■ 喪失  〜 1st〜




(1)

ハイドロ・コスモジェン砲が出ない――。
どうやら甲板の発射ドーム内の回路に故障が発生したらしかった。

「くそうッ!」
古代はギリッと歯軋りをした。

「自分が見てきますッ!」
パッと身を翻し、飛び出していく土門。

「まて!甲板は危険だ!戻れ!」
古代が呼び止めたが、土門は聞き入れなかった。

「大丈夫ですよ。艦長、あと、お願いしますッ!」
土門は軽く手をかざして敬礼すると、ニッと笑顔を浮かべ、駆け出していく。

「土門のヤツ!」
古代は、ググッと拳を握り締める。

甲板に出た土門は、敵機の攻撃を避けながら、懸命にドームへと向かった。

窓の外に彼の姿を認めて唇を噛み締める雪。
(無茶だわ、土門君……。)

古代の表情をちら、と伺う。
やはり心配なのだろう。抑えてはいるが、歯噛みしているのが雪にはわかる。
彼女の瞳が、わずかに翳った。
(古代クン、やっぱり……。)
古代は土門のことが相当、気になる様子だった。
雪は、さらにきつく唇を噛んだ。

甲板の様子をじっと見つめていた古代だったが、ついにいたたまれなくなったのか、すくっと立ち上がった。

そして――。

「南部、場合によっては、おまえが撃て!」
そう南部に声を掛けると艦長席を離れる。

「どういことです、艦長。」
振り返った南部は、怪訝な面持ちで問いかける。

「アイツを放ってはおけないだろう?」

苦しげに答える古代に、南部は眉間に皺を寄せて言った。
「それなら、俺が行って援護しますよ。これでも戦闘班員ですしね。」

「いや……。俺が――」

そう言いかけた古代を遮って、南部は食い下がる。
「ダメです、艦長!!それぞれ役割ってもんがあるでしょう!いくら艦長命令でも納得がいきませんね!」

しかし古代は、南部の言葉に、すまない――とだけ答え、振り切るようにブリッジを飛び出してしまった。

(古代、おまえ……。何がなんでも自分で土門を守りたい、ってワケか?)
南部は、ギリッと奥歯を噛む。
その顔には明らかに不快な表情が浮かんでいた。
ふと、雪を見やる。
彼女は、いたたまれない様子でうつむいている。
胸がしめつけられる思いだった。
(雪……。)

「場合によっては俺に撃てだと!何やってんだ!どうしちまったんだ、古代!!」
たまらず南部はドアに向かって大声で叫んだ。




(2)


土門は敵機の猛攻に、なかなか発射ドームに近づけずにいた。
揚羽はそんな彼を援護しようとするが、執拗な攻撃に阻まれて、なかなか思うようにいかない。

その間に、古代が甲板に降り立つ。
少しずつ土門に近づいていく古代。
その背中を見守るように、そっと追う雪の姿があった。
医務室の佐渡を手伝う――と偽って、ブリッジを抜け出したのである。

ドームまであと少し――というところで、敵機の攻撃に土門が転倒した。
どこか負傷したらしい。
思わず飛び出す古代。

その背中に。
敵の一機が低空で近づき、狙いを定めた。

息を呑む雪。
(古代クンッ!!)
思考よりも先に身体が動く。
飛び込んで古代を押し退け、誘うように駆け出した。
それを、すかさず敵機が狙うが、すんでのところで交わした。
胸を撫で下ろす雪。

一方――。
雪に助けられた古代は、彼女がつけてきていたことを全く知らずにいたため、驚き、呆然となった。
「何故、キミが?」

なおも甲板上を交錯する閃光。
古代を仕留め損ねて一度離れた先程の一機が、再び旋回して標的を探す。

雪はあえて飛び出すと、ドームを目指して一気に駆け出した。
敵の目標が古代から雪へと移る。
容赦ないレーザー掃射。

――そのひとつが舐めるように雪の背中を灼いた。




(3)


華奢な身体が弓なりに反ってビクン、と跳ねるのを、古代は見た。

崩れる雪。

「ユキーーーーーッ!」
「!!」
絶叫する古代。
そして息を呑む土門。

古代と土門は、雪の元へ駆け寄ろうとするが、敵の激しい攻撃に行く手を阻まれた。
甲板の3人を援護すべくコスモタイガーが必死に応戦する。

そんな中、雪は深く傷つきながらも懸命に床を這い、ドームに辿り着く。
そして身をよじって起き上がり、苦痛に喘ぎながら必死に故障箇所を探した。

(あった、ここ…だわ。)
回路の一部が断線している。
霞む目を凝らし、震える指先で懸命に断線箇所を繋ぐ。

(これ…で動く、はず!お願い!)
祈るような雪。

ゆっくりとドームが開いた

(よかっ…た。)
ほっとした雪は、がっくりと床に崩れ落ちた。

そこへ古代がレーザー掃射をかい潜り、なんとか雪の元へ滑り込んだ。

「大丈夫か!しっかりしろ!」
差し伸べられた古代の手を、雪はそっと払いのけた。
そして、出ない声を絞り出すようにして言った。

「何、してる…の、古代クンっ!行き……なさい、早く。
 あなた…は、艦長…なのよ!土門…クンと持ち場に戻っ……て――」

「な、何を言ってるんだ!雪!」
叫ぶ古代。

「そうですよ、班長っ!」
傍らで追いついた土門も悲痛な声を上げる。

「私が…好きでしたこと、よ……。
 私…なら、むし…ろ、望んでた結末になっ…て嬉しいくらい、なんだから。」

「雪……何を言っている?」
雪の言葉を理解しかねる古代。

「あなたを愛してる…から。」
雪は、そこまで必死で言うと、口許に僅かに微笑を浮かべた。




(4)


「大事、なんでしょ、彼…のこと。」

凍りついた表情の古代、そして土門。
雪は視線を古代から土門に移して、淋しげに言った。

「知ってたわ、とっくに。
 私がいる…ことで、あなた…達…が苦しんでいたこと…も、ね。」

雪の表情が苦痛に歪み、激しく咳き込んだ。
反射的に口許を抑えた掌から血が伝い落ちる。
大きく上下する両肩。
小刻みに震える身体。
彼女の背中は、手を触れるのも憚れるくらい、無惨に焼け爛れていた。
傷は恐らく内臓深くにまで及んでいるのだろう。

古代は狼狽した。
とにかく雪を抱きかかえる。
焼け焦げた服なのか、それとも彼女の皮膚なのか、ずるり、と何かが剥けるような嫌な感触が掌にあった。
苦痛に喘ぎながらも何か言おうとする雪。

「喋るな。喋るんじゃない!雪!」
声を震わせて古代が叫ぶ。

「しっかりしてくださいッ、班長ッ!早く佐渡先生のところへ――。」
土門も泣きながら雪の手を握り締める。

しかし、雪は二人の言葉を遮るように、小さく首を横に振った。
そして殆ど聞き取れないほど、掠れて小さな声で言葉を継ぐ。

「私…はもう、助からない、わ。
 それに――。
 これで…あなたは……。
 あなた…達は、私…から解放される。」

「何を言ってるんだ、雪……。
 俺は。俺は……。」

古代は、突如、深い自責の念に駆られた。
雪を傷つけた。
身も心も。
俺のせいで雪は――。




(5)


「もう、いい。いいのよ。古代、クン……。
 ハイドロ・コスモ…ジェン砲を撃つのは、あなた…の役目、でしょ?
 早く……戻って…地…球、を。そして無事、帰っ…たら――。
 土門クン…を支えてあげて、ね。」

雪はまず古代を見つめ、そして土門を見やって微笑んだ。
やさしく、穏やかな眼差し。

「土門…クン、古代クン…をよろしく、ね。頼んだ、わよ。」

土門は雪に何か言おうとしたが、唇が大きく震え、言葉にならない。

雪は再び古代に視線を戻した。

「あ…りがと、う。古代クン。私、あなた…と出会えて、本当…に幸せだっ…た。」
腕の中で、雪の身体が死に抗うかように小さく震える。
古代は彼女の手を取り、細い指に自分の指を絡ませた。

「死ぬんじゃない、雪!俺を、俺を置いていくな!」

古代の悲しげな姿に、ほんの少し瞳を翳らせて、懸命に言葉を継ぐ雪。
その声は、もはや囁くようにしか聞こえなくなった。

「雪……。」
古代は雪の唇に耳を寄せる。

「古代…クン。永遠にあなたを…愛、しているわ……。さ、よ…なら…私、のコダイ、スス…ム……」

雪は震えながら途切れ途切れにやっとそう告げると、瞳に焼きつけるように古代を見つめた。
万感の想いのこもった、熱い眼差し。

そして。
その口許に、ふと、やわらかな微笑みが浮かんだ。

古代は雪を、いまさらながらに、美しい――と思った。
胸が、かすかな痛みを伴って、とくん――と鳴った。
身体の奥から熱い想いが込み上げる。
ああ、やはり自分は雪を愛しているのだ、と思う。

それなのに俺は。
今まで何をしていたんだろう。
何故、彼女を苦しめるようなことばかりした?

湧き上がる激しい後悔の念。

「いやだ!死ぬんじゃない。死んじゃダメだ、ユキッ!しっかり、しっかりしろ、ユキッ!!」
彼女の細い身体を、がっ、とかき抱いて古代は何度も呼びかける。

しかし――。
雪は答えず、そのまま古代の胸に、こくん――と首を落とした。

「雪?ゆ…き?嘘……だろう?雪。どうしたんだ?どうしたっていうんだ、雪!?」

古代は、胸から雪の頭をそっと起こしてみる。
けれども雪は、その首をがくり、と力なく後ろへ仰け反らせた。
彼女はもう、息絶えていた。

「何故なんだ。どうしてこんなことに……。俺は、俺はキミを愛して――」

古代進は森雪という、ただひとり女性を永遠に失った。

「雪ッ!ユキーーーーッ!!」
古代は雪の身体を、ぎゅうっと抱きしめると悲痛な叫びを上げた。

その耳に飛び込んでくる、切迫した南部の声。
「艦長ッ!早く戻って下さい!デスラーがヤツらをなんとか抑えてくれている!今のうちに早くッ!早く戻ってハイドロ・コスモジェン砲を撃てッ!!」

「ドームは開いたんだろう!急げ!何をしているんだ、古代!」
真田の怒声。

ゆっくりと我に帰る古代。
甲板に降り立った佐渡とアナライザーの姿を認めると、古代は息絶えた雪を横たえ、すくっと立ち上がった。

「土門、雪を頼む。」
古代はギュッと唇を噛みしめ、駆け出した。




(6)


古代の放ったハイドロ・コスモジェン砲は、美しいプリズムのような光芒を放ちながら、太陽を抱き込んだ。
見守る一同の眼前に広がるその光は、犠牲となった尊い命の結晶のようにも見えた。

――目映い光の消失と共に、太陽は、再び命を育む光を取り戻したのである。




「これで、地球は救われましたね、艦長。雪の命と……引きかえにはなりましたけどね。」
艦長席の古代を振り返って、南部が痛烈な皮肉と共に言い放った。

瞬間、古代は、凍りついたような表情を見せたが、のろのろと蒼褪めた顔を上げて南部を見つめた。
負傷した足の治療を終えて戻って来ていた土門もまた、強張った表情のまま深くうなだれている。

「彼女、知ってたでしょう?艦長と土門とのこと。僕達も当然、知ってましたよ。」
相原は振り返りもせず、抑揚の無い声で呟くように言った。

「良かったな。これで障害がひとつ、無くなったわけだから。」

「太田、言葉が過ぎるぞ!」
太田もまた冷笑を浮かべ、きつい皮肉を込めて古代に言ったが、真田に厳しくたしなめられた。
しかし太田は、不服気に真田を睨んでみせる。

「知ってるとは思うけど、俺はフェミニストでね。彼女が苦悩する姿を見るのは、すごく辛かったですよ。彼女が何も知らないふりで努めて明るく振る舞っていたことに、艦長、あなたは気づいていましたか?」
南部は、冷ややかに訊ねた。

返す言葉も無く、ぼんやりと雪のいた索敵席を見つめる古代。
そしてやはり、うつむいたままの土門。
その両肩が小さく震えている。

「彼女、悩み苦しんだあげく、土門とのこと、全て受け入れた上で、あなたのことをやはり愛していこうとしていたんですよ。」
相原は眉を顰め、苦しそうに言う。

「雪のことだから、どっちにしても身を引くつもりだったんだろう。アイツは、惚れた男には惜しまず、身を削っていくような女だからな。なあ、艦長。雪はアンタのこと、いったい何度、命懸けで守ったかな?」
太田の言葉に、さらにきつい皮肉が込められる。

ブリッジの空気の重さに堪えきれなくなった土門は、ついに絶叫した。

「うわああああっ!俺のせいなんだ。みんな俺のせいだ!俺が、俺がつい艦長に依存してしまったのがいけないんだ!俺が未熟だから、俺が弱いから、こんなことになっちまったんだ!班長を傷つけてしまったのは俺だ!班長に、あんな無茶なことさせてしまったのは俺なんだ!全部、俺なんだ!だから艦長を、古代さんを責めないで下さい。」

古代もまた、たまらず頭を抱え込むと、低く嗚咽しながら髪をかきむしった。

「『古代さんを責めないで下さい」か。ケッ。胸糞悪くなるぜ!ずいぶんとまあ深く想われ慕われたもんだなあ。ホントにあんたは幸せな男だよ。なあ、古代。地球へ帰ったら、せいぜい土門と幸せになれよ。死んだ雪の分もなァ。」
口許を歪めて太田が吐き捨てるように言った。

「もう止めないか、太田。言いすぎだぞ。
 なあ、土門。誰も古代やおまえを責めたりはできん。これも仕方のないことなんだろう。人が心に想うことは誰にも止められやしないからな。」
見かねた島がなだめるように言った。
しかし、そうは言いつつ島は、必死で耐える雪の、悲しげな横顔を思い出すと、やはり胸が苦しい。

「島!相変わらず、おまえは優等生だな!古代が雪を裏切ったことには違いないんだ!土門はともかく、僕は、僕は、古代を許すことなんかできない!雪は傷心のまま死んでいったんだぞ?きっと淋しかった筈なんだ!古代から返される愛もなく、それでも愛して死んでいったんだ!
 古代!おまえは雪を心から愛していたと言えるのか?おまえ自身も悩んだと、苦しんだと言うかも知れないが、おまえは、おまえは、雪のことを土門と天秤にかけながら、傷つけ、裏切り続けて来たんだぞ!
 僕はおまえを許さない!絶対に許さない!」
普段、大人しい相原が、古代につかみかからんとする勢いで激昂した。

本当のところ、同じような思いだった島には、返す言葉もない。

そこへ助け舟を出すように真田が口を挟む。
「落ち着け、相原。おまえの気持ちはわかるが、しかし、島の言うことも正論には違いない。」

らしくないほど熱くなる相原に、南部が歩み寄り、その肩をなだめるようにポンポンと叩いた。
そして、彼とは対照的に、淡々とした口調で真田に切り返す。
「俺も相原と同じ気持ちですよ、真田さん。初航海の時は俺も、彼女に密かに想いを寄せてたクチでしたからね。しかしコイツなら、古代なら――と諦めた。むしろ俺は、島や相原や太田と一緒に二人の後押しをしてきたつもりです。真田さん、あなただって――そうでしょう?」

「む……ん。」
真田もまた言葉に詰まり、辛そうに下を向いた。

「俺は……俺は雪を愛していた。心から。信じてはもらえないと思うが。」

「そうか。ならば、改めて聞くが。」
南部の射抜くような眼光が、古代の虚ろな瞳を鋭く捉えた。
そして、その声は、まるで古代を裁こうとするかのように、低く重く響いた。

「おまえの雪への愛っていうのは、いったい、どういうものなんだ?」




(7)


「あまり追い詰めるな。」
南部の言葉に、凍りついたように立ち尽くす古代の背中を、真田が慰めるように叩いて言った。

「ここはもういい。行ってやれ、古代……。雪のところへ。」
古代が、ゆっくりと真田を振り返る。
真田は小さく微笑んで頷いた。
「きっと、待ってるぞ。」

真田に促され、古代は雪のいる医務室へと向かった。
がっくりと肩を落とし、背中を丸めて出て行く古代の背を、メインブリッジのクルー達は沈痛な面持ちで見送った。


重く沈んだ空気が流れる中、自席で力なくうなだれていた土門が、のろのろと顔を上げた。
そして、おずおずと口を開く。
「あの。聞いてもらっても……いいですか?」

土門に視線が集まり、再び張り詰め出す空気。

「艦長は……古代さんのことは俺の憧れであり目標です。ただそれだけです。
俺……。嬉しかったんです。ただ、ただ嬉しかったんです。古代さんに目をかけてもらったことが。いろいろ教えてもらって、何かと気にかけてもらって、ホントに嬉しかったんです。
だから、古代さんの期待に応えようって、必死に努力してきたつもりです。
もちろん……班長にも。
班長にも同じように大事にしてもらったし、いろいろなことを教えていただいて、そのおかげで頑張ってこれたのは事実です。
だから、班長には感謝してもしきれないほどでした……。
なのに、恩を仇で返すようなことになってしまって……。俺――」

「よせ!もういい。」
真田が止める。

「いえ。正直に言います。
艦長には……正直、恋愛にも似た感情はあったかも知れません。
艦長の…古代さんの傍にいられる班長を、古代さんを独占できる班長を、羨ましく、いえ、恨めしくさえ思ったこともありました。
艦長には常に俺の方を向いていて欲しかった。
でも、俺は――。
よくアタマを冷やして考えてみたら、俺は。

――子供だったんだと思います。

俺は艦長に、古代さんになりたかったんだと思います。
俺が古代さんになれる筈なんてないのに。
そんなこと、わかりきったことなのに。
俺は、あの人になりたかった。
あの人みたいな一人前の宇宙戦士に、あの人みたいな一人前の男になりたかったんだ――。」


「わっはっはっは。」
土門の言葉に、突然、島が吹き出した。




(8)


「笑ってすまない。が、土門!古代が一人前の男、だって?
 どこをどう見て、そう思ったんだ?
 いや、百歩譲って、古代が一人前の宇宙戦士だっていうのはいい。俺も認めるさ。むしろアイツは超一流の宇宙戦士だよ。
 だが、男としての古代は半人前もいいとこだ!男として手本にするなら、別のヤツにするんだな。」

島の言葉を理解できず、怪訝な面持ちでいる土門。

「そ、そうだな。ククッ。島の言うとおりだ。クックッ。古代のヤツが『男として半人前』ってのはホントだぜ?何しろアイツは――」
島の言葉を受けて、南部は笑っていたが、ふっ、と真顔になり、土門を真っ直ぐ、睨むように見据えた。
「惚れた女さえも幸せにしてやれんような男だからな。そんなヤツを手本になんかするな。」

「島さん、南部、さん……。」
呻く土門。

島が南部を押し退け、ガッと土門の胸倉を掴んだ。
「うっ、ぐっ!」

「いまさら、何言ってんだよ、おまえ……。」

「よさないか!島ッ!」
制する真田を無視して、常に沈着冷静だった島が、息も荒く肩を激しく上下させながら、もがく土門をギリギリと締め上げた。

「いまさら何言ってるんだよ?『憧れであり、目標だ』、だと?『ただ、それだけ』だと?ふざけるな!その言葉を死んじまった雪に言えってのか?言って安心しろとでも言うのか?え?
俺も、ついでに言っておくぜ、土門。俺はな、どんな時でも雪の味方だったんだよ。何しろ、彼女に最初に目をつけたのは他でもない、この俺だったんだからな。」
島は、そう言うと土門を突き飛ばすようにして解放した。

「うっ。」
足がもつれ、無様に尻餅をつく土門。

「言うじゃないか、島!」
つかつかと南部が歩み寄り、にやり、とする。

「うるさいッ!俺もおまえらと同じ気持ちだっつったろうが!」
島は南部を振り返りもせずに怒鳴ると、自席にどかっと座った。

「おまえも、いつまでも情けなく引っくり返ってないで、早く席に着け!馬鹿野郎!!」
南部は、土門を怒鳴りつける。

のろのろと立ち上がる土門。
顔を上げることができず、よろよろと歩いて、沈むように自席に着く。

(古代クンをよろしくね。頼んだわよ。)
ふと、土門の脳裏に、苦しい息の下で微笑む雪の姿が鮮明に浮かんだ。

「うわああああっ。」
突如、土門は叫んだ。
叫びながら髪を掻き毟り、そして大声で詫びた。泣きながら森雪に詫びた。
「すいません、班長。すいません。俺を、俺を許して……許して下さい。
俺、あなたがいなければ――と思った。古代さんを支える役目が、あなたではなく、俺であることを望んだ。
だけど、古代さんは俺といても、いつもどこか遠い目をしてた。それはきっと、あなたを想っていたからだ。だから俺は、あなたに嫉妬したんだ。
俺は、俺は、やっぱり……古代さんに対して、そういう気持ちがあったのかも知れない!!」

「やめろ!!」
土門の言葉を遮って、島がガタッと立ち上がった。
そして抑えていた激しい怒りをぶつける。

「黙れ、土門!俺は認めない!そんなこと、俺は絶対に認めないぞ!!それに、それに今さら、謝ったって、もう遅いんだ。何もかもが遅いんだよ!!俺は、俺はずっと雪の幸せを願ってきたんだ!なのに。それなのに!!土門、おまえ……これ以上、何か言ってみろ!俺は、俺はおまえに何をするかわからない!!」

土門の肩が、ビクンと跳ね上がる。
涙でぐしゃぐしゃの顔を島に向け、それでも、すいません、すいません、と繰り返す土門。

「クソッ!何やってんだ、俺は!こんなことしたって、こんなことしたって――。馬鹿か、俺は!!」
島は、湧き上がる激情を抑えるように、唇を噛み、ぎゅうっと操縦桿を握り締めた。

土門以外の、メインブリッジのスタッフは、皆、悲痛な面持ちで、島と主のいない索敵席を見つめた。

「馬鹿なのは、島、古代の方だよ。」
耐える島の姿を痛々しく見つめながら、やはり、やりきれない思いで南部は呟いた。



>>>>>> (9) へ続く…     

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