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Chapter 3
Broken Angel
でも、やっぱり、あんたは強いよ。
そもそも落ち込んでた私が立ち直るきっかけになったのは、あんただしね。
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(1)
夢を見ていた。
何度も何度も見た、嫌な夢。
指先から温もりが消えて。
風を切りながら身体が堕ちて行く。
どこまでも、どこまでも――。
ふっ、と意識が遠くなりかけた時。
悲痛な叫びが耳に響いた。
はっ、と目を開けると冷たい床が、すぐそこまで迫っていた。
思わず頭を庇った次の瞬間、ぐしゃり――と肩から堕ちた。
骨が砕けた。
衝撃で恐らく肋骨も折れただろう。そしてそれは肺を傷つけている。
この息苦しさ、間違いない。
激痛は、意識を遠ざけてはくれなかった。
肩の銃創からの出血も止まってはいない。
駄目……かも知れない。
もう――。
ううん、いやだ。
このまま死ぬなんて!
(古代クン、…会えるわよね。必ず、会えるわよね。私、信じてる!)
カツン、カツン――と足音が近づいてくる。
それが何を意味するか、分かっていた。
身体を動かそうにも、わずかに手の指先が動くだけ。
足音が止んで、霞む視界に敵兵の靴がぼんやりと映った。
殺される――と思った。
黒い影が伸びる。
そこで。
現実に引き戻される。
しかし、まだ目を開けることなく、雪は夢の世界を引きずっていた。
――まただ。リアルな嫌な夢。
あの日をただ繰り返す嫌な夢。
それでも、ほっと安堵の息をつく。
これはもう、過ぎた日のことだ……。
ことり――と物音がして。
ゆっくりと目を開ける。
(……。ここは?)
(病院?どうして――?)
雪は完全に覚醒した。
(2)
ゆっくりと首を巡らす。
「あ?目が覚めた?さすがは宇宙戦士だね。起きるの早いや。」
白衣を着た少女が、にっこり笑って振り返った。
女の子……?
でも、白、衣……?
医者、なの?
少女は、プラチナブロンドの髪を小さく揺らしながら足早に近づき、雪を覗き込む。
「覚えてる?ワタシ。」
明るい翡翠の瞳が、おだやかに雪を見つめた。
雪は、分厚い記憶の頁めくりながら、しばし考えていたが、そう遠くないひとつの記憶に辿り着いた。
――ハッとして涼を見上げる。
「……あ!英雄の丘の?」
「そう!そのワタシ。あん時ゃ、脳天蹴飛ばした上にケツで踏んづけてくれて、どうも有り難う。おかげでスッパリ、目が覚めたよ。」
にやり、として見せる女医。
――そうだ。英雄の丘の一角で昼寝をしていた彼女に気づかずに、うっかり頭に躓いちゃって……。バランス崩して、そのまま彼女の顔に尻餅をついてしまったことがあったっけ……。
雪は、思わず笑いかけて、傷の痛みに顔をしかめた。
「あ、ごめんね!笑わしてしもた。申し訳ない。
ええっと。あんた、なんでココにいるかわかってる?」
「なんで……って。」
「覚えてない?」
一転、真顔の女医が見つめる。
「ああ……。ここ、のせいよね。顕著な自覚症状あったのを、放置したから……。」
雪は、その瞳をわずかに翳らせると、バツが悪そうに自分の胃のあたりに親指を向けて指し示した。
「わかってんならいいや。ま、そういうことだから。
あ、ちなみに若輩ながらワタシがあなたの主治医ンなってます。執刀もワタシです。
そうそう、名前、言ってなかったよね?ワタシ、『かみくらすず』ね。
さあてと。ぼちぼちメシの時間だな。アンタは、もうしばらく寝といてね。なんかあったら呼んで。ほいじゃ。」
涼は、ひらひら手を振りながら病室を出て行った。
(たしかまだ、あのコ、17、8くらいだったと思うけど――)
雪は、やたらに元気のいい涼に呆気に取られたが、むしろ、彼女の明るさに救われる気がした。
(3)
薬のお陰なのか痛みは、殆どなかった。
でも。
やはり体中がだるい。
それに、ひどく眠い。
悪夢から泳ぎ出て、せっかく目覚めたと思ったのに……。
眼を閉じまい、と頑張っても、瞼がどうにも重い。
ずるずると、また闇の中へ引きずり込まれていきそうになる。
眠りたくないのに。
眠るとまた辛い夢を見てしまうかも知れないのに……。
がくん、と何処かに身体が落ち込んだ気がした。
……。
……。
ここは……。
瓦礫の山。
ごうごうと燃え盛る都市。
累々と横たわる死体。
黒い影を落とし、人も街も焼き尽くす見知らぬ兵器。
敢え無く散ってゆく戦闘機、戦車。
そして同胞達。
得体の知れない、薄暗いヴィジョンが雪を再び恐怖に陥れようとする。
激しい銃撃。
交錯する光線。
仲間達の背中。
上昇する高速艇。
差し伸べられた手。
空を掴む掌。
冷たい床。
広がってゆく赤い血。
投げ出された動かない腕。
足音。
見知らぬ寒々しい部屋の片隅。
規則的な機械音。
誰かの視線。
――ああ、まただ。
私は、またあの厭な夢の中へ落とされたのだ。
雪は逃れようと必死に抗う。
――誰か、誰か助けて。
私をひとりにしないで。
ここにいるのは、イヤなの!
誰か出して!
古代君、古代君、助けて!
古代君?
古代君はどこ?
どこにいるの?
―ーその男なら死んだ。
死んだんだよ。
誰?誰なの?
どうしてそんなことを言うの?
そんなの、嘘に決まってる!
古代君は死んでない。
死んでなんかいない。
古代君が死ぬはずがない。
夢と現の境を彷徨っていた雪だったが、ついに彼女の意識は抗うことができず、眠りの中へ呑み込まれていった。
(4)
雪は、未だ浅い眠りの中を彷徨っていた。
不安と絶望の中で、光を求め、手探りで闇の中を這い回る。
闇は執拗にまとわりつき、呑み込もうとしてくるが、雪の手は、それでも何かを掴もうと前へ前へと差し出される。
ひとりぽっちで残されて。
しかも敵中に捕虜として。
それでも自分は傷を負いつつも生きていた。
愛する人と、大切な仲間達の命は失われたというのに。
自分は生きている。
古代君は。
みんなは死んでしまったのだという。
命懸けで送り出したのに何故……。
信じたくなどない事実。
事実?
敵の言う言葉など、信じるものか。
あの人は生きている。そして、みんなも生きている。
死んでしまうはずがない。
呪文のように唱えては、何度も自分に言い聞かせた。
けれど、そんな想いも願いも、日々を重ねる毎に揺らいでゆく。
愛する人の、仲間達の行方は、杳として知れない。
彼がいないのなら、私には生きる甲斐など、ない。
でも……。
こうして生きながらえた命には、何か意味があるのかも知れない。
何もせず、すべて終わりにしてしまう――というのも本意ではない。
絶望と恐怖、不安と焦燥の渦巻く中で、1秒とて心安らぐ時のなかった……生と死の葛藤の日々。
そして、その果てに。
辿り着き、決意した、ひとつの道。
あの人は。
絶望し、悲嘆に暮れて何もせずに果てるような女なんて、きっと好きじゃない。
彼なら――。
どんな時でも、自分にできることをきっと探し出すだろう。
あの人は自分のことなど省みずに、いつだって命懸けで誰かを助けようと願う。
彼の望むことを、彼が願うことを私がすればいい。
私が望むこと、願うこともまた、きっと彼と同じはず。
今の私にできることは……ただ、ひとつ。
地球を救うために、私にできることがあるとすれば。
それは……ひとつだけ。
アルフォン少尉は、自分に想いを寄せている。
けれど彼が、どんなに私を愛してくれていても、私に応えられるはずもなく。
だからといって、純粋な彼の想いと情熱を踏みにじるのは……。
それは、とても辛く耐え難いことであり、生涯、私を苛むことだろう。
しかも、私がやろうとしていることは。
何より愛する人への背徳となろう行為。
それは。
地獄があるとするならば、そこに自ら身を投げるような、そんな選択。
恐らく誰にも理解されないだろうこと。
私は永遠に救われることなく、苦しみ続けるしかない。
でも。
それでも私は。
彼の心を利用させてもらう。
あの人からの愛と引きかえてでも。
私は。
私は敢えて非情になる。
あなたが生きていても、もしかしたらもう、この世にいなくても。
私にできることは、もう、これだけ。
これだけしか、ない。
愛しているわ、古代君。
もしも、あなたが生きていてくれて。
私の行為を裏切りと思ったとしても。
誰ひとり、認めてなどくれなくても。
それでも私は――。
あなたを誰よりも愛している――という真実だけを。
それだけを支えにするわ。
たとえ、返される愛を失ったとしても。
あなたへの想いがある限り、終わりじゃない。
愛しているわ。
私は、あなたを愛しているわ、古代進。
(5)
食堂で昼食を摂り、ひと休みして。
外来に向かう途中、涼は、待合室から病棟へ続く廊下の隅で、肩を落とし、ぽつんと佇む古代進の姿を見つけた。
涼は、やれやれ、と溜め息をつきながら駆け寄ると、彼に声をかけた。
「コダイススム!!」
「あ、あんた――。」
ハッと顔を上げる進。
「あの、昨日はごめん。ワタシ、つい――」
「いや。俺の方こそ、すまなかった……。」
進は、頭を下げると、涼の言葉を遮って謝った。
「へ?別に謝られるようなことをされた覚えはないけど?」
きょとん、とする涼。
「キミも……その……。ひとりだって……。川原先生から……。」
進が、ぼそぼそと言う。
「喋りやがったな!!あのクソオヤジ!!」
涼は、腰に手を当てて眉間に皺を寄せると、上目遣いに何処かを睨んで毒づいた。
「キミも俺と同じ――」
「同じ――じゃないね。少なくとも古代進、あなたは愛されて育ったんじゃないの?」
涼は、進が言い終わらないうちに遮って、逆に訊ねる。
「え?」
「それに私は……自分をひとりだとは思ってないし。」
「か、神、倉……先、生。」
何をどう答えていいかわからず、口篭る進に、涼は苦笑して助け舟を出した。
「ったく。先生なんて呼びたくもないくせに。ま、ワタシも呼ばれたかないけどさ。
涼でいいから。」
「いや、別に俺はそこまで……。」
進は、つられるように思わず苦笑する。
それを見て、涼も微笑み返す。
「そんなことよりさ。さっき彼女、目、覚ましたよ。
意識、しっかりしてたし、経過も順調なんで問題はないからご安心を。」
「そうか。よかった。」
進は顔を綻ばせた。
「しかし、森雪ってさあ、ホントにアンタのことが好きなのねえ。眠っててもさぁ、ずっとアンタのことばかり気にしてンだもん。
呼んでたよ、名前。ずっとね。
参ったよ。なんだか痛々しくてさ。それで、ついあの時……。」
「そう……か。すまない。」
進は下を向く。
「で、その。アンタはどうなの?惚れてるんでしょ?心底。」
進を見つめ、にやりとして訊ねる涼。
「俺は……。」
進は涼の顔色を伺いつつ、また口篭る。
「おいおい……。即答しろよ、即答!」
涼は半ば呆れ、苦笑しながら肩をすくめた。
「あんた……。」
進は、ついに吹き出した。
「敵わないな。ああ。好きさ。雪のことは誰よりも大切に思ってるさ。」
「へいへい。そうでしょうとも。でもまあ、それをワタシにじゃなく、直接、本人に言ってやりなよね。のろけられても、あたしゃ、ムカッ腹が立つだけだから。」
そう言って再び、にやり、と笑う涼に、進はバツが悪そうに頭を掻いた。
――ふふん。笑えるじゃないか、コダイススム。
涼は、進の様子に、少しばかり安心した。
「会ってく?薬で寝てるけど。」
――っていうか、寝てるから会わせてやるんだけどさ。
(6)
眠っている雪。
薬のせいなのか、その眠りは深いようだった。
進は、黙って雪を見つめている。
そしてその背を、涼が労わるように見つめる。
「雪、痩せちまったな。俺のせい……だよな。」
呟く進が痛々しい。
涼は歩み寄って、ぱしっ、とひとつ、励ますように背中を叩いた。
「あんたに原因がないとは言わないけどね、それだけじゃないよ。
穿孔そのものっていうよりね。彼女の身体、滅法、くたびれちゃってるんだよ。
彼女のカルテ見せてもらったけど、今回に限らず、彼女、常にオーバーワーク気味だったみたい。聞いた話によると、彼女、器用になんでもこなしちゃうから兼任してる仕事、なんだか、いっぱいあるんだってね。」
涼は雪の髪と布団を直してやりながら、溜め息混じりに言った。
「ああ。今度のことじゃ、民間だけじゃなく軍人も多勢、死んだからな……。後始末やら何やら、雪もものすごく多忙だったらしい。」
掠れた声の進。
「うん。彼女に限らず、過労で倒れンのが、かなりいるしね。
軍はモチロン、どこもかしこも、みんな慢性的に疲れて切ってるにもかかわらず、動かないわけにいかない状態だから。
ウチのところに限らず、病院のベッドは、病人と怪我人でどこもいっぱいだよ。
しかし、よくもこう、立て続けに危ない異星人がお出ましになってくれるよね。
おかげで地球人口は更に激減だし、なんぼコスモクリーナーが働いてくれたとはいえ、未曾有の放射能汚染が原因で、やっぱり出生率も低いときてる。参っちゃうね。
斯く言う私も子供を産める確率は数パーセントだっていうしさ、ってその前に相手がいないか。わはははは。
でもさ。頑張ってるよ。地球人類は。」
そんな話をしながら元気づけるように涼が笑いかける。
しかし、当の進はそれに気づかず、切なそうな表情で雪を見つめていた。
「俺……。なんであんなに雪のことを責めちまったんだろう。
なんにも気にならないって言ったら嘘になるけど、でも俺は……例の将校のことをどうこう言うつもりなんて、なかったんだ。
ただ……。ただ、どうにもやりきれなくて……。行き場のない気持ちを雪にぶつけることで、やり過ごそうとしてたのかも知れない。
そんなことしたって、なおさら苦しくなるだけなのに……。俺は……俺は馬鹿だ!!」
進は両の拳をぎゅっと握り締め、肩を震わせた。
――嫌な夢でも見ているのだろうか。
――それとも身体が辛いのだろうか。
眠っている雪が、わずかにその顔を歪ませた。
進は、そんな雪を労わるように見つめて、更にその髪を撫でようと手を伸ばしかけた。
が、ふとためらって、引っ込める。
「やっぱり俺……。雪に会わせる顔がないよ。」
肩を落とし、背中を丸めて、しょんぼりと呟く進。
――やっぱ、まだダメか。そりゃそうだよな。
長期戦、か。
涼は、部屋を出て行く進の、やつれきった背中を見送りながら、深い溜め息をついた。
(7)
かすかな物音。
仄暗いヴィジョンが、ぷつっと途切れて、雪は目覚めた。
――また、夢を見ていたのか……。
ふと、人の気配を感じて、首を巡らす。
白い服の人物に、ゆっくりと焦点が合っていく。
見覚えのある背中。
――あ……。
神倉涼。自分の担当医。
「先生……。」
モニターのデータチェックをしていた涼の背に、雪が声を掛ける。
「あ、起きた?気分、どう?」
涼が、プラチナブロンドの髪を揺らして、にこやかに振り返った。
「ええ。なんだか最初は、厭な夢ばかり見てたんだけど……。
でも、久しぶりに、たくさん寝たからかな。身体の方は、ちょっと楽になった気もします……。」
顔色こそ悪いが、雪の声はしっかりしていた。
「そりゃ良かった!」
涼は、にやっと笑うとモニターを指先で突っつきながら言った。
「見ての通り、術後の経過に問題はないし、思ったより回復が早いんで安心したよ。まあ、通常ならもう2、3日いてもらって、後は通院でもいいんだけどね。
でも、あんたの場合、あちこち、だいぶくたびれてたから、嫌かも知れないけど、もう少々いてもらうからね。ここでキッチリ治してから帰ってもらう。出してすぐ戻ってこられてもなんだしね。」
「はい……。それで、あの……。」
微笑んでいた雪が、ふっと顔を曇らせ、おずおずと訊ねる。
「古代進のこと?」
涼はベッド脇に歩み寄ると、小首を傾げて言った。
「ええ……。彼、どうしているか、わかりますか?」
雪は、遠慮がちに涼を見つめると、小さな声で訊く。
「あはは。寝ても覚めても気になるのは、古代進のことばかりか。」
涼は、そんな雪の様子に声を上げて笑った。
「大丈夫だよ、彼なら。
そうね。あんたを傷つけちゃったこと、後悔してた。」
「そう、ですか。でも彼のことだから、私がこんなことになってしまって、なおさら深く自分を責めて傷ついてしまってるんじゃないかと思って。
彼、何度も何度も自分を傷つけ返して、行き場まで失って……。なのに、私は何もしてあげられなかったから。
私自身、疲れてしまってて……。いろいろ、忙しかったし……。だから、精神的に余裕がなくなってしまって、それで、古代君を受け止めてあげられなかった。それで――」
「おっと、そこまで。
なんていうか……。彼ね、ああいうカタチではあるけれど、あれで思いっきり、あんたに甘えてるんじゃないかと思うんだよね。あんたにだからストレートに感情をぶつけられたんじゃないかって。だから、あんたが傍にいるだけで、彼はやっぱり救われているんだよ。」
涼は、今にも泣き出しそうな雪の言葉を制して、そう言うと、やさしく微笑んだ。
(8)
雪は、涼の言葉に頷きつつも、目に涙を浮かべたまま、やはり己を責めている風である。
涼は、やれやれ――と、苦笑しつつ、励ますように言った。
「だからさ、落ち込んでなんかいらんないぞ、森雪。っていうことはだよ。アイツの面倒は、あんたじゃなきゃ見られないってことでしょ?」
にっ、と笑う涼。
ハッとする雪。
「……あの男、意地張ってるけど、ホントは、あんたに抱きしめてもらいたくってしょうがないんだから。
それに……彼、あのことであんたを責めてるわけじゃないんだよ。」
雪は涙を拭いながら涼の言葉に小さく頷くと、淋しく微笑んだ。
「ええ……。わかってる。古代君の気持ち……。
例の……噂のことは、あなたも知っているのよね。
あれ、ね。
ハイペロン爆弾の秘密と私が彼を受け入れることが交換条件だったの……。
だから古代君を裏切ってしまっていたかも知れないのは本当なの。そもそも私は捕虜だったわけだしね。たまたま彼が私を大事に扱ってくれて、何もせずに解放してくれただけのことで。
だから……私と彼とは確かに何もなかったけれど、古代君に責められても仕方ないと思ってた……。」
「なるほどね……。そこまでしちゃうってことは、その将校さんってのも、あんたに心底、惚れてたわけだ。
しかしなんだね。その将校さんも、なかなかどうしてオトコじゃないですか。敵さん方にしてみれば、たまったもんじゃないだろうけど。
まあ、でもあんたは地球の存亡をかけて、それこそ命懸けで戦ったわけだし、古代進とのことは取りあえずおいといて、他人にどうこう言ってもらいたくはないもんだね。」
「でも、たったひとりで、しかも女が、なんにもなくて、あんな極秘の情報を敵方から引き出せるわけがない――って誰もがそう思うでしょう?
いろいろ言われることは……辛くない、って言ったら嘘になるけど、でもすべて覚悟はしてたから……。
それに、親しい友人や長官や……私を庇ってくれる人もたくさんいるのよ……。
だから、なんとか耐えてこれたし、確かにきつかったけど、忙しく仕事をこなすことで、なんとか、やり過ごすことはできたわ……。」
「うん。」
涼には――。
ぽつぽつと静かに話す雪の言葉に、意外にも力があるように思えた。
彼女の精神状態は、少なくとも進のような心配はいらないだろう――と判断した。
しかし、雪はやはり、悲しげに視線を落とすと、呟くように言う。
「でも。でもね……。古代君に面と向かって言われてしまったら、やっぱりそれは……何より辛い……。」
「うん。そう、だよね……。
でも、やっぱり、あんたは強いよ。
そもそも、どん底だった私が立ち直るきっかけになったのは、あんただしね。」
「え?」
雪は、涼の言葉の意味を理解しかねて、きょとん、とした。
「いや、なんでも……。
とにかくあんたが意外としっかりしてるんで安心したよ。
古代進もね、行きつ戻りつしながらも頑張ってるから。
まあ、だいぶ参ってるのは確かだけどね。でも少しずつ、冷静に物事を考えることができるようになってるよ、彼。
心の問題だから時間はかかるけど、彼なら大丈夫。私が保証する。」
涼は、うつむく雪を励ますようにそう言って、にっこりと笑った。
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