◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

***********************************************

Chapter 2
Messiah with the Jade Eyes


私はもっと彼女に甘えていいと思う。
彼女は君に、もっと頼って欲しいと思ってるんじゃないかな。

***********************************************




(1)


中央病院――。


手術室から出て来たのは、まだあどけなさを残す若い女医だった。
どこかで会ったような気がする。

――プラチナブロンドに翡翠の瞳。
すらりとしたモデルのような肢体。

誰だったろうか?
思い出せない。

女医は、口の端で、にやり――と笑い、やわらかな声で「久しぶりね、古代進。」と言った。

「あ!キミは……。思い出した!いつか検診で会った駆け出しの生意気な――」

「そう。その駆け出しの生意気なヤツ。正しくは神倉涼(かみくらすず)っていうんだけど。
二度目は英雄の丘で森雪と――だったよね。」
女医――神倉涼は、にっこりと笑った。

「そうか。あの時の、天才少女か。」
皮肉っぽい進の言い草に、涼は、わずかに瞳を翳らせた。

「で、雪は?雪はどうなったんだ?」

尋ねる進に、涼は即答せず、ただ真っ直ぐに見つめた。
何もかも見透かされそうな、澄んだ瞳。
後ろめたくて思わず目を逸らす進。

やれやれ――といった面持ちで涼は進から視線を外した。
そして窓の外に目をやったまま、穏やかに言った。

「手術はバッチリだから、もう心配ないよ。
今日は、このままここに置いて様子をみようと思う。部屋、移ったらまた連絡するからね。」

「そう、か。よかった・・・・・・。ほんとによかった。」
進は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。




(2)


労わるように進を見つめていた涼が、静かに告げる。
「そうそう。彼女の病名だけどね、胃穿孔だよ。」

「胃穿孔?」
ゆっくり顔を上げる進。
頷く涼。

「胃に穴開いちゃったわけ。ま、原因は強い精神的ストレスと過労だね。
フツーなら自覚症状が出てから来てもカンタンな治療、あるいは投薬しながら安静にしてもらえば治っちゃうんだけどね……。
でも、彼女の場合、しっかり腹膜炎起こしちゃってたんで切んないとダメだったわけ。
だいぶ前から症状はあった筈なのに、ずっとガマンしてたみたいだね。だから穴、開いちゃったんだよ。
開いちゃってからも堪えてたみたいでさ。相当、辛かったと思うよ。」
まず、そこまで説明した後、彼女は僅かに眉をひそめた。

「それはそうとさ。ナンも着てない森雪が運ばれてきたんで、あたしゃマジでブッ飛んだわな。
お宅ら、周りが呆れるほどの仲よしカップルって聞いてたからさあ。まあ、二人でどうヨロシクやろうと知ったこっちゃないんだけどさ。
でも、彼女の様子からいって、なんていうか、その……同意の上のこととは思えなかったんだよね。
あんた……何をしたの?」

「……。」
進は答えず、深くうなだれた。

「まあ……。彼女があんな風になっちゃったのには、アンタがしたらしいこと以外にも心当たりがあるんだけどさ。」
涼は、少し困った顔をして頭を掻いた。

「俺が……俺が悪いんだ。俺のせいでこんなことに――」

進は進で、様子がおかしいことに気がついて、涼は顔をしかめる。
(やれやれ。案外、古代進の方を診てどうにかしなきゃダメかも――。)

「ちょっとだけ時間があるから、2、3話聞かせてもらいたいんだけど――。
ここじゃなんだし。場所、変えよっか?」
涼は、言うなり廊下を足早に歩き出し、進は慌てて、その背を追いかけた。




(3)


誰もいない診察室に入ると、涼は椅子に座るよう進に促した。
進は座らず、壁にもたれた。

「普通なら1週間もいてもらえばいいんだけど……。彼女、過労でだいぶ参ってるみたいなんでね。ちょっと長めにいてもらうことになると思う。
あ、そんな心配しなくていいよ。ついでに骨休めをしてもらおうかな、ってのもあるからさ。」
そう言って、涼は古代に微笑みかけたが、彼は、ただうつむくだけだった。
ちょっと、困った表情で、肩をすくめる涼。

「ただね。根本的な原因を取り除いてやんないと、繰り返すよ。ね、何があったの?話せる範囲でいいからカンタンに教えて欲しいんだ。」
涼は穏かな表情で進を見つめた。
翡翠を埋め込んだような瞳が真っ直ぐに進の瞳を捉える。

進は、うつむいたまま掠れた声でぽつぽつと話し出す。
「兄貴と……姪のサーシャが死んで……やっぱり堪えた。」
「うん。」

「特にサーシャは……オレが殺したようなものなんだ。
何しろオレは、サーシャをあの星に置き去りにした上、デザリアムを葬っちまったんだからな。それで――」
「苦しんでたんだね。」

「……ずっとイヤな夢ばかり見ていた。辛くて……苦しくて……。
だから、ずっと……雪を俺の部屋に引きとめていたんだ。」
「うん。」

「アイツは何も言わずにずっと傍にいてくれた。俺の……どんな泣き言も黙って聞いてくれていた。俺が……どんなにひどいことをしても……黙って受け入れてくれたんだ。」
「うん。」

「俺の……どんなひどい仕打ちにも……雪は――」
「そう……。」

そこまで言うと、進は苦しげに頭を抱えて座り込む。
涼は労わるように進を見つめる。

「自分でもどうかしてる、ってわかってたんだ。でも、俺は自分を許すことができなくて――それで、雪を――」
「なるほどね。粗方、察しはついたけど。」

進は、ふっ、と顔を上げて涼を見つめた。
「キミは……雪の噂を……暗黒星団帝国の将校との噂を…知ってるんだろう?」

「まあ、ね。」
わずかに顔を曇らせて言葉を濁す涼。

「そのことで雪が辛い思いをしていることもわかってた。そんな中で仕事をしてきて……心も、身体も疲れ切っていることはわかってたんだ。
それなのにオレは、オレは雪を口汚く罵った。
歯止めがきかなくて……。これでもかって言うくらい、ヒドい言葉を浴びせて傷つけて、追い詰めた。
……オレのせいだ。オレの。雪にもしものことがあったら、オレは――」

「うん。いいよ、もう。大体、察しはついたから。彼女なら大丈夫。あんたも少し休まないとダメなんだ。むしろアンタこそ――」
言い終わらないうちに進の身体がグラリ、と傾きかけた。

「うわっ!!おっとっと!!」
慌ててその身体を受けとめると、進の身体をふらふらしながら担ぎ、ベッドに横たえた。

「参ったな。やっぱ、こっちの方が重症かも――」

涼は看護師を呼んで2、3指示を出して進を任せると、診察室を後にした。




(4)


「ありゃ。起きてたの?横になってりゃいいのに。」

「!」
目が覚めて。
ベッドの隅に腰掛けてボンヤリしていた進は、背後からの声にハッとなって振り向く。

涼が微笑んで立っていた。

「彼女、安定してるから安心してていいよ。明日にでも上の階の個室に移すからね。」
涼は憔悴しきっている進に、やさしい笑みを浮かべて言った。

「そう、か。良かった。」
進は、そう言って両手で顔を覆うと、深い吐息をついた。

「あ、でも彼女ねえ。覚醒するまで、もちっとかかると思うけど。どうする?このまま泊まってく?アンタもだいぶ参ってるみたいだし、手続き取っとくよ?」
涼が小首を傾げて尋ねる。

「いや……。俺がいても何ができるワケじゃないし。もうじき彼女の両親も来るだろうから。今日は……帰るよ。いろいろ、ありがとう。雪のこと、頼むよ。」

涼は答えず、進を真っ直ぐに見据えると、やや厳しい声で尋ねる。
「ねえ、古代進。あんた……このままでいいの?」

涼の言葉は、棘のように進の胸をちくりと刺した。

翡翠の瞳が、進を真っ直ぐ捉えて揺れる。
逃れるように逸らす。

「だから……なんだって言うんだ。関係ないだろう。キミに俺の気持ちなんかわかるもんか!」
吐き捨てるように言い放つ、進。

「そりゃまそうだ。でも私の患者を元のレツアクな環境におっぽり出すワケにもいかないんでね。」
涼は、そう言うと、小さな溜め息をついた。




(5)


「兄さんはともかく……。俺はサーシャを見殺しにしたも同然なんだよ……。」

「古代進……。」
見つめる涼。

「雪のことは……雪が苦しんでることはわかってる。わかってるが……。」
進はギリッと奥歯を噛みしめると、涼にくるり、と背を向けた。

「結局、甘えてンだよね、彼女に。
ったく!なあ〜にがヤマトの古代進だっつぅの。ただのガキじゃん。」
半ば呆れたような口調で呟く涼。

涼の言葉にカチン、ときた進は、思わず振り返った。
「ガキ!?俺がガキだって!?」

「じゃあ聞くけど、どうして欲しいわけ?」
涼は、まるで進を挑発でもするように、ふふん――と笑って訊く。

「そ、それは――」
言葉に詰まる進。

「アンタ、今まで惚れた女の何を見て来たの?彼女だって心身ともに傷ついて、それでもアンタが苦しんでるのを見ていられなくて、彼女こそ誰にも言えずにひとりで耐えてんのがワカンナイの?自分のことは放っぽっといて、アンタの苦しみや悲しみを少しでも引き受けようとしてんだよ!!わかる?」

進は返す言葉もなく、うなだれた。
しかし、涼は容赦なく言葉を継ぐ。

「彼女だってね、今度の戦いじゃあ、いろいろあったんだと思うよ!!
アンタ、さっきから俺のことがわかるのかって聞くけどさ、ああいう噂立てられちゃうってのが、女にとってどれだけ辛いことかアンタにはわかんの?
自分だけ不幸のどん底みたいな顔してんじゃないっつの!!森雪はねえ、アンタの人形じゃ――」

「やめないか、涼!」

不意にドアが開き、涼を遮って誰かが叫んだ。

「川原先生!」
涼が、ハッとなって振り返る。

「どうしたんだ?おまえにしては、えらく感情的じゃないか。」

「だって、先生っ!いえ、申し訳ありませんでした……。少し、個人的な感情にとらわれすぎました。
ごめん。ごめんね、古代進。私、どうかしてた。医者、失格だね。あんたの今の状態も考えずに……ホントにごめん。」
涼はうなだれて深く謝罪すると、進から顔を背けるようにして、その場を去った。

「すまなかったね、古代君。」
涼を止めた初老の医師が近づいてきて、やわらかく微笑んだ。

「アイツ、いつもは至って冷静なんだがな……。」




(6)


「あなたは?」
おずおずと尋ねる進。

「川原といいます。神倉涼の親代わりってとこでしょうかね、私は。
神倉のこと、悪く思わんで下さい。あの娘も身内を失ってましてね。ああ見えて天涯孤独の身なんですよ。」

「え?」
進は、目を丸くした。

「彼女の父親は、今度の……暗黒星団帝国の侵略の折に死んでいます。最も、彼女は長いこと父親と暮らしてはいませんでしたがね。」

「はあ……。しかし、どうして?」

「あの子は……父親の愛人の娘でしたから。」

「あ……。」
言葉が続かない進。

「やはり天才的な外科医だった母親は、あの娘が7つの時に死んでいます。自殺でした。幼い涼を虐待した罪で捕まりましてね。何しろ、発見された時、涼は餓死寸前だったそうですから。」

「餓死……寸前?」

「ええ。母親の方は精神を病んでいるということがわかり、更正施設に送られたそうです。そこから出て間もなく……罪の意識からなのでしょうかね、本当の所は私には分かりませんが。
……服毒自殺したそうです。涼は一時、父親の元にいたらしいですがね。愛人の娘ということで、家族との折り合いが悪かったようだ。それであの子は児童保護施設に引き取られて、そこで育ったんですよ。」

「そう……だったんですか。」
進は、うつむいた。

「その施設もガミラスの遊星爆弾でやられてしまいましてね。瀕死の状態で倒れていたところを、あなたのお仲間だった、加藤君と山本君が助けたんですよ。」

「加藤と山本が?そうか。それであの時――」

以前、進は英雄の丘で涼と会ったことがあった。
彼女が立ち去った後、仲間達の墓標を訪ねたのだが、その時、加藤と山本に花が手向けられていた。
――そうか。あれは雪の言ったとおり、彼女が手向けたものだったのだ。

「その時の涼の担当医が私でしてね。彼女が医者を目指していたということもあって、以来、ずっと気にかけてきたんですよ。
まあでも、あの時は私の力というより、加藤君と山本君のおかげで元気を取り戻したようなもので。だから彼らが亡くなったと知った時は、そりゃもう、深く落ち込んでいた様子でしたが、なんとか立ち直ったんですよ。」

「知らなかった……。」

「それにね。今度の戦いでは、彼女が好きになった男も死にましてね。
最も彼はもう、別の女性と結婚していましたが。皮肉にも彼の奥さんがあの娘に、夫を助けろ――と言ってきた。涼は瀕死のかつての恋人を懸命に手当てしたんだが……。時既に遅く、助けることはできなかった。奥さん、涼を責めましてね。」

「そんな……。」

「泣いている奥さんを見ながら、『泣きたいのは私のほうだ』と言って、あの娘は耐えていた。
今度のことに限らず、あの娘は……。涼は……。
それこそ多くの不幸に見舞われてきた。生まれた時から恐らくいくつもの悲しみや苦しみを背負ってきたんじゃないかと思う。だが、あの娘はそれを、ことごとく乗り越えてしまった。本当に強い娘だ……。
あんなヤツだが、涼はね。失うことの悲しみや辛さ、痛みは、充分すぎるほど知っている。」

進は言葉もなく、ただ黙って川原の話を聞いていた。

「アイツだけじゃない。森君もだよ、古代君。」

進は川原の言葉に、ハッと顔を上げると、その横顔を見つめた。

「森君はね。涼の言うようにキミの痛みを自分のこととして感じていると、私も思うよ。
それに気丈に振る舞ってはいるが、例の噂には、かなり堪えているんじゃないかな。私は彼女と異星人将校との間には何もなかったと思う。仮に……何かあったとしたらその時は、彼女のことだ。きっと命と引き替えるくらいのことをしていたと思うがね。」
川原は、穏やかな声でそう語ると、小さく微笑んだ。

「……。」
しかし進は、そんな川原の言葉にどう答えていいのかわからずにいた。

――彼女はきっと命と引き替えるくらいのことをしていた。
川原の言葉が、進を打ちのめす。

「森君のことはキミが一番よくわかっているんじゃないかね。それとも、キミも、あの面白尽くの噂を信じているのかい?」

「それは……。ああ。俺、俺は――」
進は、改めて彼女を深く傷つけてしまったことを、深く激しく後悔した。

「涼は甘えるな――と言ったが、私はもっと彼女に甘えていいと思う。彼女は君に、もっと頼って欲しいと思ってるんじゃないかな。例の……口さがない噂のことは、それは辛いだろうが、君さえしっかり受けとめてやれば、軽々と乗り越えちまうさ。そういう娘だよ、森君は。」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








Chapter 1          CONTENTS          Chapter 3