の影。

「なんか……幸せじゃなくちゃいけないみたいでね。クリスマスどころか、12月が大嫌いだった……。」

ただ黙って聞いている高原。

「でも、ある時ね。友達が言ったの。
『クリスマスは大事な人が幸せになってくれるようにお願いする日だと思うことにしてる。』って。
あんたの毛嫌いしてるクリスマスの飾りもさ。少しでも幸せな気分になってくれるといいと願って誰かが飾ったかもしれないよ、って。」

「そりゃあ……そうかも知れへんけど。でも――」

「ソイツはさ、光の中にいない人のことを思いやれるヤツだったんだよね。」
そう言って、どこか遠い目をする涼。

「それって、さ。おまえの彼氏?」

「彼……氏?。そういやあ、考えたこともなかったなあ。
そうだなあ……。
今思えば私、あの時以来、どこかでアイツに依存してたかも知れない。
もしかして、好き……だったのかな。
あ。好きだったかも。
あれ?じゃあ、初恋ってことかな?
おおーーっ!そうかあーーーっ!!あれが初恋だったのかーーーっ!!」

「おいおい!今頃、気づくなよ!!」
うおおおっ、と叫ぶ涼を横目に、高原は呆れた。

「ホントだよ!今頃、気づくなよ、自分!」
涼自身、己に呆れた。

「アホやな!」
「アホやで、ホンマ。」
ふたり、声を上げて笑う。

ひとしきり笑った後、涼は真顔で呟いた。
「でも、アイツとだったら私、一緒に暮らしていたかも知んないな。」

「ふぅ〜ん。おまえにそんな男がおったとはなァ。」
高原は一瞬、凍りついたようになったが、すぐに冷やかすように言った。

「バカ。子供の頃の話だよ。それに、ソイツならもう……いないしね。」

「え……?」

「死んだんだよ、12の時に。遊星爆弾でね。
そう言えばアイツ、いつもさりげなく私の傍にいてくれたな。あれで守ってくれてるつもりだったのかね。」
涼は、とても懐かしそうに呟いて小さく笑った。
幸せそうな、しかし、淋しそうな微笑み。

さっき、涼が見せた横顔は。
きっと、その少年を思い出してのものだったのだろう、と高原は思った。

「なんか俺……。いろいろ悪かったな。」
高原は、ちょっとうつむいて、頭を掻きながら言った。

「いや……。そんなことないよ。楽しかったし。ひとりで退屈してたからさ。いいヒマつぶしにはなったよ、ふふン。」
おどけたように涼が答える。

「ちっ!相変わらず口の減らん女や!」
高原は、言いながら肩をすくめた。


「クリスマスは、お互い仕事やな。」

「そうだね。でもケーキくらいは食べたいよなあ。クリスマス限定のヤツ、とかさ?」

「見てくれが違うだけやて。目ェつぶって食ったらおンなじや。」

「ったく!つまんねえヤツだなあ。風情も味のうちなの!」
涼は卑屈な高原に苦笑した。

「じゃあな。またそのうち寄らせてもらうよ。その時はフルコースっての、どう?」
にやり、として顔を突き出す高原。

「ふふン。いいんじゃない?あ、でも年越しフルコースってのはカンベンしてよね。体力もたん。」
笑いながら肩をすくめる涼。

「あほ!」
「おまえもな!」



「高原!」

「なんや?」
ドアを半分開きけかけて、高原が振り返る。

「フルコースはともかくさ、忘年会でもやんない?なんとか今年中に飲みに行こうよ!」
ニッ、と笑う涼。

「おう!」
高原は軽く手を挙げ、同じようにニッ、と笑いながら、涼の誘いに応えると、外に出た。


カチャリ、とドアが閉まって互いを隔てる。
途端に孤独感に苛まれる。
涼のやわらかな笑顔が脳裏に焼きついて離れない。
高原は、つくづく俺は情けない――と、ひとり、苦笑した。

クリスマス、か。
仕事でよかったな。
それどころじゃない、ってデカい面して言えるからな。
それに今年は――。
アイツのことを想うことができる。
アイツのことを想うことで、なんとかやり過ごせそうだ。

ほんの少し、心も肩も軽くなったように思えて、高原は口許を綻ばせながら12月の寒空を見上げた。
アイツにクリスマスプレゼントを用意してやるのも悪くないかな、などと心密かに思いながら――。



■END■





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■ちょほいとイイワケ
すいません。このハナシ、オリキャラのみの登場です。
高原渉という男の設定について少し。
彼は南部重工のエンジニアで、南部クンのオヤジさんに見込まれて入社した男です。
で、彼は南部クンの幼馴染でもありまして、「あっくん」「やっちん」と呼び合う竹馬の友。(笑)
涼にいいようにあしらわれてるのは、知り合った当時、まだ13歳とは知らず、大人びている彼女をナンパしたことから始まっております。
以後、南部クンからは「ロリコン呼ばわり」されてます。(笑)
で。彼は関西人なのですが、楽天は生粋の関東人(埼●県人)でありますので、おかしいところがイッパイあると思われます。
思いきっりアヤシイです。(笑)
故に、彼の話す関西弁は、あくまで楽天の中で変換されている関西弁ってことで、どうぞ、大目にみてやって下さい。