寂しき友へ 〜 Stand by me 〜


今年のクリスマスは、ひとりだ。
仕方のないこと――とわかってはいても、やっぱり淋しい。

先刻……。
「絶対に間違いなく帰れる。」と言っていた彼――古代進からの転送メールが入った。

『すまない。トラブルが起きてしまって、今、月基地で足止めだ。早い話、帰れなくなった。どう頑張っても無理みたいだ。トラブルっていっても、なんの心配もいらない。俺もスタッフもみんな元気だ。何より君とクリスマスを過ごせなくて、とても残念だよ。ホントにごめん。ごめんな。――― 進』

月で足止めか……。
こんな時に限って、待ち合わせ場所に早く来過ぎてしまった。
でも。だけど――。
何よ。連絡くれるの、遅すぎ。
……。
トラブル、か……。
よりによって、こんな日に起きちゃうなんて……。
ああ、バカ!何考えてんのよ、私。
大変なのは、古代君達なのに……。
大丈夫……かな、古代君。
クルーは何事もなく、みんな無事だからって言ってたけど。


(街がきれい……。)
煌びやかなイルミネーションと、恋人達の少しばかり浮かれた表情。
見ていると、ますます淋しさが募る。

彼も、同じように淋しく思ってくれてるかしら。
それとも。
忙しくて、それどころじゃないかしら。

雪は、ぼんやりと街灯りを見つめる。
なんだか、とても切なく、悲しくなってきてしまった。



「ちょほいとソコのお嬢さん。なにショボくれてんの?」
不意に、背中で声がして、雪は驚いて飛び上がった。

ドキドキしながら、ゆっくりと振り返る。
と――。
すらりと背の高い細身の女が、プラチナブロンドの髪を揺らして、にやりと笑った。

「よっ!」
悪戯っぽく揺れる、よく見知った翡翠の双眸。
「ふふん。相方がいなくて淋しい?」

「やっ!?なっ!?涼ちゃんじゃないの!!」

現れたのは。
友人である、神倉涼だった。

「クリスマス・イヴだっつうのに肩が落っこちてたよ、森雪。さては古代進のヤツ、仕事で戻れない、とか?」
涼は、小首を傾げて尋ねる。

「うん。そうなの。ほんとは今日、戻れるハズだったんだけど……。帰れなくなった――って、さっき……。」
雪は軽く唇を噛むようにして、小さくうつむいた。

「そっか。しょげてる理由は、やっぱしそういうことか。」
涼は苦笑したが、ふと何か思いついて、雪を見つめる。
「ってことはさあ。あんた今日、ヒマ……だよね?」

「え?ああ、悲しいことに予定はナシよ。」
ちょっと拗ねたような雪。

「ったく!あんたってホント、呆れるくらい、かわいいよねえ。」
涼は、目を剥いて溜め息をつく。

雪は、「だって……。」と口を尖らすと、恨めしそうに涼を睨んだ。

ますます、げんなり……とする涼だったが、気を取り直して、雪の肩をぽんぽん、と叩くと、にやり、と不敵な笑みを浮かべて言った。
「決めた!ワタシ今日、あんたンち、行くからね。」

「え?ええーーーっ!?」
思わず声を上げる雪。

「都合、悪い?」

「う、ううん。いいけど。どうせヒマだし。」
都合を尋ねておきながら、有無を言わせない涼の威圧感に、雪は首を縦に振った。

「そうこなくちゃね!」
涼は、嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。
「実はスパークリングワイン、いいの手に入れたんだよね。にひひひひ。ひとりで飲んでもつまらんからさ。そいつ引っ提げて遊びに行くよ。
ついでに、うまいモン、たんまり仕入れてくるから。待ってて?ほいじゃあ!」


********************


涼と別れて、1時間ほど経っただろうか。
雪の部屋のチャイムが軽やかに鳴って来訪者を知らせる。

赤いリボンのついたスパークリングワインを、ひょいと掲げてみせながら、神倉涼がモニターカメラに向かって、にっ、と笑った。
「ちょっとさあ。ひとりじゃキビシイから下まで来て荷物運ぶの、手伝ってくんない?」



エントランスまで降りていくと、どうやって仕入れてきたのか、クリスマス料理やらケーキやらの入った箱が積まれている。

「どうしたの?これ?」
雪は目を丸くして尋ねる。

「うはははは。コネクションさまサマなのだっ。」
涼は腰に手を当ててふんぞり返ると、得意げに言った。

「コネクション――て……。」

「南部のオボッチャマを最大限、利用させていただいた。わっはっは!!持つべきモノは気前のいい金持ちの友達、だな。うひひひひ。」

「涼ちゃん、あなたってコは……。」
雪は呆れた。

「ま、細かいことはいいから!早く支度して、おっ始めよう!」

かくしてイヴの夜は。
女ふたりのパーティーと相成った。



「いくよーっ。」
「いっちゃって下さあーいっ!」
「せえのっ!」
「待って、待って!やっぱり、コワイっ!」

しゅぽんっ!
スパークリングワインの栓がハデな音を立てて弾け、それに合わせてクラッカーの音が、パァン、と威勢良く鳴り響く。

「メリー・クリスマース!古代君のばかあーっ!ドタキャン、覚えてろーっ!」
「わははは!言ったれ、言ったれぇーいっ!メリー・クリスマぁーーースっ!
でもって、お疲れ、じぶぅーーーん、って……なんか寂しいぞーっ!わはははっ!」
雪と涼のふたりは、グラスを傾け合って、お互い何故かヤケクソのような乾杯。

「くーーーーっ!これ、うまいねえ!」
「ほんとー!!美味しい、これーっ!」

「さすが、成金たあさんだな!」
「これも患者さんからせしめたのぉ?」
「いや……。たあさんお気に入りの美人看護師、しぃちゃんからせしめました。なあんちって、実はあのジジイ、彼女にまんまと乗せられて3本、貢いできたんだよねー。なのでコレは、しぃちゃんからワタシに1本お裾分けってワケ。ま、お歳暮みたいなモン?わははは。」

「それにしても、すごいわねー。この料理。」
雪はテーブルいっぱいのクリスマス料理の数々に、溜め息をつきながら感心する。

「ふふん。そうでしょおッ?実は南部重工御用達のレストランのオヤジと親しくさせてもらっててさ。これ、特別に作ってもらったんだよ。ま、ホントのところ、賄いのモンとか余りモンもありなんだけどさ。うまいこと飾り直しゃ、ざっとこんなもん?あ、でも味は保証するよ。」
ビッ、と親指を立てて上機嫌な涼。

「でも、こんなに食べられないわよぉ。あ、ホントに美味しい。」
雪はオードブルをつつきながら満足そうに言う。

「ま、あんたはそうだろうね。しかしながら、胃下垂のワタシはそれなりに食えます。ほいじゃ、いただきまァーす、っと。」
涼は早速、ターキーレッグに手を伸ばす。
「うーっ。んまいっ!!イケますな、このタレの味!」

女ふたりきりでも、それなりに賑やかに時間は過ぎてゆく。
世間話やら愚痴やら、それに何より盛り上がる、決してオトコになんか聞かせられない、女同士の秘密の話……とか。

ひとりじゃなくてよかった――と、久しぶりに燥ぎながら雪は思った。



と。
突然、チャイムが鳴る。

「やだ。誰かな?」
せっかく盛り上がっているところを邪魔されて、ほろ酔いの雪は眉間に皺を寄せて立ち上がった。

モニターを覗き込む雪。

「!」
うつむいていた来訪者が顔を上げた瞬間、雪は息を呑んだ。



「ただいま。」

来訪者はなんと!
帰れない筈の古代進だった。
驚き、固まっている雪に、古代は頭を掻きながらモニター越しに、にっこりと微笑んだ。

「古代、クン……。おかえりなさい。」
しばし、呆然としていた雪だったが、「開けてくれない?」というゼスチャーをする古代に、ハッと我に返ってロックを解除すると、彼を招き入れる。

「どう……したの?帰るのは絶対に無理だって言ってたのに。」
まだ信じられない――と言った面持ちの雪。

「ウン、そうなんだ。絶対、無理だって思ってたんだけど、さ。基地のスタッフが頑張ってくれてさ。嘘みたいに、なんとかなっちゃったんだよ。だから、さ。
そのう……。待ち合わせの時間には間に合わなくて。ええと……。ごめんな、雪。」
古代は、すまなそうにうつむいた。

「ううん、いいの。だって、ちゃんと帰って来てくれたじゃない!何より古代君にナンにもなくて、よかった!」
雪は、ちょっと涙ぐみながら古代に抱きついていった。

「俺もだよ!」
古代も、そんな彼女を、ぎゅうっと抱きしめる。
相変わらず細くて頼りなさそうな、華奢な身体。

古代は、雪を胸からそっと話すと、彼女を見つめた。
雪も潤んだ瞳で、古代を見つめ返す。

「ユキ……。」
「古代、クン……。」


「こほんッ!」

「!!!」
「???」

玄関で熱い抱擁を交わし、今まさに唇が触れようとした、その刹那。
ふたりの耳に、突如、飛び込んで来た咳払い、ひとつ……。

「あっ!」
「なっ!?なんだ?」
我に返るふたり。

「あ、の。涼ちゃんが来てるの……。」
雪は顔を赤らめて言った。

「う……?」
固まる古代。
そう言えば、雪のではない靴が、玄関の隅っこにキチンと揃えられている。

お預け喰らって、残念そうに鼻の頭を掻く古代。
雪は、そんな彼を上目遣いに見ると、くすり、と笑った。

と。
「あんたらさ〜。いつまでイチャついてるかなあ……。」
再び、リビングから涼のどんよりとした声が低く響いた。

「あのね。実は……。古代君が帰って来れないっていうから……。彼女とふたりでパーティーやってたの。で、その……。ちょうど盛り上がってたところで――」

「そ、そうか。じゃあ――」
と言って古代は、バツが悪そうに頭を掻き掻きリビングを覗き込むと、テーブルに、虚脱しながら突っ伏している涼に向かって「俺もまぜてくんない?」と言った。

「やれやれ。彼氏のご帰還か。突っ立ってないで、まず手を洗え!でもって、うがいしろ。済んだら、とっとと座れ。」
涼は、古代に向かって司令官のように指図すると、飲みかけのグラスを、ぐいっと飲み干して空け、不敵に笑った。

「さて。真打も登場したことだし、第2ラウンドが始まる前に、あたしゃ、トイレに行ってスッキリしてくるとするかあ!」
涼は立ち上がると、古代に向かって、にやり、とした。



「涼ちゃん、遅いわね?」
「ウン。大っきい方かな?」
「バカ!何言ってんのよ!!」
「じゃあ――酔っ払って寝てるとか?」
「あの程度じゃ、あのコ、酔わないわよ。」


……。
……。

戻ってこない涼。

……。
……。


「やっぱり、いくらなんでも遅すぎるわよ!!」
「何やってんだ?アイツ。まさか、引っくり返ってないよな?やっぱり酔ってたんじゃないのか?いくら酒好きでも、その日のコンディションてもんもあるだろ?雪。見て来いよ。」
「う、ん……。」

雪がトイレの前に行くと――。
ドアに紙切れが貼り付いている。

「何、これ……。メモ?涼……ちゃん?やだ!古代君!古代君、ちょっと来て!」
雪が声を上げて古代を呼ぶ。

「どうした?」
慌てて駆け込んでくる古代。

雪が紙切れを古代の前にパッと差し出した。
「見て!これ、涼ちゃんが……。」

「なんなんだ、いったい……。」

「トイレのドアにメモが貼ってあったのよ。読むわね。
『バカップル!仲良くやんな。ワインと御馳走はプレゼントとして置いてってやる。』
――だって。やだ、あのコ……。」
雪の表情が曇る。

「あいつ……。つまんねえ気、利かせやがって。(だが、バカップルは余計だ!)」
古代は鼻の頭を掻きながら眉間に皺を寄せた。



一方。
森雪のマンションを出た涼は――。


(やれやれ。ひとり身には堪える寒さだなや。古い思い出とメリークリスマス――ってのもショボいけど、ま、それはそれで――。
さあて、と。腹いっぱいにはまだまだだし、ウチで鍋焼きうどんでも煮て食うかなあ。スパークリングワインはなくても酒なら腐るほどあるし。)

涼は景気をつけるように片足を振り上げた。

「あ?あああっ!!」

涼は、突如、大声を上げた。
足を離れてポーンと放物線を描いて飛んでいったソレは。
森雪のところのスリッパだった。

「何やってんだ、ワシぃ〜。」
半べそをかきつつ、けんけんと片足で跳びながら涼は、すっ飛んでいったスリッパを取りに行く。
「ぶえーくしょいっ、クソッ!寒いぞ、ばかやろー!!」

涼は、ずびっと鼻水を啜り上げると、もうヤケクソでスリッパをパタパタと鳴らせながら歩き出した。


パパァーンッ!

その背中で。
大きなクラクションの音。
びくっ、と振り返る涼の目に。
クルマの窓から顔出し、手を振っている古代と雪が――。

クルマはゆっくりと涼に幅寄せた。

「おいッ!ナンで帰っちまうんだよ、ヤブ医者。つまんない気、遣うんじゃねえっつうの。」
眉間に皺を寄せ、鼻の下をこすりながら、照れ臭そうに言う古代に、雪も大きく頷きながら言葉を継ぐ。

「そうよ。涼ちゃん。なんでこっそり帰っちゃったりするのよ!今回は古代君がお邪魔虫ナンだから帰ることなんてないのよ!大体において、せっかく女ふたりで盛り上がってたとこなのに!」

雪の言葉に、古代がちょっと不本意そうに口を尖らした。
「う……。もうちょっとなんか言い方ないのかよ、雪?」

「だって……。ホントのことだもん。」
雪が肩をすくめて、悪戯っぽく笑う。

「う……。(かわいい……。)ま、とにかくだ。これから改めて3人で盛り上がらないか?たまには賑やかにやろうぜ。」
にっこり、と笑ってみせる古代。

「そうよ。なんなら、泊まってかない?たまには女同士、飲んだくれようよ。」
「え……?」

すごい提案をして、やはり、にこやかに小首を傾げる雪。
雪の横顔を見つめたまま、さすがに固まっている古代。

「古代進……。森雪……。」

どうしたものか、と頬を掻いて戸惑っている涼に、ふたりは揃って大きく頷いて見せた。

「さあ!早く乗れよ。」
古代に促され、雪に背中を押されて、涼はクルマに乗り込む。



「それじゃあ、改めてクリスマスパーティの会場へ御案内だ!」
「ああっ!涼ちゃん、そのスリッパ――」
「う……。いや、これは。す、すまん。」
「ナンでウチにアナタの靴があるんだろうって不思議に思ってたけど、スリッパのまま出て来たのね?」
「う……。すまん。」
「ま、いいじゃん。俺なんか酔っ払うとよくあることだぜ?よおしっ!今年のクリスマス・イヴは、3人で飲み明かすぞ!」
「待って!その前にちょっと街へ出ない?行こうよ、古代君!せっかく外に出たんだし。クリスマスのイルミネーションを楽しみたいわ!」
「よしっ!今年はとことん、クリスマスを楽しむぞ!」
「ううむ……。なんか、すごいことになっちゃったなァ。」

3人を乗せたクルマは、降り注ぐ星空と煌くイルミネーションの溶け合う街に、吸い込まれるように消えていった。









Epilogueへ 続く





BACK