捜索 〜 ひとりぽっちの少女 〜


雪と兼良は、そのままコンビを組んで第6エリアにジープを走らせていた。

「これじゃあ……とても生きてそうにないな。それに、この辺りの住民の避難と救出は済んでいるはずだし。」
兼良は眉をひそめた。
「ほんと。ヒドイわね。」
雪は破壊され焼けた町並みを眺めながら辛そうに小さな溜息をついた。

「そろそろ12ブロックだぞ。この辺はあんまり被害を受けてないようだな。」
兼良はジープのスピードを落とした。

「店の名前、なんて言った?」
「確かオーキッドって。オーキッドっていう小さなバーだって言ってたわ。」

12ブロックの一角は被害が少なく、老人の言っていた店の無事も期待できそうな気がした。

「あ!あれじゃない?」
雪が身を乗り出して叫んだ。

小さな店が残っており、『BAR・ORCHID』というネオンサインがあった。

「ホントだ。間違いない。あとは無事、生きててくれればだけど。」
兼良は祈るように呟いた。


二人は車から降りて用心深く店に近寄った。
「なんだかイヤな気配だなァ。敵さん、どっかに潜んでる可能性がある。慎重に行こうぜ。」
雪は兼良の言葉に無言で頷く。

銃を構えて兼良がドアを開ける。

沈黙――。

「うっ……。」
店の中に入った途端、二人は思わず顔をしかめた。

血の臭い。


ドアに近いところに二人、倒れている。
一人は40がらみの男性だった。
胸と頭を撃たれて死んでいる。
あまりの惨たらしさに雪は辛そうに目を伏せた。
もう一人は敵兵だった。

「相討ち……だったのかな。」
兼良が呻くように言った。

「たぶん、違うわ。胸は撃ち合った時のものだと思うけど……。その後に、別の敵兵に報復されたんじゃないかしら。この頭の損傷……銃口を押しつけられて、そのまま撃たれたんだと思う。恐らく彼は抵抗できない状態だったんでしょうね。ホントに……ひどいことを……。それに彼、死んでからあまり時間が経ってないかも知れない。敵兵が近くにいる可能性が高いわね。」

兼良は答えず、あんぐりと口を開けて雪を見つめた。
(森ィ〜、おまえ検死もするのかよ!)
雪の分析に兼良は呆れたように肩をすくめた。


「おい。奥にも一人いるぞ!」
兼良が声を上げた。

そろそろと近寄ってみる。
女性だった。胸を撃たれている。

ここで何が起こったか、二人はおおよその見当がついた。
顔を見合わせて重い溜息をつく。
「ひでえことしやがる……。」
兼良は呻いた。

雪がすかさず生死を確かめる。
「……あ、まだ生きてるわ。」
「ほんとか!」
兼良が嬉しそうに叫んだ。

(でも…もう手遅れね――。)
傷の状態と出血量を見て、雪は悲しげに目を伏せる。

「助けに来たわ。」
雪は女性の耳元で言った。
「もう大丈夫よ。助けに来たわ。」
「あ……。シャ……ロ――」
瀕死の女性は殆ど聞き取れないような声を必死で絞り出し、雪に何かを訴えようとする。
「何?他に誰かいるの?」雪は口元に耳を近づけた。
「シャ……ロッ……ワタ…シの…むす――」
「娘さんね?娘さんがいるのね?何処にいるの?」
女性は懸命に首を巡らし店の奥を見た。

「兼良クン。」
雪に促され、兼良は店の奥を探した。


荒らされたカウンター。
下を覗き込んだが、いない。割れた酒瓶が散乱している。
アルコールの匂いで、いるだけで酔いそうだ。

トイレ…にはいない。

トイレの中の物置、いない。

(うん?)
トイレの向かいのドアが少し開いている。

(納戸?これか?)
兼良は思い切ってドアを開けた。

「!」
兼良は息を呑んだ。

少女が壁にもたれるようにして膝を抱え、小さく丸くなって座っていた。
目を大きく見開き、全身をがくがくと震わせている。

兼良は思わず少女を抱き上げた。
耳元でやさしく囁く。
「助けに来たぞ。よく頑張ったな。もう大丈夫だ。大丈夫だぞ。」
少女は兼良にしがみついた。

「……さん。」
少女は掠れた声で何か言おうとした。
「何?」
「かあ……さん。」
少女は声を絞り出す。
「うん。待ってな。今、会わせてやるぞ。」
兼良は少女を、やさしく抱きしめながら雪に声を掛けた。

「おおい、森!女の子がいたぞ。外傷はない。ただ精神的なショックが、かなり大きいようだ。」
「わかった!兼良クン、急いでこっちに連れてきて!時間がないわ!」
雪は返事をすると、女性に声を掛ける。
「喜んで。娘さんは無事よ。怪我もなくて元気よ。今、連れて来るわ。」

兼良が少女を抱えて小走りに戻ってきた。


「娘さんよ。」
「かあ……さん?母さん!!母さん!!」
少女は兼良の腕から飛び出すと、母親に取りすがった。
「シャ…ロット。よかっ……た。ごめん、ね……。」
娘の無事を確認すると、母親は、わずかに微笑んで息絶えた。

「母さん!母さん?母さんてば返事してっ!なんで?どうして?一人にしないで!母さん!いやだよ、私。一人なんてイヤだよ!置いてかないでっ!母さんっ!!」
少女は母にすがったまま、その身体を大きく揺すって叫んだ。
「母さんっ!起きて!起きてよ!なんで死んじゃうの?どうして……。」

雪も兼良も言葉を失い、ただ立ち尽くしていた。


薄暗い店の中、少女の嗚咽だけが響く。

やがて雪は意を決したように少女の肩に手を掛けた。
「あなたの名前は?」
少女は、はっ――と顔を上げ、ゆっくりと振り返った。
手の甲で涙を拭う。

「名前、教えてくれる?」
雪は、もう一度、やさしくおだやかに尋ねた。
「シャ……ロット。シャーロット・ハサウェイ……。」
「シャーロット。私達と一緒に行きましょう。あなたのこと、御爺様が探してるわ。」
「おじいちゃんが……?いや。私、ここにいる。母さんや諒さんを置いてなんかいけない。」
シャーロットは大きく頭を振って、母にしがみついた。

(諒さんって……)
あの男性のことか――。
雪と兼良は思わずドア付近を振り返った。

「お母さんも諒さんって人も、あなたに生きて欲しくて命がけで戦ったんだと思うわ。違う?」
雪はおだやかに問う。
「そうだけど、でも……。」
「生きなきゃ。お母さんの分も。それから、諒さんって人の分も。あなたは二人の命を受け継いだのよ。あなたの命はあなた一人だけの命じゃなくなったのよ。私はそう思うけど。」
「……。」
シャーロットは、うつむいたまま、何か考え込んでいた。

『何があっても生きろ!それが俺の願いだ。わかったな。』
父のように慕っていた諒介の言葉を、シャーロットは思い出した。

やがて、深く頷き、服の袖で涙をぐいっと拭うと、母親の耳元に顔を近づけ、力強い口調で言った。
「母さん。私、この人達と行く。私、諒さんや母さんの分まで生きるよ。頑張って生きるよ。」

兼良は鼻を垂らしながら男泣きに泣いていた。
雪も目頭を抑えつつ、シャーロットに尋ねる。
「教えてくれる?お母さんの名前。」
「エレイン。」


「エレイン。シャーロットは確かに私が預かったわ。それに、あなたのお父様がシャーロットを待ってる。だから安心して。」
雪はエレインの頬を撫でながら呟く。それから彼女の首にかかっていた、ダイヤモンドの入った、プラチナのクロスをはずした。
「シャーロット。ちょっと来て。」
雪は、それをシャーロットにつけてやった。
「これでお母さんと一緒よ。」

シャーロットは小さく微笑むと雪に言った。
「これ、諒さんが母さんに初めてプレゼントしてくれたものなの。諒さんは母さんのことが好きなのに父さんと私に遠慮して、なかなかプロポーズしなかったんだけど。」
「そう?じゃあこれには、お母さんと諒さんの思いがいっぱい詰まってるのね。」
「ウン。」
(この子は一人ぽっちになってしまうだろうことを、どこかで覚悟していたのかも知れない。)
雪は健気に微笑むシャーロットを、ぎゅっと抱きしめた。

シャーロットは温かな腕の中から、雪の顔を見上げる。
その顔がふと、生きていた頃のやさしい母の笑顔と重なって見えた。

「母さん。私、行くね。おじいちゃんがいるから大丈夫よ、心配しないで。さよなら。さよなら母さん。今まで……ありがとう。」
シャーロットは冷たい母の頬にキスをした。

雪にはふと、母エレインが、ほんの少し口元を弛ませて微笑んだように見えた。


兼良はシャーロットを、やさしき抱き上げる。
「よし。じゃ行くぞ!」


三人は、バー・オーキッドを後にした。



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