Lonely Christmas



12月24日。
クリスマス・イヴ。

なんとか互いのスケジュールを合わせて。
今年こそ、ふたりきりで、とびきりのクリスマスを過ごそう――と約束したのに。
彼は。
つい。
ふたりの時間よりも、突然、舞い込んできた仕事の方を優先させた。
それは、彼でなくてはならない仕事――というわけではなかった。
なのに。
彼ときたらそれを、あえて引き受けてしまったのだ。

そういう……。
彼の性分なら、わかってる。
こんなこと……。
今更、今度に限ったことじゃない――彼女は思う。
彼の。
むしろ、そういうところが好きだったんじゃないの――言い聞かせてみる。

でも――。
なんだか。
胸にぽっかり、穴が開いた気がした。


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目的もなく。
ひとりで街を歩く。

幸せそうな、楽しそうなカップルばかりに目がいく。

「ねえ?キミもクリスマスにヒトリのクチ?」
「うっそだろ〜?こんなにカワイイのにぃ?」
「んじゃ、俺達とさァ、楽しくクリスマスパーティー、やんない?」
どちらかというと、いや、どこからどう見ても、素行も品行もよろしくないような男達が、馴れ馴れしく声を掛けてくる。

「ごめんなさい、彼を待たせてるから。」
そう言って、何度、振り切ったことだろう。

やがて、陽は落ち、街はイルミネーションに彩られて、更に美しく煌びやかになる。

彼女は、いたたまれなくなった。

街から逃げるように部屋に戻る。


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ガチャリ、と背中でドアの閉まる音。
小さく電子音がして、セキュリティ・ロックがかかる。

しん――と静まり返った部屋。
彼はまだ。
連絡ひとつ、よこさない。
彼は帰って来ない。
今日も明日も戻らない。
もしかしたら、年越しまでも一緒にできないかも知れない。

ひとりきり……か。
コートを着たまま、部屋の片隅に座り込む。
抱え込んだ両膝に顔を埋める。
明かりも点けず、暖房もつけず。
大きな溜め息を、ひとつ。

泣きたくなった。

「ばか……。」
言ってみたら、ちょっとだけ、すっきりした。

「ばか。ば…か……。」
すっきりしたら、今度は涙が堰を切ったように溢れ、流れ出した。

何よ!古代クンのばか!
ホントは私、物わかり、よくなんか、ないんだからね。
ホントは私、心が広くなんか、ないんだからね。

心も身体も。
なんだかとても、寒かった。


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「おい!なんでおまえがここにいるんだ?」
仕事を終えた古代進が、ひと心地つこうとラウンジの椅子を引いた時、背後から声がした。

南部康雄だった。
資源輸送船団の護衛艦に乗艦し、火気管制と新人の指導を任されていた彼は、赴いていた外惑星からの帰途、火星に立ち寄っていたのだった。

「おまえの艦はとっくに出発したんじゃないのか?」

「4番艦も俺達3番艦と一緒に16日に発つ予定だったんだがな。コンピュータ系統にトラブルを起こしてた中原さんの4番艦は修理が長引いて出発が10日後になっちまったんだよ。
そしたら中原さんのオヤジさんが倒れたって連絡が入ってな。だから俺が――」

「代わりをおまえが指名されたのか?」
進の声を遮って、南部が訊ねる。

「いや、そういうワケじゃないんだが。」
ぼさぼさになった頭をかきながら進が答えた。

「別におまえじゃなくたってよかったってことか?」
眉間に皺を寄せながら南部が言った。

「まあ、そうなんだけど。クリスマスにかかるし、1、2番艦のヤツが渋ってさ。だから俺が中原さんの艦を引き受けて先に帰ってもらったんだよ。」

当然のように、いや、むしろ得意気に答える進に南部は呆れたように肩をすくめ、更に訊ねた。
「なるほど。いかにも“おまえらしい”な。で、雪は?雪は、なんて言ったんだ?」

「ああ。『そういう事情なら』ってそう言ってくれ――」

「おまえって……。馬鹿だよな。」
進が言い終わらないうち、南部が遮って吐き捨てた。

「なっ!?」
馬鹿と言われて、ムッとする進。

「おまえは馬鹿だっつったんだよ!」

「なんだとォ!?」
カッとなった進は南部に詰め寄った。

しかし、南部は冷静に言い放つ。
「おまえも雪との約束があったんじゃないのか?」

うっ?―−となって。
進は言葉に詰まった。
そして拗ねたように口を尖らせると、もごもごと反論してみる。
「そう……だけど。雪ならわかってくれる筈だ……。」

南部は進の言葉に心底呆れ、溜息をつきながら言った。
「ああ、そうだろうな。アイツはそういう女だからな。で、連絡、してやったのか?」

「いや、なんとなくバタバタしてたし、まだ……。」

(ひょっとしてこいつ……。まだ気づいてないのか?)
南部はうんざりしたように進を見つめた。
「今日はもう、クリスマス・イヴだぞ?知ってたか?」

「あ……。そうか。」

「やっぱり!それすら忘れてたのか?」
南部は激しく虚脱した。

「あ……。ああ。うっかりしてた。」

南部は、しょうがないやつだと言わんばかりに大袈裟に肩をすくめて言った。
「大したうっかりだよ。ニッポンは今頃は、ええと……。そうだな。午後11時半を過ぎたころだな。」

「……。」
進はどうしていいものやらわからず、救いを求めるように南部を見つめた。

「はぁ……。マジで呆れたな。
言われないとわからない、気づかない。おまえって、ホントにダメなヤツだな。
お茶飲んでイップクしてるヒマがあるんなら、どうして連絡してやらないんだ?
4番艦の修理はおまえがしてるワケじゃないだろ?ヒマなクセに何やってんだ?
雪はな。ああ見えて人一倍、淋しがりやなんだぞ?わかってんのか?」

「っ……。」
進は深くうなだれると、両の拳をぎゅっと握りしめ、唇を噛みしめた。

南部は、そんな進に畳み掛けるように言葉を継いだ。
「おおかた、ただ単純に物分りのいい女としか思ってなかったんだろ?アイツはオマエの性格わかってて、その上で承知したんだ。
でもホントはきっと……。
淋しくて死にそうになってると思うぞ、俺は。」

進は、ハッとなって顔を上げると。
南部にくるりと背を向け、脱兎のごとく駆け出して休憩ラウンジを飛び出していく。

「……やれやれだな。
どうでもいいけど俺がイチバン、バカみてえじゃねえかよ!!
メリークリスマスってんだ、バカップル!この、クソッタレーーーーッ!!」

ひとり残された南部は。
モニターの、青い地球に向かって荒っぽい十字を切りながら吼えた。


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静寂を破って、甲高い音が鳴り響く。

着替えもせず、コートのまま冷え切った部屋の片隅で、蹲るようにして眠っていた雪は、がばっ、と起き上がった。

端末の通信ボタンが点滅している。
雪は慌てて、それを押した。

すると――。
モニターいっぱいに古代進の顔が現れた。

モニターの進は。
決まり悪そうにややうつむき加減で、上目遣いに雪を見ると、蚊の鳴くような声で言った。
「メ、メリークリスマス。」

雪は真一文字に口を結んだまま何も答えず、黙って進を見つめた。
「……。」

進は、やっぱり――といった面持ちで、困ったように鼻をつまみながら雪の顔色を伺った。
「あの、さ……。怒って……るよな?」

「……。」
雪は進から目をそらし押し黙ったまま。

予想していたとおりの彼女の反応に、進は肩を落とした。
「そりゃそうだよな。なんていうか、ええと――」

「……。」
雪はやっぱり無言で唇を噛んでいる。

「ごめん。約束破っちまって。その……。引き受けてくれるヤツがいなくてさ。
ああいう事情だし、つい、っていうか……だから、ええと……。俺じゃなくてもよかったのかも知れないけど、思わず代わりますよって言っちゃって。
俺、キミならわかってくれるって、つい甘えちゃったっていうか、その。とにかく、ええと、ごめん!ホントにごめん。」

「ばか!」
モニターの向こうで平伏すように頭を下げる進に雪が言い放った。

「え?」
雪に反応があったことに、進は思わず顔を上げる。

「ばか!」

「あ。ああ……。」
やはり、怒っているのだとわかって、進は更に深くうなだれた。

「古代クンのばか!」

「ごめん。」

「古代クンなんか、もう知らない!」

「……。」
進は何も言えず、ただひたすらすまなそうに、うつむき謝るだけだった。

「好き。」

「あ……。え?」
雪が放った予想外の言葉に、口を開けて、ぽかん、となる進。

決まり悪くて見られなかった雪の顔を改めて見ると。
彼女は目にいっぱい涙をためていた。

雪は今にも泣き出しそうな表情のまま、吐き出すように言った。
「ばかだけど、ほんとにもうアタマにくるくらい、大ばかだけど、古代クンが好き!大好き!」

進は。
ひとりぽっちで自分を待ちわびていた雪がいじらしくて、胸がきゅうんと切なくなった。
(ユキ……。ほんとに俺みたいな男でいいのか?)

「お、俺……。ちっともキミの気持ち、わかってなくて。キミには淋しい思いをさせるばかりで……。
その……。
俺は……恋人との約束よりも仕事の方を優先させちゃうような、気の利かない、まるでわかんない、どうしようもなくダメな男だ……。
それでも?」

「……私も自分勝手なのは同じかも知れない。
だって……。
もしも、古代クンが中原さんの代わりをしないで帰って来ちゃったら、それはそれで見損なった――って古代クンに腹を立てたかも知れない。
私、古代クンが思ってるような女じゃない。ホントは独占欲が強くてわがままなんだもの。」

雪の目からついに、ぽろり、と涙が零れ落ちた。
進は今すぐ駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られる。

「ユキ……。
俺は、俺はこんな男だけど……。でも、キミのこと好きなのはホントなんだ!
決して嘘なんかじゃないんだ!キミのことが大好きなんだ!
だから、だから……俺の方が――。
俺の方がキミに――。
その……。これからもずっとそばにいて欲しい。」
進は雪の想いに応えるように自分の気持ちを伝える。
でも。
不器用な彼は言葉だけで想いを伝えるのがもどかしかった。

「ホントにばかなんだから!古代クンのばかっ!
早く。早く帰って来て!私、私……ホントは待つの、大っ嫌いなんだからね!」

そんなキツい言葉とは裏腹に――。
雪は泣きながら微笑んでいた。

そして、小さくて愛らしい唇がそっと彼への愛を告げた。

「メリー・クリスマス、古代クン。あなたを愛してるわ。」

照れ屋の彼は。
頬を赤く染め、恥ずかしそうに頷くと、上目遣いに彼女を見やって。
なお更に恥ずかしそうに言った。

「俺も……。愛してるよ。キミのこと、誰よりも何よりも愛してる。
メリー・クリスマス、ユキ。」


★☆★ END ☆★☆
















☆★ EPILOGUE ★☆