BAR ORCHID
エレイン・ハサウェイは、オーキッドという小さなバーを営んでいた。
夫は宇宙戦艦の整備士だったが、大きな爆発事故に巻き込まれて死んだ。それは娘のシャーロットが生まれる、ほんの2週間前のことだった。
エレインは温厚で明るい女だった。
出産を目前にして夫を失うという不幸にみまわれたが、生まれた娘を思い、気丈に生きた。
店に来る客達も、そんな彼女をを慕い集まってくる者ばかりで、シャーロットは、気丈でやさしい母と客達からの愛情で育ったと言っても過言ではなかった。
エレインと親しかった、いや、彼女とは公認の仲であったバーテンの永田諒介は、軍から出された避難勧告に従って、エレインに店を閉めさせ、彼女の父親の家に身を寄せていた。
父親を知らないシャーロットは、永田を父のように思い慕っていた。
そんな彼女にとって3人で過ごす日々は、こんな時ではあったが、むしろ限りなく幸せに思えたのだった。
その日――。
エレインの父を残し、3人は荷物を取りに、たまたま店に戻って来ていた。
間が悪いとは、このことをいうのだろう。
12ブロック周辺は、敵からの激しい攻撃に遭い、逃げ遅れた住民達は無差別に殺戮された。
オーキッドの向かいの家は吹き飛び、隣りの店から銃声と悲鳴が聞こえる。
親しい隣人達の死。
不安と恐怖の中でハサウェイ母娘と永田の3人は、店の奥で肩を寄せ合い、息を殺すように潜んでいた。
聞いたことのない言葉が聞こえ、バタバタと走る音が店の前で止まった。
「エレイン、俺が出る!じっとしてろ!シャーロット、おまえは納戸に隠れるんだ。いいか?何があっても絶対に出るんじゃない。わかったな!」
永田が厳しい表情で言う。
「シャーロット。俺はお前とお前の母さんが大好きだ。特にお前のことは…ホントの娘みたいに思ってたよ。俺は死ぬかもしれんが…いいか。母さんを大切しろ。何があっても生きろ!それが俺の願いだ。わかったな。」
永田は限りなくやさしい瞳でシャーロットを見つめ、力いっぱい抱きしめると、彼女の額に、そっとキスをした。
「今のは絶対に死なないまじないだ。よしっ、行け!」
シャーロットは涙を堪えて納戸に走った。バタンとドアを閉める。
「エレイン。お前、俺が死んでも取り乱したりなんかすんなよ。何がなんでもシャーロットを守って生きろ!」
「諒介!」
永田は愛するエレインを熱い眼差しで見つめる。
「愛しているよ。」
永田はエレインの細い身体を、がっと抱きしめる。そしてその震える唇に、そっと自分の唇を押し当てた。万感の思いのこもった短くてやさしいキス。
「これ、不法所持で捕まっちまうかな。」
永田は銃を2丁、取り出して小さく微笑んだ。
実は彼は、かつて軍に所属していたのだった。
しかし暗黒星団帝国の侵略の時、負傷し退役した。
その際に、銃を返還せず、こっそり隠し持っていたのである。
一つをエレインに手渡す。
「これで自分とシャーロットの身を守れ。この銃は反動がないから、おまえでも撃てる。なあに、至近距離なら当たるさ。」
努めて明るく振舞う永田。
悲痛な面持ちで見つめるエレイン。
「死なないで!諒介。」
「俺だって死にたくはないさ!」
永田はニヤッ、と笑うと銃を持ち、ドア脇に身構えた。
二人を死なせるもんか――。
俺が守る。俺が守るんだ!!
キイッ、とドアが開く。
「うわあああああっ!!」
永田の絶叫!!
交錯する銃声!!
そして――。
エレインは耐え切れなかった。
むざむざと愛する男を殺されたくなんかない!!
永田に渡された銃をぎゅっと握り締める。
恐怖に震える心と身体を奮い立たせるように、エレインは深呼吸をする。
「諒介ーっ!!」
悲鳴にも似た声で叫ぶと、敵兵に向かってカウンター越しに発砲した。
「ぐわっ!」
エレインの銃弾は敵兵の一人に当たった。しかし、素人の腕では致命傷にはならず、肩を撃ち抜いただけだった。
「このアマぁ〜っ!!」
敵兵は逆上し、エレインに向けて発砲しようとした。
「やめ…ろっ!」
胸を撃たれ、虫の息だった永田は敵兵の足を、ガッと掴んだ。
「てめえ。まだ生きてやがったのかっ!」
ギュン!
永田は頭を撃たれ、声もなく絶命した。
「ふう!」
なおも反撃しようとするエレインに小柄な敵兵が発砲して手元から銃を弾いた。
「馬鹿野郎!どこ狙ってんだ!確実に仕留めろ!」
小柄な兵士に向かって別の兵士が怒鳴りつけた。
「ナメたマネしやがって!コイツの女か!勇ましいこった。」
リーダーらしき男がカウンターを飛び越えると、エレインの胸倉を掴み、カウンターの外に引きずり出した。
「おまえら、よくも俺の部下を殺ってくれたな!だが、これまでだ。おい、若造!来るんだ!」
男が顎をしゃくると、うつむき加減の小柄な兵士が、おずおずと現れた。
顔を上げると、彼はまだ年の頃は14、5といった少年だった。
「おまえ、撃て。おまえがこの女を殺れ。」
「でも――。」
「何を怖気づいてやがる?こいつらに仲間を一人殺されたんだぞ?大きな損失だ。なあに。度胸試しだと思えばいい。」
リーダー格が言う。
「そうだ。それに、この女、俺を…撃ちやがった。」
肩を撃たれた男は苦々しげな表情でエレインを睨みつけた。
「で、できません。自分には――。こんなやり方は――。できません。」
「馬鹿野郎!てめえを拾ってやったのは誰だと思ってる?てめえも死にたくなければ殺るんだ!」
男はエレインの両手を後ろ手に縛り上げ、壁を背にして立たせた。
「さあ、撃て!」
「うっ……。で、できません!」
「意気地がねえな!」
別の兵士がニヤニヤしながら歩み寄ると、後ろから少年の両腕を取ると、エレインに向かってトリガーを引いた。
ギュン。
エレインは小さな悲鳴を上げて、ゆっくりと崩折れる。
彼女は胸を撃ち抜かれ、床にうつ伏せに倒れたまま、ピクリともしなかった。
「あ……ああ……。なんて……。」
少年は銃を握ったまま、顔を覆った。
「ひどい……よ。こんなのって……。」
(俺じゃない。俺が撃ったんじゃないぞ――。)
少年は、がっくりと膝をつき嗚咽した。
「ったく、鬱陶しいガキだな。」
兵士達は苦笑した。
「行くぞ、役立たず!後で鍛え直してやる!!」
リーダー各の男は、少年を引きずるようにして店を出て行った。
ひとり残されたシャーロットは、ドアの隙間から事の一部始終を見ていた。