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Chapter 4
Good fellow
あんたら、確かに失うものが多かったかも知れないけど……。
でも、それだけじゃないってこと、わかってる?
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(1)
その日――。
森雪を見舞いに、ふたりの男がやって来た。
ひとりめは島大介。
コダイススムのライバルであり親友だという男。
今は亡き加藤三郎に、涼がかつて聞いた話では、恋のライバルでもあったらしい。
とにかく、雪と進、ふたりを心配しての来院だった。
「あのう。雪は……、森さんの容態はどうなんですか?」
島は、不安そうに涼を見つめた。
どこからどう見ても生真面目そうな男。
聞いていたとおりなので、涼は苦笑した。
島大介という男は。
野性的なまでに黒々と太い眉とモミアゲ以外には(これはあくまで、涼自身の男性の好みなのだが)これといった欠点のなさそうな整った顔立ちの、落ち着いた好青年だった。
涼は、雪の容態と進の状態について、簡単に話して聞かせ、取りあえず心配ないから――と告げた。
島は、そうですか、と安堵したようにそう言って、小さく微笑んだ。
それから、ややためらいがちに訊ねる。
「あの。面会はできるんでしょうか?」
「うん。あなたなら問題なさそうだし。あ、でも彼女、もしかしたら眠ってると思うけど。それでもよければ。」
「あ、いえ。いいんです。ほんの少し、顔が見られればそれで。」
「そう?でもこれが古代進だとね……。やっぱり、会わせるのはちょっと不安、かな。まあ、思うに古代進よりも彼女の方がずっと精神的に強いみたいなんだけどさ。でもまあ、今の彼じゃ、彼女のストレスのモトになっちゃいそうだからね。」
「そう、なんですか。しかし、古代のヤツ、そんなに……。」
「まあ、心の傷ってヤツはね。長い目で見てやんないとだめだから。」
涼は、そう言って、うなだれる島に微笑んで見せると、雪の部屋に案内した。
(2)
「彼女、胃穿孔って言いましたよね……。こんな事にならないか、心配してはいたんです。」
そう言って、少し辛そうにも見える表情で眠る雪を、島は悲しげに見つめた。
「彼女、職場だけでなく古代進とも、いろいろあったみたいだからねえ。
寝てて時々、あんな顔するんだよね。きっとイヤ〜な夢でも見てるんだろうな。」
ぽつり、と涼が言う。
「……。先生は、みんな知ってるんですね?」
確かめるように訊ねる島。
「うん。まあ、ね。大体のことは。」
頬を掻く涼。
「そう、ですか。
俺……。忙しくしていて、全然、ふたりの力になってやれずにいましたから……。
すまなかったな、雪。キミひとりに背負しちまって……。」
唇を噛みしめる島。
「やだなあ、もう!あなたまで、そう思いつめないで下さいよ。
まあ、その。どっちにしても古代進には彼女が必要なのよね。」
涼は島の、あまりに辛そうな横顔に、この男、間違いなく森雪に惚れてるな――などと思いつつ、その背中を元気付けるように、ばしばしと叩いた。
島は苦笑して頭を掻いた。
「俺も、わかってます。あいつには……彼女しかいない。あいつが甘えることができるのは、唯一、彼女だけなんです。
だけど今、雪自身、守ってやれる誰かが必要な状態にある。俺としては、古代に雪をしっかり守って、支えてやって欲しかったんだが……。
その古代が、あんな状態だし、俺が――って思うけど……。それでも、やっぱり俺じゃあダメなんだよな。古代じゃないと、古代じゃなければ――」
島は、そう言うと、悔しそうに両の拳を握りしめた。
「そんなことないと思うよ。守ってやってよ、彼女のこと。古代進のことも支えてやってよ。
それに……。彼女に関して言えば、ひとりでも多く信じてくれるひとが必要なんじゃないかな。
まあ、なんていうか、あのふたりってさ。ヒトのことにはそれこそ一生懸命だけど、自分のこととなるとてんでダメみたいだから。でしょ?」
おだやかに微笑んで、涼は島の肩を叩く。
「あははは。そう、そうなんだ。とにかく俺は……彼女を、古代を支えてやりたい。」
島は、そう言って涼に微笑み返した。
島は帰りしなに、「自分は、明日からまた資源輸送船に乗らなければなりません。とにかく、ふたりのことを、よろしく頼みます。」と言って、頭を深く下げた。
――ほんと、いいヤツじゃん。
島大介という男は、やはり古代進よりずっと大人だな、と改めて彼に好印象を抱きつつ、しかし、やっぱりモミアゲだけはカンベンして欲しい――と、涼は思った。
(3)
それからほどなくして、ふたりめがやって来る。
真田志郎だった。
「久しぶりだな、涼。」
にやり、とする真田。
「あらま!久しぶりね、しろうちゃん。」
負けずに不敵な笑みを浮かべてみせる涼。
「おまえな……。人前で『しろうちゃん』はよせ!
俺のことをそんなふうに呼ぶのは、おまえだけだぞ。」
憮然とした表情の真田。
「あんた、一見、その筋のヒトっぽくてコワイんだもん!
だからぁ、せめて可愛く呼んでみようかなあ、と……。」
にたり、と笑う涼。
「なんだと!この、くそガキめ!」
真田は、年齢のギャップを埋めるかのように涼と軽口を叩き合った後、島と同じく雪について訊ねた。
涼は手短に説明して、彼女は今、眠っているから――と真田を談話室に招き入れる。
「時間、大丈夫なのか?」
真田は椅子に腰掛けると、おだやかな笑顔を向ける。
「ウン、少しなら。今日はね、殆ど回診だから。」
「そうか。」
「さっき、島さんが来たよ。」
「そうか。やっぱりな。アイツのことだ。こっちに着いて、真っ直ぐ、ここへ来たんだろう。まあ、とにかくアイツも、ふたりのことが気がかりでしょうがないようだからな。」
苦笑しながら肩をすくめる真田。
「あはは。だね。特に彼女の、森雪のことはホントに大事に思ってるみたいね。
っていうか……彼女のこと、すごく好きなのね、彼。」
「わかるか?」
「わはははは。」
涼は笑った。
「わかるもなにも。わかりやす過ぎだよ!
そういうアンタは、どっちかっていうと弟分の古代進の方が気になるんじゃないの?」
涼は真っ直ぐに真田を見つめた。
「う……む。まあな。」
真田は、わずかに瞳を翳らせて涼から目を逸らす。
「あんたはサーシャちゃんの育ての親、だしね。」
「ああ……。」
頷いて真田は、小さくうつむく。
「酒造ちゃんから聞いたけど……。サーシャちゃん、古代進のことが好きだったんだってね。」
涼は真田と目線を合わさず、壁の色褪せたポスターを見つめて言った。
「ああ。いわゆる、初恋ってヤツだったんだろうな。それも見事に片想いの。」
淋しく笑って、うつむいたままの真田。
「そうね。恋敵が森雪じゃね。どうにもこうにも……。オヤジとしては辛いとこだよね。」
「まあ、な。」
真田は小さく笑って、軽く目を伏せた。
(4)
「古代は、雪の生存をずっと信じていたが、俺は……。話に聞いていた状況では雪はまず生きていないだろうと思ってたよ……。
戦いが終わって、澪を地球に連れて帰って……。
時間はかかるかもしれないが、もしかしたら、いつかは古代が澪を――。
馬鹿馬鹿しい話だがな。つい、そんなことも考えた……。
だから、雪の無事を知った時、一瞬だが俺は…….
――澪のことを思ってしまったんだ。
ああ、やはり、あの娘の想いは届かずに終わるのか、とな。」
「まったく、あんたもまさかの親バカぶりだよね、しろうちゃん。」
サーシャ――ではなく、今も彼女を『澪』と呼ぶ真田の、その悲しみの深さに、涼は胸がしめつけられる思いだった。
「そう、だな。だから、雪を見ると……俺は、後ろめたい。」
「しろうちゃん……。」
「しかし、それでも古代は生涯、雪を想い続けるんだろうな。雪もまた……。」
「そうだね。だからこそ、古代進は彼女を傷つけてまでも縋ろうとしたんだろうね。彼女だからこそ、感情を抑えず、ぶつけられたんだろうから。
古代進は、とにかく森雪に依存している。
かと言ってね。まだ彼女と接触させられないような気もするし。
何しろ彼女の心労の原因は、例の噂よりも、手負いの彼にあるからね。」
「……だな。」
「それはそれとしてさ。なんだか森雪の生きる意味ってさぁ、古代進ってカンジなんだよね。こっちはやってらんないんだけどさ。」
「ああ。それも、わかるよ。」
「まったく、このカップル、面倒かけてくれるよ。
ワタシよりも年上のクセに、どうも手の掛かる弟と妹を持ったような気になるんだもん。
なんか、一生懸命過ぎて、ほっとけなくなっちゃうんだよ。
恐らく、あの『島大介』って男もそうなんだろうな。
そういやあ、さぶちゃんや、やまもっちゃんも、そんなこと言ってたっけ。」
自分を気遣って、わざとおどけて見せる涼を、真田はやさしく見つめる。
――髪の色も背格好も、澪と同じようだな。
「もし……。デザリアム人なんぞが来なければ、あのプロジェクトも進んで……。
もしかしたらおまえとも、いい友達になってたかも知れんな。」
真田の言葉に、涼は一瞬、顔を強張らせた。
(5)
「ああ……。彼女の、地球受け入れのプロジェクトね。しろうちゃんと知り合ったのも、その件でだったよね。」
涼は、ややうつむいて、小さな声で言った。
「守がおまえをリクエストしたんだったな。澪のメンタルケアには、むしろ、同じ年頃の若いおまえがいいんじゃないか、ってな。」
わざと明るく答える真田。
「そうだったね。
まあ、その辺も考慮されて、私もチームの候補に挙がっちゃいたけど、あの時はまだ、ぺーぺーのインターンだったし。
さすがに、医者としてはキャリアなさすぎだったから。
まあ、今だって、やっとこさレジデントとしてやってるけどさ。
あ〜、でも私でなくてよかったかもよ?」
ふと、顔を上げて、にやりとする涼。
「どうしてだ?」
怪訝な面持ちの真田。
「いろいろと悪影響、与えてたと思うね。酒とか男、とかさ。」
ふふん、と含み笑いの涼。
「とんでもないヤツだな!おまえと澪を会わせないでよかった!」
「そうやってねえ。甘やかしつつ純粋培養しちゃうと、かえって後で弾けちゃったりするんだよ。
私なんかより、よっぽどイケナイ娘になっちゃったりねー。フフン!」
涼は、不敵な笑みを浮かべ、からかうように顔を突き出した。
「バカ!澪はなぁ、断じておまえのようにはならんぞ。」
負けていない真田。
「へいへい。申し訳ありませんでしたよ、親バカしろう。」
口を尖らす涼。
真田は、ふっ、と苦笑した。
――まったく、これで俺を慰めているつもりなんだからな。
おまえこそ、いろいろあって辛かったんだろうに。
真田は真田で、軽口を叩く涼の思惑に気づいていたのである。
「おまえが澪の友達だったらよかった、と俺は心底、思うよ、涼。
まあ、とにかくだ。あのふたりを頼むぞ。俺にとっても、あいつらは、大事な弟と妹だからな。」
「へいへい、わかってますとも。
しかしなんだね。あんたも大変だよね、しろうちゃん。いろいろ本業以外の気苦労が多くてさ。」
「まったくだ!だが、おまえも似たようなもんだろう?」
「まったくだよ!森雪どころかワタシの胃に穴開くちゅうねん!」
「はははは!
だが、おまえの胃なら間違っても穴なんぞ開かんから安心しろ。じゃあ、任せたぞ!」
真田は、にやりと笑って手をかざした。
「言いやがったな!こう見えてもねえ、あたしゃ、すっごく繊細にできてんだからな!この、マッドサイエンティスト!塩撒くぞ、しおーっ!!」
涼は激しく毒づきながらも、真田の背中を笑顔で見送った。
――しろうちゃん、あんただって古代進や森雪同様、悲しみでいっぱいじゃないか……。
まったく、ヤマトのクルーときたら、どいつもこいつも自分そっちのけでヒトのことばっかり心配すんだから!
――ねえ。古代進、森雪。
あんたら、確かに失うものが多かったかも知れないけど、でも、それだけじゃないってこと、わかってる?
(6)
「さっきさ、島さんとしろうちゃん…じゃなかった…真田さんが、あんたの見舞いに来てくれたよ。」
「ホントに!?会いたかったのに……。」
心底、残念そうな、淋しそうな雪。
「だって、あんた爆睡中だったんだもん。
あ、島大介の方は、Sleeping Beautyの顔をしっかり拝んで満足して帰ってったけどね。」
にやり、としてみせる涼。
雪は一瞬、えっ、となり、にわかに顔を赤らめると、涼に抗議した。
「やだ!なんで先に起こしてくれなかったの?」
「わははははは!キモチ良さそうだったからさあ。起こすのしのびなくて。
でも、大丈夫だって!ヨダレ垂れてなかったし、イビキもかいてなかったから。わはははは!」
しつこく、からかう涼。
「んもうっ!」
雪は顔をしかめ、頬を膨らませる。
涼は豊かな表情を見せるようになった雪に、微笑しながらしみじみと言った。
「ふたりともあんたのこと、心底、心配してたよ。
まあ、なんだ。私としては、あんたもモチロンそうだけど、古代進って男が、いかに幸せな男だってことがよーくわかったよ。
なんて言うかさあ、あんたらを取り巻く人達って、バカみたいに、ヒトのいいヤツばっかりだよね。」
「……そう、ね。少なくとも私は……。いい人達に支えられて、本当に幸せだと思ってるわ……。」
雪は小さく微笑んで、島や真田に心から感謝した。
「それにさ。あんたが、もうホントに呆れるくらい古代進のこと愛しちゃってる――ってのも、ようくわかったし。
あたしゃもう、やってらんないわい、と何度思ったことか。」
再び、雪をからかいだす涼。
「なっ、何言ってるの!?私は別に――」
雪は再び真っ赤になった。
「いいの、いいの。見てて、すっごく面白いから。」
ニヤニヤしている涼。
「もう!先生ったら、案外ヒトが悪いのね。」
ますます赤くなる雪。
「だって、ホントに面白いんだもん。
それに恋だの愛だのに未熟な、オコサマの私としては、お宅らふたりは実に興味深いもので。
まあ、その、なんだ。参考資料、参考資料。わははははは!!」
「ひどい!せめて『お手本』くらい、言えない?」
負けじと切り返す雪。
「わははは。でも、さすがに手本にはならん、手本には。わはははは。
あ、そうそう。私のことは『涼』でいいから。どうも、『先生』って呼ばれるのは、こそばゆくてさぁ、苦手なんだよね。何しろ若輩モノだからさ。」
「それじゃあ……そのう、涼ちゃん。」
「?」
「……ありがとう。あなたが私を気遣ってくれてるの、わかってるから。
それに、私なら大丈夫。もう、古代君とちゃんと向き合っていける。」
雪は、涼を穏やかに見つめて、にっこりと微笑んだ。
「まいったな。やっぱ、あんたの方が一枚上手だね。」
涼は少し困ったような顔になり、照れ臭さそうに鼻の頭を掻く。
「当たり前じゃない。私だってダテに看護師やってたわけじゃないのよ。」
今度は雪が勝ち誇ったように笑って、涼はというと――。
参りました――と、雪に向かって深々と頭を下げるのだった。
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