Family


「おかえりなさい。」
雪が笑顔で迎える。

「ただいま。」
会いたかったよ――と、進は雪を強く抱きしめてキスをする。シャワーを浴びたばかりなのだろう。まだ渇ききっていない雪の髪から、シャンプーのやさしい香りがした。
久しぶりの我が家だった。
だが深夜の帰宅では子供達は夢の中だ。

「キミも寝てたらよかったのに――。」
雪の髪を撫でながら進は呟く。

雪は進の胸に身体を預けながら小さく笑った。
「ふふ。そうしたいとこだけど、私も忙しくてね。仕事は次から次へだし、明日の夜には一度、実家に戻って子供達を預けなきゃならないし。」
「そうか。そうだったな。」
雪の言葉に微笑んでいた進の瞳がにわかに曇る。

「仕事は?もう終わったのか?」
雪は、そんな進に対して努めて明るく微笑んでみせた。
「ウン。やっつけた。シャワー浴びてのんびりしてたとこだったの。」

キミには、俺の心の中、みんな見透かされちゃうんだよな――進は、雪に鞄を預け、上着を脱ぎながら、もう一度、彼女の額にキスをすると、やさしく微笑んで言った。
「ヤツらの顔、覗いてくっかな。」

上着と鞄を抱えた雪は、子供部屋に入ろうとする進に声を掛けた。
「あ、古代クン!航、寝相悪いから布団、剥いでたら掛けてやってね!」

「おう。」
雪は二人だけの時、相変わらず自分のことを「古代クン」と呼ぶ。
長年そう呼んでいたから、いまさら他の呼び方はできない――という。
航が生まれてから、やっと呼び方が変わった。
しかしそれは、「進さん」とか「あなた」とか、ましてや「ダーリン」などという甘い(?)ものではなく、めっきり所帯染みて「パパ」であった。

その「パパ」が、子供部屋にそっと入る。
安らかな寝息が二つ。
二人は同じ向き、同じ格好で寝ている。

「へええ。兄妹だなあ……。」
進は痛く感心した。
子供達の顔を覗き込む。

やんちゃで暴れん坊のクセに、すぐに泣きべそをかく甘ったれの航。
みんなは俺にソックリだというが、こうして横顔を見ていると雪にだって、よく似てるじゃないか。
妹思いで、やさしいところも、雪…キミに似てると思うぜ。

小さいくせに気が強くて負けず嫌いの澪。航と違って要領もいい。
コイツはホントに雪を小さくしたようだ。かわいい顔しちゃって。嫁になんかやりたくないな。
進は、澪の柔らかな色白の頬を指でつついた。

と、頭と腹を、ぼりぼり掻きながら、布団を蹴飛ばす航。
「しょうがねえなあ。こういうとこまで似るなよなあ。」
進は苦笑しながら航の下着の裾ををパジャマのズボンに突っ込むと布団を直してやった。

子供達の寝顔を代わる代わる見つめると、進は愛おしそうに、それぞれの頬にキスをした。
「楽しい夢、見ろよ。できれば俺が出てくる夢だぞ。」
進はそっと呟くと名残惜しそうに振り返り、子供部屋を出た。

「ホントに航のヤツ、寝相が悪いなあ。」
「でしょ?誰かさんそっくりなんだから。」
「ちぇっ!なんだよ!」
進はバツが悪そうに口を尖らせた。

「ふふふ。ね。シャワー浴びたら何か、お腹に入れる?」
そんな進に、雪が笑いながら尋ねる。
「うん。ビールと軽くつまめるものが欲しいな。」
風呂上りのウマいビールも当分飲めそうにないから――と、付け加えて言おうとして、進は言葉を飲み込んだ。

「なあ。一緒に飲もうぜ!」
進はキッチンの雪の背中に向かって声を掛ける。
「ふふ〜ん。最初からそのつもりよ。」
雪の言葉に進は苦笑しながら肩をすくめた。

風呂上りの進は、Tシャツにトランクスという姿立ちで、ソファに座るなりグラスのビールをゴクゴクと一気に飲み干した。
「くーっ!ウマいっ!!」
口のまわりを泡だらけにして、進は満足そうに目を細めた。
雪もグラスを片手に、その様子を楽しそうに眺めていた。

ビールの大瓶が空になるまでの短い間、二人は幸せで、やさしい時間を楽しんだ。

ふと、雪を見つめる進の瞳が淋しく曇る。
雪は軽く目を伏せた。

「行くのね?」
進は視線を外すように、雪を通り越してキッチンに目をやる。
「ああ。あさってだ。支度頼むよ。」
雪は黙って頷いた。

「こういう……地球の存亡を賭けた戦いで、別々になるのって、あの時以来だな。」
「そうね……。新造戦艦のフォンロンって真田さんのプロジェクトチームなんでしょう?」
雪は、あまり思い出したくないのか、話題を擦り替えた。
「ああ。前にテストで乗ったことあったろ?そこはかとなくヤマトなんだよな。真田さん曰く『ヤマトを知ってるヤツなら目をつぶってでも動かせる』。」
「ホント?なんだか乗ってみたくなっちゃった。」
進が、ちょっと嬉しそうな顔をしたので、雪も微笑んでみせる。
「みんなそう言うよ。今回、南部と太田はアリゾナに乗ることになったんだ。悔しがってたよ。」
「ふふふ。分かるわ。今回は、みんなバラバラなのね。」
「ああ。経験不足の若いヤツらが多いからなあ。」
「そうよね。」

雪は、島君がいてくれたら――と、ふと思った。
彼がいてくれたら、この人も、もっと心強かったでしょうに。

俯き加減に、小さく微笑む進の横顔を見て雪は切なくなった。

島君。また戦いが始まるわ……。もう誰も失いたくないのに。
誰かがいなくなってしまうのはイヤなのに、どうして――。

「あ……。」
突然、進に抱きすくめられて雪は小さく声を上げた。

「雪……。離したくない。ずっとこうしていたい。」
「こ、古代…くん?」
不安な時の進は、いつもこうだ。強引で乱暴で、小さな子供のようになる。

「俺は…たぶんキミと同じことを思ってるよ。だけど行かなきゃなんだ!俺達の地球を守るために!!俺はキミや子供達との幸せを失いたくない!必ず生きて戻る。俺は絶対に死なないからな!!」
雪は限りなくやさしい微笑で、そんな進を包み込む。

「戦う場所は違ってしまうけど……思いは一緒よ。私はここで戦って――守って…あなたの帰りを待つわ。」
「雪……。」

進は、たまらなくなって雪をソファに押し倒した。
足がテーブルに当り、ビール瓶が派手な音を立てて皿の上に倒れた。

「あ…起きちゃうわよ、子供達。」
「いいさ。パパがママを大好きなのは、いいことじゃないか。」
進は、そう言うと起き上がろうとする雪を抑え込んだ。

「そうだけど……。」
らしくないわ――という言葉を呑み込んで、雪はそっと進を抱きしめる。

「ただ……こうしていたいんだ。」

進は、やさしい温もりと穏やかに刻む胸の鼓動を感じながら、そのまま目を閉じる。
眠い。
本当はクタクタだった。
再び戦いに身を投じなければならない不安に押しつぶされそうだった。

疲れてるのね――。
不安なのは私も同じよ。
だけど――。
絶対に死なないわ。私もあなたも――。
そして、みんなも!!

雪は強い決意で進を抱きしめる腕に力を込めた。



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