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Chapter 6
Tender-hearted Angel


ワタシも誰かと分かち合って生きていきたいもんだわね。
温もりも寒さも痛みも誰かと……。

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(1)


翌々日――。
中央病院、診察室。

「お。顔の腫れ、引いたじゃない。顎は……うん、問題ないね。さすが、頑丈にできてるなあ。」
瀬田の傷を、一通りチェックし終えて、涼はひとり、満足そうに頷いた。

「おいこら……。」

早速、からかわれて憮然とする瀬田を尻目に、涼は大きな書類封筒を2つ取り出すと、彼の眼前に、ずい、と突き出した。
「ええと。これ、各種申請書類、整ってるから。茶色のはオマワリさんとこへ持ってくヤツね。白のはオツトメ先にどうぞ。」

瀬田はそれを乱暴に受け取ると、肩を落とし、大きな溜め息をついた。
「あ〜、しちめんどくせえなあ。」

「自業自得!とっとと始末つけなよね?それより、ねえ、セクハラ戦隊。」

「おい、こら!黙ってりゃ、セクハラ、セクハラって……。かわいい顔してずいぶんなオンナだなァ!!俺様は瀬田。瀬田勇士っつったろ?」

「はいはい。悪かったよ、クマゴロウ。」

相変わらずぞんざいな涼に、瀬田は口を尖らせて抗議したが、彼女はまったく取り合わず、澄まして椅子に座ってしまった。
それからカルテに2、3書き込んで、瀬田に向き直り、その瞳を真っ直ぐに見据えた。
有無を言わせない強さを持った、翡翠の双眸に瀬田はうっかり怯んだ。

「ねえ。あんた、古代進を庇おうとしたでしょ?」
涼の瞳も声も、これまでとは打って変わって、どうやら真剣だった。

「……なんのことだ?」
涼の問いに、一瞬、固まりかけた瀬田だが、鼻の頭をボリボリとかきながら、あくまでとぼけようとする。

涼は呆れたように小さな溜め息をついた。
「ったく……。あんなヘタクソな芝居、バレるに決まってんでしょ!でも、なんだってまた古代進を――」

「別にヤツを庇ったわけじゃねえ……。」
涼を遮ってそう言うと――。
これまで、ずっとヘラヘラとしていた瀬田が真顔になった。
そして深い吐息をひとつ落としてうつむくと、ぼそぼそと話し始めた。

「てめえの女ひとり守れねえような野郎のことなんざ、俺ァ、どうだっていいんだよ。むしろ俺はヤツのことをぶっ飛ばしてやりたくて、しょうがなかったんだ。
……こんなこと言ったら、森に恨まれちまいそうだけどよ。

でもよ。いてもたってもいられなくなっちまった、っていうかさ……。その……。
……森のこと、なんとかしてやりたかったんだよ。

あいつな……。
あの時、死を覚悟してるような、そんな目をしてたんだよ。

最初……。
上から『森雪を命懸けで護衛しろ!』ってな御達しがあって、バカな俺達は色めきたったさ。
そりゃそうだろう?森雪ってったらタレント並に有名だからな。
実際、アイツがやって来た時、掃き溜めに鶴――とはよく言ったもんだ、と思ったさ。
華奢で、アイドルタレントみたいな顔で、宇宙戦士っていうよりゃ、どっからどう見たってナンにも知らなさそうな育ちのいいお嬢ちゃんだ。
ある程度の護身なら、まったく問題はない――って聞かされちゃいたが、俺達、陸戦隊と行動を共にするなんざ、そりゃ無理ってもんだろう!!――誰もがそう思った。俺だって心底、呆れた。
アイツがにっこり笑って『自分も一緒に戦います。よろしく。』って言った時、俺達ゃ、正直、おいおい――と思った。遊びじゃねえんだ、って皮肉のひとつも言ってやりたかった。
実際、せいぜい、足手まといになるなよ!――なんて冷やかすヤツすらいたしな。
だが、森を守んねえことには、あの妙ちくりんなバクダンを取っ払うことができねえ――って隊長殿が言うからよ。仕方なくアイツのことをお預かりしてやったのさ。

アイツにも俺達が思ってること、伝わったんだろうな。
『コスモガンとレーザーライフルくらいなら扱える。足を引っ張らないよう、できる限り自分の身は自分で護る。』そう言って、アイツは俺の目を見た。

ホントに真っ直ぐに見やがった。正直、ゾクッとした。
……アイツ、急に面構えが変わりやがったんだ。何度も死線を潜り抜けてきたモンの顔だった。

それに……。
よくわからねえが、何か覚悟していて、アイツの表情には鬼気迫るようなものがあったんだよ。
俺は、ああいう目をしたヤツを何人も見てきた。あの目は間違いなく死ぬ覚悟のできたヤツの目だ。

冗談じゃねえ!――って、俺は思ったよ。
だってよ……。あろうことか森は……女の子じゃねえかよ。
俺達ゃ、決めたんだ。何がなんでもアイツを守ってやるってよ。」




(2)


「ふうん。なるほどね。
あんたが森雪のために、こんなことしでかすのには、そういういきさつがあったからなんだ。
でもさぁ。ひとつだけ違うんじゃないかな、って思うんだけど。」
瀬田の話を、じっと聞いていた涼が、そう言って静かに微笑んだ。

「死ぬ覚悟のできたヤツ――って言ってたけど、ま、そりゃあさ。戦闘に参加する以上は『死』も覚悟の上だとは思うけど……。
でもさ。少なくとも、『死ぬつもり』ではなかったと思うんだよね。」

「え……?」
うつむいたまま、涼の話を聞いていた瀬田が顔を上げた。

涼の声は、これまでとは違う、とても落ち着いたトーンだった。そして、その瞳は、やはり真っ直ぐに自分の瞳を捉えている。
瀬田はどきり、として涼から視線を外すと、彼女の次の言葉を待った。

「ヤマトが、古代進が生きていて、宇宙のどこかで必死で戦ってるんだ――ってのが分かったわけだからさ。『死ぬこと』は考えないんじゃないかな。
離れていても……一緒に生きるつもりだったんじゃないか、って私、思うんだけど。
『死ぬ覚悟』じゃなくてさ。『生きるためにする覚悟』ってのも、あると思うよ。
それに……。
それは……死ぬよりも苦しくて辛いことだったりしちゃうかも知れなかったり……。」
涼はそう言うと、わずかばかり瞳を翳らせた。

「なるほどな……。
ふうん。あんた、ナンも考えてねえのかと思ったら、そういうワケでもなかったんだな?」
瀬田は、ようやく笑顔を見せると、また軽口を叩いてみせる。

「……ぶっ散らばしたろか、このセクハラ戦隊!!でもって、その言葉、そっくりアンタに返してやる!」
涼は憮然とした。

「さて、と。お次は古代進を診にゃならん。顎の傷だけはちょっと深いから、あと1回、来てもらうからね。
今日はこれでおしまい。あ、それ、忘れないでよ?」
涼は椅子から立ち上がると、ビシッと書類を指差した。

「わかってるって!じゃ、次はもっと、やさしく診てくれよ!」
瀬田は、涼に向かってヒョイと顔を突き出し、にかっ、と笑った。

「ぐええぇ!!ばっ、バカヤロー!!もう、来るんじゃねえよ!ってか、次回は違うヤツに診させる!とっとと失せろ!」
涼は目を剥いた。



「あ。瀬田さん……。」
瀬田が診察室を出ると、進が待っていて声を掛けてきた。

「おう!」

「あんたに聞きたいことがあるんだ。」
進は顎をしゃくり、待合室に来るよう促した。

「かまわねえけど、先生、お待ちかねだぜ?」
瀬田は診察室のドアを振り返る。

「ちょっとだけでいいんだ。」
そう言って進は、スタスタと歩き出す。
瀬田は慌てて進の後を追いかけた。




(3)


ふたりは向かい合って待合室の椅子に座った。

「なあ、あんた。どうして俺を庇うようなマネをしたんだ?あんたと雪は確かに一緒に戦ったかも知れないが、だからって、俺の罪を被ることはないだろう?」

古代の問いに、瀬田の眼光がわずかに鋭くなった。そして、その目を古代に真っ直ぐに向けて言った。
「おまえに何があったか詳しいことは俺ぁ、知らねえけどよ。森だって……いろいろ背負ってんだ、って言いたかったんだ。
おまえのためなんかじゃねえよ……。すべて森のためだ。」

「雪の……ため?」
はっ、とする進。

「ああ、そうだ。俺達はな、森の護衛役だったんだよ。」
瀬田の声が、わずかにやわらかくなった。

「あいつにナントカっていう敵の将校を倒させ、更にバクダンの秘密を手にしてくることが俺達の部隊の役目だった……。
俺達は森を全力で守った。
あいつを例の将校殿に会わせて、サシで勝負させるためにな。
俺達は仕事と割り切っていたが――。
あいつぁ、自分の盾になって死んでったヤツらのことで、自分を責めてる……。
なんでもなさそうな顔してるけどな。苦しんでんだよ。
それに加えて、しょうもねえ噂があちこちで立ってやがるだろ。
だから俺ぁ、森の恋人だっていう、おまえにさ。しっかり守ってやって欲しかったんだ。

それが、どうよ?

森の胃に穴が開いて、ぶっ倒れた――って言うじゃねえか!
おまえはおまえでノイローゼだとかなんだとかで、おかしくなっちまってる、って聞いたが、でも、でもよ。それでも、あいつのこと、なんとかしてやって欲しかったんだよ。」

進は、がっくりと肩を落とし、深くうなだれた。
「そう、か……。情けないな、俺。」

「でもまあ……いいさ。人間、そう強くはできてねえからな。おまえの森への気持ち、わかったからよ。今からだって全然、遅くねえ。とにかく、大事にしてやれよ。な?」
瀬田は立ち上って進を見下ろすと、人懐こい笑顔を浮かべた。
そして、進の落ちた肩を元気づけるように叩いた。

と、その時。
「ふたり揃って何してんの?」
威圧的な声が背後から飛んできた。

――待ぼうけをくらって、オカンムリの神倉涼だった。

ぎょっとして振り返った瀬田が、慌てて答える。
「先生に彼氏はいるのかな〜、なんて話をしてましたぁ。」

「……やかましい!セクハラ戦隊!」
涼はつかつかと歩み寄ると、ボールペンを瀬田の背中をグリグリとねじ込んだ。
「いでいでいでっ!!」
へらへらしつつ、バツが悪そうな瀬田。

更に涼は、瀬田の襟元をぐい、と引っ張って顔を近づけ、ついでに進も睨んで言った。
「瀬田勇士、私、大事なこと、言いそびれてた。古代進も聞きな。
あのね。あいつらなら大丈夫だから。怪我は大事に至らなかったよ。
それにね。あんたらを告訴はしないってよ。但し、治療費はセクハラ戦隊と古代進にきっちり払ってもらうからね。それでとりあえずカタはつきそうだから。」

「もしかしてキミ、俺達のために骨を折ってくれたのか……?」

目を丸くしている進に、涼はキッパリと言った。
「いいえ。あんたらの大事な『彼女』のためです。」

「すまない……。治療費はきちんと支払わせてもらうよ。それくらいのことは……させてもらう。」
恐縮しつつ頭を下げる進。

一方、半ベソをかきつつ、拝みながら頭を下げる瀬田。
「う〜。俺は懐が痛ぇ〜!!傷より痛ぇ〜!!あのさ。なんとか治療費、まかんない?」

しかし、涼は冷たく言い放った。
「きっちり、いただきます!!」

「あうううう。」
がっくりと肩を落とす瀬田。

「あ、もうこんな時間かよ!?ベッピン先生、俺、もう帰っていい?」
時計を見て慌てつつも、愛想笑いを忘れない瀬田。

「……とっとと帰れ。」

「ちっ!つれないなあ、もう!」
瀬田は、ぶつぶつ言いながら帰っていった。


「さて、と。古代進。セクハラ戦隊と話が済んだんなら、後がつかえちゃうから早くしてくんない?」
涼は、くるりと踵を返し、首だけ巡らせて進を促した。




(4)


「神、倉先生……。その……キミには……いろいろ面倒ばかりかけてすまない。このとおりだ。」
診察室に入るなり、進は深く頭を下げた。

「ふふん、バカに殊勝なこと言うじゃない?しかも、私にアタマまで下げるとはね。」
涼は、にやっ、と笑って進を見つめた。

「いや。キミにはホントに感謝してるんだ。それに……。」

「それに?」

「いつまでも、このままでいるわけにはいかないだろ……?もう雪を苦しめたくないんだ……。」
進も真っ直ぐに涼を見つめ返した。

「ふふん。ひと暴れして吹っ切れた?」
ボールペンを指先でくるくると回しながら、にこやかに涼が訊ねる。

頬を掻きながら小さく笑って答える進。
「まあ……そんなところ、かな。」
それから上目使いにちら、と涼を見ながら呟くように言った。
「雪のヤツ、あんな風にいろいろ言われる中で、じっと耐えてたんだな、と思ってさ……。
俺、わかってるつもりで、全然、わかってやってなかった。」

進は、ひと呼吸おいて涼と真っ直ぐに向き合った
「でも、もう大丈夫だよ。俺、ちゃんと雪と向き合えそうな気がするんだ。」

涼は一瞬、目を丸くしたが、すぐににっこりと微笑んだ。
「そう、か。実を言うとね。あんたと彼女を会わせるの、当分ダメかなあ、なんて思ってたんだよね。根が深そうだと思って。
しっかりしてはいるんだけどさ、彼女のことだから、へなちょこのアンタ見ちゃったら、目一杯、背負い込んじゃいそうな気がしてさ。
あんたのこと、信頼してないわけじゃないんだけど……。あんたはあんたでキチンと――」

穏やかな眼差しを自分に向けている涼の言葉を遮って、進は力強く言った。
「俺は……大丈夫さ。」

「そうか……。わかった。」
涼は嬉しげに頷く。

「それはそうとね。今度のこととは別に、彼女の身体のことで話しておきたいことがあるんだけど。」

「何処か…悪いのか?」
涼の言葉に、進は顔色を変えて身を乗り出した。

「ウン。彼女の肩の銃創についてなんだけど。あ、傷自体は治ってて問題ないよ、全然。」

「ああ、うん……。」
不安げな進。

涼は口元に手をやり、真剣な眼差しで話を続ける。
「治療痕から察するに……。あれ、結構、重傷だったんじゃないかと思うんだ。本人もあんまり記憶にないようだから詳しいことはわからないけど。
デザリアム人が治療したのは銃創だけじゃないみたいなんだよね。それ以外にも手術を行ってる。胸にも傷痕、あったでしょ。あの痕はたぶん、そう。
高いところから落ちたって言ったよね。たぶん、頭を庇って肩から落ちて、粉砕骨折したんじゃないか――と思うんだ。それと肋骨もやってて、いわゆる多発骨折ね。合わせてその治療も行ってる。
で、開胸してあるってことは折れた肋骨が肺を傷つけたとみていいね。恐らく血気胸かなんかの手術をしたんだと思う。」

「大変だったんだな、雪のヤツ。撃たれて……あれだけの高さから落ちたんだ。当たり前だけど。」
古代は顔を曇らせ、小さくうつむいた。

「そうだね。でも、それだけ重傷だったのに、あの状況下で完璧ではないにしろ、ものすごい短期間で治しちゃってる。手術痕もキレイで殆ど目立たない。
医者としては、お見事!と感心したよ。彼らのお手並みを御教授願いたいくらいにね。
彼女を治療したデザリアム人の医学ってのは、やっぱし、かなり進んでたみたい。ほんと、敵味方なんかになってなかったら、彼らの医療技術を是非、学んでみたかったよ。
ただ、私が気になるのは――血液なんだよね。」

「血液?」

「ウン。察するに出血量はそれなりにあったと思うんだけど、それをどう輸血したか――。それが気になるところなんだよね。
地球人のものを使用したのか、それとも何か特別な――人工的なものを使ったか。
現時点では、これといった異常はないようだけど、彼女の身体はもちろん、あらゆることを考えてみて、私としては、できれば定期的に――」

「神倉くん!!」
不意に、ドアが開き、威圧感のある声が涼を呼んで、彼女の言葉は遮られた。




(5)


「部長!!」

声の主は、銀縁のメガネをかけた痩せ型の、いかにも神経質そうな外科部長だった。
「神倉くん、それには及ばんよ。心配無用だ。きちんと検査は行った。」

「でも、部長、相手は異星人ですよ?」
涼が立ち上って反論する。

「神倉君。キミはニューヨークのオコネル博士に招かれているんだろう?企業でいえば栄転だよ。キミは1ヶ月後には、ここからいなくなってしまう身だ。
彼女のことは私達に任せておけばいい。」
外科部長はメガネを持ち上げながら、胡散臭そうに眉を顰める。

「でも部長!!」
不満そうに食い下がる涼。

「大丈夫だ。今でこそ長官の秘書などやってはいるが、そもそも森君はここの看護師だったんだ。言ってみれば身内みたいなものだよ。何かあればすぐに対処する。」
外科部長はあくまでも冷ややかに答える。

「ですが、私が言いたいのは――」

「我々のすることでは不満かね?有望株の神倉君!」
なおも食いついていく涼に、彼は語気を荒げ、皮肉をたっぷり込めて一喝した。

「いえ。そんなことは……。こちらにいる間は……と思いましたが出すぎたようですね。取りあえず別件で生検のオーダーは出しておきます。それに合わせて私の所見……まとめて出しておきますので。」
涼は、歯を食い縛るようにして引き下がった。

「ああ。目を通しておくよ。」
外科部長は、ぞんざいに言い放って出て行った。

進は呆気に取られて、その様子をただ見守っていた。


「ごめん。みっともないとこ見せちゃったね。どうも私はここじゃ好かれてないもんでね。ここじゃなくても――だけど。」
涼は、バツが悪そうにうつむき、ちょっと悔しそうに言った。
しかし、すぐさま顔を上げると、元気に微笑んでみせる。
「んなワケでさ。彼女のことは一応、キチンと引き継いでいくけど……。でも、何かあったらいつでも私に連絡してくれる?」

進は、ああ――と頷いたが、少し考えてから言った。
「でも、わざわざ勉強中のキミを呼び出して手を煩わすこともないんじゃないのか?ここの先生だって、みんな優秀だし――ちゃんと診るって言ってくれてるんだ。それに俺達にとっちゃ主治医のような存在の佐渡先生だっている。キミの……親代わりだっていう川原先生だっていてくれるんだし。」

「そう……だったね。私が出るまでもない、か。」
涼は、やや淋しげな微笑を浮かべると、少し俯いた。

「いや、そういう意味じゃないんだ。できることなら君に続けて診てもらいたいくらいさ。」
進は慌てて否定した。
そして久方ぶりの、穏やかな表情を見せると、涼に微笑みかけながら付け加えた。
「キミの評判、聞いたよ。実に丁寧に患者を診るんだってね。だけどその、ナンとかっていう教授に呼ばれるってのは、すごく、名誉なことなんだろ?それにキミは前に、自分は一人じゃないって言ってたじゃないか。頑張ってこいよ。ニューヨークで。」

進の言葉に、涼はちょっと照れ臭そうに微笑む。
「有り難う、古代進。ま、あっちに行くのは1ヶ月先のことだし、それまではワタシがきっちり診るよ。」

「ああ、頼むよ。」

微笑みあって。
進と涼の間に、初めて穏やかに和らいだ時間が流れた。




(6)


「キミ、いくつだったっけ?」
ふと訊ねる進。

肩をすくめて答える涼。
「女にトシを聞くとはね。17だけど。ぼちぼち18、番茶も出花。」

「ぷっ。ヘンなヤツだ。」
思わず吹き出す進。

「よく言われる……。」
にやり、とする涼。

「17……か。」
どこか一点を、ぼんやり見つめて進がぽつり、と言った。

「何が言いたいわけ?」
怪訝な面持ちの涼。

「オトナ、だな――と思って。
サーシャ……。生きてれば君と、いい友達になれたかも知れないな。」

「ウン。そう、だね。ワタシも……実は同じ年頃の友達っていないからな……。会ってみたかった、って心底、思うよ。」
涼は、やさしい眼差しを進に向けて、そう答えた。

「ねえ、古代進。彼女のことにしてもサーシャのことにしても……悔やむだけでアンタの人生が終わっちゃったら、それこそ罪だとワタシは思うんだよ。」

「ああ、そう、だよな。でも、心配するな。俺はもう……大丈夫さ。」

大きく頷き、力強く応える進に涼は微笑んで言った。
「だったら……。行ってやったら?待ってるよ、彼女。何も言わなくてもさ、ただ抱きしめてやれば?それだけでも充分、伝わるんじゃない?」

「ああ。」
進は鼻の下をこすりながら頷いて、ちょっと頬を赤らめて言った。
「その、神倉……クン。」

「なに?」

「ホントにいろいろ、有り難う。」

「え?あ。ああ……。どういたしまして。
あ!肝心なあんたのキズの具合を診るの、忘れてたじゃない!!」

――やれやれ。やっと出口が見えたかな。
ワタシも誰かと分かち合って生きていきたいもんだわね。温もりも寒さも痛みも誰かと……。
ね?古代進。









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Chapter 5          CONTENTS          Chapter 7