戦士と女神 1
病院を、まんまと脱走した雪は、地上に上がった。
眼前に広がる光景に、思わず顔をしかめる雪。
病院周辺は、ハデにやられている。
どうも戦況は不利なようだ。
ここまで圧されているなんて――。
恐らく経験の浅い部隊が戦っているんだわ。
雪は、ぎゅっと唇をかみしめた。
辺りを警戒しつつ、黒煙の上がる方へ足を進めてみる。
そこで――。
負傷した兵士の手当てに当たっている一人の衛生兵の姿を認め、駆け寄った。
雪の突然の出現に、若い衛生兵は飛び上がるほど驚いた。
「う、うわあっ!!なっ!!えっ?もしかして森さん?森雪さんですよね?なんで?どうしてここに?この辺りはとても危険ですよ!!」
雪は彼に手を貸しながら尋ねる
「わかってるわ。あなたの指揮官は?」
「え?ああ、桂木隊長です。」
兵士は自分よりテキパキと治療を施していく雪に感心しながら答えた。
「カツラギ……ってヨシオくん……。桂木良生クン?」
雪は指揮官の名前を聞いて、まずは驚き、意外だ――という顔をした。
「はァ。御存知でしたか?」
きょとん、としている衛生兵。
「ええ、ちょっとね。そう……指揮してるのは彼なの。」
桂木良生は数年前に起きた月面基地でのテロ騒動の時に、雪が助けた青年だった。
まだ学校を卒業したての少年だった桂木――。
戦いなどにはおよそ不似合いな、人のいい、のんびりとした少年だった。
まさか、その彼が隊長になっているとは――。
しかし、彼だっていつまでも、あの頃のままではないだろうし。
雪はそう思って、取り合えず納得した。
「ねえ、私に詳しく戦況を話して欲しいんだけど、いい?」
喋りながらも手を休めずに負傷者の手当てをし終えた雪。
こういったところは佐渡酒造譲りである。
「はい。実は――」
彼の話によると、甘く見ていた敵の傭兵部隊の抵抗が思いのほか激しく、この一帯を任された桂木の部隊は一気に圧され始めているのだという。
負傷者も多数出ていて、たまらず援助を要請したらしい。
「ねえ。悪いんだけど、このヒトを預けたら、私を桂木クンの所まで連れてってくれる?」
「はいっ!ヤ、ヤマトの森サンをエスコートするなんて、俺、光栄ですっ!」
「……。」
ビシッと敬礼をする彼に、雪は顔をしかめて辟易した。
「ヤマトの……は余計よ。それに敬礼もヤメてよね。さ。急ぎましょう。ところで、あなたの名前は?」
「サトシ…沢野理ですっ!」
理は顔を赤らめて答える。
「よろしくね、サトシくん。」
にっこりと微笑む雪。
「はいっ!」
サトシは負傷者を背負うと元気良く返事をした。
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「桂木クン!」
女性の声で呼び掛けられ、驚いて振り返った桂木良生は、それが森雪だと分かって、更に驚き、飛び退った。
「ゆっ、ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、雪さん?どうしてここに?中央病院に入院されたって聞いてましたけど――」
「そうよ。それにしてもハデにやられちゃったわね。おかげで、私もおちおち寝てられなくて……。来ちゃったわ。」
雪は小さく笑った。
「す、すいません。俺……。」
うなだれる桂木の肩を、冗談よ――と、笑いながら叩く雪。
しかし、すぐに厳しい顔を桂木に向けた。
「で、どうなの?どんな状態なの?」
「はい。思いのほか抵抗が激しくて――」
苦しげに現状を語る桂木。
雪の表情も険しくなる。
「闇雲にぶつかっていったって勝てないわよ。戦闘の経験が浅いのは私もよくわかってるけど、これじゃ兵器の使い方だけ教わった民間人だわ。利用できるものは利用する。地の利を生かす。そう教わったでしょ?」
雪は桂木に戦略と判断力の甘さを指摘しつつ、取り合えず次にどうすべきか指示を出した。
「さすがですね。」
桂木は己の不甲斐なさを痛感してうつむく。
「私としては専門外なんだけど。戦い慣れっていうのかしら。でも、誉められたところで喜ばしいことじゃないわ。いずれにしても落ち込んでるヒマはないわよ、桂木クン。」
雪の口調は厳しい。
「はいっ。」
桂木は顔を上げた。
「救援はどこから?」
「はい。西から瀬田さんの部隊が向かってます。」
「そう!瀬田クンが?それは心強いわね。あとどれくらいで合流できそうなの?」
「それが、こっちに向かう途中で一戦交えてるようなんです。瀬田隊長から『なんとか踏ん張っててくれ』って連絡が一度来て……その後、連絡が入らないんですよ。」
苦しげな表情の桂木。
顔をしかめる雪。
「参ったわね。でも見たところ、相手も勢いで攻撃してきてるカンジだけど。傭兵部隊っていっても……あまりプロフェッショナルとは言えない攻め方だわ。桂木クン。なんとか巻き返せるかも知れないわよ。」
雪は沖田なら、いや、進なら、どう戦うだろう――と考えた。