◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

****************************************************

Chapter 5
Awakening


あいつは命懸けで地球を守ろうと戦ったんだ。
おまえは、おまえらは戦ったのか?何かしたのか?言ってみろ!

****************************************************





(1)


進は、自ら願い出て職場復帰した。
といっても当分は地上勤務であったが。

進は、山のようなデスクワークを、ただ黙々と片付けていった。

向かいの席で、同じように山のような仕事を抱えて座っていた男が、そんな進の様子に気づいて呆れ顔で言った。
「頑張るなあ。でも、そう根詰めるなよ。ちったぁ、休め。」と声をかける。
でも――と口篭る進に、男は笑って言った。
「バーカ。おまえに休まれて、そいつが、こっちに回ってきちまったら最悪だろ?おまえ、病み上がりなんだしさ。まあ、上に行って、イップクしてこいよ。」

進は促されるまま、ひと息入れるために休憩ラウンジに足を運んだ。
喫茶コーナーは閉鎖になったままで、代わりに自動販売機が置かれている。
カードを挿入してレモンティーのボタンを押した。
パコン、と放り出されるようにカップが落ちてきて、琥珀色の液体が注がれる。
進は、それを持ってラウンジの片隅に座った。

レモンティーをひとくち啜る。
人工的な酸味に加えて、妙に甘ったるい。
進は思わず顔をしかめた。
――うっ!なんだよ、これ。絶対、紅茶じゃないよな。
やっぱり、フツーのお茶にすりゃよかった……。

ふと背中で騒がしく人の声がした。
ガタガタと音を立てて2人の男性職員が、進から、やや離れた席に座る。
しかし、進は気にも留めず、まずいレモンティーを啜っていた。

――ずいぶん、長いこと休んじまったな。ただでさえ、忙しいってのに。
あちこちいろいろ、迷惑かけてんだろうな、俺。

そんなことを考えていた時、先程の職員達の話し声が耳に飛び込んできた。




(2)


「ヤマトの古代進いるじゃん?アイツ、やっと仕事に戻ったんだってよ。
――っていっても地上勤務らしいけど。」
「え?アイツ、ずっと休んでたのかよ?」
「ああ、なんでもノイローゼだとかって聞いたぜ。」
「はあん。女のことでかよ?」
「だと思うぜ?何しろ、愛しの雪チャンを異星人に寝取られちまったって噂だからな。そりゃあショックだろうぜ。」
「はははは!だよなあ。アイツ、ベタ惚れだったもんなあ。」

どうやら、進の存在に気づいていないようだった。
彼らの場所から進のいる席は観葉植物や衝立てがあって死角となっていたのだ。

「へへ。ヤツみたいな野郎には、いいクスリなんじゃねえの?」
「っていうか、ざまあみろ、だよな。大体、ヤマトのクルーだってことであいつら優遇され過ぎてっからよ。」
「だよな。それによ。森雪も大した女だよな。異星人と寝といて古代と暮らせるんだからよお。俺、ちっとばかし、古代に同情しちゃうね。」
「いいんじゃねえのお?俺、今度、聞いてみようかな、彼女に。異星人のお味はどうだったか、ってよ。」
「ハハハハ!デザリアム人ってのは、サイボーグだっていったよな?きっとよかっ――」

ガターン!
派手な音を立てて椅子が引っくり返った。
テーブルの紙コップが倒れ、レモンティーが床に勢いよく流れ落ちた。
進は両の拳を握り締め、奥歯をギリギリと噛みしめながら、立ち上がっていた。

そして――。
つかつかと、ふたりに歩み寄る。

「あっ!こっ、古代!いたのかよ!!いや、ちょっと冗談でさ。ほんの冗談なんだ!!カンベンしてくれよ!な!」
やや小太りの、小柄な男が慌てて立ち上がり、しどろもどろになりながら弁解をする。

しかし進は。
無言で、その男の胸倉を掴んだ。




(3)


「ま、待てよ。その、悪気はないんだ。」

進は、男を鋭く睨みつけ、やはり黙ったまま、ぎりぎりと締め上げた。

「うっ。ぐっ。お、俺達は、ちょっと噂を聞いただけで……。何も本気で――」
男は進から逃れようともがくが、進は容赦なく、更に力を込めた。

「お、おい。落ち着けよ。悪かったって言ってんだろ?」
背の高い方が庇うように割って入る。

しかし、進には、そんな言葉など耳に入らなかった。
掴んでいた手を放すと、今度は止めに入った相方を見据え、その顔面を、どがっ、と殴りつけた。

「うわあっ!」
ガシャーン!
椅子とテーブルをなぎ倒して、ひっくり返る男。
進から解放された一方の男は、しゃがみ込んで激しく咳き込んでいた。

「悪気がないだと?本気じゃなかっただと?おまえに雪の何がわかる?俺の気持ちの何がわかる?あいつは命懸けで敵の将校から情報を得て来たんだ。あいつは命懸けで地球を守ろうと戦ったんだ。
おまえは、おまえらは戦ったのか?何かしたのか?言ってみろ!言ってみろよ!」

「ぐはっ!悪かったよ。ホントに悪かったよ!ゆ、許してくれよ。このとおりだ。」
小太りは口元の血を手の甲で拭いながら必死で許しを請う。
しかし、進は容赦なく、なおも激しく殴りつける。
「がはぁっ!!す、すまん。ゆ、許して――ごふっ!」

「おっ、お前ッ!そこまでするこたぁねえだろう?謝ってるじゃねえか!」
相方の長身が後ろから古代に掴みかかった。

「黙れ!邪魔するな!」
進は小太りを解放すると、振り返り、ガッと長身の両肩を掴んだ。

「うがっ!何しやがっ……がはっ!う、うわああああっ。わっ、悪かった。も、もう言わないって約束する。だから……がはあっ!!」
小太り同様、顔に身体に拳を叩き込む。何度も、何度も……。

「ゆる……赦してく……がはっ。ごほっ!」
長身の顔が血で真っ赤に染まり出した。

「やっ、やめ、ろ!し、死んじまう、ぞ!だっ、誰かっ!誰か助けてくれ!」
小太りは、泣きながら進の足にしがみついた。

「あ……。ああ。」
小太りは入り口に大柄の男がいることに気がついた。
床を這い、弱々しく声を上げる。
「あ、あんた……。頼む。たっ、助、けてくれ!警察、呼んでくれ!」

進は長身を放り出すと、再び小太りを引き起こし、胸座を掴んだ。

「うるさいぞ、おまえ!うるさいっ!うるさいっ!うるさいっ!
貴様らは雪を、雪を侮辱した!よってたかって雪を侮辱して傷つけたんだ!
俺も……俺もだ!!俺も貴様らと同罪だ!畜生っ!畜生、畜生、畜生ォーーーーッ!俺は、俺は、俺はぁーーーーっ!!」
進は小太りを突き飛ばすと、床に突っ伏して絶叫した。

「よお!古代のダンナ。派手にやってンなァ?」

頭の上で、野太い声がした。
進は、ゆっくりと顔を上げた。




(4)


がっちりとした体躯の男が進を見下ろし、にやりと笑った。

「よう。楽しいこと、やってやがんじゃねえか。俺にもちょいと殴らせろや、このクソ野郎どもをよ。」

男は、すがるような目で自分を見ていた小太りを摘み上げた。
小太りは足元が覚束ず、男の胸に倒れ込んだ。

「へへっ。そんなに俺のことが好きかよ?じゃあ、俺とも一緒に遊ぼうぜ、なあ?おらよ!」
男は小太りの胸をとん、と突いて、自分の胸から軽く離すと、そのボディーにヘビー級のボクサーのような重い右ストレートを見舞った。

「うがはぁっ!」
小太りは血反吐を吐いて、ひっくり返る。

「おっと、おねんねするには、まだ早ぇぜ?」

男はすかさず小太りの手を引いて上体を起こすと、顔面に軽く拳を1発、叩き込んだ。
「もうひとつ、おまけだ!おら!」

「あがっ!」
小太りは、白目を剥いて気絶した。

一方、長身は。
床を這い、小太りが殴られている間に、なんとかその場から逃げようとしていた。

「何してんだぁ、こら。トモダチ見捨てちゃいかんでしょう?え?」
男は小太り同様に、長身を背中から摘み上げると、顔から壁に叩きつけた。

「ぎゃふっ!」
情けない声を上げて壁を滑り落ちる長身。

にやりと笑って、更に長身の臀部を蹴りつけようと足を上げた時、ようやく起き上がった進が、男の右肩をガッ、と掴んだ。

男が振り向きかけた時、いきなり進の右拳が頬に飛んだ。

「うぐっ。」
男は、不意打ちを喰らって、思わずよろけた。

長身は男の蹴りからは逃れたが、しかし、その場に崩れ落ち、小太り同様、意識を失った。

男は、口の中の血を唾と共にペッと吐き出し、噴き出した鼻血を袖でゴシゴシとこすりながら、進を真っ直ぐに見据え、不敵な笑みを浮かべた。
「いってぇ〜。効いたなあ。さすが、鍛えてる奴のパンチは違うなァ、へへへ。せっかくの御挨拶だ。俺からもキッチリ、返させてもらうぜ?」

男は舌舐めずりをし、何故か楽しそうに笑って、軽くファイティングポーズを取ると、きれいな右ストレートを進の顔に叩き込んだ。
「うぐっ!」
よろけて後ろへ下がったところへ、左。
もうひとつ、右――。

吹っ飛んでテーブルに倒れ込む進。

進は体勢を整え、起き上がろうとしたが、男のずっしりと重いパンチが効いて足が立たない。
しかし、それでも男を見上げ、鋭く睨みつける。
軽口を叩いてはいるが、進を見下ろす男の眼光もまた鋭いものだった。

「ワリぃな。コトの一部始終を見させてもらった。
俺ぁな、古代。おまえがこのまま黙ってあのバカ共を見過ごしてたら、お前の方をボコボコにしてやろうと思ってた!」

「うるさい、黙れ!これは俺の問題だ!手出しするな!」
そう叫んで、進はテーブルの脚に掴まって、やっと立ち上る。

「ところがどっこい、俺の問題でもある!
俺と森とは共に死線を潜り抜けて戦った仲間なんだよ。俺達ゃ仲間を侮辱するヤツぁ、許しちゃおけねえのさ!
どっちにしろ、俺はおまえをイッパツ殴ってやろうと思ってここへ来たんだがな。」

「なんだと?」

男に歩み寄ろうとした進は、男の、次の言葉で凍りついた。

「おまえ、森に何をした?おまえ、森を守らなかったのか?」

と、その時――。
警備員がふたり、飛び込んできた。

「お前達、何をやっている?今すぐにやめろ!やめないと警察を呼ぶぞ!」

進は、ハッと我に返り、怒りの矛先を警備員達に向けた。
「うるさい!うるさいぞ……おまえら!あいつらが雪を侮辱したんだ!あいつらが雪をッ!うわああああああーっ!」

進は警備員に向かって駆け出した。

「おっ、おい!?古代っ!」

男は進を羽交い絞めにすると、鳩尾にイッパツ叩き込んで気絶させた。
そして床に放り出すと、警備員に向かって声高に言った。

「ヤツら、気に入らねえからよ。ちょいとかわいがってやったまでさ。なあに、死なねえように手加減してやったからよ。心配御無用だぜ?」




(5)


中央病院・外来。
診察室――。


ベッドの上に申し訳なさそうに横になっている、顔中、血だらけの進に向かって神倉涼がボヤいた。
「やれやれ。ホントに何やってんだか。あんたねえ、森雪の胃袋、ざるみたいにしたいわけ?」

「うっ、つっ。すまない。つい、カッとなってしまって……。自分でもわけわかんなく……うっ!い、いててててっ!」
眉の下、やや深めにぱっくりと開いた傷口を乱暴に消毒されつつ、麻酔もなしに縫い合わされて、さすがの進も悲鳴を上げた。

「ふふん。あたしゃ森雪みたいに、やさぁ〜しくしないからね。あ、こら、動くなっ!よし、と。一丁上がり。
しかし、オトコマエが台無しだね、こりゃ。でも、痕、残んないようにしたから。じゃないと森雪に恨まれるからなァ〜。
ところで、ねえ?あんた、なんだかさ。ぼろぼろの割にはいい顔してるんだけど?すっきりしてるっつうか。」
呆れつつも、なんだか微笑んでいる涼に、どう答えていいかわからず、進は視線を逸らせた。
涼は肩をすくめると、今度はベッド脇のイスにヒマそうに座っている、がっちりとした体躯の男に視線を移した。

「で。そっちの、いかついのは何よ?」

「いかついのは何よ――って、ひでえな。俺もあちこち傷だらけなんだけど?
んなことより、先生……。あんた、すんげえ美人だなあ〜!!日本語うまいけど、どこの国のひと?」

「うるさいな!生まれた時からニッポン国籍だよ!」

「ええっ!?そうなの!?俺、ヨーロッパ系かと思った!!あつつつっ!それにしても、この髪、いいなあ。ええと、プラチナブロンドとか言うんだよな?」

「……いいから黙れ!」
低く呻く涼。

「いちちち。いいじゃないの。ちょっとくらい、お話しても。
ええと俺は……陸戦隊のぉ。うっ痛ぅ!瀬田ってんですよ。よろしく。いででで。も、もっとやさしくやってくださいよぅ!
まったく、あの警備員ども、こっちが大人しくしてりゃ、図に乗りやがって……。警棒でバカボコ殴りたい放題だったんだぜ。おかげでほら!俺も顎パックリ!」

「でええい!やかましい、もうっ!うりゃあああっ!!」
しつこい瀬田に、涼は消毒用の脱脂綿を顎の傷にぎゅうっ、と押しつけた。

「いっでええええっ!たっ、頼むよ、先生っ!もっとやさしくぅ〜。」

涼は、げんなりしながら救いを求めるように進を見たが、彼は困ったように頬をかいただけで目を逸らしてしまった。
「(ちっ!役立たず!)」

「実は俺達、森と一緒に戦ってたんスよ。いちちちち!あいつら、森のこと好き放題言いやがって!いでいでいで!!」

「さっきから、いちいち動くなっつの!違うとこ縫うぞ!!」

「もっとこう、やさぁ〜しくしてくんないかなぁ、ベッピンの先生〜。」
涼のぞんざいな扱いに口を尖らせながら瀬田はそう言うと、馴れ馴れしく彼女の手を取り、頬に当てた。

「ぎゃあああっ!何すんだ、こらっ!このバカたれ!手が腐るっ!甘えるな!」
涼は総毛立って手を引っ込めると、瀬田を渾身の力を込めて蹴り倒した。

「うがはっ!」

「私にタダで触んなよ、このセクハラ戦隊!」
無様に引っくり返っている瀬田を見下ろしながら、涼は凄んだ。

「ホントにもうっ!気色悪いことしないでよねっ!
それにしても……あんた。どう後始末つけんの、これ?やりすぎだよ。
あの人達の顔、原型とどめてないじゃないさ。温室育ちの華奢な坊ちゃん方が、あんたみたいな屈強なクマゴロウにぶん殴られたらどうなっちゃうか、わかりそうなもんでしょうが!
……ま、死ななくてよかったけど。」
涼は腕を組み、困ったもんだ――と溜め息をついて瀬田を睨む。

瀬田はバツが悪そうに頭を掻いて言った。
「まあ、傷害罪で訴えられるかも知れねえな。
けどよ、ヤツらだって、くだらんことほざいてノイローゼの古代を挑発したんだ。寛大な措置を取ってもらえるさ、きっと。
それに、古代は大して手は出していないからな。あいつらをやっちまったのは俺だし。」

「いや、それは――」
瀬田の言葉に進は、はっと顔を上げ、否定しようとしたが、瀬田はにやりと笑ってそれを制した。

「おまえが止めてくれてよかったぜ。うっかり殺しちまったかもしれないしな。」

涼は、ばちん、と瀬田の頭を叩いた。
「いで!」

「ばかたれ。んなこと言ってると、心証悪いだろが。ったく、面倒ばっかかけてくれるな、もう!」
溜め息混じりにそう言って、うんざりとした顔を進と瀬田に向ける涼。

「しょうがない……。後は私に任せときな。なんとか片付けとくから。」
小声でさりげなく、そっと瀬田に耳打ちする涼。

――どういうことだ?
瀬田は目を丸くして、言外にそう訊ねる。

「ふふん。ワタシを斯くもビジンに産んでくださったオカーサマに感謝してるわ……って、そういうことよ。ねえ、クマちゃん?」
涼は、艶っぽくも不敵な笑みで事も無げに答える。

「ふぇっ?まっ、まさか、あんた――」
どきり、として顔を赤くする、意外にも純情な瀬田。

「冗談だよ、冗談。っつうか、あんた何を想像したわけ?わははははは!!」
涼は豪快に笑った。そして再びこっそりと耳打ちする。
「使えるコネクションは全て使っちゃる――ってことだな。」

「はあ、呆れたな!ナニモノなんだ、あんた?」
瀬田は、あんぐりと口を開け、目をぱちくりさせた。

「ま、単に顔が広いってだけなんだけど。素晴らしき出会いに乾杯――ってことで。」
涼は軽くウインクをすると、瀬田の肩をぱしぱしと叩いた。

「おい、古代!さっきから何ぼんやり見てんだ?」
ふたりのやり取りを、ただただ眺めているだけの進を見て瀬田が声を掛ける。

「別に俺は……。」
心ここにあらず――といった様子の進。

「金魚みてえに口パクパクやってんじゃねえ。」

「そりゃ、あんたじゃねえか……。」
進の心は。
森雪のもとへと飛んでいた。

ふたりの様子を横目で眺めながら、一通りの処置を終えて、涼が大きな溜め息をついた。
「お仕事終了……。ああ、なんか、すごく疲れた……。」
それから自分の肩を代わる代わる叩きながら立ち上ると、進と瀬田を威圧的な目で見下ろして言った。
「ま、後のことは私に任せといてくれたらいいわ。さ。あんたら上でオマワリさんがお待ちかねだ。行ってきな。」

瀬田はベッドに座る進を振り返り、それから、涼に向き直って、にやりと笑うと手をかざした。
「世話んなったな。ベッピンの先生!さて、と。じゃあ、コイツとちょっくら、説教喰らってくるとすっか!」

進は瀬田に倣って、ぺこりと頭を下げると、涼に礼を言った。
「いろいろ御迷惑かけました。」

それからふたりは揃って立ち上がり、互いに支えあいながら、よたよたと診察室を出て行った。


深く長い吐息と共にその背中を見送る涼。 

「やれやれ。めんどくせえなあ。」
ドアの向こうで、瀬田が大声で叫ぶのが聞こえた。




(6)


「何が“やれやれ”だよ。そりゃ、こっちのセリフだ。」
ふたりが出て行くと、涼はブツブツとボヤきながら奥の病室に入っていった。

進と瀬田にボコボコにされた小太りと長身、二人の男――コスギとナガオが、仲良く並んでベッドに横たわっていた。
二人とも既に覚醒しており、揃ってぼんやりと天井を見つめている。

涼は二人を見下ろして静かに言った。
「ねえ、あんた達。」

「は……い。」
ナガオとコスギが蚊の泣くような声で揃って返事をする。

「あいつらにさ。殴られて当然のこと、言わなかった?」

「あ……。は……い。」
小太りのコスギが、腫れ上がって更に膨らんだ顔をわずかに傾け、返答した。
長身のナガオは黙って頷く。

「森雪の、あの噂だけどね。庇うわけでもなんでもなく、あれ、はっきり言って、デマだからね。」

「あ……。はい……。」
雪の噂の件は、さすがにバツが悪かったらしく、二人は逃れるように目を逸らした。

「しかも、あんたらがしたことは、森雪だけじゃなく、世の女性すべてを侮辱したことになると思うんだけど?」

「あ……。はい……。」
コスギとナガオの声は消え入りそうだった。

涼は更に続けた。
「あんたらのその傷ならね。大特価でもって、きっちり治して差し上げられるけど、心に受けた傷ってのはね、そう簡単にはいかないんだよね。お子ちゃまじゃあるまいし、そのくらいのこと、わかるよね?」」

「う……あ……。は……い。」

「無神経な言葉ひとつで、もしかしたら、人ひとり、死なせてたかも知れない――ってのも、わかってるよね?」

「すい、ません。すいません。」
ナガオは切れた唇や口の中の痛みを堪え、掠れた声で謝罪した。

「まあ、傍目からはヤマトのクルーってのは特別に見えるかも知れないけどさ。あれでいて、いろいろ背負ってんだよ。
はっきり言ってさ。お気楽なポジションなんて、どこにもないんだよ。」
涼は、まるで小さな子供に言い聞かせるように言って、ナガオのずり落ちた布団を直してやる。

「すいません。ホントにすいません。」
コスギも声にならない声で謝罪する。

「わかりゃいいよ、わかりゃ。
検査の結果、あんた達どっちも肋骨にヒビが入ってたけど、ま、特に異常はないよ。あれだけボコられた割には、軽くてよかったね。あんたら華奢なお坊ちゃんかと思ってたけど、案外、頑丈じゃん?
でも、今日、明日くらいは熱も出るだろうし、かなりシンドイと思うよ……。ま、2、3日、泊まっていくんだね。後は通院しながらウチで適当に寝てりゃ大丈夫だから。」
涼は穏やかな笑顔を、ぼろぼろの二人に向けると診察室を後にした。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








Chapter 4          CONTENTS          Chapter 6