La flamme qui est perdue
雪の左肩口からバッと鮮血が飛び散った。
小さな悲鳴。
衝撃と痛みに、ぐらり、と傾く。
瞬く間に朱に染まっていく左肩。
しかし、進の声に励まされるように、ぐっ、と苦痛を堪え、右手で噴き出る血を押さえながら気丈に駆け出す。
ようやく辿り着いたものの、高速艇は既に上昇し始めている。
扉から大きく身を乗り出し、右手を差し出す進。
応えるように差し伸べられる雪の右手。
それをガッと掴み、懸命に引き上げようとする進。
しかし、その手が血でぬるり、と滑り、進の手から抜けかかる。
それでも落とすまいと、顔を歪めながら雪の全体重を指先で支える進。
その間に、銃撃は雪から高速艇に向けられる。
敵のレーザーが進のわずか数センチ脇を掠めて高速艇のボディで弾けた。
ふと、雪の目が切なく進を見つめ、その口元がわずかな笑みを浮かべたように見えた。
諦念なのか、それとも……。
一瞬、引き込まれかけた、その刹那……。
するり、と滑るように指先が抜け落ちる。
ハッとして、進はその手を今一度、掴もうとした。
しかし、進の右手は虚しく空を掴み、雪は敢え無く落ちてゆく。
狂ったように叫ぶ進。
悲痛な表情で羽交い絞めにし、引き止める相原。
上昇する高速艇に向けられるいくつもの光弾。
雪は。
既に意識がないのか声もなく、頭から落下していく。
今しも飛び降りんとする進を抱え込み、高速艇内に引っぱり込む相原。
扉から進の悲痛な叫び。
その声が届いたか、落ちながらハッと眼を開く雪。
迫る床。
ぐしゃり――。
鈍い音。
偶然なのか、意識したのか。
頭部を庇うように、しかし傷ついた左肩を下に床に叩きつけられる雪。
衝撃に、深い裂傷を伴って左肩と左腕の骨が砕け、連鎖したように折れた肋骨が肺を破った。
床にゆっくりと広がってゆく鮮血。
霞む目に映る高速艇。
必死に意識を繋ぎとめ、顔を上げて、互いに生きての再会を祈りながら、ドームの外へと脱出するのを見届ける。
小さく微笑んで。
がくり、と首を落とす雪。
しかし。
激痛は、雪の意識をそう長くは遠去けなかった。
目を開けたつもりだったが、視界は闇しか捉えられない。
代わりに耳が、ゆっくりと近づく足音を捉える。
カツン、カツンと響く、冷たい足音……。
――それが何を意味するのか、雪には分かっていた。
が。
身体を動かそうにも、わずかに手の指先が動くだけ。
逃げることは叶わない。
至近距離で足音が止む。
もう一度、目を開けてみる。
霞む視界に敵兵らしき者の靴先がぼんやりと映った。
殺されるのだ――と思った。
絶望する雪。
黒い影が伸びる。
そこで、雪は再び意識を失った。
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雪は闇の中にひとり、蹲っていた。
ゆっくりと顔を上げる。
瓦礫の山。
ごうごうと燃え盛る都市。
累々と横たわる死体。
黒い影を落とし、人も街も焼き尽くす見知らぬ兵器。
敢え無く散ってゆく戦闘機、戦車。
そして同胞達。
得体の知れない、薄暗いヴィジョンが雪を恐怖に陥れようとする。
激しい銃撃。
交錯する光線。
肩への激しい衝撃。
仲間達の背中。
上昇する高速艇。
差し伸べられた手。
空を掴む掌。
ああ、この光景はあの時の……。
深い絶望。
どろどろとした闇が迫る。
みるみる雪を呑み込む。
暗い。
寒い。
なのに身体の左側が異様に熱く、重い。
そして何より息が苦しい。
呼吸が思うようにできない。
こんなことが。
同じようなことが遠い昔、あったような気がする。
あれは……。
あれはまだ小さい頃の自分。
あの時も私、今みたいに胸が苦しくて……。
身体が動かなくて……。
あの時と同じ……?
じゃあ、ガミラス……?
またガミラスが襲ってきたの?
また遊星爆弾が?
混乱する記憶。
「どんな様子だ?」
どこかで声がした。
「左の粉砕骨折とやはり折れた肋骨が肺を破る重傷でしたが、すぐに処置をしましたので命に別状はありません。
それで今後のことですが。
どうしますか。如何様にもできますが?」
「あの地球人がヤマトに関わる重要人物だということは既に調べがついている。情報源としてだけでなく、他にもいろいろ使えそうだ。手を抜かずしっかりと治療して回復させろ。いいな?」
「はい。」
誰……?
誰かの声がする。
何を言っているのかわからない。
何ヶ国語も聞き分けられるほど語学に長けているわけではないけれど、聞こえてくる言葉は、どうも地球の言語とは異なる気がした。
異星人……?
まさかデスラー?
デスラー?
じゃあ、ガミ、ラス?
ガミラスがまた?
相変わらず雪の知らない言葉で、何かの呪文のように会話が聞こえてくる。
夢なのか現なのか。
雪の意識は未だ混濁していた。
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「OPは問題なく終了しました。近く意識も戻るでしょう。しかし、尋問等に耐え得るほどに回復するにはまだ少々、時間がいるかと……。」
「そうか。」
「それから……事後報告になってしまうのですが。」
「なんだ?」
「応急処置をする際に、出血量が多かったため、輸血が必要だったのですが、地球人のものを確保している時間がなかったので、成分データを元に作成した人工血液で間に合わせたのですが……。」
「何か問題でもあるのか?」
「はい。わずかですが拒絶反応を示す値が出ておりまして。現在、経過観察中といった状態です。」
「生命に関わることなのか?」
「まあ、可能性がないとは言い切れないですが……。しかし、意識さえ戻れば目的は果たせる筈です。尋問するくらいでしたら何ら問題はないでしょうし、何かあったとしても一捕虜ですから、生きてさえいれば情報は如何様にも取れるのではと――」
「そうか。しかし捕虜の扱いは私が決めることだ。何度も言わせるな。
あの地球人は女性ではあるが重要なポジションにあるとさっきも言っただろう。我々が欲しているヤマトの情報を数多く持っている。要するに利用価値が高い、ということだ。簡単に死なれては困るのだよ。いい加減な扱いはするな。」
「はぁ。」
「まだわかっていないようだな。私には私の考えがある、と言っているのだ。
苦痛を与えることだけが情報を得る手段ではなかろう。むしろ頑なになるだけで、下手をすれば自ら命を断たれる可能性すらある。
第一、おまえが思い描いているような下品なやり口は私の趣味ではない、と言っているんだ。
捕虜と言えど我々と区別することなく、おまえは医師としての責務を果たせばよいのだ。
わかったな?」
ふたたび、声が聞こえた。
すべて雪の知らない言葉。
しかし。
雪の記憶はゆっくりと戻っていた。
私、生きてたんだ……。
でも……。
そうか……。
やはり私は捕らえられたのか……。
捕虜の女の末路なんて……わかりきってる。
……どうせなら、あのまま放置して死なせてくれたらよかったのに。
そんなことより、古代君は?
古代君達はどうしただろう。
あの時――。
私は確かに見届けた。
高速艇はみんなを乗せてドームの外へと飛び立って行った筈だ。
でも。
無事にイカルスまで辿り着けたのだろうか?
知りたい。
古代君は。みんなは。
――無事なのだろうか?
激しい不安にかられて、雪は思わず起き上がろうとした。
「っ!」
身体中に激痛が走る。
しかし。
なんとか堪えてベッドから降りようとした時。
間が悪く白衣の医師が入ってきた。
医師は何事か声を上げ、雪の傷ついていない右腕をガッと掴むと、乱暴に注射針を突き立てた。
「くっ……。」
途端。
視界がぐらり、と傾く。
まもなく、強烈な睡魔に見舞われ、その場に崩れた。
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仄暗いヴィジョン。
霞む目に映るのは誰もいない廃墟の街。
雪は。
瓦礫の中に埋まるようにしてたったひとり、そこにいた。
動けない。
息が苦しくて、身体が重くて、痛くて。
雪は動けなかった。
頭上を不気味な音を立てて、見たこともない敵の兵器が通り過ぎてゆく。
サーチライトが辺りを照らす。
雪は。
ひっ、と息を呑んだ。
その目に飛び込んできたのは。
同胞達の骸が折り重なるようにしてできた山。
「うっ……。」
思わず吐き気を覚え、雪は動く右手で口元を押さえた。
両目にじわり、と涙が浮かぶ。
(どうして……。どうして、こんな惨いこと……)
――でも。
もうすぐ私もあの山の一部になるんだわ。
「!?」
雪はふと、死体の山の脇に立ち尽くす人影に気がついて目を凝らす。
サーチライトがゆっくりと黒い人影を照らした。
眩い光を浴びて、影はゆっくりとこちらを見た。
「!!」
雪の目に映ったのは。
高速艇で脱出し、イカルスへ向かったはずの古代進だった。
どうして?
どうして古代君が!?
そんなこと、後で聞けばいい。
古代君がいる。
すぐ近くに古代君がいる。
雪は身体を起こそうとした。
だが。
身体は鉛のように重く、まったく動いてくれない。
さっきまで動いてくれていた右手までもが、まるで固められてしまったように動かない。
「古代君っ!」
雪は思わず叫んだ。
しかし、声が出ない。
(どう……して?)
「古代君っ!古代クンっ!!」
血を吐く思いで叫んでいるのに。
声が出ない。
無情にも。
進は雪に気づくことなく。
肩を落とし、悲しげな表情を浮かべて、そこから立ち去ってゆく。
「待って!待って、古代君!私よ。私はここよ!気づいて、古代君っ!」
出ない声で、雪は必死に叫んだ。
しかし。
進の姿は闇に溶けるように消えてゆく。
「古代君っ!行かないで、古代君っ!」
雪は懸命に右手を伸ばした。
やっと動いたその手が空を掴む。
絶望したその刹那。
雪の左半身が、まるで砂のように崩れてゆく。
肩が、腕が、指先が……。
砂のように崩れてゆく。
――な、に……これ?
死ぬ、の?私、消える、の?
やだ、いやだ!
私、誓ったのに!
古代君に必ず会うって、誓ったのに!
しかし。
瓦礫に埋まっていた下半身までも、砂に変わってゆく。
雪は悲鳴を上げた。
「いやああああああっ!助けて、古代君っ!気づいて!古代君っ!古代君っ!!」
身体と引きかえるように声が戻った。
同時に。
眼前で何かが弾けた気がした。
雪は。
悪夢から覚醒した。
そして、これからが。
本当の悪夢の始まりだった。
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激しく魘されながら覚醒した雪は、ほっ、と安堵の息をついた。
(そうか……。夢、だったんだ。私、まだ生きて――)
「!」
カタッと物音がした。
雪はハッとなって音の方に首を巡らせる。
(あ……。)
敵の衛生兵が雪の覚醒に気がつき、ベッドに歩み寄って来た。
雪は医師から注射を突き立てられ、眠らされたのを思い出し、思わず身体を起こそうそした。
が、胸と左上半身に激痛が走り、堪え切れずに再び倒れ臥す。
「くっ……。」
衛生兵は雪の上体を乱暴に引き起こすと、肩から腕に巻かれた包帯を替えるため、手を掛けた。
雪はそれを反射的に払い除けると、衛生兵に背を向け、逃れようとした。
「っくっ……。」
しかし、途端に激痛に見舞われ、敢え無くベッドに蹲る。
ぎりっと歯を食い縛り、雪はその痛みを堪えた。
「まだ動いてはいけない。」
不意に背中で声がした。
流暢な日本語だった。
声は。
衛生兵のものではない、別の。
低くて冷ややかな声だった。
「……?」
雪は、ゆっくりと振り返った。
ハッ、と身構える。
そこに立っていたのは、医師でも衛生兵でもなく、支度からしてどうやら士官クラスの者らしい。
まだ若く、そして端正な面立ちのその士官は、衛生兵を目顔で下がらせると、ベッド脇までゆっくりと歩み寄った。
雪はベッドの宮に上体を預け、ずり落ちたブランケットを胸までたくしあげると、キッとその青年士官を睨んで身を硬くした。
士官は、そんな雪の様子に薄い笑みを浮かべると、もう一度、抑揚のない声で言った。
「まだ動くなと言っただろう。」
どうやって覚えたのか、士官の言葉は呆れるほど達者だった。
雪は、警戒を解くことなく、士官を見据えたまま微動だにしない。
士官は、やや呆れたように小さく肩を竦めた。
「私はアルフォン。地球占領軍技術部の情報将校だ。」
青年士官は静かに、しかし、威圧感のある声でそう名乗った。
「その……情報将校のあなたが……何故、私を……?」
雪はわずかに眉を顰め、訝しそうにアルフォンを見つめて訊ねた。
自分の扱いが、捕虜にしては丁重に感じられたからだ。
「傷ついた美しい女性を収容所になど運ばせるわけにはいかないのでね。」
アルフォンはそう答え、雪を真っ直ぐに見つめた。
これもまたどこでどう覚えたか、歯の浮くようなことを言ってのけるアルフォンに半ば呆れ、今度は雪が口元に薄い笑みを浮かべた。
しかし、その瞳は相変わらず警戒を解くことなくアルフォンを見据える。
「あなたは……あの時、あのターミナルにいたヒトね?そして倒れている私を見下ろしていたのもあなた、なんでしょう?」
雪の問いに黙って頷くアルフォンの瞳が、わずかに和らいだ気がした。
「どんな勇敢な男でも、キミほど勇敢には戦えなかった……。」
「えっ……?」
雪は唖然とした。
アルフォンの前言は戯言と不快に思った雪だったが、どうやら彼の言葉に嘘はなく、真面目に答えているように思えたからである。
「キミのことなら少しは知っているよ。キミの名は森ユキ。あのヤマトのクルーだった女性だね。」
雪は答えず、黙ってアルフォンを見つめた。
「あの小型艇はキミのおかげで、ドームの外へと飛び立って行ったよ。」
アルフォンの言葉に、雪は思わず警戒心を緩めると、両目に薄っすらと涙を浮かべ、口元を綻ばせた。
そして、わずかに肩を震わせながら、その愛らしい唇を小さく動かして吐息のように呟いた。
「よかった……。古代君、無事に脱出したのね……。」
雪の言葉にアルフォンは、一転、和らいでいた表情を崩すと、鋭い視線で雪を見据えた。
そして再び、低く抑揚のない声で言った。
「しかし、残念なことにね。」
「!」
突然、空気が変わったのを感じて、雪はハッと顔を上げた。
アルフォンは氷のような眼差しで自分を見下ろしている。
「古代、と言ったか?あの男……。ターミナルでキミを助けようとしていた、あの男。キミはうわごとでも、その名を何度も呼んでいた。」
「何が、言いたいの?何が残念なこと、なの?」
雪は残念だというアルフォンの言葉に一抹の不安を感じ、身を乗り出すように訊ねる。
アルフォンはくるりと背を向けると、窓辺に身を寄せた。
そして雪を冷ややかに見つめて答えた。
「キミの大事な、その古代という男と仲間達が乗っていた小型艇のことだよ。どうやら脱出には成功したようだが、その後の我々の追跡では乗組員全員の生命反応が消えていた。」
アルフォンの言葉に凍りつく雪。
「え……?なん、て……?」
「小型艇には生命反応がなかった。」
アルフォンはもう一度、きっぱりと言い放った。
「嘘!」
雪は思わず叫んでいた。
しかし、アルフォンは容赦なく言葉を継ぐ。
「嘘ではない。確かにあの小型艇には生命反応がなかったのだ。それは即ち、乗員のすべてが死亡した――ということだよ。」
「そんな……。どうして……。」
愕然とし、全身をわなわなと震わせて、雪はアルフォンを見つめる。
「恐らく、内部に事故でも発生したのだろう。」
あくまで淡々と答えるアルフォン。
「嘘、よ。嘘だわ……。そんなこと、そんなことある筈ない……。」
雪はうつむき、大きく目を見開いたまま、ぶつぶつと呟く。
そして信じられないといった面持ちで身体を起こすと、かぶりを何度も振りながら、痛みも忘れてベッドを降りた。
唖然とするアルフォン。
雪は激しく痛む胸を押さえ、両肩を大きく上下させて荒い呼吸をしながら、覚束ない足取りでアルフォンに詰め寄った。
「嘘よ!出鱈目よ!古代君が、みんなが死ぬはずない!
どうしてそんなことを言うの?そんなの、嘘に決まってる!
古代君は死んでないわ。
死んでなんかいない。古代君が死ぬはずがないっ!」
雪は泣き声とも叫び声ともつかない声を上げて、アルフォンの告げた事実をすべて否定した。
しかし、アルフォンは。
雪を冷たく見つめるだけだった。
みんなを、古代君を。
命懸けで送り出したのに。
どうしてなの。
どうして取り残された私が生きていて、古代君達が死ななければならないの?
雪は絶望した。
絶望しながらアルフォンの両腕を掴み、悲しみに満ちた瞳で、自分を見下ろすその冷たい双眸を睨める。
「信じない!信じないわ、あなたなんか!」
雪は呻くようにそう言って。
がくり、と崩折れた。
アルフォンが慌ててその身体を支えた時、雪の唇が小さく動いて切なく呟いた。
「古代、君……。」
「くっ……。」
アルフォンは、意識のない雪を抱きかかえたまま、ぎゅっと唇を噛みしめた。
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アルフォンに呼ばれ、医師が駆け込んで来る。
「何があったんです?」
医師が訊ねる。
「おまえには関係ない。」
アルフォンは苛々と答える。
「はあ。ですが――」
言いかけて医師は、アルフォンの腕の中を覗き込んだ。
そして再び出血している雪を見るや否や、かぶりを大きく振り、やれやれと言わんばかりの面持ちで溜め息をついた。
「せっかく治療したというのに、これはまたひどいことになっている……。
あなたはこの捕虜を生かして手元においておくつもりなのでしょう?でしたら、あなたこそ丁重に扱ったらどうなのです?
このような無理をされたらせっかくの貴重な捕虜が死んでしまいますよ?
まあ、この御仁は確かに美しい女性ですがね、少尉。ほどほどになさってくださいよ?」
皮肉をたっぷり込めて、医師はアルフォンに言った。
「何が言いたい?」
「あなた自身が一番よくおわかりでしょう?」
明らかに語気が荒く鋭くなったアルフォンに、医師はむしろ薄く笑んで言い放つ。
アルフォンは一瞬、くっ、と言葉に詰まったが、忌々しそうに医師を睨んで命令した。
「まったく下品極まりない男だ。つまらん詮索をしていないで早く彼女の治療にあたれ!」
医師は(わかってますよ!)とでも言うように肩を竦めながら、はい、と返事をした。
普段、冷静なアルフォンが斯くも露に感情を剥き出しにするのを始めてみた医師は、(この若い将校と捕虜の女の行く末を見てみたい)と、わずかばかりの好奇心を抱き始めた。
そして意味ありげに笑みを浮かべながら雪をストレッチャーに乗せ、運んでいった。
それを。
アルフォンは苦々しく見送り、掌に残った雪の赤い血を、ふと切なそうに見つめ、ぎゅっと握り締めた。
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心身ともに深く傷ついている森雪の様子を見ようと、アルフォンは部屋に訪れた。
しかし――。
そこに彼女の姿はなかった。
(まだ、あの身体では動ける筈は……。まさか――)
思い当たる部屋がある。
アルフォンは身を翻して部屋を出ると、小走りにその部屋を目指す。
ドアを開けると――。
やはり、彼女はそこにいた。
「そこで何をしている?」
背中に向かってアルフォンが声をかける。
慌てる様子も驚く様子もなく、ゆっくりと振り返るその表情には鬼気迫るものがあった。
瞬間、むしろアルフォンの方がたじろいだ。
「決まってる、でしょう!みんなを、古代君達を探すのよ!」
大きく上下する肩、計器類の音に混じって、荒い呼吸音。
「彼らは脱出時に全員死亡した――そう言った筈だ。」
半ば呆れ、冷たく答えるアルフォン。
「そんなこと……。直接、確かめたわけじゃないし、私は信じていない!あなたの言葉なんて信じない!」
雪は、キッとアルフォンを睨み、弱々しいがキッパリと答えると、再び計器に向き直り、操作を始める。
「それ以上の操作は無駄だ。残念ながらそれは私を認識しなくては作動しないからな。」
「……。」
雪はアルフォンを振り返りもせず、小さくうなだれた。
「……わかってるわ、そんなこと。でも……。何もしないでじっとなんか――」
言いかけて、雪はぐらり、と傾いた。
駆け寄って、慌ててその身体を支えるアルフォン。
その手から逃れようと身悶えする雪。
「まったく、無茶をする!まだ動いてはいけないと言った筈だ。あの時、君は肋骨骨折による肺挫傷で重篤な状態にあった。
それだけじゃない。
その肩からの傷は深部にまで達している上、粉砕骨折していたんだぞ。
あのまま放置していたら、君は間違いなく死んでいた。
いいか。君がそうやって動けるのも薬で痛みを抑えられているからだ。
もう一度忠告するが、君は重傷の身だ。少しはじっとしていろ!」
パン!――と激しい音を立てて雪がアルフォンの手を払った。
それから、ゆっくりと立ち上がる。
「何を言ってるの!?」
雪は、珍しく感情的になっているアルフォンに対し、口角をわずかに上げて薄く笑った。
そして、ふらつきながらも彼に詰め寄り、更に言葉を継ぐ。
「地球の人々を傷つけ、殺戮と破壊の限りを尽くして、恐怖と絶望に陥れたあなたが!
私から、愛する人と大切な仲間達を奪ったあなたが!
私に情けをかけて気遣うなんて、お笑い種ね!馬鹿にするにもほどがあるわ!」
雪は、激しい怒りに満ちた瞳でアルフォンを見据えた。
開いてしまった肩の傷口から、再び流れ出した鮮血が腕を伝い落ちる。
しかし雪は、それにかまうことなく、アルフォンを睨んだまま微動だにしない。
「みんなを返して!古代君を返して!」
雪は怒りと悲しみに全身を震わせながら、アルフォンに向かって叩きつけるように叫んだ。
しかし――。
胸に鋭い痛みを覚えて、ぐらりと傾き、蹲るように倒れた。
激しく咳き込む雪。
アルフォンは、肩を大きく上下させ、苦しげな呼吸をしている雪に、ゆっくりと歩み寄った。
雪は気丈にもグッと頭を起こし、尚もアルフォンを睨みつける。
口元を押さえていた掌の、細く白い指の間から零れ落ちる鮮血を見て、アルフォンは苦々しく口を開いた。
「だから言っただろう!無茶をするな、と!」
雪は、触れようとしたアルフォンの手を払い除け、立ち上がろうとした。
しかし、敢えなく崩れ、再び咳き込む。
「動くな!」
苛々と雪を抱き起こし、死にたいのか――と続けようとして、アルフォンは口を噤んだ。
……彼女にそれを言う資格が私にあるというのか?
傷つけ追いつめたのは、誰でもない、この私なのに……。
「頼む。おとなしく休んでいてくれないか。いくら我々の医学が進んでいても、無理をされては治るものも治らんぞ。」
呻くように言って、アルフォンは、顔にかかった雪の髪にそっと触れた。
(もうこれ以上、傷つかないでくれ。)
しかし雪は。
浅く早い呼吸を苦しげにするだけで目を開かなかった。
既に意識がなかったのだ。
身も心も深く傷ついて床に蹲る雪を、アルフォンは憂いに満ちた瞳で見下ろした。
衛生兵が、ようやく駆け込んでくる。
「遅い!何をしていた?早急に彼女の処置をしろ!
いいか!彼女はヤマトや軍に大きく関わっている。我々にとって利用価値の高い重要人物だということを忘れるな。
細心の注意を払って治療にあたれ!わかったな!」
アルフォンは苛立ちながら衛生兵にそう釘を刺すと、雪を任せた。
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それから数日の間。
雪の意識は混濁していて夢と現の間をさまよっていた。
意識がしっかりと戻ってから更に数日が経ち――。
身体を起こせるようになってからの彼女は、ただ窓の外を虚ろな瞳で眺めるだけで、自分からはひとことも口をきこうとしなかった。
傷がある程度癒えて動けるようになると、アルフォンは彼女に身の回りの世話をするよう要求した。
彼女は黙ってそれに応じた。
深く傷つきながらもアルフォンに詰め寄ってきた時の、あの激しさは、彼女のどこにも見当たらなかった。
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