(19)


古代は複雑な想いに駆られながらも、一旦、ブリッジへ戻った。

重苦しい空気の中、古代は雪の意識が戻ったことを知らせた。

「そうか!それじゃあ雪は大丈夫なんだな?」
顔を綻ばせる島。

「安心はできないと思うが……。でも、話もしたし。何より雪自身が自分は大丈夫だと伝えろって言ったくらいだから、容態も少しずつ落ち着いていくと思う。」

「よかった。ホントによかった。」
相原も思わず涙ぐむ。

そして土門は。
人知れず、ほっ、としたように息をついた。

「古代。後は俺達に任せて雪についていてやれ。」
真田も嬉しそうに微笑むと古代の背中をポンポンと叩いて言った。

「しかし――」

「おまえはすぐそれだ。用があれば呼ぶ。こんな時くらい傍についていてやれ。たまには俺達にも甘えろ。」
真田が苦笑した。

「じゃあ、俺――」
古代に笑顔が戻る。

「行け!行って来い!」
南部も笑顔で言った。

「すまない。」
古代は駆け出した。




(20)


医務室へ続く廊下で古代は佐渡にぶつかった。

「うわっ!す、すいません。」

古代は、すぐに立ち上がると、仰向けに引っくり返っている佐渡を助け起こした。

「みんなが行って来い、って。それで俺、つい。あ、あの。雪は?」
古代は息を弾ませながら、やや照れ臭そうに訊ねた。

「会っても、話はできんぞ。」
佐渡は、のろのろと起き上がると、厳しい顔で言った。

小さくうなだれる古代。
「ああ、やっぱり……。やっぱり無理をさせてしまったんですね。つい、長く話し込んでしまって――」

しかし、佐渡は古代が言い終わらぬうちに、意外な言葉を吐いた。
「雪は……目を覚まさんよ。二度とな。」

「え?どういうことです?」
古代の顔が、にわかに強張る。

「雪はもう、目を覚まさんと言ったんじゃ……。」

「何を言ってるんですか、先生!冗談はやめてください。だって、さっきまで俺達は――」
古代は佐渡の言葉を信じなかった。

「たった、今じゃ……。たった今、息を引き取った。」
苦しそうにうつむき、声を震わせる佐渡。

「嘘だ!!」
佐渡の両腕を、がっ、と掴むと大声で叫ぶ古代!

「容態が急変したんじゃ……。おまえさんにも言っておいたはずじゃ。彼女の身体は五分五分じゃと。」
涙を堪え、真っ直ぐに見据える佐渡。

「そんな――」
古代の唇が、わなわなと震えた。

「これから、おまえのところへ伝えにいこうと出てきたところだったんじゃ。」
佐渡は肩を落として下を向いた。

「そんなことって……。」
呆然とする古代。

「雪は最期におまえの名を呼んだよ。まだ何か言いたかったのかも知れないが、ワシにはそれしか聞こえなんだ。ただ、雪は――」

「雪……は?」

「笑っておった。」

「馬鹿な。そんな、馬鹿な!!俺は雪には何も、まだ何も――」

「言いたいことがあるのなら、直接、あの娘に聞かせてやってくれ。のぅ、古代。」
佐渡は叫ぶ古代を遮って、ぼそりと言うと、そっと肩を叩いて中へ入るよう、促した。




(21)


部屋へ入ると――。
生命維持のための医療機器を、すべて外された雪が、眠るようにそこにいた。

「嘘だろう、雪……。
だってキミは……。地球へ帰って……元気になったら……医者になるって。友達のいるニューヨークに行くって言ってたじゃないか!」
古代は、ベッドに横たわる雪の上体を、そっと抱き起こすと、蒼白い頬に自分の頬を押し当てた。

まだ……温かい。

「返事、してくれないか?なあ。返事をしてくれ。なあ?なあ?ゆ…き?」


「土門のこと、気にしてるのかい?そのことなら……違うんだ。俺、わかったんだよ。俺にとっての土門は家族みたいなものなんだ。弟みたいなものなんだ。俺が好きなのは、愛しているのは――」


「誰でもない、君なんだ。君だけなんだ。

……ぐっ。今さら……今さら何言ってんだ、俺……。
君の想いに少しも応えてやったことがないのに……。

俺、甘えてたんだ。
君が俺のことを理解ってくれているんだ、って、甘えてた。

だけど……。

だけど、これから平和が訪れて、誰もが何の心配も不安もなく暮らしていける日が来たら、その時は……。
その時は、君のことだけを見て生きていこうって、思っていたんだ。

なのに。それなのに――」


古代は、いつか雪が、傷つき惑う自分を抱きしめながら言った言葉を思い出した。



私の魂は常にあなたと共にあるわ。
いつもそっと、あなたの魂に寄り添っているから。

だから……。
あなたの信じる道を生きなさい。

そしてどうか、どうか忘れずにいて。

あなたと共にその道を歩くことこそが、私とって何よりも幸福なのだということを……。




古代は、雪を抱き上げた。

もうすぐ地球だ、雪。
平和を取り戻したっていうのに。
俺にとっては、一番、辛い旅になってしまったよ。

ここは淋しすぎるよ。

みんなのところへ行こう?
みんな、君のことが大好きだったんだ。
みんな、君を大事に思ってくれていたんだ。

だから行こう。

俺達が出会った、あの旅でも。
地球を目前にして、君をこんな風に悲しい気持ちで抱いたっけ。
――ただ、あの時は。
あの時の君は、目を開けて微笑んでくれたけど。

君はもう、あの時みたいに目を覚ましてはくれないんだね。



古代は、雪を抱きかかえたまま、ブリッジに戻った。


佐渡から聞いていたのだろう。声もなく悲痛な顔で見守る一同。
ただひとり、土門だけが、がくり、と膝を突き、泣きじゃくっていた。

古代は艦長席ではなく、かつて戦闘班長として自分が指揮してきた、懐かしい場所へ腰を下ろす。
皆、黙ってその姿を見守った。


雪。
君ほど俺を理解してくれたひとはいない。
君ほど俺を愛してくれたひとはいない。

俺は君という存在に甘えていたのかも知れない。
決して失うことはないと、
どこかで思っていた。
いや、信じてた。

でも君は逝ってしまった。
最期まで俺を想って、ひっそり。

俺の魂もまた、君と共にある――と、どうして言えなかったのだろう。
いまさら悔やんでも仕方のないことだけれど。

君の魂に俺の声は、まだ届くのだろうか?

俺は君を愛しているよ。
誰よりも君を、愛しているよ。


古代は冷たくなってゆく雪に、何度も何度も頬擦りをしながら今一度、強く強くその身体を抱きしめた。




(22)


「艦長……。俺――」

何か話そうとする土門を、古代は静かに首を振って遮った。

「もう、何も言うな。いや、言わないでくれ。
すまなかったな……。
おまえが俺に、好意を持ってくれていることはわかっていた。だが、それほど深刻には捉えていなかった。俺は、おまえの気持ちを、ひどく曖昧に受け止めていたかも知れない。
俺にとってのおまえは、少なくとも恋愛感情を抱くような対象じゃない。
キツい言い方かも知れないが、本当のことだ。
俺は、おまえを大事に思っている。だが、それは……おまえが俺に抱いているような気持ちとは違う。雪に対する愛情とは違うんだ……。
俺は、おまえに、家族に抱くような愛情みたいなものを感じていたんだと思う。」

土門は、古代の言葉に小さく笑って頷いた。

「わかっていたような気がします。いえ、わかってました。
あれから少し、気持ちを整理して考えてみたんです。
古代さんのことは、本当に憧れでした。古代さんは、なりたい自分だったんです。
今さらなんだ、って言われるかもしれませんが……。」

古代は何も答えず、ただ黙って土門の言葉を聞いている。

「俺は……古代さんのことを心から尊敬しています。宇宙戦士として、人間として。
もちろん、雪さんのことも……。
確かに俺にとって古代さんは大事な存在です。
だけど――。
すべてを受け入れて、なんの見返りもなく微笑みを与え続けるなんてこと、俺にはできない。
それができるのは、雪さんだけだ。
あなたのことを本当に愛しているのは雪さんだけなんだ。
そのことが、よくわかったんです。」
土門は雪をじっと見つめた。
ただ眠っているようでさえある、安らかな横顔。
雪は、愛する古代の腕の中で、どこか幸せそうにも見え、土門は胸がしめつけられた。

「俺ね、少しだけですけど……。
無償の愛――っていうのが、なんなのか、わかったような気がします。
このひとが、雪さんが俺に遺してくれた笑顔が、その答えのように思うんです。
……その。いまさら、遅すぎるかも知れませんが。」

そう言って深くうなだれる土門の両肩が、突然、大きく震えた。
ぽたぽたと零れ落ちる涙。

「俺、俺、大事な何かを……失ってしまったような気がする。とても大事な何かを――」

古代は、ただ黙って、そんな土門を見つめていたが、やがて小さく微笑んで言った。
「土門……。おまえの存在が俺の支えになっていたことも事実だ。そのことについては心から礼を言うよ、ありがとう。」

「いえ。感謝しているのは俺の方です。古代さんだけでなく――雪さんや皆に。」

「――おまえが、本当に俺の弟だったら良かったと思うよ。」

「え?」

「いや。なんでもない。なんでもないんだ。」




(23)


「結局、おまえは雪を幸せにできなかったってワケだな。」
島は古代を振り返ると、掠れた声で、ぼそりと言った。

「でも……雪のヤツ、微笑ってるよな。」
島は淋しく微笑み、にわかに肩を大きく震わせると、ぽろり、と涙を零した。
後から後から涙は溢れ、島の頬を濡らした。

「おまえは……雪がどんな女か、全然、わかってなかった!!ちっともわかってやってなかった!!
雪は、おまえのためだけに生きた――って言っても過言じゃない。アイツは全身全霊を賭けて、おまえを支え、護ってきたんだ。
わかるか?
アイツはたぶん、そういう風に生きた自分を後悔してはいないだろうけどな……。
おまえの命を護ることができた――ってことだけに関して言えば、きっと満足だったんだろうぜ。
古代、ひとつ言っておく。
おまえ……この先、死に急いだりとかするなよ?雪を愛しているならな。
死に物狂いで生きろ。
彼女のこと、悔やんでるのなら、歯を食い縛って生きろ。
――生きることが、おまえに科せられた罰だ。忘れるなよ。」
嗚咽をこらえながら絞り出すようにそう言うと、島は自席に戻り、顔を覆った。

古代は何も答えず、ただ腕の中の雪の顔を見つめるだけだった。


南部は、古代と島のふたりを苦々しい表情で、じっと見つめていたが、ふと土門に歩み寄り、淡々と言い放った。
「おまえも死に急ぐなよ、土門。それに俺としては、雪の想いだけは忘れないでもらいたいね。」
土門は唇を噛みしめたまま小さく頷き、そっと古代を見やる。


――わかってる……。わかってるさ、島。
俺は……死んだりはしないさ。
俺は生きる。それが……雪の願いだからな。
雪のいない淋しさ、雪を幸福にできずに死なせた苦しさが俺への永遠の罰だから、俺は生きて……それを受ける。
雪がもういい、って俺を許してくれたなら、その時は――。

なあ、雪。それでいいだろう?


穏やかな顔で眠る雪の頬を、零れ落ちる古代の涙が濡らした。




(24)


地球は救われた――。
宇宙戦艦ヤマトは、過酷だったその使命を終えて間もなく帰還する。

しかし、艦長・古代進には。
この戦いの全てが今や無意味だった。
何故なら彼には――。
命懸けで守ったその星に、愛する人と共に降り立つことは叶わないのだから。

ふと、脳裏に去来する、愛する人の顔。
口許にやさしい微笑を浮かべて、静かに眠り続ける森雪の。

太陽が再び穏やかな微笑みで地球人類に希望を与えても、古代進ただひとりのために送られ続けていた微笑みはもう、帰らない。
彼の「希望」は、皮肉にも彼のために、その光を失った。

古代進の胸の中に残ったのは――。
彼の人生の中で最も大きくて深い、ただひたすら暗い悲しみに満ちた喪失感だけだった。







■■■ END ■■■






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