■ 喪失
(1)
ハイドロ・コスモジェン砲が出ない――。
どうやら甲板の発射ドーム内の回路に故障が発生したらしかった。
「くそうッ!」
古代はギリッと歯軋りをした。
「自分が見てきますッ!」
パッと身を翻し、飛び出していく土門。
「まて!甲板は危険だ!戻れ!」
古代が呼び止めたが、土門は聞き入れなかった。
「大丈夫ですよ。艦長、あと、お願いしますッ!」
土門は軽く手をかざして敬礼すると、ニッと笑顔を浮かべ、駆け出していく。
「土門のヤツ!」
古代は、ググッと拳を握り締める。
甲板に出た土門は、敵機の攻撃を避けながら、懸命にドームへと向かった。
窓の外に彼の姿を認めて唇を噛み締める雪。
(無茶だわ、土門君……。)
古代の表情をちら、と伺う。
やはり心配なのだろう。抑えてはいるが、歯噛みしているのが雪にはわかる。
彼女の瞳が、わずかに翳った。
(古代クン、やっぱり……。)
古代は土門のことが相当、気になる様子だった。
雪は、さらにきつく唇を噛んだ。
甲板の様子をじっと見つめていた古代だったが、ついにいたたまれなくなったのか、すくっと立ち上がった。
そして――。
「南部、場合によっては、おまえが撃て!」
そう南部に声を掛けると艦長席を離れる。
「どういことです、艦長。」
振り返った南部は、怪訝な面持ちで問いかける。
「アイツを放ってはおけないだろう?」
苦しげに答える古代に、南部は眉間に皺を寄せて言った。
「それなら、俺が行って援護しますよ。これでも戦闘班員ですしね。」
「いや……。俺が――」
そう言いかけた古代を遮って、南部は食い下がる。
「ダメです、艦長!!それぞれ役割ってもんがあるでしょう!いくら艦長命令でも納得がいきませんね!」
しかし古代は、南部の言葉に、すまない――とだけ答え、振り切るようにブリッジを飛び出してしまった。
(古代、おまえ……。何がなんでも自分で土門を守りたい、ってワケか?)
南部は、ギリッと奥歯を噛む。
その顔には明らかに不快な表情が浮かんでいた。
ふと、雪を見やる。
彼女は、いたたまれない様子でうつむいている。
胸がしめつけられる思いだった。
(雪……。)
「場合によっては俺に撃てだと!何やってんだ!どうしちまったんだ、古代!!」
たまらず南部はドアに向かって大声で叫んだ。
(2)
土門は敵機の猛攻に、なかなか発射ドームに近づけずにいた。
揚羽はそんな彼を援護しようとするが、執拗な攻撃に阻まれて、なかなか思うようにいかない。
その間に、古代が甲板に降り立つ。
少しずつ土門に近づいていく古代。
その背中を見守るように、そっと追う雪の姿があった。
医務室の佐渡を手伝う――と偽って、ブリッジを抜け出したのである。
ドームまであと少し――というところで、敵機の攻撃に土門が転倒した。
どこか負傷したらしい。
思わず飛び出す古代。
その背中に。
敵の一機が低空で近づき、狙いを定めた。
息を呑む雪。
(古代クンッ!!)
思考よりも先に身体が動く。
飛び込んで古代を押し退け、誘うように駆け出した。
それを、すかさず敵機が狙うが、すんでのところで交わした。
胸を撫で下ろす雪。
一方――。
雪に助けられた古代は、彼女がつけてきていたことを、まったく知らずにいたため、驚き、呆然となった。
「何故、キミが?」
なおも甲板上を交錯する閃光。
古代を仕留め損ねて一度離れた先程の一機が、再び旋回して標的を探す。
雪はあえて飛び出すと、ドームを目指して一気に駆け出した。
敵の目標が古代から雪へと移る。
容赦ないレーザー掃射。
――そのひとつが雪を捉えた。
(3)
華奢な身体が一瞬、小さく跳ねるのを、古代は見た。
(まさか、雪?)
ゆっくりと崩れる雪。
「ユキーーーーッ!!」
「!!」
絶叫する古代。
息を呑む土門。
古代と土門は、雪の元へ駆け寄ろうとするが、敵の激しい攻撃に行く手を阻まれた。
甲板の3人を援護すべくコスモタイガーが必死に応戦する。
そんな中、雪は傷つきながらも懸命に床を這い、なんとかドームに辿り着く。
そして身をよじって起き上がり、苦痛に喘ぎながら必死に故障箇所を探した。
(あった、ここ…だわ。)
回路の一部が断線している。
霞む目を凝らし、震える指先で懸命に断線箇所を繋ぐ。
(これ…で動く、はず!お願い!)
祈るような雪。
ゆっくりとドームが開いた。
(よかっ…た。)
ほっとした雪は、がっくりと床に崩れ落ちた。
そこへ古代がレーザー掃射をかい潜り、なんとか雪の元へ滑り込んで来る。
「大丈夫か!しっかりしろ!」
雪は、ゆっくりと目を開けると、差し伸べられた古代の手を、そっと払いのけた。
そして、出ない声を絞り出すようにして言った。
「何、してる…の、古代クン!行きなさい、早く。
あなた…は、艦長…なのよ!土門…クンと持ち場に戻っ……て――」
首を横に振る古代。
「そうですよ、班長っ!」
傍らで追いついた土門が悲痛な声を上げる。
雪は、そんな土門をいたわるように見やった。
「土門クン…こそ、ケガ、は?」
「班…長。自分がこんな時に他人の心配なんて……。俺は大丈夫。ほんのかすり傷ですよ。」
胸がしめつけられる思いの土門。
「私が…好きでしたこと、よ……。
私…なら、むし…ろ、望んでた結末になっ…て嬉しいくらい、なんだから。」
「雪……何を言っている?」
雪の言葉を理解しかねる古代。
「あなたを愛してる…から。」
雪は、そこまで必死で言うと、口許に僅かに微笑を浮かべた。
(4)
「大事、なんでしょ、彼…のこと。」
凍りついた表情の古代、そして土門。
雪は視線を古代から土門に移して、淋しげに言った。
「知ってたわ、とっくに。
私がいる…ことで、あなた…達…が苦しんでいたこと…も、ね。」
雪の表情が苦痛に歪み、激しく咳き込んだ。
大きく上下する両肩。
小刻みに震える身体。
彼女は、手を触れるのも憚れるくらい、深く傷ついていた。
傷は恐らく内臓にまで及んでいるのだろう。
(いずれにしても……早く戻らなくては!)
古代は激しい焦燥に駆られた。
とにかく雪を抱きかかえる。
苦痛に喘ぎながらも何か言おうとする雪。
「喋るな。喋るんじゃない!雪!」
声を震わせて古代が叫ぶ。
「しっかりしてくださいッ、班長ッ!早く佐渡先生のところへ――。」
土門も泣きながら雪の手を握り締める。
しかし、雪は二人の言葉を遮るように、小さく首を横に振った。
そして殆ど聞き取れないほど、掠れて小さな声で言葉を継ぐ。
「いい、から二人とも…早く戻って!こんなじゃ私、足手まといだもの。置いてって。
どの道、私…この傷…じゃ助からない…でしょうから。
そう…すれば――。
あなたは……。
あなた…達は、私…から解放される。」
「何言ってるんだ、雪!俺は。俺は……。」
古代は、突如、深い自責の念に駆られた。
雪を傷つけた。
身も心も。
俺のせいで雪は――。
(5)
「もう、いい。いいのよ。古代、クン……。
ハイドロ・コスモ…ジェン砲を撃つのは、あなた…の役目、でしょ?早く……戻って…地…球、を。
そして無事、帰っ…たら――。
土門クン…を支えてあげて、ね。」
雪はまず古代を見つめ、そして土門を見やって微笑んだ。
やさしく、穏やかな眼差し。
「土門…クン、古代クン…をよろしく、ね。頼んだ、わよ。」
土門は雪に何か言おうとしたが、唇がわなわなと大きく震え、言葉にならない。
雪は再び古代に視線を戻した。
「あ…りがと、う。古代クン。私、あなた…と出会えて、本当…に幸せだっ…た。」
腕の中で、雪の身体が死に抗うように小さく震える。
古代は彼女の手を取り、細い指に自分の指を絡ませた。
「ばかッ!何言ってるんだ!!これから死ぬようなこと言うんじゃない、ユキッ!」
古代の悲しげな姿に、ほんの少し瞳を翳らせて、懸命に言葉を継ぐ雪。
その声は、もはや囁くようにしか聞こえなくなった。
古代は雪の唇に耳を寄せる。
「古代…クン。愛、しているわ……。」
雪は震えながら途切れ途切れにやっとそう告げると、古代を見つめた。
万感の想いのこもった、熱い眼差し。
そして。
その口許に、ふと、やわらかな微笑みが浮かんだ。
古代は雪を、いまさらながらに、美しい――と思った。
胸が、かすかな痛みを伴って、とくん――と鳴った。
身体の奥から熱い想いが込み上げる。
ああ、やはり自分は雪を愛しているのだ、と思う。
それなのに俺は。
今まで何をしていたんだろう。
何故、彼女を苦しめるようなことばかりした?
後悔とともに湧き上がる激しい慟哭。
「だめだ、雪ッ!しっかりするんだ、ユキッ!」
必死に呼びかける古代。
しかし――。
雪は答えず、そのまま古代の胸に、こくん――と首を落とした。
「雪?ゆ…き?」
古代は、胸から雪の頭をそっと起こしてみる。
しかし。
雪は、その首をがくり、と力なく後ろへ仰け反らせた。
「嘘……だろう?雪。どうしたんだ?どうしたっていうんだ、雪!?」
――こんな、こんなことって……。
俺は、俺は……。
森雪という、ただひとり女性を永遠に失ってしまった……のか?
「いやだ!死ぬんじゃない。死んじゃダメだ、ユキッ!しっかり、しっかりしろ、ユキッ!!」
古代は、彼女の細い身体を、がっ、とかき抱き、悲痛な叫び声を上げる。
その耳に飛び込んでくる切迫した南部の声。
「艦長ッ!早く戻って下さい!デスラーがヤツらをなんとか抑えてくれている!今のうちに早くッ!早く戻ってハイドロ・コスモジェン砲を撃て!!」
「佐渡先生とアナライザーがそっちへ向かった!雪と土門を任せて、急げ!古代ッ!」
真田が叫ぶ。
「どうしたッ!しっかりしろ、古代ッ!」
島の怒声!
ハッとなる古代。
甲板に降り立った佐渡とアナライザーの姿を認めると、古代は雪を横たえ、すくっと立ち上がった。
「土門、雪を頼む」
古代は駆け出した。
(6)
古代の放ったハイドロ・コスモジェン砲は、美しいプリズムのような光芒を放ちながら、太陽を抱き込んだ。
見守る一同の眼前に広がるその光は、犠牲となった尊い命の結晶のようにも見えた。
目映い光の消失と共に、太陽は、再び命を育む光を取り戻したのである。
「これで、地球は救われましたね、艦長。雪が犠牲になりましたけどね。」
艦長席の古代を振り返って、南部が言い放った。
瞬間、古代は、凍りついたような表情を見せたが、のろのろと蒼褪めた顔を上げて南部を見つめた。
負傷した足の治療を終えて戻って来ていた土門もまた、強張った表情のまま、深くうなだれている。
「彼女、知ってたでしょう?艦長と土門とのこと。僕達も当然、知ってましたよ。」
相原は振り返りもせず、抑揚の無い声で呟くように言った。
「知ってるとは思うけど、俺はフェミニストでね。女性が不実な男のために苦悩する姿を見るのは、実に辛い。彼女が何も知らないふりで努めて明るく振る舞っていたことに、艦長、あなたは気づいていましたか?」
南部は、冷ややかに訊ねた。
返す言葉も無く、ぼんやりと雪のいた索敵席を見つめる古代。
そしてやはり、うつむいたままの土門。
その両肩が小さく震えている。
「彼女、悩み苦しんだあげく、土門とのこと、全て受け入れた上で、あなたのことをやはり愛していこうとしていたんですよ。」
相原は眉を顰め、苦しそうに言う。
「彼女のことだから、どっちにしても身を引くつもりだったんだろう。雪は、アイツは、惚れた男には惜しまず、身を削っていくような女だからな。
なあ、艦長。雪はアンタのこと、いったい何度、命懸けで守ったかな?」
たっぷりと皮肉の込められた太田の言葉。
ブリッジの空気の重さに堪えきれなくなった土門は、ついに絶叫した。
「うわああああっ!俺のせいなんだ。みんな俺のせいなんだ!俺が、俺がつい艦長に依存してしまったのがいけないんだ!俺が未熟だから、俺が弱いから、こんなことになっちまったんだ!班長を傷つけてしまったのは俺だ!あんな無茶をさせてしまったのは俺だ!全部、俺なんだ!だから艦長を、古代さんを責めないで下さい。」
古代もまた、たまらず頭を抱え込むと、低く嗚咽しながら髪をかきむしった。
「『古代さんを責めないで下さい」か。ケッ。胸糞悪くなるぜ!
ずいぶんとまあ深く想われ慕われたもんだなあ。ホントにあんたは幸せな男だよ。なあ、古代。」
口許を歪めて太田が吐き捨てるように言った。
「止めろ、太田。言いすぎだぞ。
なあ、土門。誰も古代やおまえを責めたりはできん。仕方のないことさ。人が心に想うことは誰にも止められやしないからな。」
見かねた島がなだめるように言った。
しかし。
そうは言いつつも島は、必死で耐える雪の、悲しげな横顔を思うと胸が締めつけられた。
「相変わらず、おまえは優等生だな、島!古代が雪を裏切ったことには違いないんだ!土門はともかく、僕は、僕は、古代を許すことなんかできない!
いつだって、こいつはそうなんだ!雪の気持ちにちっとも気づいてやれないでいるんだ! こんなヤツのことを、雪は、なんの見返りも求めずに愛してきたんだぞ?
古代ッ、おまえは雪を心から愛していたと言えるのか?おまえ自身も悩んだと、苦しんだと言うかも知れないが、おまえは、おまえは、雪のことを土門と天秤にかけながら、傷つけ、裏切り、苦しめ続けて来たんだぞ!
僕はおまえを許さない!絶対に許さないぞ!」
普段、大人しい相原が、古代につかみかからんとする勢いで激昂した。
本当のところ、同じような思いだった島には、返す言葉もない。
そこへ助け舟を出すように真田が口を挟む。
「落ち着け、相原。おまえの気持ちはわかるが、しかし、島の言うことも正論には違いない。」
らしくないほど熱くなる相原に、南部が歩み寄り、その肩をなだめるようにポンポンと叩いた。
そして、彼とは対照的に、淡々とした口調で真田に言う。
「俺も相原と同じ気持ちですよ、真田さん。初航海の時は俺も、彼女に密かに想いを寄せてたクチでしたからね。しかしコイツなら、古代なら――と諦めた。むしろ俺は、相原や太田や島と一緒に二人の後押しをしてきたつもりです。真田さん、あなただって――そうでしょう?」
「む……ん。」
真田もまた言葉に詰まり、辛そうに下を向いた。
(7)
「なあ、古代。ストレートな質問をするが、おまえは土門のこと、どう思ってるんだよ?」
相原が眉間に深い皺を寄せて尋ねた。
「土門をどう思う……って――俺は別に……。」
「逃げるなよ、古代!」
つっかかる相原。
制する島。
「おまえ達が思っているようなこととは……違うよ、きっと。」
古代は、うつむいたまま、ぼそり――と呟くように言った。
「ただ……、ひとつだけ確かなことがある。俺は土門に自分を重ねて見ていた。それはホントのことだ。
土門は俺の期待に応えてよく頑張ってくれたと思う。そのことは純粋に嬉しかった。土門には俺達が犯した過ちを繰り返して欲しくなかったし、そのために苦しんで欲しくなかった。
……そういう気持ちは、土門に対して常にあったよ。」
古代は、一息ついて、ゆっくりと顔を上げると、床にひれ伏して嗚咽している土門の背中を、虚ろな瞳で見つめながら、掠れた声で呟いた。
「俺は……。俺は雪を愛しているよ、心から。信じてはもらえないと思うが。」
古代から土門に視線を移した南部は、彼の両肩が、ほんの僅かだが、ぴくり、と跳ねるのを見た。
苦虫を噛み潰したような表情で、南部はズリ落ちたメガネを指先で押し上げた。
「そうか。ならば、改めて聞くが。」
再び古代に向き直った南部の、射抜くような眼光が、半ば逃れようとするかのように不安定に揺れる彼の瞳を鋭く捉えた。
そしてその声は、まるで裁こうとでもするように、低く重く冷ややかに響いた。
「おまえの雪への愛っていうのは、いったい、どういうものなんだ?」
南部の言葉は、氷の刃のように古代の胸を刺した。
雪への愛……俺の――?
俺は一体、彼女に何をしてきただろう?
――うつむいて唇を噛みしめる。
「まあ、いい。ゆっくり考えてみるんだな。それより土門を医務室に連れてった方がいい。落ち着くまで休ませた方がいいんじゃないのか?」
南部は顎をしゃくって、土門を指し示した。
「ほら。起きろよ、土門。」
渋い顔の太田が土門を引き起こすと、その腕を古代の肩にあえて掛けて支えてやるよう促す。
「王子のエスコート、しっかりやれよ、古代!」
「いい加減にしろっ!」
あくまで皮肉な物言いの太田を真田が強く制した。
よろよろと土門を支えながら歩く古代に向かって、静かに、しかし、厳しい声で島が言った。
「その足で雪に会ってこい。」
「フン。相変わらずの女房ぶりだな。」
古代が出て行くと、太田は皮肉タップリに島に言った。
「うるさい!おまえはデリカシー、なさすぎなんだよ!」
島がイライラと怒鳴り返す。
「おまえだって最初は雪に惚れてたんだろ!俺は雪のことを思ってだな――」
「おまえに雪の気持ちがわかるかよ!おまえになんか、わかるか、絶対!」
「何ぃっ?!」
「やめろっ!おまえらがいがみ合ってどうするんだ、馬鹿野郎ッ!」
互いに拳を振り上げ、一触即発の島と太田を南部が一喝した。
「古代を追い詰めたってしょうがないって、俺だってわかってるんだよ。だけど、あんな雪を見ちまったら――。俺にとって、あいつらは幸せの象徴みたいなモンだったんだよ。だから……幸せになって欲しかったんだ……。それなのにアイツらときたら……。なかなか結婚しねえし、古代もなんだかいつまでも煮えきらねえとくる。アイツらの気持ちを一番、わかっていそうなおまえが、何も言わねえから、だから俺は――」
太田は唇を噛みしめて悔しそうに下を向いた。
「悪かった、太田。だが俺は、自分の感情だけでアイツらのことをどうこう言うべきじゃない、と思っただけさ。」
「そうだけど……。今度の旅じゃ、古代のヤツ、殆どと言ってもいいくらい、雪を見ていなかったじゃないか。
そりゃ確かに、古代の立場や責任を考えたら、好いたの惚れたのやってる余裕なんかなかったってのは、僕だって充分わかってたさ。
何より雪自身が、アイツを理解してやってたくらいだ。そうさ。雪はキッチリ、立場をわきまえてきたじゃないか!!
僕達は人間だからな。ちょっとしたことで、すぐにヘコんじまう。しかも、古代って男は強そうでいて、案外、脆い。アイツ、ああ見えて思ったよりガキだったりするからな。
そのへんのところを熟知している雪だ。そういう古代が、苦しい時に自分を頼ってくれずに、あろうことか、土門が癒してたとなりゃ、相当、辛かったと思う。
ずっと連れ添ってきた雪にしてみれば、土門の役回りは自分でありたい――と思うのが当然じゃないか?」
やはり、古代への憤りを隠せず、ここにはいない雪をいたわるような、哀れむような口調の相原に、一同は再びうつむいてしまった。
「そうだよな。雪にしてみりゃ、きっと……淋しかったろうな。」
太田の言葉を最後に、ブリッジは静かになった。
(8)
古代は、土門を医務室に運び込むと、佐渡の処置が終わるのを待っていた。
ほどなくして、佐渡が戻ってくる。
「土門なら大丈夫じゃ。少し眠れば落ち着くじゃろうて。おまえが見込んだんじゃ。そんなに弱い男でもなかろう?足の方も問題ないしの。全治約2週間。後遺症の心配もなしじゃ。」
「そうですか。それで――」
「雪か?雪なら相変わらずじゃ。よくみて五分五分。なんとも言えん状態が続いとる。」
佐渡は、部屋を移ると雪の傍らへ足を運び、古代と並んだ。
ふたりは黙って雪を見下ろす。
「五分五分、ですか。」
佐渡の言葉に肩を落とす古代。
「そうじゃ。それも、よくみて、じゃ。」
「それじゃあ……。」
蒼褪める古代。
「そういうことも有り得る、ということじゃ。覚悟しておけよ?」
「覚……悟、だなんて、そんな……。」
古代は愕然とする。
「ワシも考えたくないが……考えたくなんかないが、ホントのことじゃ。」
淡々と話をしていた佐渡の声が、わずかに上ずった。
「なあ、古代。何故じゃ……。何故なんじゃ……。」
佐渡は、突如、悲しげに古代を見つめ、呻くように言った。
うつむくしかない、古代。
佐渡は、愛おしそうに雪の顔を見つめると、そっと髪を撫でながら言った。
「雪のやつ、おまえに頼って欲しかったんじゃろうなあ。」
凍りついたような表情の古代を、佐渡は、ちらと見やった。
「自分だけには甘えて欲しいと思っていたろうに。きっと、淋しかったと、ワシゃあ思うぞ?
なあ、古代。おまえにとって雪は何だったんじゃ?」
佐渡の言葉は古代の胸を抉った。
両の拳をギュッと握り締める。
爪が掌深く食い込むほどに。
「いや、すまん。……雪は……ワシにとっちゃ、娘みたいなモンじゃったでの。おまえを責めても仕方ないこととわかっておったのに。すまんかったの。」
佐渡は、目を伏せ、詫びながらも淋しげだった。
「まあ……そこに座れ。少し話さんか?」
佐渡は古代を椅子に座るよう促すと、小さく微笑んだ。
(9)
「古代進という男の戦いは、いつも喪失から始まっている、そんな気がする――」
「え……?」
「――と、雪が言ったことがあってなぁ。」
「雪が?」
「おまえさんが負傷して伸びとる時にな。あの娘と少し話をしたんじゃ。」
「そう、ですか。」
「ワシゃ、なるほど――と思ってな。言われてみれば、おまえが宇宙戦士になったのも、ガミラスに御両親と守君の命を奪われたことへの復讐心からじゃったようじゃから――と、ワシゃそう言った。そうしたら、雪のヤツ、そうではない、と首を横に振っての。あの娘が言うにはの。あの娘が言うには――」
佐渡は、雪を振り返った。
――そういうことじゃ……ないんです、先生。
彼、何かを失う度に人一倍、深く傷ついていたと思うんです。ただでさえナイーブな人ですから。
私には……。
耐え難いほどの痛みと悲しみを伴った喪失感を押さえ込むのが、あの人の、もうひとつの戦いだったんじゃないか、って思えて。
「なんとかしてやりたい、と思ってたんじゃろうの。おまえさんはひとりで背負い込むとか抱え込むとかが、好きな男じゃからな。」
佐渡は、そう言って小さく笑った。
「雪が……。雪がそんなことを言ってたんですか……。
喪失感……か。そう、ですね。言われてみれば確かに……。確かにそうかも知れません。」
古代は、ふと胸に手をやり、苦しげに目を閉じた。
「雪のヤツは、おまえが心の奥底に押し込めた苦しみや悲しみを、恐らく同じように共有しておったんではないのかの。ワシには、そう思える。」
佐渡は、そう言って涙ぐみ、よれよれの手ぬぐいで鼻をかんだ。
「やはりその時、雪がワシに言ったことがある。その言葉をおまえに伝えておかねばと思っての……。」
「え……。」
私にとっては、古代クンがすべてなんです。
私が守りたいのは……。
私が本当に守りたいのは、地球でも宇宙でもない、ただひとり、古代進というひとなんです。
守りたい――だなんて……こんなにも非力な私が言うのもなんなんですけどね。
私には誰より、何より、彼が必要なんです。
呼吸をするのと同じように、彼が――。
――そう、あの人はもう、私の一部なんです。
「雪は深い喪失感と戦うおまえを愛することで守ろうとしとったんじゃのぅ。おまえのすべてを受け入れ、そして温め、自分はなんの見返りも求めずに、ただ与えるだけ与える。それがあの娘の、雪のおまえへの愛情じゃ。ワシゃ、それで幸せなんじゃろうか、と思うが……。しかし、あの娘のことじゃ。それでも自分は満足だと、きっと言うんじゃろう。」
佐渡は小さな吐息をひとつ落としてから、ゆっくりと顔を上げると、古代の肩をやさしく叩き、静かに出て行った。
ひとり、残された古代は、もう一度、ゆっくりと雪を振り返った。
(10)
ブリッジに土門が戻った。
重たい空気が流れる中、思い切ったように土門が言った。
「取り乱してしまって申し訳ありませんでした。俺もう、大丈夫ですから。」
「ホントに大丈夫か?」
まだ蒼白い顔をしている土門を見て、真田が尋ねる。
「はい。何も問題ありません。」
「そうか。それならいい。」
「あの。聞いてもらってもいいですか?」
土門の言葉に、一同、ハッとなって彼を振り返る。
再び張り詰める空気。
しかし土門は、意を決したように真っ直ぐに顔を上げた。
「艦長は……古代さんのことは俺の憧れであり目標ですから。ただそれだけですから。
俺、嬉しかったんです。古代さんに目をかけてもらったことが。いろいろ教えてもらって、何かと気にかけてもらって、ホントに嬉しかったんです。
だから、古代さんの期待に応えようって、認めてもらおうって、必死に努力してきたつもりです。
相変わらず俺は……未熟ですけどね。
もちろん、班長にも同じように大事にしてもらったし、いろいろ教えていただいて、感謝しています。心から。
けど――。
艦長には……正直、恋愛にも似た感情はあったかも知れません。
艦長の傍にいられる班長を、艦長を独占できる班長を、羨ましく、いえ、恨めしくさえ思ったこともありました。艦長には常に俺の方を向いていて欲しかった。
でも、俺は――。
よくアタマを冷やして考えてみたら、俺は。
――子供だったんだと思います。
俺は艦長に、古代さんになりたかったんだと思う。
俺が古代さんになれる筈なんてないのに。
そんなこと、わかりきったことなのに。
俺は、あの人になりたかった。
あの人みたいな一人前の宇宙戦士に、あの人みたいな一人前の男になりたかったんだと思います。」
「わっはっはっは。」
突然、島が吹き出した。
(11)
「笑ってすまない。が、土門!古代が一人前の男、だって?
どこをどう見て、そう思ったんだ?
いや、百歩譲って、古代が一人前の宇宙戦士だっていうのはいい。だが、男としては、ヤツはまだまだ半人前だぞ、土門!
男として手本にするなら、別のヤツにするんだな。」
呆気に取られ、言葉もない土門。
「そ、そうだな。ククッ。島の言うとおりだ。古代のヤツは男としては半人前だぜ、土門。何しろアイツは――」
島の言葉を受けて笑っていた南部は、そこまで言うと、ふっ、と真顔になり、土門を真っ直ぐに睨んだ。
「惚れた女さえも幸せにしてやれんような男だからな。そんなヤツを手本になんかするな。」
「島さん、南部、さん……。」
呻く土門。
入れ替わりに島が、ガッと土門の胸倉を掴んだ。
「うっ、ぐっ!」
「よせ!島ッ!」
島は、横目でチラと真田を見たが、完全に無視した。
「今さら何言ってるんだよ?土門!『憧れであり、目標だ』、だと?『ただ、それだけ』だと?ふざけるな!キレイゴト、ぬかしやがって!!おまえの古代に対する気持ちを、どう雪に言えばいいんだ?もののついでに言っとくが、俺はどんな時でも基本的に雪の味方だ。何しろ、彼女に最初に目をつけたのは他でもない、この俺だからな。よく覚えておけよ!もしも、彼女に何かあったら――。俺は許さないからな!おまえを絶対に許さないからな!」
島は、握り締めた拳をぶるぶると震わせながら、土門を突き飛ばすようにして解放した。
「うっ。」
足がもつれ、無様に尻餅をつく土門。
「言うじゃないか、島!」
つかつかと南部が歩み寄り、にやりとする。
「うるさいッ!俺もおまえらと同じ思いだっつったろうが!」
島は南部を振り返りもせずに怒鳴ると、自席にどかっと座った。
「おまえも、いつまでも情けなく引っくり返ってないで、早く席に着け!馬鹿野郎!!」
南部に怒鳴られ、のろのろと立ち上がる土門。
顔を上げることができず、よろよろと歩いて、沈むように自席に着く。
(古代クンをよろしくね。頼んだわよ。)
ふと、土門の脳裏に、苦しい息の下で微笑む雪の姿が鮮明に浮かんだ。
「うわああああっ。」
土門は耳を塞いで叫んだ。
叫びながら髪を掻き毟り、そして大声で詫びた。
「すいません、班長。
俺は、班長がいなければいい――と思いました。古代さんを支える役目が、あなたではなく俺であることを望みました。
だけど、だけど古代さんの中に俺はいなかった。
だから俺、ホントはあなたに、あなたに嫉妬してたんだ。
俺、やっぱり、古代さんに対して、そういう気持ちがあったんだと――」
「やめろ!!」
土門の言葉を遮って、島がガタッと立ち上がった。
そして激しい怒りをぶつける。
「し…ま、さん。」
「黙れ、言うな、土門ッ!そんなこと俺は聞きたくないッ!!それがおまえの本心だとしても、俺は認めない!そんなの、俺は絶対に認めない!俺はな、おまえへの嫌悪感を抑えるのでいっぱいだったんだ!……これ以上、これ以上、何か言ってみろ!俺は、俺は何をするかわからない!!」
土門の肩が、ぴくり、と跳ね上がる。
涙でぐしゃぐしゃの顔を島に向け、それでも、すいません、すいません、と繰り返す土門。
「クソッ!何やってんだ、俺は!こんなことしたって、こんなことしたって――。馬鹿か、俺は!!」
島は、湧き上がる激情を抑えるように、唇を噛み、立ったまま、ぎゅうっと操縦桿を握り締めた。
土門以外の、メインブリッジのスタッフは、皆、悲痛な面持ちで、島を見つめた。
「馬鹿なのは、島、古代の方だよ。」
耐える島の姿を痛々しく見つめながら、やはり、やりきれない思いで南部は呟いた。
>>>>>> (12) へ続く…
<<<<<< TOP/MENUへ戻る