4.手紙
島大介が去り、再び家の中は静まり返ってしまった。
(これは現実なのだろうか。それとも夢なのだろうか。)
ふと、そんなことを思いながら、雪の父は大介から受け取った封筒を手に寝室へ向かった。
妻はショックで寝込んでしまっている。
ただただ泣くばかりで口も効かず、憔悴しきっていた。
雪の父親は、部屋の灯りを点けるのも忘れ、そんな妻を労わるように見つめた。
(私には…まだ信じられないんだよ。雪がいなくなったなんて、全然、信じられないんだ。だから……涙も出ない。なんだか夢を見ているようだよ。)
眠る妻の傍らに座り、呆けたようにぼんやりとしていた。
そしてどれくらい時間が経っただろうか。ふと思い出したように立ち上がると、封筒を片手に寝室を出て2階に足を運んだ。
娘の部屋の前で立ち止まる。
一瞬、入るのをためらったが、意を決したようにドアを開け、部屋に入った。
灯りを点ける。
静まりかえった主のいない部屋。
ぐるっと見回してみる。
机、ベッド、ぎっしりと本が並ぶ本棚……。使い勝手よく組み込まれたコンピュータとAVシステム。
娘の部屋は至ってシンプルで、いつもきちんと整えられていた。
ベッドには子供の頃から大事に持っていた、クマや犬やネコのぬいぐるみが、仲良く並んで座っている。
壁には大きなパネル―イスカンダルへの旅の後、ヤマトの前で仲間達と撮った記念写真だった。
そして机の上のフォトフレームには―。
古代進との写真が入っていた。それは幸せそうに微笑みながら、海辺で腕を組む、ありふれた恋人達の写真だった。
愛し合う二人は結婚目前だった。
それが。
「ごめんなさい。ヤマトに乗ります。」
よほど急いでいたのだろうか。たった一言だけの置手紙を残して、娘は忽然と姿を消してしまった。
それきり。
それきり戻らないとは。
あんなにウエディングドレスを着るのを楽しみにしていたのに。
あんなに恋人の帰る日を指折り数えながら、結婚式を待ち望んでいたのに。
あんなに愛する人との新しい生活に胸を膨らませていたのに。
「何故」という言葉が頭の中で渦巻き、雪の父親は床に崩折れた。
ふと、部屋の片隅に置かれたスーツケースが目にとまった。
遺品として大介から受け取ったものだった。
よろよろと立ち上がって荷物の前に座る。
開けてみた。
スーツケースの中は航海に必要な荷物が殆どだった。
その中に。
家族3人で写した懐かしい写真と古代進との幸せそうなツーショット写真が入った、コンパクトな皮製のフォトフレームが1つ。
そして封筒には先刻、島から受け取ったカルテ。
もう一度、出してはみたものの見るのも辛くて封筒にカルテを戻そうとした時、何かがパタッと床に落ちた。
1通の手紙だった。
雪から自分と妻宛ての。
ためらいがちに手紙を手に取り、しばし見つめた。
それから覚悟を決めて丁寧に封を切り、便箋を取り出す。
手紙を見るや否や、雪の父は大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。
苦しい息の下で、懸命に書いたのであろうか。
手紙の文字は細く、震えている。
そして―。
雪が流した涙の跡なのだろう。ところどころ文字が滲んでいた。
雪の父親は読みながら嗚咽した。そして床に泣き崩れた。
呻くような泣き声が、しんと静まりかえった部屋に、いつまでもいつまでも響いていた。