バレンタイン・嘆キッス?
<其の壱>
その日――。
古代進は、溜め息をつきながら浮かぬ顔で空を見上げ、神倉涼のマンションの前で佇んでいた。
ガッ――。
「うがっ!?な?な?」
突然、尻を蹴り上げられて、古代は前のめりに倒れかけた。
驚いて振り返ると……仁王立ちの神倉涼が!
「ったく……。お宅らの痴話喧嘩にヒトを巻き込まないで欲しいね!」
「なっ!?」
ワケがわからず、尻をさすりながら目を白黒させている古代。
「また、くだらん喧嘩したろ?」
涼は、すこぶる不機嫌であった。
「べ、別に喧嘩なんか……。」
「した!昨日、森雪がウチに転がり込んで来た!」
古代が言い終わらぬうちに、涼が声を張り上げる。
「う……。そうか……。やっぱキミんとこへ……。俺が雪との約束忘れて……仕事入れちゃったんだよ。けどさあ、それ、俺じゃないとできない仕事だったしさ。」
古代は力なくそう言って、しょんぼりとうなだれた。
「そんなこったろうと思ったわ!突然、ふらっとやって来たと思ったら『今日は飲むわよ!』とかなんとか宣言してさ。ヒトん家の冷蔵庫、勝手に開けて、ビール飲み出すんだよ。ま、毎度のことだし、私、仕事してたから、まあいいや――って放っといたら、あんた、何しでかしたと思う?『成金患者のたあサン』から貰った『幻の銘酒・楽天女』を飲んでやがったんだよっ!!迂闊だったよ、ワタシとしたことがっ!!」
「なっ?えっ?」
一気にまくしたてる涼に、ただただ呆気にとられる古代である。
「ほいでもって、げらげら笑いながら帰ってったんだよっ!あのオンナ、酒瓶ひっくり返したまま帰りやがってえ。おかげで中味がこぼれちゃって空っぽさあ〜〜。バカ嫁〜っ!バカ亭主っ!大バカ夫婦っ!酒返せ、酒ェ〜!!妻の不始末は亭主の不始末!!大体、妻のケアがなっとらんからいかんのだっ!!夫婦喧嘩の度にウチを荒らされる私の身になってみぃ!!バカヤローっ!!」
「す、すまん……。ほんっとにすまん!さ、酒は弁償するよ。」
平謝りの古代。
「売ってないの。売ってないんだよ、あれはっ!!『楽天女』は特殊ルートなんだよ!幻なんだよ〜〜っ!!」
唇を噛んで涙ぐむ涼。
「うっ……。ホントにスマン。で、オレ、どうしたら……?」
困り果て、すがるような古代に、涼は、ふっと黙り込んだ。
「身体で返せ……。」
真顔である。
「え?えっ?そっ、それは……ちょっと……。君とはそういう――」
顔を真っ赤にして、しどろもどろの古代。
涼は、はあ、と溜息をついた。
「……君は……バカかね?真に受けるんじゃねー!!」
「は?」
きょとんとする古代。
「いやいい。馬鹿馬鹿しくなってきた。」
頭を抑える涼。
「は?」
理解してない古代。
「類稀なるバカ野郎っつったんだよ、バカ野郎!!いい?この際、理不尽と思いつつも、森雪に頭を下げろ!じゃないと、ワタシが迷惑なんだよっ!すまないと本気で思うならそうしろ!バカ亭主!」
しかし、言われっぱなしの古代も、さすがにムッとした。
「……って、おまえ……。さっきからバカバカって……。言いすぎだろ!」
「あん?バカはバカだろ!!バカ亭主。」
しかし、既に鶏冠にきていて歯止めなんかきかない涼である。
「言い過ぎよ、涼ちゃん。」
「!」
背中で女の声がして、涼はへっ?――と振り返る!
(こ、この声は!!)
こっ、このナゾの女性の声は一体誰なのか――?
ナゾどころか誰もが誰なのかわかるだろうが、無理矢理、次回に続く。
……続くったら続く。