大脱走
雪はいてもたってもいられなくなっていた。
戦況は不利なのではないか。少なくとも病院の周りは。
気になる。
陸戦部隊はどうしたのだろう。
瀬田君や香村君が指揮しているなら、こうはやられていないのではなかろうか?
せめて戦況くらいは把握したかった。
ごめん。涼ちゃん。やっぱり私――雪は起き上がると点滴を外し、ベッドから降りた。
ぐらぐらと眩暈がする。雲の上を歩いてるようだ。
(はあ……。安定してきたって言っても、目は回っちゃうし……やっぱり足が浮くわね。もうちょっと歩いて慣らしとくんだった……。)
雪は肩をすくめると、ベッドに腰掛けて呼吸を整えた。
それから――。
病室を抜け出すと、雪は職員以外立入禁止の物置を目指した。
この地下病院も勝手知ったる古巣である。何処に何があるのか、おおよそ見当がつく。
物置のセキュリティロック。
(変えられてなければ、ここのパスワードは……。)
雪は思い当たるパスワードを打ち込んだ。
小さな電子音。カチャリ――。
(ビンゴ、開いた!パスワード、変えられてなくてよかった。でもハッキリ言って管理が杜撰すぎよ、ここ。)
雪は物置に忍び込む。
非常用と書かれたドア。
中に入って見回す。
(あった――!)
箱をひっぱり出す。
開けると――。
戦闘服が入っている。
雪は自分に合うサイズを探した。
(あるじゃない。)
雪は嬉しそうにそれを引っ張り出すと、早速、着替える。
傷に痛みが走った。
(っつぅ……。大丈夫かな、こんな状態で。でも、様子を見るだけだし、指示を出すだけなら――)
あえて大甘な判断をする。
傷を保護するため、プロテクターをつける。
(いいけどコレ、重いのよね。よいしょ、っと。っつぅ……。)
雪は痛みに思わず顔をしかめた。
(でも大丈夫!やれる!)
雪は暗示をかけるように、己に言い聞かせた。
後は愛用のコスモガンを手に入れればパーフェクト。
(大体、どうしてこんなとこにセキュリティ・ボックスがあるんだか……。)
セキュリティ・ボックスのパスワードもビンゴ。
やすやすと自分のコスモガンを取り出すと、必需品を吟味し、必要最低限を携帯して、そっと物置を出た。
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一方、雪の病室を飛び出した涼は、ふと思い当たって立入禁止の物置に急いだ。
パスワードを打ちこんで、乱暴にドアを開け、飛び込む。
中はひっそりとしている。何も変わった様子はない。
(いない……のかな?いや、もう一部屋あったな。)
奥まで、ずかずかと進んでいった。
(……非常用。やっぱ、ここが臭うな……。)
涼は非常用のドアを破る勢いで開けた。
「!」
何やら物色された箱。その脇に几帳面にもたたんで置いてあるパジャマ……。
非常時用の戦闘服を引っ張り出して着ていったとみえる。
「ううっ!!やられた――。も〜り〜ゆ〜き〜っ!!」
更にセキュリティ・ボックスを開ける。
「ない……。森雪のコスモガンがない……。」
雪ならパスワードを知っている。
完璧にやられた!
涼は物置を飛び出した。
全速力で廊下を走ると、ナースステーションに飛び込んで大声で叫んだ。
「ねえっ!警備から何か言ってこなかった?」
「い〜え〜。ナンにもぉ〜。どうかしたんですかぁ〜?」
新人の看護婦の間延びした返事は、焦って苛ついている涼のカンに触った。
怒りに頬をヒクヒクさせながら更に聞いた。
「じゃあ、誰か戦闘服着た怪しいヤツを見なかった?」
「え〜?泥棒でも入ったんスかぁ?こんな時に入るなんて、まさしく火事場泥棒っスよね〜。」
同じく新人の看護士が、とぼけた声で言ったので、さすがの涼もキレる寸前だった。
「そこの新人ども〜っ!へらへら笑ってんじゃないっ!誰か患者の森雪を見なかったかっ!?」
思わず言葉が荒くなる。
「え?雪さんどうかしたんですか?」
奥から主任看護婦が飛び出してきた。
「脱走したっ!!」
「ええ〜っ!?」
ナースステーションは騒然となった。
但し、新人の二人だけは、クチをあんぐり開けて、ぽか〜んとしていたが。
雪の脱走と能天気な新人二人の姿に、涼はついにキレた。
「まったく、あのバカ女ァ〜〜っ!死んだって知らないからなァーっ!!それから、そこのアホ二人っ!!やることは腐るほどあるっ!!暢気に茶、しばいてんじゃな〜〜いっ!!おらおらあ〜〜〜っ!!!」
「はいっ!」
ようやくスイッチが入ったのか走り出す、新人コンビ。
「神倉先生……。」
主任看護婦が不安気な表情で声をかける。
「うん。わかってる。今、無理されたら……。まったく、やってくれるよ、彼女。」
唇を噛みしめる涼。
涼は森雪の姿が消えた時点で警備に連絡済みだったが……。
セキュリティをことごとく破った雪の方が上をいっていたようである。
(んもうっ!んもうっ!んもうっ!大体、この病院、セキュリティ杜撰過ぎやしないか?誰だよ、管理してんのは!!はあ。仕方ない。コネ、使うか……。ったく、森雪のヤツ!!せっかくのたぬきうどんが消化不良だよ。ああ、胃薬飲んどこう……。)
涼は深い溜め息をつくと、肩を落とし、疲れ切った表情で職員用の休憩室に向かった。