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Chapter 7
Darkness ends. By two angels' gloriole.


真っ暗な泥海の中から、ふたたび光の中へ。
俺は、ふたりの天使に救い上げられてここにこうして立っている……。


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(1)


進は雪の眠るベッド脇に静かに佇んだ。
処方された薬のせいなのか、穏やかな寝息をたてて眠る雪を見下ろす。
進はおずおずと手を伸ばすと、雪の頬にそっと触れた。
(雪……。ずいぶん、痩せちゃったな。みんなみんな俺のせいだ。ごめん。ごめんな。)
やつれてしまった雪に、進の胸は激しく痛んだ。
雪にどれほど謝っても償いきれない気がした。

もう大丈夫だから――。
神倉涼にそう言ったものの、進は雪にどう言葉をかけたらいいか、わからなかった。
きゅっと唇を噛む、進。

――何も言わなくてもさ、ただ抱きしめてやれば?それだけでも充分、伝わるんじゃない?
涼の言葉を思い出す。

進は深い吐息を落とすと、ベッド脇のイスに腰掛けた。
と。
雪の顔がわずかに歪む。
起こしてしまったか、と進は動きを止めて、雪を覗き込んだ。

人のいる気配に、雪の意識は眠りの世界から現へ、ゆっくりと戻っていく。
瞼が薄く開く。
しかし、瞳にぼんやりと映るイメージは、まだ狭間を漂う雪の意識を覚醒へと導いてはくれなかった。
わずかに影が動く。

ぼやけた輪郭は、それでも見覚えのあるもの……。

「……。」

「ごめん。起こしちゃったな。」

頭の上から、降ってくる声……。
掠れてはいるけれど、それは雪のよく知る、忘れるはずのない、やさしい声。

ハッと、意識を現実に引き上げる。

「古代……君?」

自分を見下ろすぼやけた輪郭は、しっかりと愛するひとの顔を形作った。
――夢、じゃない……?古代君……。

「古代君!つっ……。」
がばっ、と。
布団を蹴飛ばす勢いで起き上がって、手術痕のちくりとした痛みに雪は反射的に腹部を押さえた。

「ばっ、バカ!!」
進は思わず身を乗り出して、彼女の身体を支えた。
その腕を雪が、きゅっと掴む。

「だ、大丈夫か?」

心配そうな進の声に、雪はゆっくりと顔を上げ、小さくこくり、と頷くと、まじまじと進の顔を見つめ、微笑みとともにその目に、じわり、と涙を浮かべた。

進は、なんの心の準備もないまま、雪と向き合ってしまったことで、彼女に伝えるべき言葉が見つからないまま、口籠った。
「お、俺……。俺、キミに酷いこと――」

雪は、しがみつくように進の両腕を掴んだまま、首を横にを振る。
「もう、何も言わなくていいから。」

「だけど。だけど、俺は――」
何か言わなければ。
伝えなければ。
そう思うのだが、彼女への罪の意識だけが大きく膨らんで、進は声をつまらせた。

わかっているから。
もういいから。
ただ古代君が傍にいてくれるだけで……それだけでいい。
――そう言って、進を見上げる雪の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

目の前の雪がいじらしくて。
そして、愛しくて。
胸が、じん、と熱くなる。
進はもう何も言えなくなった。

「ごめん。ごめんな、雪。」
それだけ。
それだけやっと言うと。
やせ細ってしまった雪を、ぎゅうっと抱きしめた。

「あったかい。古代君の胸の中があったかいこと、忘れてた。」
泣きながら、小さく微笑む雪。

「雪……。俺もだよ。君のあたたかさを忘れていた……。
ほんとにごめんな。キミだってずっと辛かったのに、俺、自分のことしか見えなくて……。
だけどもう、大丈夫だから。ホントに大丈夫だから。」
鼻の奥がつん、として、目頭までもが熱くなって、後はもう言葉にならない。

雪は頷いて。
進の胸の中で吐息のように呟いた。

「やっと、やっと古代君が帰って来てくれた。」

「ああ。ただいま。俺の大事な雪……。」

進は涙に声をつまらせながら、そう言うと――。
雪の想いに応えるように、額に。
涙に濡れた両の瞼に。頬に。
そして、愛らしい小さな唇に、そっと口づけた。




(2)


進はベッドの端に座り、雪の肩を抱き寄せ、雪は進の肩に寄りかかって。
ふたりは久方ぶりに、互いのぬくもりを確かめ合った。
まどろむように進の肩で目を閉じている雪の横顔を、安らいだ瞳で見つめながら、進はふと、呟いた。

「夢を……見たんだ。」

「夢?」
雪は、そっと目を開けた。

「うん。」
進は頷いて、微笑んだ。

「どんな?」

「サーシャの夢。」

「サーシャちゃんの……夢?」
雪は、肩に預けていた頭を起こすと、彼の横顔を見つめた。

「うん。」

「どんな夢?話して?」
雪は静かに訊ねる。

進は、陽が傾き出した窓の外に、ちらと目をやって、穏やかな表情で話し出した。



「どこだかわからないんだけど、サーシャが海辺にひとりで佇んでるんだ。
最初、驚いたけど……あんまり自然に彼女がそこにいたものだから、むしろ、あの戦いの方が夢だったんだって思えるくらいだったよ。

俺、嬉しくてさ。声をかけたんだ。
そしたらサーシャは、ゆっくり振り返って――『やっと気づいてくれた』って、そう言うんだ。

それから……。
俺に会いたくてずっと呼んでたのに、ちっとも返事してくれなかった――って。
だから俺……。
気づかなくてごめん、って謝ったんだけど。」


そこで言葉を切ると、進はちょっと困ったように笑った。
雪は、少し考えてから、そんな進をまっすぐに見つめて言った。
「夢なんかじゃなくて、サーシャちゃん、ホントにあなたのことを呼んでたのかも知れないわね。」

「え?ああ……。そうかな……。そう、かも知れないな。確かにあれは夢のハズなんだけど、夢じゃないみたいな夢、だった……。」
進は納得したように頷く。

「きっと……あなたが心を閉ざしていたから、サーシャちゃんの声が聞こえなかったのかも知れない。」

「……そうか。きっと、そうだね。」

進は、夢の中に出てきたサーシャを、もう一度、思い浮かべた。



ねえ、おじさま。

(おじさまおじさまって、言うな。)

だって、おじさまじゃない。

(そうだけどさ。)

ふふふ。
ねえ、おじさま。
おじさまは……私のことが好き?

(え?なんだよ、藪から棒にそんなこと……。)

ふふ。困ってる、困ってる。赤くなってるし。

(ばっ、バカ!オトナをからかうんじゃないって、言っただろ!)

ふふ。ごめんなさい。でも、おじさまって、意外と子供みたいよね。

(うるさいぞ!子供なのはおまえじゃないか!
それに……そんなこと聞かれるまでもなく、その……好き…に決まってるだろ!大体おまえは俺にとって大事な姪なんだから!)

そう、よね……。意地悪してごめんなさい。
でも、好き……って言ってもらって、私、素直に嬉しい。
だって、私もおじさまのこと、大好きなんだもの。

(う、ん……。)

ねえ。

(なんだ?もう、オトナをからかうのはよせよ、まったく!)

違うわよ、あのね。

(……うん?)

お願いだから……。
私のことを悲しい思い出にしないで。
私のことを悲しい記憶のまま閉じ込めたりしないで。
私にとって、おじさまとの思い出が、どれだけ輝かしくて、どれほど素敵なものだったかわかる?

(サーシャ……。だけど、俺は、俺のせいでキミは――)

違うわ、おじさま。
そんなふうにおじさまが思い続けていたら、本当の私がいなくなってしまう。
私の命は終わっても、私にはさよならじゃないのよ。
わかって……。
わかって、おじさま。

……。

ねえ、おじさま。
私との思い出はおじさまの中で、ほんのわずかでも輝いている?





(3)


「サーシャちゃん、あなたへの想いをきちんと伝えたかったのね。
ねえ、古代くん。私、思うんだけど……。
サーシャちゃんの中であなたは生き続けているのよ。
だから彼女はあなたに『さよならじゃない。』って言ったんじゃないかしら。」

「サーシャの中で?俺が……?」

「ええ、そうよ。
私にもわかるわ。サーシャちゃんの想いが。」
雪は、暮れてゆく窓の外を見やって、静かに微笑んだ。

ふと、雪が進を見つめた。
「それはそうと……。ねえ、古代君。その顔……」

「あ……。」
――いや、これは……と口籠りながら、バツが悪そうに鼻の下をこすると、進は苦しい言い訳をした。
「ストレスを発散しようと思って、その……。ちょっとボクシングの真似事みたいなのをして、それで……。あ、相手も強かったし……。だからちょっとその、ムキになってハメを外しすぎただけなんだ。それにコイツは君が心配するほどのキズじゃないし。だから――」

雪は進の言葉を遮るように、首を横に振った。
私のせいね――と言おうとして、雪はその言葉を飲み込み、代わりに進の腫れぼったい顔を、労るようにそっと撫でた。

本当は知っていた。
隠していても、わかっちゃうだろうから――と、傷の原因について涼からおおよそのことは聞いていたのだ。
自分のことで進が傷を負うのはイヤだったけれど。
彼は彼なりに出口を見つけようとしてのことだから大目に見るように――という涼の言葉にも頷けた。

雪は小さな溜め息をつくと、ホントにしょうがいない人なんだから――とでもいうように、苦笑する。
「もう、何も聞かないことにする。でも、無茶なことはしないでね?」

「ウン……。」
進は決まり悪そうに、うつむき加減に小さな返事をした。

雪はそんな進の姿が、まるで小さな子供のように見えて、思わず、くすり、と笑った。
伺うように見ていた進も、照れ臭そうに笑った。
ふたりはまっすぐに向き合い、声を上げて久しぶりに笑った。
腹の底から笑った。

「いたたたたた!笑いすぎて傷に響いた。」
「バカだなあ!モノには限度ってモンがあるんだよ。」
「もう!古代君が笑わせたのよ!」
「ちぇっ。俺のせいかよ。
いや……。
俺のせい、だな。」

進は、今一度、雪を強く抱きしめた。
雪は、胸の奥深くに溜めていた憂いのすべてを吐き出すように、進の腕の中で、深く、長い吐息を漏らした。
進の抱擁は、病み衰えた身体には苦しくて痛いほどだったけれど、ようやく長い呪縛から解き放たれた雪には、むしろ心地よいとさえ感じた。

そしてその心地よい痛みの中で。
もう、何も怖くない――と、雪は思った。
進もまた。
雪の温もりと鼓動を胸に感じながら。
もう、決して悲しませたりはしない――と、心に誓った。



ただ、ふたりは知らなかった。
扉の外で――。
回診に訪れていた神倉涼が、病室に入れずにひたすら待たされ続けていたことを。




(4)


翌朝――。

「検査結果に問題がなければ、そうだなァ……、土曜には退院していいかな。ちょうど、日もいいことだしね。」
雪の検査を一通り終えて、涼はにこやかにそう伝えた。

「そうですか!良かった……。先生、いろいろ骨を折って下さったんでしょう?この程度なら、もうとっくに追い出されてもいいくらいなのに。」

半ば喜び、半ば恐縮する雪に、涼は苦笑いしながら答えた。
「まあ、ここの方針からすると、森雪程度のを置いとくのは長くたって1週間だからね。あんたはここの身内みたいなもんだから『特別』が利いちゃったけどね。
それはそうとさぁ、個室料金って高いね〜。さっき、事務のお姉サンの端末のぞいて仰け反っちゃたよ。『これ、請求するのかァ?』って。多少の関係者割引があるにせよ、貧血起こしそうだったよ。ま、私が払うわけじゃないし、とにかく、あんたが『お嬢さん』でよかったよ。」

「え……?」
固まる雪。

「『え……?』え?」
固まる雪に固まる涼。

「くらくらしてきた……。」
雪は、かくんと大袈裟に首を落とした。

「だよね?やっぱし?」
肩をすくめる涼。

「ええ、痛みます。懐がズキズキと。また臥せっちゃうかも知れない……。」
俯いたまま、呻くように答える雪。

「あははは!」
「ふふふふ!」

一瞬の間を置いて、ふたりは同時に笑った。

「ま、よかったよ。冗談言えるくらいにまで回復してくれて。これも古代進効果、かな?」

「え?あ……。そうなのかな……。」

頷いて、ぽっと頬を染める雪に、涼は呆れたように白目を剥いた。
「はぁ……。やれやれ。あんたのそういう純情なとこ、かわいいっていうかさ、憎めないよね。」

「やだもう……。」
雪は、年下のくせに冷やかすような口ぶりの涼に口を尖らせ、ますます顔を赤くする。

「今、年下のクセに!とか思ったでしょ?あたしゃ、あんたらのことを年上のクセに!と思ってますよ。」

「……。」
口では涼に敵わないと思ったのか、雪は口元を引き攣らせたまま頬をかいた。

「ふふん。まあ、バカ話はこれくらいにして。あんたの身体のことだけど。こないだ言ったこと、覚えてる?」

「ええ。」

「部長は問題ないって言ってたけど、私としてはやっぱり気にかかるからね。少しでも身体に違和感あったら、すぐに酒造ちゃんにでも話して診てもらうこと。わかったね?」

「わかってます。」

「これがなあ。あやしいんだよなあ。あんたにしろ古代進にしろ、現場主義の軍人さん方は無理も無茶も平気でする輩だからなあ。」

「信用ないなあ。」

「信用してないから。」
涼はにっ、と笑った。



部屋から出ると、昨日、締め出しをくった自分のように、古代進が廊下に突っ立っている。

「お、彼氏殿。来てたんだ。」
にやり、とする涼。
どうも――と、やや前屈みに、照れ臭そうに歩み寄ってくる進。

「遠慮しないで入ってくればよかったのに。」

「あ、いや、昨日の今日だし……。その、先生にはすまなかったな、って。」

「あ〜、そのことね。ま、大目に見とくよ。ここのリハビリってことでね。」
決まり悪そうに鼻の頭を掻く進に、涼はそう言って、にやりとすると、彼の胸を冷やかすように人差し指でつついた。

「今ね、土曜には退院できるって話してきたとこ。」
話しながら涼は、進の顔を覗き込んで傷をチェックすると、うんうん、と満足そうに頷いた。

「そうか!」
進の顔が、ぱあっと明るくなる。

「よかったね、古代進。」
微笑む涼。

「本当に先生には感謝しているよ。ありがとう。」
進は照れ臭そうに右手を差し出した。

「まったく、面倒なカップルだったけどね。」
涼はからかうように言ってそれに応える。

「あんたが戻ったんなら、森雪ももう大丈夫でしょ。」

「ああ。ありがとう。ホントに何から何まで世話になってしまって……。」

「ま、おシゴトですから気にしないように。」

「そうだけどさ。キミがいなかったらきっと、俺は――」

「ま、私も多少の手伝いにはなったかも知れないけどね。でも、あんたを支えたのは私じゃないよ。よく周りをみてごらん。あんたはひとりじゃないんだよ。
酒造ちゃんはもちろんだけどさ。しろうちゃんにしろライバル君にしろ、心底、心配してくれるような仲間がいるってのは、幸せなことなんじゃない?――とワタシは思ってるんだけど。
それに、彼女の両親も自分の娘よりもむしろ、あんたのこと、気にかけてくれてたんだよ。」

「う、ん。」

「まあ、少なくともそこんとこ、忘れないでおきなよね。」

「ああ……。」

「わかったんなら、ねえ、古代進。」
2つの翡翠の瞳が涼やかに揺れて、進を真っ直ぐに見据える。
進は顔を上げると、おだやかな表情で、その視線を逸らすことなく見つめた。

涼は、やわらかく微笑みながら小首を傾げると、静かに言った。
「ちゃんと……責任持って生きなよ?」




(5)


退院の日――。

大きな手術に入っていた神倉涼は、ふたりと言葉を交わすことができなかったが、なんとか間に合って、病院を出て行く二人を窓から見送ることができた。
寄り添う二人の姿を見ながら、涼は大きな欠伸をする。

「ふあぁ〜あぁっ、ふぃ〜っ、と!ああ……。なんか今回は、『ひと仕事終えたーっ!』っつう気がするなァ〜。つっかれたァ〜〜っ!!」

通りかかった川原が、涼に気づいて足を止めると、彼女に倣って窓の外を覗いた。
「お?あの二人、帰ったのか?」

「ええ。仲睦まじくお帰りです。
しかしナンですね。世話の焼けるカップルでしたね。特に古代進のヤツ、カムバックしたかと思ったら、あのとおりデレデレですよ。アホくさ!」

「ま、よかったじゃないか。めでたし、めでたしで。」
川原も、にやにやと顎を撫でながら二人の後ろ姿を眺めている。

「ええ、そうでしょうとも!あ〜、なんかムカムカしてきちゃったな!
ワタシなんか、疲れた身体にムチ打って、これから部長んところにお呼ばれですよ。多分、説教です。」
そう言って涼は深い溜め息をついた。

「そりゃ、気の毒にな。何やらかした?」
川原は、にやにやしながら片側の口角を持ち上げた。

「部長が診察した患者を私が横取りした件。」
がっくり肩を落としている涼。

「なんだそりゃ?」
どこか面白がっているような川原。

「ほら、部長殿の患者が一昨日、急変したじゃないですか。あれ、私が診たんですよ。それがどうにもお気に召さなかったようで。」
うらめしそうな涼。

「なるほどな。」
頷きながら川原は笑いをこらえた。


「あ〜こらこら!公衆の面前で、ってか、私の眼下でほっぺにちゅ〜とかしてんじゃねえっ、バカップル!!
まったく人の気も知らんとなんなんだ、あの二人はっ!!いちゃいちゃ、いちゃいちゃ、まったくもうっ!!」
もう一度、窓の外を覗いた涼は、身を乗り出してまくしたてた。

その尻を蹴り上げて、川原は言った。
「おまえもうるさいよ!とっととニューヨークに行って、彼氏、見つけて来いや!」

「うわぁっ!落ちるじゃないですか、先生っ!どうせ私はフラれましたよ!ひとり身ですよ!不毛な日々ですよ!このクソじじい!」
涼は口を尖らせると、川原の尻を蹴飛ばし返した。

「イテッ!やったな!このクソガキっ!!」



古代進と森雪が、肩を並べて振り返る。

「二度と来んな、このバカップルぅーーーーーっ!」
最上階の窓から、涼の罵倒が降ってきた。

(あいつ……。)
進は苦笑した。
ふと雪を見やると、彼女も楽しそうに微笑んでいる。

人は、なんと不器用で弱い生き物だろうか、と進は思う。

落ちるところまで落ちて。
傷つけ傷ついて。
大切なものまで失って、やっと気づく何かがある。

そうしてようやく。
前よりも深く。
誰かを愛することができるのだ。

真っ暗な泥海の中から、ふたたび光の中へ。
俺は、ふたりの天使に救い上げられてここにこうして立っている……。

それに……。
サーシャ。
キミとの思い出は俺の中でも輝いているよ。
ほんとさ。
確かに今は悲しい痛みを伴ってはいるけれど。
でもキミとの日々は、俺の中で眩しいくらいに輝いているよ。


進は涼に向かって大きく手を振ると、愛しいひとの肩をぐい、と引き寄せ、眩しそうに空を仰いだ。



俺はこの痛みを忘れない。
そして……。
責任持って生きていくよ。


何より大事な雪と一緒にね。









///// END /////








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Chapter 6          CONTENTS          あとがき