(9)


しん、と静まりかえった病室。
横たわる雪。
彼女の顔は既に死化粧が施されていて、まるで生きているかのように美しい。

そっと、その頬に触れる。
しかし、既に温もりはなく、ひやりと冷たい。

ああ、あの時も。
彼女の目は固く閉ざされていて、その顔も唇も蒼褪めていた。
でも、あの時は――。
不思議に彼女の死を否定させる何かがあった。

離れ離れになって絶望した、あの時だってそうだ。
きっと彼女は生きている――と、確信にも似た絆を感じた。

事実、彼女は奇跡のように甦ってくれたし、傷ついて帰った自分を温かく迎え、包み込んでくれた。

――でも今は。
今、ここにいる雪は。
まるで雪じゃないみたいだ。
綺麗に化粧までしてもらっているけれど、雪じゃないみたいだ。

そうだ。
ここにいるのは雪じゃない。
雪じゃない。
雪じゃない。

ゆ…き……。
雪。

……。
……。

本当にキミはもう、俺に答えてくれることはないのか?
微笑みかけてくれることはないのか?

違う。
これは夢なんだ。
悪い夢。
そうだ、性質の悪い夢だ!!

俺の愛した雪が、俺を愛してくれている雪が。
いなくなっちまうわけがない!!

雪。
キミはアイツらみたいに俺と土門を疑っているんだな。
俺のことを、きっと邪推して、それで悪い冗談を――。

土門……。
土門は……どうなんだ?
俺にとって、土門という男はなんだったんだ……?




(10)


確かにアイツは――。
いつの間にか放っては置けない存在になっていた。
それはウソじゃない事実だ。
しかし何故、俺は土門に執着したんだろう。


古代は考える。


確かに俺は……。
アイツに自分を重ねて見ていた。
アイツはホントに俺とよく似ていたんだ。
だから、俺はアイツに期待し、入れ込んだ。
そしてアイツはそれに懸命に応えようとしてくれた。
そういう……ひたむきな姿が嬉しかった。

――やり直せるんじゃないか、って。
そう思ったんだ。
アイツの姿を見ていると、何故だかそう思えてきた。
だから――。
俺の、俺のしでかしてきた数々の過ちを、アイツだけには犯して欲しくなくて。
俺のような苦しみを背負わないで欲しくて。

気がついたら、アイツから目が離せなくなっていた。

――土門のことをどこかで、もうひとりの自分として見ようとしていたんだ。
そう。俺はたぶん、いや、きっと。
土門の気持ちを利用することで、自分だけ救われようとしていたんだ。

――ああ、俺は。俺の弱さは……。
雪だけじゃなく、結局、土門まで苦しめ、悲しませることになるのだろうか。
俺は、俺は……情けないほどに最低の男だ。


悔やむ古代の中で土門の存在は、まるで夢から醒めるように欠落していった。



不意に背中でドアが開く。
ゆっくりと振り返る――。
佐渡酒造が立っていた。
佐渡は言葉もなく、ただ無言で恨めしそうに古代を見つめた。

「先…生……。俺は――」

「何故じゃ……。何故なんじゃ……。」
佐渡は、悲しげに古代を見つめ、呻くように言った。




(11)


佐渡は、雪の傍らへ足を運び、古代と並んだ。
そして、愛おしそうに、その顔を見つめると、そっと髪を撫でながら言った。
「雪のやつ、おまえに頼って欲しかったんじゃろうなあ。」

凍りついたような表情の古代を、佐渡は、ちらと見やった。

「自分だけには甘えて欲しいと思っていたろうに。きっと、淋しかったと、ワシゃあ思うぞ?
なあ、古代。おまえにとって雪は何だったんじゃ?」

佐渡の言葉は古代の胸を抉った。
両の拳をギュッと握り締める。
爪が掌深く食い込むほどに。

「いや、すまん。……雪は……ワシにとっちゃ、娘みたいなモンじゃったでの。おまえを責めても仕方ないこととわかっておったのに。すまんかったの。」
佐渡は、目を伏せ、詫びながらも淋しげだった。

「まあ……そこに座れ。少し話さんか?」
佐渡は古代を椅子に座るよう促すと、小さく微笑んだ。



「古代進という男の戦いは、いつも喪失から始まっている、そんな気がする――」

「え……?」

「――と、雪が言ったことがあってなぁ。」

「雪が?」

「おまえさんが負傷して伸びとる時にな。あの娘と少し話をしたんじゃ。」

「そう、ですか。」

「ワシゃ、なるほど――と思ってな。言われてみれば、おまえが宇宙戦士になったのも、ガミラスに御両親と守君の命を奪われたことへの復讐心からじゃったようじゃから――と、ワシゃそう言った。そうしたら、雪のヤツ、そうではない、と首を横に振っての。あの娘が言うにはの。あの娘が言うには――」
佐渡は、雪を振り返った。


――そういうことじゃ……ないんです、先生。
彼、何かを失う度に人一倍、深く傷ついていたと思うんです。ただでさえナイーブな人ですから。
私には……。
耐え難いほどの痛みと悲しみを伴った喪失感を押さえ込むのが、あの人の、もうひとつの戦いだったんじゃないか、って思えて。




「なんとかしてやりたい、と思ってたんじゃろうの。おまえさんはひとりで背負い込むとか抱え込むとかが、好きな男じゃからな。」
佐渡は、そう言って小さく笑った。

「雪……。雪がそんなことを言ってたんですか……。
喪失感……か。そう、ですね。言われてみれば確かに……。確かにそうかも知れません。」
古代は、ふと胸に手をやり、苦しげに目を閉じた。

「雪のヤツは、おまえが心の奥底に押し込めた苦しみや悲しみを、恐らく同じように共有しておったんではないのかの。ワシには、そう思える。」
佐渡は、そう言って、よれよれの手ぬぐいで涙を拭った。

「やはりその時、雪がワシに言ったことがある。その言葉をおまえに伝えておかねばと思っての……。」

「え……。」



私にとっては、古代クンがすべてなんです。

私が守りたいのは……。
私が本当に守りたいのは、地球でも宇宙でもない、ただひとり、古代進というひとなんです。
守りたい――だなんて……こんなにも非力な私が言うのもなんなんですけどね。

私には誰より、何より、彼が必要なんです。
呼吸をするのと同じように、彼が――。

――そう、あの人はもう、私の一部なんです。




「雪は深い喪失感と戦うおまえを愛することで守ろうとしとったんじゃのぅ。おまえのすべてを受け入れ、そして温め、自分はなんの見返りも求めずに、ただ与えるだけ与えて……たったひとりで逝ってしもたんじゃ。雪は……あの娘は、それで幸せだったんじゃろうか、とワシは思うが……。しかし、あの娘のことじゃ。それでも自分は……満足だったと、きっと言うんじゃろう。」

佐渡は、小さな吐息をひとつ落としてから手ぬぐいで鼻をかむと、古代の肩をやさしく叩き、静かに出て行った。


ひとり、残された古代は、もう一度、ゆっくりと雪を振り返った。




(12)


静かに眠り続ける雪。
口許にわずかな微笑を浮かべ、その表情は、むしろ穏やかで安らかなものだった。
古代は、いつか雪が、傷つき惑う自分を抱きしめながら言った言葉を思い出した。



私の魂は常にあなたと共にあるわ。

いつもそっと、あなたの魂に寄り添っているから。
だから……、
あなたの信じる道を生きなさい。

そしてどうか、どうか忘れずにいて。

あなたと共にその道を歩くことこそが、私とって何よりも幸福なのだということを……。



「あ……。ああ……。」
古代の肩が、突然、大きく揺れ、がくり、と膝を突いた。
ぽたぽたと零れ落ちる涙。
古代は人目もはばからず、雪の遺体に取り縋って号泣した。


雪……。
キミは俺のために、その命を何度も差し出した。
見返りを求めることもなく。
惜しまずに。

それが愛――というのならば、俺は。

俺は。

人類のため、とか。
地球のため、とか。
宇宙のため、とか。

そんな大層なことを言いながら――

キミを想うことすらちっぽけで。
キミを愛することすら薄っぺらで。

そうだ。
俺は、そんなキミの愛に応えてきただろうか?
俺は何もしていない。
俺はキミのために何も――。

俺は……俺は……。
自分にとって何が一番必要で、何が一番大事なのかということに、失って初めて気づくような、
どうしようもない大馬鹿野郎だ!

何もかもが、もう遅い。

だって、キミは――。
キミはもう、微笑まない!
キミはもう俺を呼ばない!
どんなに叫んでも、二度と。
二度と!!

雪はもう、この腕に戻らない。
戻らないんだ!!
永久に――。


古代は突き上げる慟哭に呻きながら激しくかぶりを振った。
そして。
誰もいない、静か過ぎる部屋でただひとり、大声で泣いた。




(13)


ひとしきり泣いた後。
古代は、雪を抱き上げた。


もうすぐ地球だ、雪。
平和をこの手にしたというのに、俺にとっては、一番、辛い旅になってしまったよ。

こんなとこじゃ、淋しいだろう?

みんなのところへ行こう。
みんな、君のことが好きだったんだ。
みんな、君を大事に思ってくれていたんだ。

だから行こう。

俺達が出会った、あの旅の終わりでも。
地球を目前にして、君をこんな風に悲しい気持ちで抱いたっけ。
――あの時の君は、目を開けて微笑んでくれたけど。

君はもう、あの時みたいに目を覚ましてはくれないんだね。



古代は、雪を抱きかかえたまま、ブリッジに戻った。
声もなく見守る一同。
ただひとり、土門だけが、がくり、と膝を突き、泣きじゃくっていた。


古代は艦長席ではなく、かつて戦闘班長として自分が指揮してきた、懐かしい場所へ腰を下ろす。
皆、黙ってその姿を見守った。


雪。
君ほど俺を理解してくれたひとはいない。
君ほど俺を愛してくれたひとはいない。

――それを、今になって思い知るなんて。

俺は君という存在に甘えていたのかも知れない。
決して失うことはないと、
どこかで思っていたのかもしれない。

でも君は逝ってしまった。
最期まで俺のことを想って、ひっそり。

俺の魂もまた、君と共にある――と、どうして言えなかったのだろう。
いまさら悔やんでも仕方のないことだけれど。

君の魂に俺の声は、まだ届くのだろうか?

俺は君を愛していたよ。
誰よりも君を、愛していたよ。


古代は今一度、強く強く雪の身体を抱きしめた。




(14)


「艦長……。俺――」

何か話そうとする土門を、古代は静かに首を振って遮った。

「もう、何も言うな。いや、言わないでくれ。
すまなかったな……。
おまえが俺に、好意を持ってくれていることはわかっていた。
だが、俺は……。
おまえの気持ちを、ひどく曖昧に受け止めていたんだ。
俺にとってのおまえは、少なくとも恋愛感情を抱くような対象じゃない。
キツい言い方かも知れないが、本当のことだ。
俺は、おまえを大事に思っている。だが、それは……おまえが俺に抱いているような気持ちとは違う。雪に対する愛情とは違うんだ……。
俺は、おまえに、家族に抱くような愛情みたいなものを感じていたんだと思う。」

土門は、古代の言葉に小さく笑って頷いた。

「わかっていたような気がします。いえ、わかってました。
あれから少し、気持ちを整理して考えてみたんです。
古代さんのことは、本当に憧れでした。古代さんは、なりたい自分だったんです。
今さらなんだ、って言われるかもしれませんが……。

俺は……古代さんのことを心から尊敬しています。宇宙戦士として、人間として。
もちろん、雪さんのことも……。
確かに俺にとって古代さんは大事な存在です。
だけど――。
すべてを受け入れて、なんの見返りもなく微笑みを与え続けるなんてこと、俺にはできない。
それができるのは、雪さんだけだ。
あなたのことを本当に愛しているのは雪さんだけなんだ。
そのことが、よくわかったんです。

俺ね、少しだけですけど……。
無償の愛――っていうのが、なんなのか、わかったような気がします。
あのひとが、雪さんが俺に遺してくれた笑顔が、その答えのように思うんです。
……その。いまさら、遅すぎるかも知れませんが。」

そう言って深くうなだれる土門の両肩が、大きく震えた。
ぽたぽたと零れ落ちる涙。

「土門……。
おまえの存在が俺の支えになっていたことも事実だ。そのことについては心から礼を言うよ、ありがとう。」

「いえ。感謝しているのは俺の方です。古代さんだけでなく――雪さんや皆に。」

「――おまえが、本当に俺の弟だったら良かったと思うよ。」

「え?」

「いや。なんでもない。なんでもないんだ。」




(15)

地球は救われた――。
宇宙戦艦ヤマトは、過酷だったその使命を終えて間もなく帰還する。

しかし、艦長・古代進には。
この戦いの全てが今や無意味だった。
何故なら彼には――。
命懸けで守ったその星に、愛する人と共に降り立つことは叶わないのだから。

ふと、脳裏に浮かぶ、愛する人の顔。
口許にやさしい微笑を浮かべて、静かに眠り続ける森雪の。

太陽が再び穏やかな微笑みで地球人類に希望を与えても、古代進ただひとりのために送られ続けていた微笑みはもう、帰らない。
彼の「希望」は、皮肉にも彼のために、その光を失った。

古代進の胸の中に残ったのは――。
彼の人生の中で最も大きくて深い、ただひたすら暗い悲しみに満ちた喪失感だけだった。








***** END *****







<<<<<< (1)〜(8)へ     
<<<<<< TOPMENUへ戻る